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Not doing,but being ~在宅緩和ケアの普及を目指して~

より良い在宅訪問診療、在宅緩和ケアを目指す医師のブログ

続・がん難民

2012-04-20 08:32:39 | 認知症の看取り
手術や化学療法など、がんに直接有効とされる治療が終了してしまい、他に
手段がなくなってしまった患者様は、これまでの主治医の先生の外来へ
通院を継続する事が難しくなる事が多くあります。
いくつかの理由がありますが、

この時期の患者様は次第に色々な症状が出て来ますし、今までと同じ
生活を送るのが難しくなって来ます。医師がその症状を何とか出来る
のは、その一部分だけで、次第に医師として患者様の希望に沿う対応
が難しくなります。精神的な援助のニーズも増え、スピリテュアルな
答えのない痛みにも向き合う必要が出て来ます。
すると、がん治療中の患者様の何倍も診療に時間がかかることになりますが
ただでさえ何時間も患者様を待たせる外来では、医師が対応出来ないという
ことになります。

また、緊急入院の頻度も増えます。がんの積極的な治療を行っている病院
は、入院患者様の疾病も多岐に渡り、何ヶ月も入院を待たされる場合が
あります。進行したがんの患者様は、最後の2~3ヶ月は入退院を繰り返したり
退院出来ない方も多くいらっしゃるので、そのような患者様の入院が増える
と、救急車の中の救える命を「たらいまわし」にしざるを得なかったり、
不安を抱えながらがんの手術を待つ患者様を、更に待たせることになって
しまいます。

多くはこのような理由で、主治医の先生は比較的外来やベッドに余裕のある
他の病院やホスピスを紹介することになるのです。

しかし、抗がん剤が終了しても比較的元気に通院出来ている方も多く
また転院を勧められることで見放されたと感じてしまうのです。
また、この時期の患者様は対応困難等の理由で多くの病院で敬遠されて
しまい、満足のいく対応を受けにくい傾向にあります。
行く場のない患者様を、良い言い方ではありませんが
「がん難民」という言葉を使って問題提起しているのだと思います。


こんなケースもあります。


ある、私と歳の変わらない若い胃がんの男性の話です。
がんが見付かった段階で肝臓への転移があり、肝の腫瘍が余命を
左右すると判断されました。手術は行なわれず、化学療法を行ない
ましたが、副作用で中止。患者様はセカンドオピニオンを求め、
転医しました。そこで標準治療とは言えない治療を受けましたが
病状が悪化、急激に腹水が出現しました。
この、「標準治療ではない治療」を受けた病院は遠方であったため
自宅近くの元の病院に腹水の治療を求めましたが、

「あなたの意思で転院したのだから、
そちらの病院で治療を受けたらいかがですか?」


と言われてしまいました。しかし家族のいない遠方に長期滞在
出来ず、自宅に戻りました。しかし元の病院にはかかれず、
地元の他の病院も訪れましたが紹介状がなく、また標準では
ない治療を受けたという話をすると反応が冷たく
お願いしにくい状況、
そうこうしているうちに動けなくなってきてしまいました。

結局、ホスピスに紹介状なしで予約し、お願いしてようやく
登録してもらった、という話でした。しかしホスピスは一ヶ月
以上先ということで私の勤務しているクリニックに相談が
ありました。しかし、結局契約前に具合が悪くなり、救急車で
どこかの病院に入院になったということで、
その後連絡がありませんでした。

若い患者様で医療者でもなければ、
色々な治療を受けたいと考えて当然だと思います。
遠方で受けられた、標準外治療も患者様にとっては必要
なステップであったような気がします。
しかし、再び助けを求められた患者様に
医療機関がこのような対応をしたのは残念でした。
(もちろん、患者様からの一方的な情報なので分からない
ところもありますが…)

この時期の患者様は単一の医療機関で支えるのは難しい
と考えます。総合病院、後方病院、ホスピスなど複数の
病院と訪問診療、訪問看護などが関わることが望ましく、
お互い「顔の見える連携」が必要です。

それから是非
「言うことを聞かなかったあなたは診ない」
という態度はやめ、患者様の弱さを理解し
決定を出来る限り支える医療であって欲しい
と思います。

がんの診断と自殺

2012-04-09 08:52:02 | 認知症の看取り
昨日、CEMCジャーナルクラブのツイートで、以下の記事に関する
ものがありましたので、少し考えた事をお書きしようと思います。

がん告知の1週間で自殺リスクは12.6倍、心血管死亡は5.6倍
http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1110307

記事はニューイングランドジャーナルオブメディスンという英国
の雑誌からです。15年間に癌と診断された607万人以上の
スウェーデン人の患者様を追跡したところ、(そうでない人と
比較して)診断された直後の1週間で、自殺のリスクが12.6倍に上昇。
引き続き最初の1年間では、3.1倍であったという事です。
当然のことですが病状が深刻であるほどこの傾向は強かったという
ことです。

