kumaの「それなりにやってみようかな…」

子宮体癌経過観察中です。

本田麻由美記者のブログ2

2010-09-08 | 記事等
『2010年7月10日

「働く」ことの意味―― がん患者として (下)』



 また、仕事のおかげで自分の病気以外に考える(考えなきゃいけない)ことがあるという側面も、患者にとっては有り難いことです。



 5月29日の[あお]さんのコメントにも、「抗がん剤治療中も仕事にいきました。職場の理解があったからこそですよね。恵まれていると思います。

仕事で病気以外のことを考えていたから、しんどいあの治療を受けられました。仕事がなければ、治療を乗りきれていたかどうか」とあります。



 実は私も、このところ「初期転移の可能性」と指摘されたリンパ節のことばかり心配で不安で動けなくなってしまうことがあるのです。へたっている時もあります。けれど、仕事をしている時だけはそんな不安は吹っ飛んでしまっています。

おそらく、仕事がなければ、転移の心配ばかりを考えて不安の悪循環の中にどっぷり浸かり、次の検査まで乗り切れないだろうと思います。






 ただ、仕事は「生きがい」といった側面だけでなく、治療費を払い続けていくための糧といった面が強いのも現実です。



 がん患者にとっての「働くこと」の意味とともに、必ずしも「職場の理解」を得て働き続けられる人ばかりではなかったり治療費のために働かざるを得ない実態と課題を訴えた記事を、5月25日付読売新聞夕刊(関東地区以外は翌日などの朝刊)に「がん患者も『働きたい』」と題して書きました。







 この記事の中でも触れましたが、濃沼信夫・東北大教授のがん患者6604人の調査によると、抗がん剤治療を受ける患者の年間自己負担費用は約133万円。経済的な理由が治療の選択などに影響した人が6%おり、うち4割が治療の変更・中止に至っているのだそうです。



 実際、この記事に対し、昨夏に乳がん手術をした都内の50歳代女性から「パートの身で治療を続けながら働き続けられないと思い、抗がん剤などすべての治療を断念しました」とのお手紙をいただきました。

彼女は、「医師には(治療しないと)100%再発するといわれたけれど、働かないと食べていけない私にとって、『治療=死』です。再発するなら、それまでバリバリ働いて人生を楽しんで死ぬことにしました」と綴っています。


 きっと本心ではなく、そう書いて送ることで、自分に言い聞かせているのではないかと案じます。







 よく「フランスでは抗がん剤の自己負担はゼロなんだって(正確には100%償還)」「デンマークでは……」などと、他国の羨ましい部分を引き合いに出して、日本の現状を嘆く場面を見聞きします。



 一方で、フランスは軽度の病気の医薬品などは自己負担割合が7割と高かったり、欧米諸国は消費税が20%を超えているのがザラなど、“羨ましく見える”制度の裏には負担の仕組みもしっかりありますよね。



 日本では、がん患者(だけではないけれど)らが「尊厳をもって生きる」ためにも働き続けられるようにするには、また、がんなど重い病気になっても経済的な不安なく必要な治療が受けられるようにするには、どうしたらいいのだろう――。



明日は選挙ですが、選挙の時だけ議題にあげるのではなく、待ったなしの対応が必要ですよね。みなさんは、どう思われますか?




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私も「がん宣告」までは、パートではありましたが、子育てしながら仕事に行っていました。


幸いにも「一家の大黒柱」ではなかったので、「がん」の烙印が自分の中で消化しきれず早々に辞めました。

辞めてから入院まで、約4ヶ月、悶々とした日々を過ごしました。


後から「ギリギリまで働く」ことの方が「仕事に逃れられたかも」と思うこともあります。


6,7月と短期パートに出て、現在は職探し中。


検査代も1万円札が飛ぶので、やはり働けるうちは、

「体力的にムリのない仕事」で自分の治療代は稼がないといけない気がします。


「疲れやすい」と感じることが昔より多いのは、卵欠症状のせいなのか、

それとも「単に体がなまっているせい」か、

「グータラ自分」を認めて、あきらめて現実逃避しているのか、


定かではありませんが、


「今を生きる」ことが大切だと気づかせてくれた病気、

それをムダにしたくないと考えています。


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