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生物と映画と政治とマレー・インドネシア語にうるさい大学生の戯言

映画(14) 「悪人」

2011-12-28 01:48:44 | 映画
 11月の映画ラッシュ期の最後に観たのがこれ。「キャリー」で肩透かしを食らってしまったので、有終の美となった。

 (以下、ネタバレを含みます)

 日雇い作業員として生活する祐一(妻夫木聡)は、出会い系サイトで知り合った佳乃(満島ひかり)を衝動的に殺してしまい、その後新たに知り合った光代(深津絵里)と逃避行に出る。一方、佳乃と付き合っていた圭吾(岡田将生)は犯人と疑われ、祐一を母のように育ててきた祖母・房枝(樹木希林)は祐一にも疑いの目が向くにつれ、マスコミに追われていく。

 原作の小説があり、誰が犯人かはあらかじめ明らかに等しい状態なので、どのように緊張感が描かれるのかと思っていたが、完全にやられた。前半の殺人をめぐる場面は、佳乃が祐一を放って圭吾と車で出かけてしまったのを見つめた祐一が、自分の車を発進させたところでいったん中断する。そして、殺人が終わった後の現場を祐一が仕事の車で通りすぎるところで、事件が起きたことがわかる。原作を未読なので映画での演出なのかどうかは分からないが、祐一が自分の意思とは関係なく再び現場を通らされるという設定が非常にユニークで、また車のガラスを通して現場が映し出される演出も、リアルさに満ちている。その後祐一は光代と会い、また圭吾や房枝、そして佳乃の父親・佳男(柄本明)それぞれのもつ負の側面がじわじわと浮かび上がっていく。徐々に登場人物たちの相関図が浮かび上がってきた、しかしまだつながりが弱いというところで、すでに光代と逃避行に出た祐一が自身の殺人を告白し、事件の続きが始まる。この段階で、個々の人物の関係や感情が一気につながる。特に圭吾と佳乃のやり取りに驚き、そして彼らへの嫌悪感が増す。ここに至るまでの演出や脚本の運びは、最近見た日本映画の中では最高レベルの鋭さだ。もう、完璧。

 また、総じてこの映画、画面の切り取り方がとんでもなく上手い。全体のきめの粗さも、良くも悪くも昭和以来の地方都市らしい場面(高齢者たちが公民館で団らんする、車なしでは動けないなど)を描き出すのに絶妙である。事件当夜の道路の暗さも真っ暗ではなく、車のライトで照らしたくらいの明るさが見事に出ていて、緊張感を生み出す。主人公が人を殺すというイベント自体に意外性がないのなら、そこに至る過程を徹底的に面白くしよう、という製作者たちの努力が、演出と合わせて余すところなく出ており、本当に素晴らしい。

 ただ、その前半の運びに比べると、祐一と光代の二人がメインになる後半は、ふつうの恋愛ドラマに成り下がってしまったようにも見える。二人以外の人びとが登場する場面でも少し首をかしげるところが目立った。悪徳商法に遭って金をむしり取られてしまい、さらにマスコミに追われる房枝が、バスの運転手(モロ師岡)に「しっかりしろ!」と叱咤激励されてからマスコミに動じなくなったのはわかるが、事件と関係のない悪徳業者にまで立ち向かって金を返してくれと懇願するようになったのはなぜか。そこに孫である祐一の影響がなぜ出たのか、いまいち理解できない。娘を失って絶望する佳男とたまたま出会った圭吾の友人(永山絢斗)の言動も、描くにしてはあっさりしすぎているというか、工夫がみられない。いる必要があったのだろうか。もったいなかったなあ、というのがストーリーに対する感想である。

 俳優陣は実によかった。主演二人、妻夫木・深津はストレートに、心血を注いで熱演。さわやかさもなく弱弱しい(まあイケメンは隠せないが)妻夫木は見事に役者として新境地を開いたといえる。深津もモントリオール映画祭で最優秀女優賞を獲得しただけあって、全編にわたって醸し出す幸の薄さがよい。特に、同居している妹のベッドを見つめながらひとりでケーキを食べる場面の寂しさと若干のエロさは出色(別にエロを求めているわけではないですが)。これら二人に加えて脇役、ベテランがみな最高の演技を見せる。満島はもはや十八番と化してしまった感のあるビッチ女を演じているが(笑)、「愛のむきだし」のころよりはるかに上達。がならなくても腹の立つ雰囲気が出せている。柄本は絶望して放心状態になる男を演じさせたら圧倒的に日本一(「坂の上の雲」の乃木希典も圧巻だった)。樹木も典型的な昭和の海の女を見事に演じていた。何とも言えない料簡の狭さというか、「私は今までずっとこうして生きてきたんだ!」という役に立たない自信が痛々しい。

 このように皆さん素晴らしいが、誰よりも以外でかつ光っていたのは岡田。彼の演じる圭吾の器の小ささ、人間のクズっぷりは天下一品!うざくてうざくてしょうがない。ボンボンに生まれたからか、周囲の人間を常に値踏みするような目つきや自己中極まりない振る舞いで強がっていて、でもそれはすべて虚勢を張っているだけでしかなく、ちょっと追いつめられれば赤ん坊のようにぐずる。テレビドラマや恋愛映画での演技を見た限りでは「どうも様にならんなあ」という感じだったのだが、今作でのはまり具合は異常。これ、素なのか?(笑)業界の皆さん、これからは岡田さんを嫌な役でどんどん使ってください。小顔イケメンでいやな奴というのは、世の男性の反感をもれなくえることができ、とてもおいしいかと思われます。

 以上のように、ストーリーで残念なところはあったが、全体としてみれば力作、秀作であった。サスペンス好きなのでどうしてもこうしたドラマ映画への評価は低くなりがちだが、今作はなかなか楽しめた。ちなみに、最後のほうにタクシー運転手の役ででんでんが登場し、「人を殺すなんてまともな人間のできることじゃありませんよ」とおっしゃるのだが、別の映画、あの「冷たい熱帯魚」ではほかならぬでんでんその人が何十人も殺しているぞ…笑うところでもないのに、笑ってしまいました。

 個人的評価:☆☆☆☆

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