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忘れ物になる前に

写真を撮ったり出かけたり。たくさんの思い出を忘れないために、書き記していきたいと思います。

新潟の話 R21編成

2015-02-25 23:58:22 | 485系まとめ
今でこそ在籍車の大多数を占める485系3000番台。青森と新潟(と盛岡のジパング編成)に在籍しているこのグループですが、改造時期が何度か分かれた新潟車の3000番台はいくつかの点で異なる部分があります。そんな中、新潟では標準的ともいえる3000番台編成を今回はまとめます。



485系R21編成
転入:2000年3月
編成移動:なし
編成
クハ481-3018(6号車)
モハ485-3037(5号車)
モハ484-3037(4号車)
モハ485-3074(3号車)
モハ484-3074(2号車)
クロハ481-3024(1号車)
最終運用:2015年3月15日 おはよう信越
秋田回送:2015年5月8日

新潟では6両編成グループの中で最初に3000番台として配属された車両。種車は新潟に在籍していた車両ではなく、秋田に在籍し「こまくさ」として活躍していた車両。山形新幹線新庄延伸により特急「こまくさ」が廃止(「こまくさ」の名称時代は701系使用の快速として残った後に消滅しています)となり余剰となった5両編成のこまくさ2・4編成の1~3号車であったクロハ481+モハ484+モハ485(残る4号車・5号車のモハ484+クモハ485のペアは秋田に残ったものの、使用されることなく廃車)に改造・組み替えを行い新潟に転属。新たにR21編成と名乗り新潟で第二の人生を送り、現在に至ります。
3グループに分かれるうち、R22編成と同じ1グループに分けられ、転落防止幌と5号車のトイレがない仕様。微妙に異なるところはありますが、主な仕様は同時期に同じ経緯で改造されたR22編成と同一です。
新潟では標準的な3000番台編成となります。目立った点がないため模型化しやすい編成ともいえ、マイクロエースからは485系3000番台6両編成仕様「いなほ」として製品化もされています。
R21編成に関しても、Mirage-G様によるGotham City of Niigataさんによるこちらの記事も合わせてご覧ください。


クハ481-3018(6号車)
種車:クハ481-1018←クロハ481-1001
元こまくさ2編成の1号車。クハ481となるとそこまで目立つ車両ではありませんが、元々はクロハ481のトップナンバーを名乗っていた車両。新潟車の485系の場合新潟方を向く6号車には奇数車両のクハ481を連結しなければいけないため、偶数車両であるこの車両は方向転換を同時に行っています。
種車クハ481-1018は1979年に青森に配置。1993年に秋田に転属し、1987年にクロハ481-1001へと改造の上再度青森に転属。1988年に秋田に再び転属となり、2000年にクハ481-3018へと改造され、新潟に転属となりました。分割民営化が行われた1987年付近では、485系が青森と秋田でかなりの車両が転属を繰り返しており、この車両のように青森と秋田を何度も行き来した車両もみられたようです。クロハ481-1000のトップナンバーであった車両ですが、新潟転属時に全席普通車のクハ481へと再改造。番号もクハ481時代のものを踏襲したため、クロハ481時代の名残はほぼ見られません。


モハ485-3037(5号車)
種車:モハ485-1037
元こまくさ2編成の3号車。トイレが撤去されているためトイレタンクがないのが外観の最大の特徴です。
種車モハ485-1037は1979年に青森に配置。1988年に秋田へ転属となり、2000年に3000番台のモハ485-3037となり、新潟へ転属。R21編成の一員として活躍しています。


モハ484-3037(4号車)
種車:モハ484-1037
元こまくさ2編成の2号車。乗務員室の窓は原形になっています。3000番台改造の際、乗務員室窓に関しては種車のものを流用するので、種車が改造車であれば小窓、未改造車であれば原形サイズのものとなります。
R21編成は、秋田在籍時代のこまくさ2・4編成を組み換え改造して組成された編成であるため、1~3号車と4~6号車で改造種車の編成が異なります。6~4号車はこまくさ2編成からの転用です。


モハ485-3070(3号車)
種車:モハ485-1070
元こまくさ4編成の3号車。5号車モハ485-3037とはトイレタンクの有無程度で外観はほとんど同じ仕様です。
種車モハ485-1070は1978年に秋田に配置。以降移動することなく秋田に配置されていまたが、2000年に3000番台改造を受けモハ485-3070となり新潟へ転属となります。山形新幹線新庄延伸によった用途余剰により、3000番台へと生まれ変わって新潟の地で活躍しました。


モハ484-3070(2号車)
種車:モハ484-1070
元こまくさ4編成の2号車。新潟車の場合2号車は多目的トイレを備えた車両で、座席の1列分の撤去と車いす対応座席の設置により同じモハ484-1000,3000でも定員が異なります。この改造は3000番台改造を行うと同時に施工されており、連結位置は異なるものの青森車の3000番台にも同様の設備が整えられています。T編成R編成ともに共通運用となっていた新潟車485系は、2号車の座席は定員数の少ない3000番台のものに合わせて指定券を販売していたようです。
車両の流れはモハ485-3070と同様です。


