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日記(6.16)

2024-06-16 10:52:42 | 日常
2024  6月16日  (日曜日)    晴れ

夜の間に雨が軽く降った。
明け方には止んで畑には良いお湿りである。
朝の野菜収穫に出かける。
一寸蒸し暑い朝だ。
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昨日と同程度のキュウリが実っていた。
十数本は獲れるので早速おすそ分けに回った。
安定して獲れるようになってきた。

朝獲りはパリパリして美味しい。
ナスもようやく実をつけてきた。
〇昨日植えた黒豆苗と刺し芽のサツマイモは少し雨で湿って大丈夫そうだ。
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福島民友のコラム 編集日記
【6月16日付編集日記】鶴ケ城の恩人

 いまの時期、会津若松市の中心街ではメモ帳やノートを手にして歩く
 小中学生をよく見かける。修学旅行の子どもたちだ。
 人気のスポットはもちろん鶴ケ城。幕末の悲劇の舞台を訪れ、
 子どもたちは歴史への関心を高めているようだ
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 ▼明治に入り、各地で城の取り壊しが始まり、跡地は民間に払い下げとなった。
  鶴ケ城も同じ危機にさらされた。政府が没収した鶴ケ城を競売にかけたためだ。
  その窮地を救ったのが、元会津藩士の遠藤敬止(けいし)だった
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 ▼戊辰戦争を生き抜いた遠藤は、第七十七銀行の頭取を務めるなど宮城経済界の名士となった。
  鶴ケ城が払い下げられることを知り、
 「幾千の魂魄(こんぱく)をとどめた古戦場を保存し、千古に伝うべし」
  現在の数億円に当たる私財を投じて落札し、旧主松平家に献納した
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 ▼遠藤の没後120年の命日だったきのう、仙台市の寺で法要が執り行われた。
  会津からも顕彰会の会員らが参列し、鶴ケ城の恩人に深い感謝をささげた

 ▼鶴ケ城は県内有数の観光資源だ。
  一方で地元保存会からは堀の清掃や、老木となった桜の植え替えなど課題が指摘されている。
  地域のシンボルを千古に伝えるための知恵を絞り、
  先人からのバトンを大切につないでいかなければ。
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★会津には縁あって学生時代から訪れることも多かった。
 20代は旅が多かった。 猪苗代湖畔・磐梯山登山そして会津若松は四季折々
 旅をした。
 社会人になってからはこの地からの従業員も多く尋ね歩くことも多かった。
 又、喜多方に工場もあって何度も訪れた地でもあるので
 歴史背景は自然と学んだ。
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とりわけ印象に強い小説は”流星雨”だ。津村節子の

 鶴ヶ城陥落,北辺の地斗南への転封とつづく波乱の時代
 一人の会津藩士の娘は何を見,どう生きぬいたか.
 実在の人物の史料をもとに,歴史の悲劇を問い,「女たちの会津戦争」を描き切った
 著者初の本格的歴史小説.
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★妙に記憶に強く残っている。

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