BioDoxology

生物と映画と政治とマレー・インドネシア語にうるさい大学生の戯言

近親結婚、ダメ。ゼッタイ。(2)

2012-02-16 23:58:21 | 生物
 ついに2週間以上更新しなくなってしまった当ブログ。明らかに意志が弱くなっていると感じますが、これからこそはもう少し更新頻度を上げます。全開に引き続き、近親結婚がもたらす恐ろしさについて。今回は、実際に起きてしまった歴史上の悲劇、ハプスブルク家の断絶を取り上げる。もとになった論文は、
The Role of Inbeeding in the Extinction of a European Royal Dynasty
Gonzalo Alvarez, Francisco C. Ceballos, Celsa Quinteiro. PLoS One. 2009;4(4):e5174. Epub 2009 Apr 15.
である。

 そもそもハプスブルク家とは何か?そのためには、中世ヨーロッパに生まれた神聖ローマ帝国なる国の説明が必要である。神聖ローマ帝国は、962年に現在のドイツ・オーストリア・オランダ・ベルギー一帯に成立した国で、ハンガリー人を撃退したオットー1世という将軍がローマ教皇から皇帝に任命されて成立した。これは、天皇に征夷大将軍に任命されて成立した鎌倉・室町・江戸幕府と似た仕組みである。この神聖ローマ帝国は、11世紀以降皇帝の支配力が衰え、江戸幕府でいう藩のような「領邦」と呼ばれるの地域の自治が進んだ。この地方はこの殿様一家が支配する、という感じで、分裂していったのである。室町幕府の力がなくなって各地に殿様が乱立して勢力を争った戦国時代のようなもの。そしてこの神聖ローマ帝国の特徴は、皇帝が有力な領邦の君主の間から選挙で選ばれたという点。一家代々世襲で皇帝や王が選ばれた国とは異なっている。しかし、15世紀以降、現在のオーストリアを支配していたハプスブルク家が一貫して皇帝に選ばれていき、実質的に世襲化していく。ハプスブルク家はもともと、一地方の名門に過ぎなかった。

 このハプスブルク家は、15世紀以降領土を拡大していくのだが、その方法は戦争で土地を奪うのではなく、結婚して支配権をとるというものだった。マクシミリアン1世はブルゴーニュとネーデルラント(現在のオランダ・ベルギー)、その息子フィリップ1世はスペインを、各国の女王と結婚することによって獲得。その息子カルロス1世の時代に、ハプスブルク家はオーストリア(オーストリア=ハプスブルク家)とそれ以外(スペイン=ハプスブルク家)に分裂してしまうのだが、カルロス1世の息子フェリペ2世の時代には、スペイン=ハプスブルク家はポルトガルも獲得して巨大な国に成長した。

 しかし、このハプスブルク家に問題が起き始めた。後継ぎがあまり生まれてこなくなったのである。フェリペ2世ははじめポルトガル女王マリアと結婚したが、マリアは息子ドン・カルロスを出産後4日で死亡、ドン・カルロスも若くして死亡した。次にイギリス女王メアリ1世と結婚したが、子に恵まれないままメアリ1世が死亡。その次はフランス王女エリザベートと結婚したが息子には恵まれなかった。最終的に、フェリペは姪にあたるオーストリア=ハプスブルク家のアンナと結婚し、息子フェリペ3世を設けた。それよりずいぶん後の王であるフェリペ4世も、初めの妻との間にできた息子が若くして死んだため、その後姪と結婚して息子のカルロス2世を設けた。叔父と姪は、かなりの近親関係である。

 普通今の常識からいえば、子どもができないからと言って姪と結婚することなどあり得ない。しかし、ハプスブルク家では近親結婚が頻繁に行われていた。一つには自らの神聖な血統の保持のあため、もう一つには同じ社会的地位のカトリック教徒でないと結婚できないという制約のため、必然的に近親結婚が増えていったのである。

