だいぶ前のことだが、S先生から、『大無量寿経』の中にある「去来現」という
言葉があるのを教えてもらった時、「大事な言葉ですよ」の一言をずっとあたためている。
普通、時系列の年表的な理解でいえば、(過去・現在・未来)か(未来・現在・過去)のどちらかが
一般的であろう。
ところが、『大無量寿経』では、「去来現」となっている。
話はとぶが、40数年前、カウンセリングの勉強を始めたとき、ご指導をいただいた先生方の
佇まいは、「今(現)」を非常に大事にしていた。
カウンセリングにもいろいろな考え方・立場がある。
クライエントの過去(生育歴)を焦点化する考え方もあるが、私の教えていただいたカウンセリンは、
「今(現)」を大事にしていた。
『大無量寿経』の「去来現」の言葉を聞いて、私が勉強したカウンセリングの考え方と重ねて納得
したものである。
話はとぶが、ノンフィクション作家の柳田邦男の本を読んでいたところ、
柳田が精神科医の中井久夫に教わった言葉を紹介している。
「過去というものは現在の中にしかない」と。
『大無量寿経』の「去来現」と中井の言葉は、まったく重なる。
実は、私の手元にある『浄土三部経の意訳と解説』の【意訳】は、
「過去・現在・未来の諸仏たちは、」となっている。
これにはがっかり。
「去来現」が、分かっていないように思う。
この辺の事情については、年明けに、【落穂拾い】でもう少し詳しく記したい。