クロハ481-3024(1号車)
種車:クハ481-1004←クロハ481-1024
元こまくさ4編成1号車。6号車に位置する元クロハ481-1001とは異なり転用に際し方向転換などの改造は行われていません。クハ481-1000としては最若番となる1004が種車ですが、クロハ481を名乗っている現在はやや気づきにくいところです。
種車クハ481-1004は1976年に秋田に配置。1985年に青森に転属しますが、1986年に再び秋田へと再転属。1988年にクロハ481-1024へと改造。その後も秋田で活躍を続けますが、2000年にクロハ481-3024へと改造され、新潟に転属となります。6号車のクロハ481-1001とは異なり、こちらはクロハ481としての機能を新潟転属後も生かすため、普通車への改造は行われていません。


編成番号表記。左がクロハ、右がクハになります。新潟車の標準となるハイフン付きのフォントではないのが特徴で、同じように表記しているR23、R25編成とはまた違ったものであるのも特徴。特にクハのものは遠目からでも目立つほど白いため、遠くから編成を判断する1つの基準となります。


転落防止幌を備えていないのも特徴。車両間の間には何もありません。


クーラーは更新型のAU112をクハ481,モハ485に全車装備。モハ484はAU71Bを装備しています。(写真は同じもののR28編成のもの)


ステップは埋め込みできないタイプのもの。ステッカーステップとドアに貼ってある「あつい」ステッカーのみが貼り付け。ゴミ箱は新潟では標準のもので、ゴミを押して入れるタイプ。青森のフタを開けるタイプとは対称的です。


トイレのない5号車の部分には他の編成同様荷物室を設置。この荷物室、R21編成のみ床下デザインが異なる(デッキと同じデザイン)というちょっと違った点も。


車内の仕切りドアは青色のもの。R編成だけでなく、T編成にも普及しているこのドア形状。ただしクロハ481の普通車とグリーン車を仕切るドアもこの形状になっているのはR編成のみ。デッキと室内を仕切るドアは自動(普通車とグリーン車の仕切りにはグリーンステッカーを貼り付け)、車両間のドアは同じタイプですが手動となっており、取っ手がつきます。


乗務員ドアの雨どいはどちらも原形タイプ。標準タイプが多いのもR21編成らしいところ。


連結器カバーは両端ともに黒。2009年頃まではクハ481のみが白でしたが、クハが白という姿が最後まで見られたのはR21編成のみ。なお連結器カバーという点では、国鉄時代に標準となったお椀型と言われている青いものを6両編成の中では唯一装備していたのも当編成のみです。


幕故障はここ最近では見られていなかった編成ですが、2011年秋~2012年冬にかけてクロハ481のヘッドマークが故障していた時期があり、その際は白い布でヘッドマークを覆っており、目立つものになっていました。



運用は転入当初から特急運用に従事しており、主に「いなほ」「北越」として活躍。「みのり」を代走した経験もある他、2012年に一度だけ「くびき野」も代走しています。増結ユニットが配備された頃から基本的にR21編成が増結対象になっており、「いなほ」の増結や「高田お花見」にも使用。増結ユニットを用いた最終運用と、増結ユニットの廃車回送を長野まで送り届けたのも当編成でした。


2012年に運転を開始した「おはよう信越」の一番列車を担当したR21編成。485系の運用が減少していく中でも華々しい姿を見せつつ活躍を続けていしたが、2015年3月改正による運用整理によってその役目も終了。自らが最初に担当した「おはよう信越」を最後に運用離脱となり、生まれ故郷である秋田で無事に役目を終えました。

新潟の話 T18編成

2015-02-24 18:22:38 | 485系まとめ
長らく更新してませんでしたが…今回は要望もあったということや、模型化も実現したということで、新潟ではかなり注目を集めている編成の1つをまとめていきます。


485系T18編成
転入:2000年7月
編成移動
転入時:T15編成
2001年3月:T18編成
編成
クハ481-1508(6号車)
モハ485-1074(5号車)
モハ484-1074(4号車)
モハ485-1082(3号車)
モハ484-1082(2号車)
クロハ481-1029(1号車)
最終運用:2015年5月30日 団体
新津回送:2015年7月7日 クハ481-1508のみ新津鉄道資料館保存のため、EF81-134牽引により回送
秋田回送:2015年8月10日,11日 残る5両は余剰廃車のため機関車牽引により秋田回送。8/10,EF64-1032牽引、新潟→長岡。8/10-11,EF81-140牽引、長岡→秋田

2000年7月から青森から転入してきた編成で、青森ではA12編成として在籍。青森では「はつかり」として主に運用に入っていましたが、E751系投入に伴い余剰となり保留車へ。同タイミングで新潟車の波動輸送用の客車を置き換える目的で新潟に転属となりました。転属当初はT15編成でしたが、これは晩年のT15,T16,T17編成が当時T21,T22,T23編成として在籍していたためで、この3編成が6連となった際はT編成最後の編成番号に位置するようにT18編成へ改名しています。これは当編成がATS-Pを備えているためのもののようで、オールモノクラスだったT19編成、R編成でATS-Pを持つR26,R27編成、青森から転属したR28編成が編成番号後半に来ているところを見ると意図的に変えているようです。転属当初は編成向きが青森時代もままで逆向きでしたが、転入して1年後に方向転換を実施。編成向きが揃ったことで他の編成と共通運用を組むようになり、2001年に上沼垂色化。2003年に「ムーンライトえちご」予備編成を担当できるよう改造を実施、2008年に国鉄色に戻され現在に至ります。



