BioDoxology

生物と映画と政治とマレー・インドネシア語にうるさい大学生の戯言

映画(14) 「悪人」

2011-12-28 01:48:44 | 映画
 11月の映画ラッシュ期の最後に観たのがこれ。「キャリー」で肩透かしを食らってしまったので、有終の美となった。

 (以下、ネタバレを含みます)

 日雇い作業員として生活する祐一(妻夫木聡)は、出会い系サイトで知り合った佳乃(満島ひかり)を衝動的に殺してしまい、その後新たに知り合った光代(深津絵里)と逃避行に出る。一方、佳乃と付き合っていた圭吾(岡田将生)は犯人と疑われ、祐一を母のように育ててきた祖母・房枝(樹木希林)は祐一にも疑いの目が向くにつれ、マスコミに追われていく。

 原作の小説があり、誰が犯人かはあらかじめ明らかに等しい状態なので、どのように緊張感が描かれるのかと思っていたが、完全にやられた。前半の殺人をめぐる場面は、佳乃が祐一を放って圭吾と車で出かけてしまったのを見つめた祐一が、自分の車を発進させたところでいったん中断する。そして、殺人が終わった後の現場を祐一が仕事の車で通りすぎるところで、事件が起きたことがわかる。原作を未読なので映画での演出なのかどうかは分からないが、祐一が自分の意思とは関係なく再び現場を通らされるという設定が非常にユニークで、また車のガラスを通して現場が映し出される演出も、リアルさに満ちている。その後祐一は光代と会い、また圭吾や房枝、そして佳乃の父親・佳男(柄本明)それぞれのもつ負の側面がじわじわと浮かび上がっていく。徐々に登場人物たちの相関図が浮かび上がってきた、しかしまだつながりが弱いというところで、すでに光代と逃避行に出た祐一が自身の殺人を告白し、事件の続きが始まる。この段階で、個々の人物の関係や感情が一気につながる。特に圭吾と佳乃のやり取りに驚き、そして彼らへの嫌悪感が増す。ここに至るまでの演出や脚本の運びは、最近見た日本映画の中では最高レベルの鋭さだ。もう、完璧。

 また、総じてこの映画、画面の切り取り方がとんでもなく上手い。全体のきめの粗さも、良くも悪くも昭和以来の地方都市らしい場面(高齢者たちが公民館で団らんする、車なしでは動けないなど)を描き出すのに絶妙である。事件当夜の道路の暗さも真っ暗ではなく、車のライトで照らしたくらいの明るさが見事に出ていて、緊張感を生み出す。主人公が人を殺すというイベント自体に意外性がないのなら、そこに至る過程を徹底的に面白くしよう、という製作者たちの努力が、演出と合わせて余すところなく出ており、本当に素晴らしい。

 ただ、その前半の運びに比べると、祐一と光代の二人がメインになる後半は、ふつうの恋愛ドラマに成り下がってしまったようにも見える。二人以外の人びとが登場する場面でも少し首をかしげるところが目立った。悪徳商法に遭って金をむしり取られてしまい、さらにマスコミに追われる房枝が、バスの運転手(モロ師岡)に「しっかりしろ!」と叱咤激励されてからマスコミに動じなくなったのはわかるが、事件と関係のない悪徳業者にまで立ち向かって金を返してくれと懇願するようになったのはなぜか。そこに孫である祐一の影響がなぜ出たのか、いまいち理解できない。娘を失って絶望する佳男とたまたま出会った圭吾の友人(永山絢斗)の言動も、描くにしてはあっさりしすぎているというか、工夫がみられない。いる必要があったのだろうか。もったいなかったなあ、というのがストーリーに対する感想である。

