今では憎くてたまらない我が夫「イザナギ」に完全に逃げら、その上、黄泉との国堺に千引石を据えられて、もう黄泉国から顕国<ウツシクニ>に戻ることは決してかないません。どうすることもできません。仕方ないので、その仕返しとしてイザナミは声で伝えます。
「一日に貴方の国の人間をを千頭殺しますよ」
と。大石を越えてイザナミの声が上の方から降るように伝わってきます。もう、イザナギは黄泉国の恐ろしい鬼たちから追われることもありません。ゆっくりと、その苛立つイザナミの声を聞いていました。その声が終わって暫らくして、やおらイザナギは、大石の向こうにいるだろうイザニミに向かって詔います。
“愛我那邇妹命<ウツクシキアガ ナニモ ノミコト>”
と呼びかけています。それは先にイザンミが
”愛我那勢命<ウツクシキアガ ナセ ノミコト>”
と、呼びかけたことにたいする返礼の言葉で、「私のいとしい妻よ」ぐらいの意味があります。那は 「汝」で自分で、「勢」は兄、邇妹は妹です。
なお、私が映画監督なら、此のたった5、6字の言い回しについて、大変難しい注文をつけたいのですが。端から人を身下げた疎んずるような声ではありません。と言っても、心の底から「あなたを愛していますよ」と言う声ではありまん。ゆったりと二人の過去の生活を思い出しながら、一語一語ゆっくりと間を置くような言い方ではないかなと思うのですが。なかなか難しい云いまわしをしなくてはならない言葉です。
そのイザナミが悔し紛れに言います
「あなたの国の人を一日千人殺しますよ。」
その憎々しげな恨めしそうな言葉をきいたイザナギもすぐさま言葉を返します。
「あなたが千人殺すならば。私は一日に千五百の人を生みますよ」
と。
これで黄泉の国での出来事は総て終り、、無事にイザナギは「葦原中国」に帰る事が出来たのです。