Not doing,but being ~在宅緩和ケアの普及を目指して~

より良い在宅訪問診療、在宅緩和ケアを目指す医師のブログ

皮下輸液という選択肢

2012-03-23 17:31:28 | 認知症の看取り
認知症が進行し、寝たきりで経口摂取も出来なくなった場合の
胃瘻について、消極的な立場からいくつかブログの記事を書きました。
しかし、実際の場において老いて衰弱していく患者様を「寿命」だと納得し
何の医療行為もせずに看取ることの出来る御家族が、どれだけいる
でしょうか。

そう考えると私は、『胃瘻による延命』と『何もせずに看取る』の間に、
皮下輸液という選択肢があっても良いのではないかと思っています。
輸液はもちろん皮下でなくても良いのですが、恐らく輸液に適した
血管も少ないと思いますし、在宅という場を想定して敢えて書かせて
頂きました。皮下輸液に関する私の記事も参考にして下さい。

http://blog.goo.ne.jp/kotaroworld/e/b8d88e0853c35e7eafdb18b0ff4d7c05

皮下輸液は色々な意味で優しい医療行為になると思います。
必然的に1日500ml程度の点滴になりますが、この量であれば
体液貯留に伴う胸腹水や四肢の浮腫を著しく悪化させる事は
少なく、他に肺炎などの問題がなければ最後に1~2ヶ月の時間を
御家族にプレゼントすることが出来ます。
御家族もこの期間であれば介護に疲弊してしまうことはあまりないと思います。

比較的稀ですが、他に問題がなく脱水だけで衰弱していた患者様は
点滴により再び経口摂取が出来る場合もありますので
「見捨ててしまった(実際にはそんな事はないのですが)」という、
残された御家族の罪悪感も軽減する事が出来るのではないかと
思うのです。

確かに、輸液でも患者様を余計に苦しめてしまう可能性がないとは
言えませんが、通常は胃瘻と比べれば程度はとても少ないはずです。
どなたにもベストな選択とは言えませんが、少なくとも選択肢のひとつに
入れて考えて頂いても良いのではないでしょうか。

尤も、この考えには色々と反対もあるかもしれません。
もっと良い考えがあるようであれば是非教えて頂きたいと思います。


胃瘻の値段

2012-03-16 09:21:32 | 認知症の看取り
今日は胃瘻の値段についてお話をさせて頂きます。
その前に、ここ何度かの胃瘻の話を読んで下さった
方は御承知だと思いますが、
私は自分自身が本当に胃瘻を受けたくないので
どうしても胃瘻に反対の気持ちが入る事が多いです。
ある方にとっては、それは不快に思われるかもしれません。
もちろん、私と違う意見の方を否定する意図はありません。
しかし、介護負担や金銭的負担など詳しい説明もなく胃瘻
を造り、後悔する方が多いのも事実なのです。
導入前に議論を、または自身の意思表示を考えて頂きたい。
それが私のブログの主旨です。

今日はその、金銭的な負担を考えたいと思います。
胃瘻の値段についてあまり論じられないのは、医療の話に
お金の話を持ち込むべきではない、とか人の命に値段を
つけているような不快な想いをする方が多いからではないか
と思います。その感覚はとても良く分かります。
しかし、現実的には生きるために考えなくてはならない事柄
であり、後で知らずに苦しむのは患者様や御家族なのです。

まずは佐々木先生達の以下の文献があります。
http://www.jstage.jst.go.jp/article/geriatrics/45/4/45_398/_article/-char/ja
PDFファイルで、全文を読むことが出来ます。
これによると、胃瘻では平均1.2年生存し、900万の医療費がかかった
とあります。これは公費の話です。個人の負担は基本的にはこんなに
かかりませんので。
もちろん、一口に胃瘻と言っても患者様の全身状態により、
あるいは介護力によりこの値段はかなり大きく異なると思われます。
あくまで平均です。
しかし、要介護5に近く、また医療費・栄養剤費・消耗品など考慮すると
確かにこれくらいになるかもしれません。
公費ならいいじゃないか、と単純には言えません。
医療費・介護保険が膨れ上がり医療崩壊の危険が叫ばれているのは
周知の事実です。皆保険を必死に守っていますが、そう遠くない
将来、維持出来なくなるかもしれません。

少し逸れますが1960年代には5000億程度であった国民医療費も、今や
30兆を遥かに越えています。
http://www.dm-net.co.jp/calendar/2010/010878.php
国債を含めて国家予算が85兆円程度だと思いますので深刻さが伺えます。
これらの負担がやがて私達の子供達にふりかかる事になります。

現在、胃瘻の新規導入が20万件程度と考えられており、既に導入になっている
方と合わせると40万人と推測されています。このままでは2025年くらいまでは
100万人程度に増える計算だそうで、これに900万を掛けて頂ければと思います
(ちなみに900万はあくまで1.2年間での話です)。
殆どが家族も、医療者も、御本人も苦しむ可能性の高い延命であるとすると
やはりもう少し議論出来ないかと思うのは私だけでしょうか。