 ここに、近親関係を表す図がある。①は叔父と姪、あるいは叔母と甥。②はいとこ、英語だとfirst cousin。③はややこしくて、片方のいとこと、もう片方のいとこの子供という関係で、日本語では「いとこ半」「いとこ違い」といい、英語ではfirst cousin once removedという。④はいとこの子供同士ではとこ、英語ではsecond cousin。⑤は凄まじくて、いとこ同士の結婚が2つできて、その2つの結婚で生まれた子供同士。日本語では呼び名がないが、英語ではdouble first cousinという。



 こんな関係での結婚が、ハプスブルク家にはわんさか存在した。こうした結婚を何度も繰り返していたら、失敗作のマニュアルを2つ持ってしまう子供が生まれてくる。つまり、病気の子供が増える。実際に、ハプスブルク家では身体と精神に障害を持つ王が生まれてしまった。それが、フェリペ2世の息子で若くして死んだドン・カルロスと、フェリペ4世の息子で後継ぎを残せぬまま死んだカルロス2世だ。下に示したのが、ハプスブルク家の代々の家系図である。書いてくださった大学の同級生に感謝。



 ところが、アジアのいくつかの地域では、近親結婚は今でも行われている。ハプスブルク家が特別とんでもない近親結婚をしたというわけではないらしい。では、なぜ今のアジアでは子孫が病気になる問題が起きていなくて、昔のハプスブルク家では2人も病気で早死にするような子供が生まれてしまったのか?それを科学的に検証したのがこの論文。ある子供の両親の血縁の近さを表す、計算可能な「近交係数」という指標を使って、16世代にわたるハプスブルク家の家系図からドン・カルロスやカルロス2世の近交係数を計算した。近交係数は0から1までの間の数字で表され、大きいほど近親関係が強い。

 すると、ドン・カルロスやカルロス2世は近交係数が0.2を超えていた。ドン・カルロスは両親がdouble first cousin、カルロス2世は両親が叔父・姪だったのだが、ふつうのdouble first cousinや叔父・姪の結婚では、子供の近交係数は0.125という数字になる。では、なぜ数値が高くなったのか。理由は、ドン・カルロスやカルロス2世よりもずっと前の代から、近親結婚がずっと行われてきたからだという。近交係数の計算をするために使う系図の範囲を狭めると、彼らの近交係数の計算値は一気に下がるのである。つまり、彼らの近交係数が異様に高くてしかも病気になってしまったのは、単に親が近親結婚をしていた(アジアのように)だけではなくて、先祖代々近親結婚が行われていたからなのである。

 そして、ドン・カルロスの父親であるフェリペ2世や、カルロス2世の父親であるフェリペ4世が初めの妻との間に息子をもうけられなかったことも大きい。この2人のはじめの妻は、ほとんど近親関係になかったので、子供をもうければその子の近交係数はぐっと下がるはずだった。ところが、偶然初めの妻との間に子供ができず、父親は姪と結婚することになってしまった。このせいで、ますます一家の近親結婚が加速されたのである。

 そして、この論文ではカルロス2世の病気が近親結婚のせいかどうかを検証している。彼の症状は、
・頭が大きく胸が弱々しかった
・4歳まで話せず8歳まで歩けなかった
・背が低く痩せていた
・無気力で周囲の者に関心を示さなかった
・第1王妃マリア・ルイサいわく「射精がpremature」、第2王妃マリア・アンナいわく「impotency」
・突発的な血尿と、吐き気・嘔吐に苦しんだ
・30歳で老人のような見た目、足と腹と顔に水腫(むくみ)
・晩年には幻覚と痙攣に苦しみ、39歳で死亡
というなかなかひどいものだった。こうした症状は、2つの病気が重なったせいだと推理された。つまり、マニュアルに2か所まずい個所があった。2つの病気は、「複合型下垂体ホルモン欠損症」というホルモンの病気と「遠位尿細管性アシドーシス」という腎臓病だそうである。この2つの病気が重なることなどほとんどありえないのだが、近親結婚のオンパレードで生まれたカルロス2世ではありえてしまったのだろう、というのが、論文の推理するところだ。論文はここで終わっているのだが、ドン・カルロスおよびカルロス2世には、論文にも書かれていない恐るべき伝説が数多く残っている。それらを紹介して終わりにしよう。

