長者川のほとりにぽつんと赤提灯を灯す店がある。鉄と政、そして旦那の三人がよく飲んでいた店だ。
南国土佐とはいえ黒潮の香りが届かぬこの村の冬は結構冷え込む。
12月入ったばかりだというのに、居酒屋「霞」に続く道にはうっすらと雪があった。
「兄貴 お久しぶりです。」と、霞に向かう鉄の背中を見かけた政が小走りに追いついて声をかけた。
鉄「おお 久しぶりだな。いつ、こっちに着いたんだい」
政「さっき、着いたばかりでさぁ、しかし、冷えますねぇ。この時期に雪なんてみたことありやせん」
鉄「こんな冬は俺にも記憶がねぇな。でっ 元気にしてたかい」
二人は肩を並べて歩きだして、ほどなく霞の前に立った。
「ひさしぶりだなぁ」と政が呟いて暖簾をくぐった。その後に鉄も「俺もだ」と続いた。
店は二人の予想した通りほかの客はいなかった。女将はいつものように二人を迎え、奥の座敷に案内した。座敷と言っても二畳ほどの板の間に飯台と座布団が敷かれているに過ぎない。
女将「お久しぶりですねぇ。鉄さんも政さんもお元気にしよりましたか」
政はもともとこの村に暮らしてはいない。鉄はこの店の近所に暮らしながらも、ここ半年ほど顔を出していなかった。少しばかりバツが悪そうに鉄が頭を下げた。
鉄と政の二人が最後にあったのもこの店で、再会は半年ぶりという事になる。
二人の前に銚子が置かれ、盃を交わしだした頃にガラリと引き戸が開いた。鉄と政が入口に顔を向けた。
「冷えるねぇ」といいながら中年の男が入ってきた。男はそのまま座敷に向かって歩き、さっさと二人の座敷にあがった。
そして、鉄と政をにこりと見渡して「待たしたねえ」と腰を下ろした。
鉄と政が「お久です」と旦那に声を返した
旦那と鉄と政の三人がこの店に揃うのはいつ以来なのか、三人とも記憶にない。ずいぶん会っていないようで、ほんの最近あったような気もするが、久方ぶりであるのは間違いなかった。
日和挨拶のような三人の会話は、銚子が1本空く頃には終り、いつもの話となった。
旦「話は本題に入るが・・政。例の文書は手に入れたのかい」
政は「へい」と頷き、自分の懐を軽くたたいた
旦「鉄も近頃の再審の流れは知っているよな・・」
鉄も同じように頷いて、旦那の話を待った。
高知白バイ事件再審請求も検察・弁護団双方の最終意見書が提出された10月末に事実上の結審を迎えていた。あとは「判決」言い渡しを待つだけの状況だった。今年の4月に裁判官が代ってからの流れからして、再審請求却下は否めない。
年明けには判決が「郵送」されるかもしれない時に、三人が集まったからにはそれなりの理由がある。結果は9分9厘決まっていようが、まな板の上の鯉のようにはなれない三人だった。
政は「見せてくれ」と旦那に言われて、文書を懐から出して鉄と旦那の前に置いた。
続く