最後に、家族負担を考えます。これもピンからキリまでで、お話するのが
難しいですが、概ね自宅介護では月4~5万(介護者に平均的な介護力がある
場合)、有料老人ホームでは15万~30万(都内は高いです)という事に
なると思います。
諸経費が掛かるので、これより多めに考えて頂いた方が良いですが。
療養型病院や特養では遥かに負担は少なくなり、在宅+αくらいになるかも
しれません。しかし、自己負担が少ないという事は公費がその分多く掛かる
訳です。

お金のために医療を控える事はあってはならないとは思うのですが、
世界の大部分ではそれが当たり前なのです。
我が国でも、この状況を維持する事がかなり難しくなっています。
その事は皆さんに考えて頂く必要があります。
次の世代に苦しみを丸投げしないように…。

セレネースとリスパダール

2012-03-14 08:10:34 | 認知症の看取り
セレネース(ハロペリドール)とリスパダール(リスペリドン)は
共に抗精神病薬で、緩和ケアの領域では主に吐き気止め、せん妄症状
の改善などを期待して使用されます。セレネースは注射があり、
こちらはコミュニケーション能力をなるべく奪わない、軽い鎮静
(セデーション)に用いられる事もあります。
パーキンソン病に似た錐体外路症状など共通の副作用も多いです。
では、どちらを使用するのが望ましいのでしょうか。

せん妄へのリスパダールについては2004年に、28例と少数ながら
二重盲検試験で副作用・有効性ともにセレネースに
優れるものではなかった(Psychosomatics 45:297-301,2004)
という報告があります。
吐き気止め作用についてはドパミン受容体を強力に遮断する
セレネースの方が強力そうなイメージはあるものの、
両者を比較したものは私は知りません。
と、言うことは今のところどちらが好ましいとは言えず、
結局薬の特徴を理解して、患者さんごとに使い分ける
必要がありそうです。

確かに、錐体外路症状(EPS:extra pyramidal symptom)は
セレネースの方が強く、抗コリン作用もフェノチアジン系の
薬剤程ではないにせよセレネースの方が強いと思います。
しかし一方で、リスパダールは腎毒性を有し、腎機能低下例では
注意が必要です。この特徴は、100%肝臓で代謝されるセレネース
とは大きく異なる特徴かもしれません。
また、MARTAに分類されるクエチアピン(セロクエル)や
オランザピン(ジプレキサ)程ではありませんが、
血糖を上昇させる作用もリスパダールにはあります。

現在、統合失調症にも第一選択は非定型抗精神病薬が推奨されています
ので、どちらでも良い場合には私はリスパダールを使用しますが
これだけ薬理学的に短所・長所が異なりますので
使い分けが出来ないといけないですね。

ちなみにセロクエルの記事にも書きましたが、現在どちらの薬も
適応症は統合失調症ですが、せん妄や易攻撃性に対して用いた場合
査定される事はなくなりました。
但し、これらの薬剤の前に、BZ系やH2-blocker等の中止に出来る薬剤
を検討したり、採血など行い脱水など治療可能な原因を検索することが
先決なのは言うまでもありません。

ミルタザピン

2012-03-13 08:57:48 | その他
少し前に、掻痒感の緩和について記事を書かせて頂きましたが、

http://blog.goo.ne.jp/kotaroworld/e/9c6d590b1b11419f3a0aec7693efda61

緩和医療学会のPalliative Care Researchで興味深い記事を読んだので
紹介させて頂きます。タイトルは、
『終末期がん患者の掻痒感にミルタザピンが有効であった1例』
です。ミルタザピン(商品名リフレックス、またはレメロン)は
NaSSAと呼ばれる比較的新しい抗うつ剤です。

文献の内容は、終末期悪性リンパ腫の耐え難い痒みに対して
ミルタザピンを使用したところ、2日目より掻痒が軽減。
7日頃には殆ど痒みに悩まされることがなくなった、という
内容です。有難いことに、緩和医療学会のサイトから全文が
ダウンロード可能です↓

http://www.jstage.jst.go.jp/article/jspm/7/1/510/_pdf/-char/ja/

さて、何故ミルタザピンが痒みに有効であったのかと言うと、
残念ながら機序は明らかになっていません。
過去に、同じPalliative Care Researchで、肝臓癌の黄疸による
強い痒みにパロキセチン(商品名パキシル)が奏功したという
記事もありました↓

http://www.jstage.jst.go.jp/article/jspm/1/2/317/_pdf/-char/ja/

いずれも開始1~2日で著効を示していることから、抗うつ効果とは
無関係であることが推測されます。ミルタザピンは抗ヒスタミン作用
も強いですが、ステロイドも抗ヒスタミン薬も無効であったことが
記載されていますので、この作用だけでも説明がつきません。
どうやらセロトニンが痒みに関係しているのではないか…と言われています。
尚、この作用は耐性が生じると言われており、この文献でも2ヶ月後に
再び掻痒感が生じたことが述べられています。