この手の論文は初めてではありません。2010年にもJournal of the
National Cancer誌で前立腺癌の診断後の自殺についての記事が
ありました。これは一般集団と比べた自殺のリスクは、診断後
1-3ヶ月が1.9倍、4-12ヶ月が1.3倍と高かったというものですが
今回の研究ではこの時の数字よりも深刻でした。
前立腺がんは一般的にがんの進行が緩やかで治療法の多いがんで
あったからか、米国とイギリスの国民性であったか…男性はむしろ
自殺が増えそうなものですが…原因は分かりません。
ちなみにこの前立腺癌の研究では単身や配偶者と離別・死別している
男性の自殺リスクがより高かった、ということ。当然ながら支える
人、大切な人がいるかどうかで異なると思います。
余談ですが心血管疾患は直後に増加するもののやがて減少に転じており、
健康に配慮するからではないか、という考察がありました。


かつて我が国で、高名なお坊さんが告知を望んだので告知した
ところ、翌日に自殺してしまった。だから癌の告知はしては
いけない、という有名な話がありました。私が勤務する先々で
告知の話になると必ずと言って良いほどこの逸話が出て来ます。
相当有名な話だと思いますが、逆にひとりの患者様の話
にしてはあまりにも有名過ぎて不自然であり都市伝説的な印象を
持ちますし、だから告知しないというのは違います。
しかし、今回のような研究がある事を考えると
稀とはいえ告知直後に自殺するリスクが上昇するという認識が
改めて必要だと考えさせられます。
あまり軽視しない方が良いという事です。

私はここから、今の告知のスタイルを見直す切っ掛けになれば
良いと思います。内視鏡後に廊下で軽く「癌だよ」と告げられた
という患者様がいらっしゃいました。他にも告知が
また、告知法があまりに配慮がなく傷付いたという話はよく
お聞きします。配慮にかけるとして、患者様の自殺後に訴訟
になったケースもあります。「訴えられるから」ではなく、
それだけ患者様にとって重大な内容だという事です。
…実に当然のことなのですが、それがなされていないのです。

我が国ではサイコオンコロジストが少なく、告知された方全員
が精神科的なサポートを受けるのは難しいです。
しかし、主治医が精神面の変化を「気にする」ようになる
だけで、言葉遣いや「眠れている?」「食事出来ている?」等の
質問を診療に加え、適宜診療内科にコンサルトする等で
自殺のリスクは減らせるのではないか、と私は思います。


「延命」と「尊厳死」

2012-04-06 08:32:26 | 認知症の看取り
以前「延命」に消極的な考えを持つ私に、ある大きな病気を経験した
患者様がこんな事をおっしゃいました。

「あなたは死に直面する病気になった事がないから、延命反対だの
尊厳死だの言えるんです。」

「なるほど、それはそうだな」と思いました。しかし同時に口には
しませんでしたが、

「逆にあなたは死に行く患者様に延命治療を施したこともないし
今とは違う、自分では何も出来ず意思表示も出来ず、強い苦痛から
逃れられない状態でも、『本当に』延命を希望するのでしょうか」

とも思いました。

殆どの方は、死にたくはないし、病気と闘い、苦しくても何でも
生き抜きたいという想いを持つことでしょう。その想いを私は
想像することしか出来ませんが、理解したいと思っています。
この『生きたい』という当然の気持ちを想像する事をしないと、
「苦しそうだからセデーションしましょう」というような
『苦しくなければ良いという何か間違った緩和』
に陥り易いと思います。


しかし、同時に、健康な私が闘病中の患者様の気持ちを本当の意味で
理解出来ないのと同じように、少なくとも御自分の意思をきちんと
表現出来る状態の患者様は、それが出来なくなった時の状況を、
お気持ちを本当に理解出来るのでしょうか。

死を目前にした時には、また違った想いがある「かもしれない」
とは考えなくても良いのでしょうか。これを考えないと
上記の「間違った緩和」と対極の偏った考えになる可能性もあると
私は思います。

結局は、意思表示が出来なくなった患者様の気持ちは意思表示が
出来ない人しか理解出来ない、という事になるのではないでしょうか。

そうであれば、やはり事前の御本人の意思に拠るか、御家族の判断に
委ねるしかなくなります。ここに他者の利害や思惑が加わり、
判断を左右するというのはもってのほかですし、尊厳死を推進して
いくのであれば、ここを慎重に考えないと大変な事になります。

他者のいたみを理解するのは、いつも難しいです。
しかし、それを理解しようとしなくて良いという事ではありません。

皮下輸液という選択肢

2012-03-23 17:31:28 | 認知症の看取り
認知症が進行し、寝たきりで経口摂取も出来なくなった場合の
胃瘻について、消極的な立場からいくつかブログの記事を書きました。
しかし、実際の場において老いて衰弱していく患者様を「寿命」だと納得し
何の医療行為もせずに看取ることの出来る御家族が、どれだけいる
でしょうか。