 俳優陣は実によかった。主演二人、妻夫木・深津はストレートに、心血を注いで熱演。さわやかさもなく弱弱しい(まあイケメンは隠せないが)妻夫木は見事に役者として新境地を開いたといえる。深津もモントリオール映画祭で最優秀女優賞を獲得しただけあって、全編にわたって醸し出す幸の薄さがよい。特に、同居している妹のベッドを見つめながらひとりでケーキを食べる場面の寂しさと若干のエロさは出色(別にエロを求めているわけではないですが)。これら二人に加えて脇役、ベテランがみな最高の演技を見せる。満島はもはや十八番と化してしまった感のあるビッチ女を演じているが(笑)、「愛のむきだし」のころよりはるかに上達。がならなくても腹の立つ雰囲気が出せている。柄本は絶望して放心状態になる男を演じさせたら圧倒的に日本一(「坂の上の雲」の乃木希典も圧巻だった)。樹木も典型的な昭和の海の女を見事に演じていた。何とも言えない料簡の狭さというか、「私は今までずっとこうして生きてきたんだ!」という役に立たない自信が痛々しい。

 このように皆さん素晴らしいが、誰よりも以外でかつ光っていたのは岡田。彼の演じる圭吾の器の小ささ、人間のクズっぷりは天下一品!うざくてうざくてしょうがない。ボンボンに生まれたからか、周囲の人間を常に値踏みするような目つきや自己中極まりない振る舞いで強がっていて、でもそれはすべて虚勢を張っているだけでしかなく、ちょっと追いつめられれば赤ん坊のようにぐずる。テレビドラマや恋愛映画での演技を見た限りでは「どうも様にならんなあ」という感じだったのだが、今作でのはまり具合は異常。これ、素なのか?(笑)業界の皆さん、これからは岡田さんを嫌な役でどんどん使ってください。小顔イケメンでいやな奴というのは、世の男性の反感をもれなくえることができ、とてもおいしいかと思われます。

 以上のように、ストーリーで残念なところはあったが、全体としてみれば力作、秀作であった。サスペンス好きなのでどうしてもこうしたドラマ映画への評価は低くなりがちだが、今作はなかなか楽しめた。ちなみに、最後のほうにタクシー運転手の役ででんでんが登場し、「人を殺すなんてまともな人間のできることじゃありませんよ」とおっしゃるのだが、別の映画、あの「冷たい熱帯魚」ではほかならぬでんでんその人が何十人も殺しているぞ…笑うところでもないのに、笑ってしまいました。

 個人的評価:☆☆☆☆

映画(13) 「恋の罪」

2011-11-30 02:04:40 | 映画
 さて、レビュー本命の「恋の罪」である。いつも参考にしている映画批評サイト【CinemaScape】では上場の評判のようだ。しかし、自分は…。

 (以下、ネタバレおよび多数の性的表現を含みます)

 ラブホテル街の東京・円山町で頭部と四肢を切断された死体が発見された。事件を担当する刑事・和子(水野美紀)は、捜査を進めながらも家族と不倫相手のはざまで苦しむ。一方、人気作家の妻として閉鎖的な生活を送っていたいずみ(神楽坂恵)は、アルバイトをきっかけに性産業に巻き込まれ、さらに大学教授として働く傍ら売春で収入を得る美津子(富樫真)との出会いから円山町に入り、売春へ身を投じることになる。

 冒頭から話題の水野のフルヌード、約30分後には神楽坂のフルヌード、その約40~50分後には富樫のフルヌードと、もうとにかく裸とセックスのオンパレードのような生粋のR18映画である。しかしそのどれもが、薄っぺらくただ下品なだけにしか見えない。終盤では完全にそのエロに飽き飽きしてしまい、観ていられたものではない。そのすべての原因は、脚本のひどさにあるといっていい。

 まず、主に美津子が随所で発する哲学的なセリフ。「城の周りをぐるぐる回っているだけで、入り口にはたどり着けない」「言葉は肉体を持たなければ、意味を持たなければなんの力もない」などなど。そして謎の詩から「言葉なんか覚えるんじゃなかった」「日本語とほんの少しの外国語だけで…(以下記憶せず)」云々。カフカも引用されていたか。これらが、どう考えても全く話の中で消化されておらず、ただ観客を置き去りにする。園子温監督に「お前の言葉こそ意味も肉体もないぞ!」と言い返したい気分で、腹が立ってくる上に眠くなる。しかもその眠気をエロで無理やり覚まされるのがまた腹立たしい。