クハ481-1508(6号車)
ご存知の通り元々北海道での運用を想定した1500番台のうちの1両。1974年に札幌に配置、となっていますが、落成当初は性能チェックを兼ねて青森貸出という形で配置。その後北海道へ渡り「いしかり」として運用された後、1981年に青森へ転属。1988年に秋田に転属し、1993年に再び青森へ。2000年に新潟に転属となりました。外観は運転台後方監視窓の埋め込みなど最小限の改造に留まっており、かなり原形を残したスタイルで活躍していました。
485系1500番台は、JRへの分割民営化に絡んだ新潟への485系配置の際、優先的に新潟へ転属していたのが特徴。分割民営化直前に行われた新潟への転属時、485系1500番台で新潟へ転属しなかったのは、クハ481-1501,1508(青森残留)、1506(秋田残留)の3両のみ。このうち、クハ481-1506は1997年、クハ481-1508は2000年、クハ481-1501はクロハ481-3020となったうえで2006年に新潟へ転属。最終的に全車両が新潟へと転属しています。
(なお、クロハ481-3020(←クハ481-1501)が転属となる前にモハ484/485-1500が全廃となっている他、クハ481-1504,1505が勝田転属、クハ481-1507,クハ481-3506(←クハ481-1506)が廃車になっているので、全車両が新潟で顔を合わせたことはありません)


モハ485-1074(5号車)
1978年に秋田に配置され、1993年に青森、2000年に新潟に転属となっています。青森在籍時代に現在の編成を組成しているため、車両の動きは1993年以降は6両とも同じです。外観は転落防止幌が取り付けられた部分以外は原形を保ちます。5号車と6号車は簡易リクライニングシートを装備していた最後の485系でもあります。


モハ484-1074(4号車)
車両の動きはモハ485-1074と同じです。新潟では自由席車として活躍していましたが、青森時代とは方向が変わっているため、青森時代は指定席車として活躍していました。仕切りドアが自動ドアになっていることがその名残となります。乗務員室窓は小窓へと改造。青森時代に改造されたようで、2号車のモハ484-1082や後に転属となるK1,K2編成のモハ484も同様に改造されています。4号車は主に自由席の車両となりますが、T編成では珍しく座席の交換が行われており、3000番台タイプの座席へ交換されていました。


モハ485-1082(3号車)
1979年に秋田に配置。1993年に青森、2000年に新潟に転属となっている、という流れは他の車両と同じです。秋田在籍時の晩年からT18編成へと繋がる編成に組成されていたようですが、秋田在籍時晩年は上野発着の夜行急行「津軽」として活躍。この際の編成には、晩年新潟でT18,K1,K2編成となる車両が使われており、首都圏に乗り入れていたことから青森在籍時代も含めこの3編成にはATS-Pが設置。新潟在籍時まで密接に関わる3編成の縁はこの頃からあったようです。


モハ484-1082(2号車)
前述のモハ484/485-1074とは逆で新潟では指定席車、青森では自由席車として活躍した車両。モハ484/485-1082は新潟では2号車と3号車に連結されることから指定席車として使用されるため、新潟転入後座席を3000番台タイプの座席に交換しています。デッキなどの部分は青森時代のままであるため、客室とデッキの仕切りドアが(新潟在籍時の)2号車と3号車は手動ドア、4号車と5号車は自動ドアになっている点が、当時の名残でした。



クロハ481-1029(1号車)
種車:クハ481-1035
種車クハ481-1035は1978年に秋田に配置され、1993年に青森に転属。同時にクロハ481-1029となり、2000年に新潟へ転属となります。急行「津軽」として活躍していた頃はサロ481を組み込んだ9両編成であったためクハ481-1035として活躍していましたが、青森転属の際に他の編成と合わせるためにクロハ481-1029へ改造されたようです。
JR時代に追加改造されたクロハ481グループ最終改造車の1両。新潟と青森では編成の向きが異なっていたことから新潟に転入し方向転換が行われているため、本来偶数の先頭車となる1号車ですが奇数の先頭車となっています。クロハ481,クハ481共にですが、T18編成は各地の2008年の国鉄色再塗装時以降JRマークを省いて塗装されており、編成を見定める1つのポイントになります。なお、青森時代と新潟転入直後の国鉄色時代はJRマークが入っていました。



編成番号は左がクロハ481、右がクハ481です。標準となるのはクハ481のようなタイプですが、統一はされていないようです。


クーラーは特急編成の一員であることから更新改造が行われており、クロハ481のグリーン車部分である2つのみがAU112、他はAU13EN(モハ485,クハ481,クロハ481残り3つ)、AU71B(モハ484)を搭載しています。


「ムーンライトえちご」予備編成投入に際し関東圏に乗り入れることから転落防止幌を設置。こちらは黒で塗装されているためあまり目立つことなく編成に溶け込んでいます。


クハ481-1508のみ車体番号がペイント化されています。時期的には上沼垂色化の際にペイント化されたようなので、青森時代と新潟転入直後はオリジナルのステンレスタイプだったようです。


クハ481-1500は北海道時代に着雪防止のためテールライトを改造しているためやや形状が異なるのが特徴。このテールライトは着脱可能なので外すことも可能ですが、外さずに運用に入っています。


クロハ481-1029のタイフォン部分はなぜか取って付き。他のクロハ481,クハ481には1両を除き全く普及していなかったことから試作要素が強かったものとみられます。


「ムーンライトえちご」運用に入ったことから、全車指定である旨を示したステッカーを各車両に貼り付け。現在は「ムーンライトえちご」の設定が消滅しているもののステッカーは存置されており、かなり劣化したものは撤去される、といったことになっているようです。


