証如 ↓の部分に登場する 母方の祖父 蓮淳、その娘が産んだのが証如である。
大永5年(1525年)、父方の祖父である本願寺第9世宗主・実如の死去により、10歳で継承し、本願寺第10世宗主となる。実如の弟で証如の母方の祖父である蓮淳の後見を受ける。
蓮淳 ↓
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%93%AE%E6%B7%B3
蓮淳の娘であった『慶寿院鎮永尼』
慶寿院
生年:明応2(1493)
本願寺中興の祖,蓮如の6男蓮淳の娘。蓮如の法を嗣いだ実如の子円如と結婚。大永1(1521)年,円如没により出家し融誓と称す。10歳で本願寺を継職した子の証如を補佐,さらに12歳で継職した証如の長男,顕如の補佐を勤める。北国(加賀一揆)の和平,本願寺の門跡勅許について公家,武家との交渉に当たるなど,本願寺の護持と発展に尽力する。天文8(1539)年,朝廷より『栄華物語』を贈られる。翌年,青蓮院尊鎮親王より「慶寿院」の院号と「鎮永」の法名を受ける。(岡村喜史)
浜松市立中央図書館/浜松市文化遺産デジタルアーカイブ
https://trc-adeac.trc.co.jp/WJ11E0/WJJS06U/2213005100/2213005100100010/ht010170
小豪族九里(くのり)氏(近江八幡市岡山城) と記載あり。
そして、大ニュース!
https://azuchi-museum.or.jp/wordpress/wp-content/uploads/2022/03/R4haruten.pdf
とは、凄いですね。京都にいれば、直ぐに調査に行ったのに、今は武蔵國。
武蔵野の花を巡りて未だ足らず
6月5日まで…
正確には
◎九里員秀書状(8月10日)-今堀日吉神社文書- 1通 東近江市日吉神社 5月15日~6月5日
◎九里員秀書状(9月2日)-今堀日吉神社文書- 1通 東近江市日吉神社 4月23日~5月14日
と、入れ替えがあります。
カタログを購入いたしました。
この時期は動きが取りにくいので、致し方なし、です。