 また、和子の位置づけもよくわからない。実質的な話にはあまりかかわらず狂言回しのような役柄で、彼女の話が映画の中で浮いている。そのうえ、冒頭のフルヌードには全く必要性がない。やたらと不倫相手になびいてしまう行動も理解に苦しむ。不倫相手役のアンジャッシュ児嶋一哉が様になる演技をしていたのには驚いたが。ほかにも、美津子とともにいずみを売春に誘い込むカオル(小林竜樹)がホテルに連れ込む言い訳やプレイ道具に頻繁に使う塗料入りのゴムボールも謎。あんな手に乗る人がいるのか?いたか、いずみだ(笑)。

 まだまだマティーニちゃん、マリーなど珍キャラクターが大勢いるが、実質的な主人公であるいずみこそトップクラスに理解不能。以下列挙。
・わけあってエロビデオの撮影に協力させられてしまった後。家で鏡の前に立ち、スーパーのソーセージの試食販売のアルバイトの練習をしながら披露してくれるフルヌード。なんだこれは?(笑)「いらっしゃいませ!いかがですか?美味しいですよ!おひとつどうですか?」と、ポーズを決めながら言うな!これではただのエロ目的の下品なAVと変わらないではないか。
・その後いろいろと開眼してしまったのか、元気に試食バイトに励み、その上客の口についたソースを指ですくって途方もなくセクシーに舐め、「私も食べて」と誘惑してトイレに連れ込むとは何事だ?(笑)仕事しろ!
・カオルに騙され不本意なプレイを強要された挙句道に放り出され、ふと目に入った売春婦姿の美津子に「私、あなたの気持ちわかります!」え…?初対面なのに。何を、どうわかるんでしょうか?「はあ?ふざけんな!」と一喝した美津子にここは共感。
・終盤、いろいろと意味深長な出来事の果てに立派な売春婦として一人町をさまよい続けるのだが、港で小学生と向かい合ってしゃがみこみ、まさかの○○(自重します)。なんだこれは?そして笑顔で見つめる小学生たち、どうなってるんだ?

 言い続けているときりがないのでこの辺で。神楽坂の演技も正直よいとはいえない。「冷たい熱帯魚」のころからどうもせりふ回しが肌に合わず、棒読みに聞こえてしまうし、表情にも乏しい。まず、お顔立ちの印象が薄い…などと言ってはいけない。いや、決して悪いなどとは言っていないが。ついでに、大きすぎますね(再び自重)。園監督と結婚してしまって大丈夫か?お互いにご乱心でもあったとしか思えない作品の出来なのだが。

 しかしながらどんな映画にも光る点はあるもので、本作でも光った点が二つ。まずは、いずみが売春に目覚め、セックスに金を媒介させることを覚えてからの変化。それまではあったそばからやりまくっていたのが、必ず「いくらで?」と聞くようになると途端に「売春かよ」「変な女」と男たちからさけられるようになる。金を介したセックスのほうが汚いものとみられる。確かに妙かもしれない。別にほかの経済活動と変わらぬ価値交換ではある。これは案外深い問いではないか。テレビ東京の深夜番組「ジョージ・ポットマンの平成史」の〈童貞史・前編〉で、かつて日本は筆下ろしの通過儀礼や遊郭の存在など性に奔放な文化圏だったのが、西洋文明の流入と明治維新により性道徳が強調されていった、とあった。その後戦後には売春が禁じられ、(あくまで私見だが)「性は神聖であり秘め事」との意識が(自分も含めて)浸透し、少なくとも公の場では、経済の基準で扱うものではなくなっていった。しかしそれは一方で、ピンク映画やAVのシチュエーション(言い方は悪いがレイプや種々のプレイなど)に見られるように、セックスをタダで得られる快楽とはき違えるような風潮が出てきたのではないか。だからこそ、経済の法則にのっとって価値交換をしようとすると、そちらのほうが平等性はあるのにもかかわらず、嫌悪の目で見られる。性をめぐる本音と建前の矛盾が見えてきた興味深いシーンだった。