乗降ステップ。晩年は外さなければいけない「いなほ」運用が置き換えられたため、「くびき野」「北越」運用を行き来しやすいようにステップを装着したままになっていますが、基本的には外したまま運用に入っていました。


窓下のステッカーとゴミ箱。窓下ステッカーは他の編成と同じものを貼り付け。ゴミ箱は青森時代のものが備わっています。ただなぜかT18編成、ゴミ箱のふたが全て撤去されています。


(食事中の方すみません…)
485系のトイレは基本的のJR時代にはリニューアルを受けていますが、T18編成も例外なく受けています。ただし他の新潟車とは異なり青森時代にリニューアルを受けているため、他のT編成とは異なった内装になっています。現在はT編成がT18編成のみとなってしまったため比較できないのが残念なところです。


デッキの仕切りドアは黄色いもので、青森時代の名残です。青森車は1000番台編成も3000番台編成に準じたリニューアルを行った模様で、仕切りドア交換もその一環と思われます。黄色のドアなのは、青森の3000番台が黄色基調のものであるからと思われます。


…が、1か所だけ仕切りドアが新潟仕様の青色のものになっているところも。


クロハ481のグリーン車部分の仕切りドア。この場所に限らず、T18編成の自動ドアは全てこの形状です。あくまで仕切りドアが自動なのは指定席車のみ、しかも青森時代で指定席車だった車両のみであるため、方向転換が行われたT18編成では自動ドアとなっているのは1,4,5号車ととびとびになっています。


2,3,6号車の仕切りドアは数少ない原形タイプ。リニューアルを施工した車両のみが生き残っている現状において原形ドアがこのような形で生き残っているのは貴重といえます。


1~4号車の車内には後付けのようなクーラーを設置。特急運用で指定席車にあたる部分のみに取り付けられていることからサービス改善のためでしょうか。他のT編成・K編成には見られません。


クロハ481の連結器カバーは時期によってかなり変わっており、黒、緑、白を装備しています。上沼垂色時代~国鉄色復帰初期(2009年頃)までが白、黒は2009年頃~2012年1月、緑は2012年1月~2013年8月、そして再び白に変わり現在に至っていることから、白カバーに縁がありそうです。なお、転属当初は青森時代のものを装備(新潟車115系と同タイプのもの)しており、クハ481は転属当初を除き一貫して黒カバーです。



運用に関しては、転属当初は波動運用、編成向きが揃った時点から「いなほ」「北越」といった特急運用に原則入っています。一時的ながらT22編成と連結し10両編成となり「いなほ」を担当したこともあったりと、面白い運用にも入っています。「みのり」「くびき野」には当初から代走指定編成となっており、専属編成のあった頃は原則T18編成が代走を担当していました。「くびき野」専属編成消滅後は積極的に「くびき野」運用に入っていますが、「北越」運用にもちょくちょく顔を出したりとなかなか動きが読めない運用の入り方をしています。「ムーンライトえちご」でも予備編成として機能していたことから「フェアーウェイ」などの運用も担当。「能登」でも予備編成として機能…といいたいところですが、運用実績を見ると代走というよりT18編成も所定編成に含まれていた、と見てもいいと思います。
TDL臨や多客臨としても活躍しており、青森や関東、関西への乗り入れを行ったほか、他支社に貸し出され各地の臨時列車や代走に使用されたことも。仙台支社に貸し出し臨時「あいづ」運転や「あいづライナー」代走、盛岡支社に貸し出し「つがる」代走などといったものが例になりますが、状態の良さからか各地での活躍もみられ、それが今の人気につながっているのかもしれません。


今でこそ人気もあり注目される存在ではありますが、青森所属時代はE751系投入により真っ先に運用から外され保留車扱い。新潟へ転入しても最初は編成の向きが違ったために他の編成と同じ運用を組めなかったという過去もあります。それでもひたむきに今まで走り続けたことが、今の人気と活躍ぶりに繋がっているんだと思っています。彼を見るときに、日の目を浴びなかった過去があったということを思い出してみると、また違った見方が出来るのではないでしょうか。
新潟地区では最後まで残った1000番台・1500番台編成。団体列車として新潟の各地を駆け抜け、その先頭を飾った1両、クハ481-1508は新津鉄道資料館に保存。残る5両は機関車牽引により秋田へ回送され、役目を終えました。

新潟車485系稼働状況 2

2015-01-02 20:50:35 | 485系まとめ
前回の続きになります。
今回は、2014年を走り切った編成の稼働状況をまとめます。

以下は共通ですが、
・NODOKA編成、きらきらうえつ編成は稼働日数が読めていないため対象外です。
・稼働率は、稼働日数÷在籍日数で求めています。小数点以下第3位を四捨五入し100倍、%表示で示しています。
・稼働日数はどの編成も何かしらの運用に入れば1カウント。そのため走行距離は反映されていません。また、検査入場・検査出場・廃車回送も運用とカウント。ただし把握できていない試運転などは反映していません。
・稼働日数以外、非稼働日数は運用に入らない日を差します。新潟での交番検査や秋田での要部検査・全般検査期間も非稼働日数に含めています(秋田入場の場合は備考で表記)。
・途中で運用離脱した編成の在籍日数は、1月1日~廃車回送施工日までとしています。
・その他に計算ミスや運用把握不足などで微妙に計算にズレが生じている部分もあります。参考程度にご覧ください。