SSRIとミルタザピンの最大の違いは?と言われたら、薬理学的な説明
は他に譲りますが、何と言ってもSSRIの最大の欠点と言うべき初期の
嘔気がほぼ見られないことではないかと思います
(それどころか抗H1作用により吐き気に有効との報告もある程です)。
また、初期量15mgがそのまま有効量となっている点も、漸増する必要
のあるSSRIと大きな相違点です。
その他に薬のメリットを挙げると、効果発現が速く強いこと。
1週目から有意な改善効果がありますが
これらの特徴は終末期のがんの患者様にはとても大きな利点です。
更に繊維筋痛症への適応拡大も考えているということで、疼痛への作用
も期待されており、癌性疼痛への使用も報告の待たれるところです。

短所とされている眠気ですがMRさんによればそれこそミルタザピン
の長所のひとつだそうで、確かに抑うつ・不安・苛立ちなどは睡眠
による影響を強く受けるものだと思います。

※眠気は初日・2日目に強く、しかし逆に2週間目以降は日中の覚醒
レベルを改善させるそうです。

不眠にトラゾドン(レスリン)やミアンセリン(テトラミド)は
よく使われますが、ミルタザピンも、もっと使われて良い薬では
ないかと思っています。ちなみに分割は不可能ではないですが
割線はデザイン線であり、うまく割れるかどうかという問題が
あります。粉砕可(光にやや不安定、遮光推奨)
簡易懸濁は可(5Fr以上は通過問題なし)とのことです。


緩和ケア医が考える胃瘻

2012-03-09 08:45:48 | 認知症の看取り
このブログのタイトルは『在宅緩和ケアの普及を目指して』ですが、
ここ何回か、認知症末期の延命手段についてお話をさせて頂きました。
『延命』と『緩和』は患者様の身体状況が悪くなればなる程、
逆の治療になっていきます。これは、がんの末期でも
老衰や認知症の末期でも同じことです。

やはり私は終末期の緩和を専門にする人間として、
胃瘻を選択しざるを得ない周囲の人々の立場や気持ちを考慮しながらも、
大多数の、無理解やなし崩し的に導入される胃瘻を何とか出来ないか
という気持ちでこれらの記事を書いています。
やはり、胃瘻で生かされている期間は、とても辛そうだと私には思える
からです。もちろん、皆が納得の上の胃瘻なら、まだ良いと思います。
しかし、それでも御本人にはきっと辛いことが多いだろうなぁ、
とはいますが…。

胃瘻も、栄養の補給をしているうちに御本人の体力が回復し、再び
食事が摂れるようになる場合もありますし、栄養を取る事によって
褥瘡が治ったり感染症にかかりにくくなるかもしれません。

確かに、再び経口摂取が出来るようになり、胃瘻が不要となる患者様が
いらっしゃいます。在宅では一年に一人くらい、そういった患者様に
出会います。しかし、そうなる患者様には明確な特徴があります。
それは、
『元気な方が急な疾患で突然食事が摂れなくなった場合』
です。例えば、脳卒中や交通事故などです。
原因が取り除かれれば、改善の可能性があります。

逆に、認知症や老衰で少しずつ衰弱する過程で胃瘻が造設された場合は
まず離脱は不可能です。褥瘡の改善や体力の回復も、状態によって初期
には有り得ることですが、その先には緩やかな衰弱と引き伸ばされた苦痛
が待っている事が多いのです。
しかし、通常胃瘻には誰でも抵抗があるので、衰弱しきった時点で胃瘻
となる場合が多く、その場合期待される回復は殆どありません。

御本人の立場を少し想像してみたいと思います。
殆どの方は、命の終わりは『ピンピンコロリ』か、
突然は嫌で、せめて皆とお別れがしたいと思っても、
苦痛が何ヶ月も何年も長引くことはなるべく避けたいのでは
ないでしょうか。

言葉も出ない、意思表示が出来ない状態では
『痛い』『苦しい』『痒い』『暑い』など苦痛も表現出来ず、
衰弱から来る関節の拘縮痛や痰が絡んでも出せないなどの苦痛にも
耐えないといけません。
苦しくて動いた時に点滴や酸素の管が外れてしまうから、と
手足や胴体を固定されてしまう場合もあります。
家族を苦しめたり負担を掛けているという気持ちもあるかも
しれません。良い形での延命は思っている程多くはありません。

私も2年前、祖母を亡くしました。
少しずつ弱っていき、老衰と呼べる状況で、結局口から食べる事が
出来なくなりました。胃瘻や点滴は結局実施せず、親達が交代で
介護し、自宅で亡くなりました。
胃瘻や点滴という手段がある以上、それを使いたいという気持ちは
とてもよく分かります。『しない』と決める過程の家族の葛藤や苦悩
もよく分かります。

しかし、これは恐らくどちらを選択しても後悔を伴う
苦しい選択かもしれません。

だからこそ、よく考えて話し合って頂く必要があり、
突然『その日』が来る前に、出来ればその話し合いの機会を
持って頂きたいと思います。少しでも後悔の少ない決断が
出来るように。