 もう一つは、美津子の母親を演じた大方斐紗子のとんでもない怪演。設定どおり家柄の良い厳格そうな雰囲気で登場し、しばらくいずみ・美津子・カオルとともに沈黙した後発した第一声が「売春のほうはうまくいってるの?」たまげた!(笑)その後も名台詞が次々と続く。「この子はこの子の父親に似て下品な血が流れているんです。私の家計の血からは考えられないものです」「(いずみに)あなたはまだ上品さがあるけれど、これからどんどん下品になります。お気をつけ遊ばせ」…圧巻。さらに突然席を立ったかと思うと…これは観賞に耐えた方々のみのえられる秘密としましょう。登場する役者たちの中でも別格の存在感と演技力。「冷たい熱帯魚」のでんでんをもはるかに凌駕するぞ、この人は。一見の価値があった。

 うん、これくらいか(笑)。今年劇場で見た中では断トツの大外れ。この映画のせいで自分は重度の裸アレルギーになってしまったではないか。皆様がご鑑賞されるかどうかはもちろん自由ですが、大方斐紗子の化け物演技を見たいからといっても、チケットをわざわざお買い求めになって鑑賞されることはおすすめいたしません。個人的見地から申し上げれば、裸が見たくて見たくてたまらない、という方には、この映画は間違いなくおすすめです。一緒に鑑賞してくれた友人には大変申し訳ないと同時に、この映画を自分とともに味わってくれたことへの感謝と、ともに珍品を乗り切ったことによる友情の再確認をここに述べたい。これからも、園監督作品を見続けようではないか。次回作「ヒミズ」は主演の染谷将太と二階堂ふみがベネチア映画祭で最優秀新人賞を獲得しているから、大丈夫なはず。え、神楽坂恵も出ているって…?

 個人的評価:☆

映画(12) 「冷たい熱帯魚」

2011-11-26 22:28:10 | 映画
 最近少しだけ時間ができたので、ハイペースで連続投稿。先日友人とともに園子温監督作品「恋の罪」を鑑賞してきた。これについてのレビューを書きたいのだが、そのためにはやはり前作「冷たい熱帯魚」に触れておかなければならない。ということで、8か月前に観た「冷たい熱帯魚」のレビューから入る。

 (以下、ネタバレを含みます)

 後妻と娘を持ち熱帯魚店を営む社本(吹越満)は、娘の万引きをきっかけに気さくな同業者の村田(でんでん)と知り合う。ビジネスに協力してくれと頼まれて村田の店へ出向いた社本がみたのは、ビジネスに反対する投資家・吉田(諏訪太朗)を殺害する村田とその妻・愛子(黒沢あすか)だった。社本は成り行きで吉田の死体処理に協力させられ、村田の本性を知ると同時に、彼から逃れられなくなっていく。

