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女王バチとロイヤルゼリー

2011-06-10 01:31:13 | 生物
 先日natureに、ミツバチが女王バチに成長するのに必要とされるロイヤルゼリーから、成長の原因となるタンパク質を発見したという論文が発表された。著者は富山県立大学の鎌倉正樹教授。久々の日本人、それも連盟ではなく1人というところがすごい。

 ロイヤルゼリーはミツバチの働きバチが分泌する物質で、将来女王バチになる幼虫のみがこれを摂取する。働きバチは卵巣が発達せず生殖能力がないのだが、女王バチは大きな卵巣を持ち、1日に3000個も卵をうみ、体が大きく寿命も長い。鎌倉教授はまず、さまざまな時間にわたって40度で加熱したロイヤルゼリーをミツバチの幼虫に与えたところ、加熱時間が長いほど、大型化・卵巣の肥大・成長期間の短縮といった女王バチの特徴が出にくくなることを発見し、ゼリーに含まれるタンパク質がカギを握っていると推測した。そしてロイヤルゼリー中のタンパク質を分離してそれぞれ幼虫に与えたところ、その1つであるロイヤラクチンというタンパク質を与えた時に、女王バチ同様の成長が確認された。

 さらに鎌倉教授は、このロイヤラクチンがどのように幼虫の体に作用するかを調べようと考え、いったんミツバチの代わりにミバエ(ハエの一種で、ウリミバエなどは青果類の害虫として有名)を実験対象とした。ミバエはさまざまな遺伝子型の個体がそろっているので、タンパク質が生体に与える影響を調べるのに適している。具体的には、正常な個体では発現しているタンパク質についての情報をもった遺伝子が欠けている個体が、個々の遺伝子ごとに何パターンも存在している。先日のマニュアルのたとえを用いれば、原本の特定のページがだめになっていて、そのページに対応するブロック作品が作れなくなっているという個体が、さまざまなページについて存在するというわけ。特定の遺伝子が欠け、それに対応するタンパク質を発現できないいくつものパターンの個体にロイヤラクチンを与えると、結果によってどの遺伝子・どのタンパク質がロイヤラクチンに関係しているかがわかってくるのだ。

 まず、正常なミバエの個体にロイヤルゼリーを与えると、女王バチと同じ特徴をもった「女王バエ」になった。そして、いろいろな個所の遺伝子が欠けた個体で試したところ、EGF受容体(受容体とは、細胞の表面にあって外から来る特定の物質と結合・反応し、細胞内に情報を伝える構造物)や、MAPKというタンパク質に関する遺伝子が欠けていた個体にロイヤラクチンを与えても効果が見られなかった。つまり、EGFやMAPKがロイヤラクチンによる生体反応に深く関係しているということがわかったのである。もともと、EGF受容体から出た情報がいくつかのタンパク質を伝わってMAPKに到達し、さらにMAPKが別のタンパク質に情報を伝える役割を果たしていることが分かっていた。よって、ロイヤラクチンがEGFに結合し、MAPKを含む情報伝達系統を刺激し、最終的には20E、および幼若ホルモンというタンパク質を分泌させ、卵巣の肥大、成長期間の短縮といった効果がもたらされる、と推定された。この推定が、結局ミツバチでも成り立ったという。

 このように、ロイヤルゼリーがミツバチの幼虫に与える効果は、単に栄養満点でぐんぐん育つ、といったレベルではなく、体の仕組みをタンパク質による刺激で変えていくという大がかりなものである。今回のように細胞内のタンパク質を介した情報伝達径路を明らかにするのは、推理ゲームを特養でとても難しい。細胞内ではこうした経路がおびただしく存在し、複雑に関係し合っている。実際、全容が明らかになっていない経路のほうが多いくらいだ。これほどの難業をやってのけた鎌倉教授は相当な方だと思う。

 それにしても、ミツバチとミバエで同じ結果が出たということは、両者の遺伝子がかなり似通っているということだろう。確かに見た目は似ているが、ミツバチは羽が4枚なのに対してミバエは2枚しかないなど、違いも多い。もっとも、ヒトの病気を調べるのにマウスが相当役立つなど、遺伝子は見かけ以上に種の間で共通していたりもする。ただ、さすがに人とミツバチとでは違いも大きいと思われるので、女性が乳幼児期からロイヤルゼリーを大量に食べ続けても「女王ビト」などになることはないだろう。一方で昔から滋養強壮に良いとされているので、何か効果的な作用を持つタンパク質があるのかもしれない。

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