 まず、ドン・カルロスは特に精神を病んでいたらしい。ずらっと症状を並べると、
・背中が湾曲し、右足が左足より短かった
・5歳になるまで話せず、口腔異常のためかLとRを発音し分けることができなかった
・乳幼児期からサディスティックで、乳母の乳房に強く噛みつきすぎて3人も殺しかけた
・9歳で幼い少女や召使を拷問、13歳で小動物(特に野ウサギ)を棒で串刺しにし生きたまま火あぶりにして楽しんだ
・大学在学中、転倒(落馬とも言われる)して東部に深い裂傷を負い、傷が化膿して頭が膨れ一時的に失明。名医が丸のこぎりで頭蓋骨を切り開く手術を行い一命を取り留めるも、その後凶暴さを増す
・アルバ侯爵にナイフを突きつけて脅すもナイフを取り上げられた
・あつらえた靴が気に入らず、その靴を切り刻んで靴職人に食べさせた
・聴罪師に「ある男を殺したい」と告白。その男は父フェリペ2世
・反逆罪で幽閉され、容体が急変し高熱、嘔吐。熱を下げるため、氷をまいた床の上に衣服をはぎ取られて寝かされた。何日も果物以外の食物を受け付けなかった。ある日焼き菓子を所望し、巨大なスパイスケーキを食べ、さらに水を10リットル以上飲んだ直後に体調を崩し、23歳で死去

 おお、なんと恐ろしい。これらの伝説は
ブレンダ・ライフ・ルイス著、中村佐千江訳(2010)『ダークヒストリー2 図説ヨーロッパ王室史』原書房、333p.
を参照いたしました。続いてカルロス2世。彼はどちらかというと体がまずかった。一気に並べると、
・カルロス1世、フェリペ2世にもみられたようなしゃくれた顎「ハプスブルクの唇」が極端で、上下の歯を噛み合わせることができず、咀嚼もままならなかった。そのため食物丸飲み
・舌が異常に大きく口から突き出たため、言葉を明瞭に話すことができず、始終よだれを垂らしていた
・自身の心身のおかしさは自覚しており、結婚時の14時間に及ぶ儀式にも耐えられた。El Hechizado(「魔法をかけられた者」)というあだ名がついた。
・性欲は盛んだったらしく、マリア・ルイサいわく「あまりに旺盛」。しかし、「自分はもう処女ではないが、子宝に恵まれるとは思えない」
・39歳で死を悟り遺書を作成、負担が大きく腸チフスを併発。恐るべき下痢で19日間に250回の便通。しかし回復し、遺書に補足条項を付記させると力尽き再び倒れた。(中略)殺したばかりの温かいハトを頭に置き、殺したばかりの新しい動物の内臓で胸を覆うも効果なし。「生命の水」と呼ばれる治癒剤を大量に入れた湯で洗うと4時間にわたって発汗し、再び話せるようになったが、3日後に死亡

 ひどいですね。こちらは先ほど紹介した本にも加え、
アンドリュー・ウィートクロフツ著、瀬原義生訳(2009)『ハプスブルク家の皇帝たち―帝国の体現者―』文理閣、410p.
も参照いたしました。というわけで結論は、近親結婚を特に一家代々やるのは絶対に駄目だということ。日本ではいとこまでなら結婚できることに法律上なっていますが、間違ってもいとこの結婚を続けないように。まあ、そんなことをあえてする方々もあまりいないでしょうが…。