 盛大な血祭&エロ祭映画で、批評家たちの間にも絶賛の声は少なくない。しかし、自分はあまり乗れなかった。おそらくその理由は、世界観のちぐはぐさである。

 今作は、監督も述べるとおり実録犯罪映画のような色彩を持ち、手持ちカメラによる撮影が多く、またドライで引き締まった画面になっている。これの前作にあたる「愛のむきだし」の徹底したチープかつ漫画チックな世界観とは対照的だ。だが、登場人物の言動はなかなかぶっ飛んでいて非現実的である。特にでんでんと黒沢のぶっ飛び方は生半可なものではない。でんでんは過剰なほど気さくなおじちゃんの側面と、それ以上に過剰な殺し屋の側面画すさまじい振れ幅で現れ、黒沢は終始極道の妻のようなどすの利いた口調で立ち回る。二人ともなかなか素晴らしい怪演なのだが、この過剰な演技がどうも、リアル思考を持った実録調の世界観にそぐわず、違和感を覚えてしまう。そのため、実際の事件をもとにしたというプロットも、話自体はかなり事件に忠実らしいが、リアルな恐ろしさを感じない。画面の向こうから園監督が「ほら見ろ、グロテスクだろ、汚いだろ!」と一人でわめいているようにしか思えず、説得力がないのだ。観客を作品の世界に引き込もうという意思が感じられないのだ。

 また世界観自体にも妙な点がある。最たる例は村田が死体処理を行う別荘だ。「愛のむきだし」よろしくマリア像や十字架といったキリスト教要素がやたらと強調されているが、何の説明もない。また愛子がガスバーナーをぶっ放してともす大量のろうそくも謎。村田夫妻の猟奇的な性格を見せているという解釈にも無理がある。ドライな映像の中で、この建物だけが漫画チックで浮いているのである。また、終盤で突如登場するデジタル時間表示も意味不明。何のために時間を見せる必要があるのか全く分からない。監督は実録風の昭和映画「復讐するは我にあり」を参考にした、と述べているが、それにしては作り上げた世界が粗雑である。自身の得意な漫画的ぶっ飛びをもう少し抑えて、もっと冷たい「冷たい熱帯魚」にするべきではなかったか。これではまだ生ぬるい。冒頭の冷凍食品が次々レンジに放り込まれる描写や、滝のようというか滝そのものと言っていい(笑)くらいの土砂降りの雨程度の過剰演出で、十分通用するはずだ。

 その意味でいえば、でんでん・黒沢より、大した器でもない男が凶悪犯罪に巻き込まれ、深みにはまっていくさまを演じた吹越のほうが、より世界観に合った演技をしているように見えた。常に怯えと不快感を見せながら、ついには自分がぶっ飛んでしまうまでの過程は、でんでんや黒沢のような派手さはないものの、天下一品の演技だろう。村田と手を組む悪徳弁護士・筒井役の渡辺哲も、なかなかいいヤクザっぷりであった。

 一方いまいちだった出演者は社本の妻・妙子役の神楽坂恵(なんとのち園監督と結婚)と娘・美津子役の梶原ひかり。二人とも演技の経験が浅いせいか、芸達者な中年組に比べると不安定さやセリフのつたなさが目立って仕方ない。プラネタリウムで家族3人で話しているシーンは特にひどい。ところが、梶原は最後の最後で大化けする。このラストのすさまじい絶望感はこの映画の救いであり、しかも2回目に見ると(見てしまった)、素晴らしい快感、カタルシスを生む。このシーンで評価を持ち直した。

 以上、いいところと悪いところがどちらも顕著で、個人的にはあまり好きではない。こういう「汚い世界」系の映画は手あたりしだい暴力的に作ればいいというものでもないのだと学んだ。「時計仕掛けのオレンジ」がいかにバランスを考えて作られたものだったかが逆によくわかる。なんだかこき下ろしているような書き方になってしまったが、それなりに面白かったよ。筒井にかけられたタオルなど(笑)。

 個人的評価:☆☆☆

映画(11) 「エイリアン」

2011-11-23 23:41:21 | 映画
 多忙の末に風邪を引いて長期休止を余儀なくされていました。どうしてこんなに時間がないのだろうか、と考えてみると、大学の授業のコマ数がブログを始めた先学期より4コマほど多いことに気付いた。当たり前だ(笑)。

 というわけで、今月12日に「午前十時の映画祭」で上映されていたSFホラーの古典「エイリアン」のレビューを遅ればせながら。まず結論を言うと、久々の大当たり。傑作。

(以下、ネタバレを含みます)