・T18編成 稼働率73%(在籍日数365、稼働日268。9月~11月秋田入場)
<参考>2012年稼働率68%(10月~11月秋田入場)。2013年稼働率81%
T編成で唯一2014年全て走り切ったT18編成。稼働率がやや低いですが、秋田入場があっり2月に特急十日町雪まつりに充当するために大宮に回送される途中大雪に見舞われ高崎で抑止され、4日ほど動けなくなったりといろいろあったこともありますが、秋田入場するかどうかも検討されていたのかもしれません。他の編成と比べやや稼働率が低いのが気になりますが、無事に検査出場を終えたこともあり、活躍が見込めそうです。

・R21編成 稼働率83%(在籍日数365、稼働日302)
<参考>2012年稼働率81%。2013年稼働率69%(1月~2月秋田入場)
T編成に比べまだ将来的には安泰とみられているR編成。R21編成はその中でも、秋田入場があった2013年を除き80%を超える稼働率。状態が良い編成なのかもしれませんが、秋田入場の年の稼働率がやや低いのも気になるところ。一方で、廃車を目前とした編成の稼働率も80%を超えているというのも事実。これから先に大きな動きが見られるかもしれません。

・R22編成 稼働率86%(在籍日数365、稼働日314)
<参考>2012年稼働率82%。2013年稼働率79%(6月~7月秋田入場)
先程のR21編成に比べそれ以上に稼働率が高いのがこのR22編成。秋田入場をした2013年でも80%に近い稼働率であることから、相当状態の良い編成であることがうかがえます。こちらもR21編成同様稼働率が80%台。特に2014年は86%とかなり稼働していることから廃車を目前としている可能性も考えられるため、こちらも大きな動きがあるかもしれません。

・R23編成 稼働率79%(在籍日数365、稼働日288)
<参考>2012年稼働率85%。2013年稼働率76%(8月~9月秋田入場)
R21編成やR22編成に比べやや稼働率が低めなのがR23編成の特徴。2012年の稼働率は高いですが、2013年、2014年の稼働率はやや控えめな感じです。先程の2編成に比べ稼働率はそれほど高くないので、こちらはまだ安泰かもしれません。

・R25編成 稼働率74%(在籍日数365、稼働日270。1月~2月秋田入場)
<参考>2012年稼働率75%(2月~3月秋田入場)。2013年稼働率85%
稼働率だけを見るとR23編成と大きな差がないのが特徴。検査周期がR23編成と逆になっているためこちらは2012年~2014年の間に2回秋田入場をしています。2014年の稼働実績は秋田入場をしていないR23編成と18日しか差がないのが気になるところで、秋田入場をした分多く走り込んでいるようです。R23編成より故障が多く見られるようなので、そこまで安泰と言い切れないかもしれません。

・R26編成 稼働率71%(在籍日数365、稼働日260。11月~12月秋田入場)
<参考>2012年稼働率86%。2013年稼働率80%(1月~2月秋田入場)
2014年からくびき野運用中心になったR26編成。秋田入場をしたとはいえ2012年、2013年のものと比べても分かる通り稼働率は低め。運用を見返すと、確かにくびき野運用に連続して入っていた期間もあったのですが、月によってはあまり動かない月もあったためのようです。無事に2014年冬に秋田入場を終えたためしばらく安泰のようですが、元はR1編成として改造された編成を組み替えたもの。改造からかなりの年数が経っているため、安泰と断言はできないかもしれません。

・R27編成 稼働率81%(在籍日数365、稼働日297)
<参考>2012年稼働率78%。2013年稼働率61%(5月~7月秋田入場)
何度かくびき野運用を経験したことのある編成でしたが、2014年にT16,T17編成が廃車されたことに伴い秋ごろから頻繁にくびき野運用に抜擢。同時に特急運用もこなしていたことから2014年の稼働率はかなり高め。その一方、2013年の稼働率は61%と秋田入場があったとはいえかなりの低さ。ATS-Pや車内灯減光装置も備えかなり汎用性の高い編成ですが、稼働率が安定していないところを見ると老朽化が進行している可能性もあるため、汎用性が高いからと言って残ると言い切ることはできないかなと思われます。

・R28編成 稼働率77%(在籍日数365、稼働日280。6月~7月秋田入場)
<参考>2012年稼働率65%(9月~10月秋田入場)。2013年稼働率85%
こちらも2014年はくびき野運用を中心に担当しつつ特急運用にも顔を出すような運用スタイル。そのため秋田入場の期間があったと考えればかなり高い稼働率であったといえます。2012年の稼働率が65%と低い一方2013年は85%と高い稼働率で、こちらも安定した稼働率を保てているとは言いきれない感じです。改造時期はR1,R2編成と同時期で種車の老朽化も考えられるほか、元青森車の3000番台であることから他の編成と使い勝手が異なるようであれば先は長くない可能性もあるため、こちらも安泰ではないかもしれません。

・K1編成 稼働率67%(在籍日数365、稼働日246)
<参考>2012年稼働率75%(5月~7月秋田入場)。2013年稼働率81%
2014年内では廃車されるのではないかという噂が絶えませんでしたが、無事に2014年を走り切りました。ですが稼働率はかなり低く、2013年の81%から一気に67%へ下がっています。最後の秋田出場が2012年であることを考えると、2014年は休ませながら動かさなければ検査切れを迎えてしまうためではないかと思われます。いつ検査切れを迎えてもおかしくない状態であるため、優先的に運用を抜ける可能性もあり、あまり安心はできなさそうです。