 ほかにも参照した文献として、
山川出版社編(2004)『改訂新版 山川世界史小辞典』山川出版社、1063p.
山川出版社編(2004)『新課程用 世界史B用語集』山川出版社、423p.
旺文社編(2004)『百科事典マイペディア 電子辞書版』旺文社
河北稔・桃木至朗監修、帝国書院編(2006)『最新世界史図説タペストリー 四訂版』帝国書院、320p.
Kinship chart | Cousin Marriage Resources http://www.cousincouples.com/?page=relation 2011.12.31閲覧.
を挙げておきます。


近親結婚、ダメ。ゼッタイ。(1)

2012-01-27 23:23:10 | 生物
 超久々の生物記事。課題で専門的な論文を読まざるを得ず、ここで紹介したいような派手さのあるものが読めていないためである。そんな中、課題に近親結婚に関する論文が出た。とても面白いので、2回にわたり、近親結婚はなぜいけないのか書いてみる。

 「近親結婚は血が濃くなるから危ない」とよく言われるが、「血が濃くなる」とはどういうことか?これにもDNAがかかわっている。DNAは遠い昔に述べたように、生物を形作るブロックのようなアミノ酸の組み立てマニュアルのようなもの。このマニュアルが、生物の細胞1個1個の中に入っているわけだが、実は細胞1個につき、2冊のマニュアルが入っている。1冊は父親由来、もう1冊は母親由来だ。

 …昔、こんな風に突然「父親由来・母親由来」と言われて混乱したものだが、自分が書くほうに回るとやっぱり使ってしまい悲しい(笑)。ここでいったん横道にそれて、この言葉の意味から考えていく。生物は莫大な数の細胞からできているが、元はたった1個の細胞から始まっている。最初の細胞は、父の精子と母の卵子が合体してできた受精卵と呼ばれるものだ。精子と卵子はそれぞれマニュアルを1冊ずつ持っていて、合体したことで受精卵は2冊のマニュアルを持つ。で、ここから受精卵が分裂し続けて数を増やし、必要に応じてマニュアルを開き、指示に従ってアミノ酸を集めてタンパク質という作品を作り、生物の形になっていく。



 大事なのは、分裂するときには2冊のマニュアルを完全コピーして、分裂語の2個の細胞どちらにも、元通り精子からのマニュアルと卵子からのマニュアルが入る、という性質である。この完全コピー(「複製」という)は、タンパク質を作るときにマニュアルであるDNAの必要ページをコピーして現場用メモのようなmRNAを作る過程(「転写」という)とは違う。前頁、隅から隅までしっかりコピーして、しっかり糊付けして冊子の形にする。

 こうして、生物の細胞には必ず2冊のマニュアルがあるのだが、子供を作るときは話が違ってくる。雄なら精子を、雌なら卵子を作るのだが、どちらにも2冊のうち1冊しか入っていない。大まかにいうと、2冊入った細胞がマニュアルの完全コピーをしないまま分裂することで、1個の細胞に1冊のマニュアルしか入れないで作ったものが精子や乱視なのである。そして、精子と卵子が合体し、マニュアル2冊を持った受精卵ができると、初めと同じことを繰り返して、生物になる。こうして子孫ができていく。



 しかし、どうしてわざわざ2冊マニュアルを作り、父と母から1冊ずつ渡すなどという面倒なことをするのか?ズバリ2冊あると便利だからである。マニュアルことDNAは基本的によくできているのだが、たまに誤字・脱字、乱丁・落丁のようなミスがある。そうすると、誤字のせいで支持を間違って変なタンパク質ができてしまったり、落丁のせいでそもそも図面がないためタンパク質を作れなかったりしてしまう。そのせいで、生物の体をまともに作ることができず、病気になってしまう。でもこの時、もう1冊マニュアルを持っていて、そこではページに間違いがなければ安心。そちらを読んで、まともなたんぱく質を作れる。2冊のマニュアルはお互いのミスを補うことで、生物の体を正しく保っているのだ。逆に言えば、全く同じマニュアルを持った細胞は、ミスが補えず、病気になりやすくなる。