 宇宙を航行する貨物船ノストロモ号は、当初のルートを外れて未知の惑星にたどり着く。そこで野外調査に出かけた乗組員の一人を、謎の生物が襲って船内に侵入する。生物は確実に成長し、乗組員たちをパニックに陥れる。

 もう、怖いのなんの。この作品は、まさしくSFとホラーの融合であり、「エクソシスト」の影響を強く受けたようなBGMが効果的。かつ、ヒッチコック以来の「敵が見えない」というサスペンスを、未確認の生物に与えることで恐怖を倍増させていて、見せ方はクラシカルながらとても洗練されている。それも、生物が姿を現す前後には必ず、粘液や抜け殻といった不気味な痕跡を残し、先が全く見えない不安をさらにあおっていく。今でこそ皆が慣れ親しんだ成体エイリアンの風貌だが、改めて映画の中で見ると、暗闇で頭や腕しかはっきり見えない様子は芸術的に怖い。また宇宙船が貨物船であるところも見事に効いていて、物が散乱して雑然とした暗い部屋が多く、いったいどこで何が起きるかわからない印象を強く残す。そのくせ、ショッキングなシーンはちょうどライトの強い部屋で見せてくる。なんという意地悪く、そして巧みな演出だろうか。

 そしてさらに怖いのは幼体のエイリアンで、見たこともない風貌ではあるが生物的にものすごくリアルなのである。幼体は明るい光の下で観察されることが多いことから、暗闇で怖さの引き立つ成体とはちがい、はっきり見えるリアルさで恐怖を引き出すようにデザインされているのだろう。成体が真っ黒なのに対して幼体が白っぽい点がそれを象徴している。卵から覗くぬるぬるした触手、乗組員のヘルメットを切り開くと同時に現れるクリーム色のカブトガニに似た体。そして伝説の赤ちゃん「チェストバスター」。生物好きとしては興奮せずにいられない。その完璧としか言えないデザインとショッキングな使い方に、完全にやられた。

 今でこそ当たり前のようにおこる、閉鎖空間での乗組員たちの相互不信や疑心暗鬼も、これまた古典的ながら見事なプロットである。特に、不審な動きを見せる科学担当のアッシュの真実は全く予想しておらず、またしてもやられた。俳優陣も、このシリーズで人気を博したシガニー・ウィーバーを含め当時はあまり有名でない人たちばかりで、自分もウィーバー演じるリプリー以外にだれがどんな顛末をたどるかわからず、サスペンスしっぱなし。閉鎖空間で限られた数の人物しか登場しない映画は、脚本次第でいくらでも膨らむものだ。

 ただ少し残念だったのはラストのシーンで、それまで延々と皆を苦しませてきたエイリアンにしてはあっけないな、という印象があった。また、そのシーンで成体エイリアンの全体像がやっとはっきり見えるのだが、実は思いっきり人型。足のあたりにはそれほど工夫が凝らされておらず、若干拍子抜けした感は否めない。もっとも、限られたディテールでも暗闇を生かすことで見た目の迫力をいくらでも高められる、ということの裏返しでもあるのだから、素直にそれまでの演出力を評価すべきなのだろう。

 突っ込みどころも多少ある。まず、未知の生物を扱うにしてはみな無神経すぎる(笑)。ケインさん、卵に不用意に顔を近づけてはいけません。船長とリプリー、「感染する危険性が…」などと周りに言うならせめてマスクはしようか。根拠もなく「問題ない、反射反応だ」とピンセットで触るのもよしたほうがいいぞ。そして生物を部屋に置きっぱなしにして見失うのは馬鹿にもほどがある(笑)。ガラス窓もあるんだし、常にだれか監視しておけ。ペットの猫も放し飼いにしちゃいけません。荷物に万一のことがあったらどうするんだ、と思います。それから乗組員の性格が悪すぎ(笑)。確かにブレッドは使えない野郎かもしれないが、(おそらく意図的に)おとりにして見殺しにする、というのは…「やつ、でかくなってたな」と言う前に少しは謝っておきなさいよ。