以上で全編成の稼働状況をまとめたことになりますが、稼働率だけでは将来的なことを断言することはできません。動いている今のうちに記録を進めて損はないので、早め早めに記録していくのがいいかもしれません。
(もちろん、記録を最優先にした結果、本来やるべきことをおろそかにしてしまったり、周りの人に迷惑をかけてしまわないようにしなければいけませんが)

残された時間で、悔いのないようにしていきたいところです。

新潟車485系稼働状況 1

2015-01-02 14:47:11 | 485系まとめ
あけましておめでとうございます。

昨年もたくさんの方々のお世話になりました。今年もいろいろなことがあると思いますが、よろしくお願いします。




昨年は新潟車485系にとって、大きな動きが見られた年でもありました。特にT編成とK編成はそれぞれ1編成を残し全て廃車。R編成の廃車も再びスタートするなど、徐々に引退へのカウントダウンが始まっています。
そこで今回は、個人的にまとめていた運用データをもとに、2014年の稼働率をまとめてみます。また、2012年と2013年のデータも同時にまとめ、2年間での稼働状況を見て行こうと思います。
まず最初は、2014年に運用を離脱した編成から見ていきます。

以下は共通ですが、
・NODOKA編成、きらきらうえつ編成は稼働日数が読めていないため対象外です。
・稼働率は、稼働日数÷在籍日数で求めています。小数点以下第3位を四捨五入し100倍、%表示で示しています。
・稼働日数はどの編成も何かしらの運用に入れば1カウント。そのため走行距離は反映されていません。また、検査入場・検査出場・廃車回送も運用とカウント。ただし把握できていない試運転などは反映していません。
・稼働日数以外、非稼働日数は運用に入らない日を差します。新潟での交番検査や秋田での要部検査・全般検査期間も非稼働日数に含めています(秋田入場の場合は備考で表記)。
・途中で運用離脱した編成の在籍日数は、1月1日~廃車回送施工日までとしています。
・その他に計算ミスや運用把握不足などで微妙に計算にズレが生じている部分もあります。参考程度にご覧ください。


・T17編成 稼働率88%(在籍日数8、稼働日7)
<参考>2012年稼働率83%(4月~5月秋田入場)。2013年稼働率89%
2014年に在籍していたとはいえ、在籍日は廃車回送日も含めてもわずか8日。そのため年間稼働率、と称していいのかという疑問は残りますが…。2012年、2013年の稼働率を参考にすると例年と同じくらいの稼働率だったことが分かります。くびき野専属編成だったことから他の編成と比べ稼働率が高くなる傾向にありますが、毎月80%を超える稼働率は最後までその使命を全うしたともいえます。

・T16編成 稼働率44%(在籍日数107、稼働日47)
<参考>2012年稼働率75%(11月~12月秋田入場)。2013年稼働率95%
T17編成と同じくくびき野専属編成で、2012年と2013年の稼働率は高い傾向にありますが、2014年の稼働率はかなり減少。これはT16編成が2/17~廃車回送日前日の4/16まで一切運用に入らなかったことが原因にあります。車両にトラブルがあり運用入りできない事情があったようですが、2013年の稼働率95%は他にない稼働率であったので、今までの苦労をねぎらった休憩期間…と見ていいでしょうか。2012年は検査入場に行ったこともありましたが、同時に車両トラブルにも見舞われ、稼働率が低下しています。検査入場と車両トラブルがありつつも75%を保つのはなかなかできることではないと思います。

・K2編成 稼働率76%(在籍日数160、稼働日121)
<参考>2012年稼働率77%。2013年稼働率73%
T編成やR編成と異なり実質定期運用を持たないK編成。担当列車である「ムーンライトえちご」は年々設定日が減少し、2014年には「ムーンライトえちご」とその後継にあたる「えちご春の夜空」の設定が消滅。ですがK2編成の稼働率自体は安定を保っていました。2012年のT16編成稼働率は秋田入場日を含め75%だったところをみると、K2編成は同じ2012年では検査入場に行かなかったものの77%をキープ。やはり定期的な運用を持たない編成であるため、稼働率はやや低めであるようです。

・T12編成 稼働率82%(在籍日数177、稼働日146)
<参考>2012年稼働率80%(5月~6月秋田入場)。2013年稼働率80%
特急運用を担当した編成。くびき野運用は予備編成がないため稼働率が高くなる傾向にありますが、やはり運用離脱を目前にしているためか比較的稼働するように運用を組んでいたようです。2012年に検査入場をしつつ80%を保っていたのはかなりの稼働率ですが、翌2013年は検査入場がなくても稼働率は同じ。やはり調子が必ずしも良いというわけではない編成ですが、それでも晩年は稼働率を上げ、多く走り込んでいたようです。

・T15編成 稼働率90%(在籍日数209、稼働日189)
<参考>2012年稼働率80%(8月~9月秋田入場)。2013年稼働率90%
特急運用とくびき野運用を兼ねた使い勝手の良い編成ではありましたが、その使い勝手の良さは稼働率によく表れています。2012年は検査入場をしつつも80%、2013年はくびき野運用ではなく特急運用を主体としていながら稼働率は90%を維持。そして去年2014年は在籍日数中約半分をくびき野運用、残りの半分は特急運用に従事。それをして90%という稼働率の高さは、汎用性の高さと状態の良さを示すものとしてふさわしいでしょう。在籍最後の月になった7月を除いて各月の稼働率が90%を超えていたのもT15編成のみ。特急運用だけでなく、くびき野や団体運用もこなすのには理由があるようです。