そう考えると私は、『胃瘻による延命』と『何もせずに看取る』の間に、
皮下輸液という選択肢があっても良いのではないかと思っています。
輸液はもちろん皮下でなくても良いのですが、恐らく輸液に適した
血管も少ないと思いますし、在宅という場を想定して敢えて書かせて
頂きました。皮下輸液に関する私の記事も参考にして下さい。

http://blog.goo.ne.jp/kotaroworld/e/b8d88e0853c35e7eafdb18b0ff4d7c05

皮下輸液は色々な意味で優しい医療行為になると思います。
必然的に1日500ml程度の点滴になりますが、この量であれば
体液貯留に伴う胸腹水や四肢の浮腫を著しく悪化させる事は
少なく、他に肺炎などの問題がなければ最後に1~2ヶ月の時間を
御家族にプレゼントすることが出来ます。
御家族もこの期間であれば介護に疲弊してしまうことはあまりないと思います。

比較的稀ですが、他に問題がなく脱水だけで衰弱していた患者様は
点滴により再び経口摂取が出来る場合もありますので
「見捨ててしまった(実際にはそんな事はないのですが)」という、
残された御家族の罪悪感も軽減する事が出来るのではないかと
思うのです。

確かに、輸液でも患者様を余計に苦しめてしまう可能性がないとは
言えませんが、通常は胃瘻と比べれば程度はとても少ないはずです。
どなたにもベストな選択とは言えませんが、少なくとも選択肢のひとつに
入れて考えて頂いても良いのではないでしょうか。

尤も、この考えには色々と反対もあるかもしれません。
もっと良い考えがあるようであれば是非教えて頂きたいと思います。


胃瘻の値段

2012-03-16 09:21:32 | 認知症の看取り
今日は胃瘻の値段についてお話をさせて頂きます。
その前に、ここ何度かの胃瘻の話を読んで下さった
方は御承知だと思いますが、
私は自分自身が本当に胃瘻を受けたくないので
どうしても胃瘻に反対の気持ちが入る事が多いです。
ある方にとっては、それは不快に思われるかもしれません。
もちろん、私と違う意見の方を否定する意図はありません。
しかし、介護負担や金銭的負担など詳しい説明もなく胃瘻
を造り、後悔する方が多いのも事実なのです。
導入前に議論を、または自身の意思表示を考えて頂きたい。
それが私のブログの主旨です。

今日はその、金銭的な負担を考えたいと思います。
胃瘻の値段についてあまり論じられないのは、医療の話に
お金の話を持ち込むべきではない、とか人の命に値段を
つけているような不快な想いをする方が多いからではないか
と思います。その感覚はとても良く分かります。
しかし、現実的には生きるために考えなくてはならない事柄
であり、後で知らずに苦しむのは患者様や御家族なのです。

まずは佐々木先生達の以下の文献があります。
http://www.jstage.jst.go.jp/article/geriatrics/45/4/45_398/_article/-char/ja
PDFファイルで、全文を読むことが出来ます。
これによると、胃瘻では平均1.2年生存し、900万の医療費がかかった
とあります。これは公費の話です。個人の負担は基本的にはこんなに
かかりませんので。
もちろん、一口に胃瘻と言っても患者様の全身状態により、
あるいは介護力によりこの値段はかなり大きく異なると思われます。
あくまで平均です。
しかし、要介護5に近く、また医療費・栄養剤費・消耗品など考慮すると
確かにこれくらいになるかもしれません。
公費ならいいじゃないか、と単純には言えません。
医療費・介護保険が膨れ上がり医療崩壊の危険が叫ばれているのは
周知の事実です。皆保険を必死に守っていますが、そう遠くない
将来、維持出来なくなるかもしれません。

少し逸れますが1960年代には5000億程度であった国民医療費も、今や
30兆を遥かに越えています。
http://www.dm-net.co.jp/calendar/2010/010878.php
国債を含めて国家予算が85兆円程度だと思いますので深刻さが伺えます。
これらの負担がやがて私達の子供達にふりかかる事になります。

現在、胃瘻の新規導入が20万件程度と考えられており、既に導入になっている
方と合わせると40万人と推測されています。このままでは2025年くらいまでは
100万人程度に増える計算だそうで、これに900万を掛けて頂ければと思います
(ちなみに900万はあくまで1.2年間での話です)。
殆どが家族も、医療者も、御本人も苦しむ可能性の高い延命であるとすると
やはりもう少し議論出来ないかと思うのは私だけでしょうか。

最後に、家族負担を考えます。これもピンからキリまでで、お話するのが
難しいですが、概ね自宅介護では月4~5万(介護者に平均的な介護力がある
場合)、有料老人ホームでは15万~30万(都内は高いです)という事に
なると思います。
諸経費が掛かるので、これより多めに考えて頂いた方が良いですが。
療養型病院や特養では遥かに負担は少なくなり、在宅+αくらいになるかも
しれません。しかし、自己負担が少ないという事は公費がその分多く掛かる
訳です。

お金のために医療を控える事はあってはならないとは思うのですが、
世界の大部分ではそれが当たり前なのです。
我が国でも、この状況を維持する事がかなり難しくなっています。
その事は皆さんに考えて頂く必要があります。
次の世代に苦しみを丸投げしないように…。