 もう一つ絶対に突っ込んでおくべきは脱出した後のリプリーのサービスショット(笑)。あれだけエイリアンと格闘して走り回っていたにしてはずいぶんと小さいアンダーウェアだこと。あれ、○○○ラですよね?宇宙船でのそれも緊急時の活動ってそんな軽装でいいんでしょうか(笑)。

 ちなみに、以前本作がテレビ放送されていた時に録画していたのだが、今回の映画館での上映を待って再生していなかった。帰宅後に録画を再生して再鑑賞したところ、びっくりするほど怖くないのである。プロットを一度知ってしまったというのもあるが、やはり映画館と違って部屋が明るかったことが大きい。暗いシーンも随分とはっきり見えてしまうので、あまり恐ろしくなかった。この映画は、実に映画館向きの作品だったのである。忙しい中でも無理やり時間を作って鑑賞した甲斐があったというものだ。もう、大満足。これからため込んだ映画レビューを一気に放出する予定なので、お楽しみに。

 個人的評価:☆☆☆☆☆

映画(10) 「中国超人インフラマン」

2011-11-01 09:19:06 | 映画
 最近まったく更新できていないのには3つ理由がある。
①大学の課題が重なって忙しすぎる
②授業の課題で指定された論文をたくさん読まなければならず、生物ネタになる面白い論文を読むことができない
③最近政治で話題になっている増税・TPP・普天間基地などはスケールが大きすぎて、この場で語れるほど自分の持つ知識が少ないし、以前のようにいろいろ調べている暇もない(ちょっとだけTPPについて言うと、かつてのイギリスの食料自給率改善政策が一つのモデルになるのではないか。広い農地に乏しい点など、日本と状況が似ている気がする)

 というわけで残るは映画くらいしかない。ところが、最近レビューを書くよう頼まれた「中国超人インフラマン」(1975)―あの最低映画祭上映作の1本―は論評するのが至難の業で、何をどう書こうか悩んでいる間にこんなに日が経ってしまった。

 (以下、ネタバレを含みます)

 中国の科学研究所の前に突如、震度12の地震とともに現れたドラゴン形の岩山。氷河魔王女が世界征服を狙っているのだ。そして研究所も氷河魔王所が送り込んだ怪物に攻撃される。研究所のリュウ所長は、戦闘員の一人レイ・マ(ダニー・リー)に手術を施し、中国超人インフラマンとして反撃させる。インフラマンとなったレイ・マは次々と現れる敵たちと戦い、ついに氷河魔王女のアジトに潜入する。

 知る人ぞ知る、中国の特撮ヒーロー映画である。セットの雰囲気などは、どう見ても日本のウルトラマンや仮面ライダーから絶大なインスピレーションを受けていると思われるが(笑)、重大な違いが一つある。ずばり、緩急のなさ。日本の特撮では、ヒーローが登場して最初は威勢よく戦うが、そのうちにだんだん敵が強くなり、クライマックスではピンチに陥るのが常。そしてここぞというときに必殺技で打ち勝つ、というのがセオリーだ。ところがインフラマンの場合、計5体以上の怪人と勝負するのだが、1人目と戦う時点ですでに必殺技「超人ビーム」(スペシウム光線と同じポーズで赤い極細レーザー光を出す)を使ってしまう。普通なら初戦は八つ裂き後輪のようなサブ必殺技でフィニッシュすべきなのに、全く光線のありがたみがなくなってしまうのである。おかげで、続く敵と戦うときも超人ビーム乱発、ヒーローに必須のカタルシス要素は完全に無と化してしまう。そのうえ、3人目、4人目あたりの中ボス的位置づけにいる敵がかなり弱く、なんのピンチもなく延々となぐり合っているだけ。あのばね男たちは何のために出てきたのか、理解に苦しむ。