・T13編成 稼働率86%(在籍日数360、稼働日311)
<参考>2012年稼働率87%。2013年稼働率79%(3月~4月秋田入場)
最後まで1000番台編成の上沼垂色として在籍していた編成。晩年は上沼垂色として唯一の存在で、かなりの動いていたこともあり数値化するとかなり高めのようです。検査入場のために秋田に入場した2013年は少し稼働率が低いですが、他の年はくびき野編成に負けず劣らずの稼働率。くびき野編成とは走行距離・最高速度共に違う特急運用にこの稼働率で動き続けたため、検査周期的に見るともう少し走れそうな気もしますが、おそらく車両的には相当走り込んだと思われます。

・増結ユニット 稼働率7%(在籍日数151、稼働日11)
<参考>2012年稼働率21%。2013年稼働率12%
R編成に増結する形で残っていた増結ユニットも、2014年5月に役目を終えました。主にR編成に組み込まれいなほ7号・8号で運用されていましたが、2013年9月にE653系に置き換わったため実質運用が消滅。定期運用となりつつあるいなほ7号・8号がE653系化される前である2012年でも稼働率は21%で1年のうち2割強しか動かなかった車両で、2013年はE653系が置き換わる半年間は稼働したためなんとか2桁の稼働率を保ちましたがそれでも12%。そして2014年はいなほ7号・8号がE653系に置き換えが完全に完了していたためほとんど動くことがなく、かろうじて高田お花見といなほ増結(修学旅行関連のもの)に使用されましたが、稼働率は2桁を割り1桁台の7%。他の編成がかなりの稼働率を見せていた中かなり希少な車両だったということがこれで分かると思います。


以上が2014年に役目を終えた編成。次は2014年も走り切った編成…ですがその前に、2014年を迎えることができなかった2編成を。

・T14編成 2013年稼働率76%(在籍日数259、稼働日196)
<参考>2012年稼働率83%
新潟車485系としては久々の廃車のスタートとなった編成。2012年、2013年共に秋田入場はしていませんが、2013年はやや稼働率が低め。これは3月、4月、6月に10日以上運用を抜けている日があったため。この間に検査を通すかどうか検討していたのかもしれません。ただ、T15編成が秋田入場に行きつつ80%を保つ中、入場しなかったとはいえ83%。やはり他の編成に比べ状態は良くなかったのかもしれません。とはいえ、最後の検査出場が2011年夏で、離脱した2013年9月。特急編成はおおよそ1年8カ月ほどで次の検査に入るというように周期が組まれている中、2年強走り続けたT14編成。稼働率は高くなかったですが、それなりの理由があったのかもしれません。

・T11編成 2013年稼働率83%(在籍日数283、稼働日234)
<参考>2012年稼働率81%(1月~2月秋田入場)
T14編成の次に抜けたのがT11編成。こちらはT14編成ほど長々走り続けたわけではないですが、稼働率はなかなか。特に2012年は秋田へ検査入場に行きつつも81%。T15編成並みの稼働率でした。こちらもT12編成と同様、2013年は離脱を目前にしているため稼働率を上げた、といった傾向が見てとれます。T13編成のところでも述べたように、特急編成は485系として出せる120km/hで走り続け、運用次第では走行距離が1日900km以上になる特急運用に入りながら稼働率が80%を超えている、というのは、くびき野編成などに比べ数値が低いとはいえかなり走り込んだということになります。


改めて、次は2014年も走り切った編成をまとめます。

新潟の話 T17編成

2014-11-19 21:48:49 | 485系まとめ
T編成の晩年は、新潟~金沢を結ぶ特急「北越」を主体とする運用に入る編成と、新潟~新井を結ぶ快速「くびき野」を主体とする運用に入る編成の2種類に分かれていました。どちらも個性的な編成ばかりでしたが、特にくびき野を主体とする運用には、個性的な編成が入っていました。今回はそのくびき野編成の1つから。



485系T17編成
転入:1996年6月
編成移動
転入時:T20編成
1999年12月:編成4両化、T23編成
2001年3月:編成6両化、T17編成
編成(最終時)
クハ481-332(6号車)
モハ485-1010(5号車)
モハ484-1010(4号車)
モハ485-1083(3号車)
モハ484-1083(2号車)
クロハ481-1023(1号車)
最終運用:2014年1月6日 くびき野1号
廃車回送日:2014年1月8日

シンボルマークのないクハ481-332を連結した特徴ある編成。晩年は「くびき野」専属編成として「くびき野」運用に入っていたことや、シンボルマークのない先頭車は一際目立つ存在だったと思います。クハだけでなく、他にも注目ある車両ばかりで組成されたおもしろい編成でした。


クハ481-332(6号車)
外観から分かる通り、元勝田車の車両。1975年に青森に配置され、1987年に勝田に転属「ひたち」として活躍した後、651系置き換えにより余剰。1997年に新潟に転属となり、T20編成のクハ481-27を置き換える形で現在に至ります。


モハ485-1010(5号車)
「雷鳥」用グレードアップ改造を受けた車両で、T17編成化する際に連結されました。本来指定席用の車両ですが、特急運用の際グレードアップ未改造車やR編成とは定員が異なるため指定席車両として使用することができず、自由席号車に当たる部分に連結されています。特急運用で活躍していたころの名残になります。T17編成の前はT2編成の4号車に連結されていました(T2編成は同時に9連から4連に短縮され、T21編成となっています)。