 もちろん、特撮お楽しみの新たな必殺技も登場する。まずは「超人キック」。いうならばとび蹴りなのだが、恐ろしいことに、ジャンプして伸ばした足から炎が噴出しているように見えながら、体は普通に前方へ進む。謎の推進力。次は所長のいきな計らいで生まれた最強兵器「稲妻パンチ」。要はマジンガーZのロケットパンチだ。物語半ばで紹介しておいて、最後の戦いまでじらすところは合格点。しかしいざ使用した時の映像クオリティの低さがあまりにも肩すかし。そして、所長から何の説明もなかったのに最後の最後で突如使用した「雷電ビーム」。両手を斜めにクロスしてやっぱり赤い極細レーザー光。超人ビームとの差を感じないし強そうにも見えない。というわけで、軒並み技のかっこよさに欠けているのも致命的な欠陥といえる。

 そしてもう一つ大きな欠点は、戦闘中に音楽がないこと。なぐり合う体のぶつかり合いとインフラマンのセリフ、多少の効果音意外に音がなく、やけに淡々とバトルが進む。「ダークナイト」のカーチェイスのようなリアルかつ骨太なバトルでは、音楽の排除は緊張感を高める効果があるが、この映画のバトルでは効果が上がるはずもなく…。ただし、レイ・マがインフラマンに変身するシーンではいつも決まった音楽が流れ、若干テンションが上がる。ところがここでも不可解な点があり、変身したインフラマンは毎回バック宙をし、そして1秒にも満たない時間飛ぶ。いや、飛んでいる最中と思われる映像が説明もなしに挿入される、といったほうが正しい。しかも毎度同じ映像の使いまわし。誰がどう見たって、飽きることこの上ない(笑)。そう、説明不足もこの映画を象徴している。先ほど言った雷電ビームもその例に漏れない。確かに、説明が多すぎると「戦国自衛隊1549」のように話の流れが止まってしまうが、全く説明がないと、それはそれで理解できない。その塩梅をうまく調整するのが脚本家というやつなのだが、分かっていない方々も多いようで(笑)。

 良い点を挙げるとすれば、さすが中国だけあってカンフーアクションのキレ。主人公のレイ・マ役のダニー・リー、インフラマンのスーツアクターの動きもよいが、もう一人の隊員、シャオロン役のレイ・シューロンのアクションが頭一つ抜けている。彼はあのブルース・リーの後継者として一時期有名になった人らしい。ついでに、ダニー・リーといえば、ジョン・ウーの香港ノワール映画でも相当な人気を誇る「狼 男たちの挽歌・最終章」でチョウ・ユンファを追い詰め、そして共闘する熱血刑事を演じ、伝説のスプラッター映画「八仙飯店之人肉饅頭」では監督兼出演という、なかなかの一流俳優である。そんな彼がデビューから間もないころにこんなマニア映画に出ていたとは。ほかにもキング・コングをリメイクした「北京原人の逆襲」(日本のWho are you?ではなく)にも出演しているらしい。いやいや、中華映画界も奥が深いものだ。

 本作で最も驚いたところといえば、序盤の科学研究所内の効果音。あの特徴的な音は…なんと「2001年宇宙の旅」で宇宙船を操縦していた時の音ではないか!完全なパクリ。アレンジのかけらもなくコピペで挿入している。警報のアラームも宇宙船のアラームそのままじゃないか!これは訴えられるだろ。でもこうしてちゃんと出回っている。相手にされなかったか、存在すら知られていなかったか(笑)。

 とまあ、いろいろとつまらなくも衝撃的な本作。レンタルショップでDVDをレンタルしたのだが、傷があるらしく初めの数分間が再生に支障をきたしていた。まあ新しいものと交換してくれることもないだろう。オープニングはなかなか衝撃的というか、安っぽいのかかっこいいのかわからない感じで、結構好きだったりするのだが。いや、散漫な展開に飽きる前だから楽しめていただけか。

 個人的評価:☆