モハ484-1010(4号車)
同じくグレードアップ改造を受けた車両。1976年に秋田に配置され、1987年に新潟に転属。相方モハ485-1010と共に新潟に在籍していた歴が長いのが特徴です。6両編成に組み込まれたのは2001年からで、それまでは9両編成に組み込まれていたので、在籍期間は長いですが、他の車両とは新潟在籍時代の動きが異なります。


モハ485-1083(3号車)
1979年に秋田に配置され、以降秋田で活躍していましたが、1993年に勝田へ転属。更に1998年に新潟に転属。勝田での活躍はわずか5年ですが、新潟転属後しばらく「ひたち」色のまま活躍していた少し珍しい車両です。


モハ484-1083(2号車)
車両の動きはモハ484-1083と同じです。クハ481-332と一緒に転属してきた車両ですが、クハ481-332とは異なり転属後しばらくは「雷鳥」として9両編成に組み込まれた後T20編成に組み込まれました。


クロハ481-1023(1号車)
種車:クハ481-1002
種車クハ481-1002は1976年に秋田に配置。1985年に青森へ転属となりますが、1987年に再び秋田へ。1988年にクロハ481-1023となり、1996年に新潟へ転属。そこから新潟で活躍した車両です。485系1000番台の中で最初に製造された車両の1両ではありますが、クロハ481という形で2014年まで生き延びました。


クハ481-332は元勝田車。「ひたち」運用の際7両編成の編成を連結し14両運転のために先頭車に連結のためのジャンパ栓設置(写真手前の物)、シンボルマーク撤去が行われ、その姿のまま新潟へ転属。上沼垂色となり廃車時までこの姿のまま活躍しました。


「くびき野」専属編成の特徴として、クロハ481も含めた全てのクーラー(2,4号車を除く)がAU13ENで統一されていました。485系後期車としてはAU13EN(AU13E)で統一された姿が本来の姿なので、このほうが本来の485系らしいとも言えます。


クーラーが未更新ということからも分かる通り、クロハ481の内装は他の編成と異なっており、グリーン車の座席が写真のようなタイプでした(座席更新は受けています)。


「くびき野」運用に入るために必要なステップを埋めるブロック。春日山駅のホームがステップを埋めた高さ(115系、189系のドア高さ)に合わせてあり、ステップを埋めなければ逆段差となってしまうことから取り付けられました。現在はステッカーが貼られていますが、T17編成が在籍していたころは貼られていなかったため、貼られないままでした。


モハ484/485-1010のステッカーが国鉄時代からの切り抜き文字(写真左)から白文字のステッカータイプ(写真右)となっていました。9両編成には多く見られたものですが、6両編成ではほぼ見ることができず、晩年上沼垂色では9両編成から転用されたこの車両のみに見られたものでした。


編成番号、左がクロハ、右がクハです。T17編成の他、同じく4両化され再び6両化されたT15,T16編成は写真右のようなフォントの編成番号表記でしたが、T17編成はクロハのみ写真左のような標準のフォントに改められています。


「くびき野」専属編成の特徴として、1号車にステッカーが貼られています。「くびき野」の指定席が1号車のみだったころの名残で、2号車が指定席となった後も存置された他、2号車は元々自由席だったため指定席となった後もこのようなステッカーはありません。


クハ側の連結器カバーは緑。晩年は黒に統一されつつあった新潟では目立つ存在ですが、クハはシンボルマークがないためそちらが目立ってしまい、あまりカバーは目立たなかったように思います。左の写真は晩年のものですが、本来は右の写真のカバーを取り付けていました。2013年8月頃にT15編成のクロハとカバーを交換したようです。


T17編成の窓に貼られていたステッカー。ステップを付けていたため一部の駅では段差が大きくなってしまうため、その注意を促すものです。外側には基本的に貼られていますが、内側からのものは剥がれていたり貼られていたり、写真のように一部が剥がれてしまったものもあります。


T17編成は編成の移動が多かった編成の1つ。転入時のT20編成時代は「いなほ」「北越」「みのり」として活躍していましたが、1999年12月に「みのり」と「いなほ」の一部運用を4両編成に短縮して運用することとなり、T20編成は4両編成に短縮されT23編成化。そして2001年3月に運用の見直しから6両編成に復帰。この時6両編成で在籍していた編成のうち3編成が3000番台へ改造、R編成となったためT20編成とはならずT17編成となりました。2006年5月に「くびき野」混雑緩和のために6両化するための専属編成となり、晩年を迎えます。「みのり」専属編成を経験した後、「みのり」の後継である「くびき野」専属編成となった、「みのり」「くびき野」に縁が深い編成でした。


晩年はT16編成と共に「くびき野」専属編成として運用され、原則「北越」「いなほ」には入らない運用形態でした。突発的に特急運用に入る機会があったT16編成とは異なり、T17編成は2013年7月に「北越」運用に入ったのを最後に特急運用には入っていません(「いなほ」運用は2012年8月の臨時列車投入を最後に入っていません)。T17編成離脱後はK1編成が「くびき野」運用に入っています。


最後のくびき野3号に入るT17編成。晩年は「くびき野」運用に従事し続けましたが、シンボルマークのない独特なスタイルは最後まで健在。気軽に乗れる快速列車の編成ということで、お世話になった人も多いのではないかと思います。年末年始の繁忙期を影で支え、混雑が一段落ついた1月に役目を終えました。
この編成の離脱を機に新潟車の485系が少しずつ注目を集め始めることにますが、自分としては改めて大切な存在であったと思わせてくれた、少し特別な編成でした。