 それを起こしかねない原因こそ近親結婚なのである。例えば、兄弟で結婚することを考えよう。父がAとB、母がCとDというマニュアルを持っていたとする。すると、父はAを持つ精子とBを持つ精子がるくれ、母はCを持つ卵子とDを持つ卵子を作れる。この時、合体してできる受精卵、将来の子供の2冊のマニュアルの組み合わせは、AとC、AとD、BとC、BとDの4通りだ。いま、長男がAとC、長女がAとDを持つ受精卵からできていたとする。この男女が子供を作ろうとすると、長男の精子のマニュアルはAかC、長女の卵子のマニュアルはAかD。で、受精卵のマニュアルの組み合わせは、AとA、AとD、CとA、CとDの4通り。出ました、AとA。全く同じマニュアルを持った受精卵ができてしまった。



 こんなことはいとこが結婚しても起きる。話を簡単にするために、父の持つマニュアルAだけを考えよう。兄弟が生まれたとすると、どちらも父からはA化Bのマニュアルを受け継ぐから、2人両方がAを受け継いでいる可能性もある。この兄弟がどちらも結婚して子供が生まれたとすると、子供は父親である兄弟の持つマニュアルのうち片方を受け継ぐ。だから、子供2人が両方ともAを受け継いでいる可能性もある。そしてこの2人はいとこだ。この2人が結婚すれば、その子供がどちらからもAを受け継ぐかもしれない。やっぱりAとAを持つ可能性がある。



 というわけで、同じ親から生まれた子どもたち、あるいはその子孫たちは、同じマニュアルを受け継いでいる可能性があり、子孫同士が結婚して子供を作ると、子供には同じマニュアルが2冊受け継がれかねないのだ。近親結婚の危なさである。これが「血が濃くなる」の意味するところ。同じDNAのセットを持ち合わせてしまうことが危ないのである。そんな危なさを思いっきり示してくれたのが、中世から近世にかけて活躍したヨーロッパの名門一家、ハプスブルク家。彼らの身に起きた悲劇を、次回解説。

胎児への母親の飲酒の影響

2011-09-18 22:05:46 | 生物
 前回のDNAに関する話に引き続き、本題の飲酒と胎児の関係について述べる。

 ファンコーニ貧血の原因となるのはDNAの二本鎖間の架橋反応(英語ではinterstrand crosslinking)である。DNAの二本の鎖では、AがT、GがCと必ず貼りついて並んでいるが、まれに離れた位置にあるAとT、あるいはGとCがくっついてしまうことがある。文字暗号の書かれた文書のたとえで言えば、2枚の紙がぴったりくっついているのではなく、ギョーザのひだのように歪んでくっついてしまっているようなものである。こんな状態では、書かれた情報を正確にコピーすることができず、もともとDNAに書かれていた正しい設計図に沿ってアミノ酸を作ることができない。これにより、最終的に作られるタンパク質がおかしくなってうまく働かず、患者は乳児期の発達に障害が起きたり、不妊体質になったり、骨髄の機能が低下したりしてしまう。

 健常者でこうした二本鎖間の架橋反応による影響が表れないのは、一般的に生物がこの反応を修正するたんぱく質の遺伝子を持っているからだ。ただし、その遺伝子をもたない個体もおり、ファンコーニ貧血にかかりやすくなる。一方、この反応を助長する物質もある。その一つがアセトアルデヒドで、今回natureに投稿されたLangevin氏らの論文でクローズアップされている。アセトアルデヒドといえば、アルコールが分解された後に生じ、酔いの原因となる物質として名高いが、実は普段の生活でも体内で一定量発生している。そして、このアセトアルデヒドを分解し無毒化するタンパク質をどれくらい作れるかも、やはり遺伝子で決まっている。俗にいう「酒の強さ」はこの遺伝子によるものだ。

 二本鎖間の架橋反応を修正するタンパク質の遺伝子、アセトアルデヒドを分解するたんぱく質の遺伝子、ともに複数種類があるが、今回の論文では、前者ではFancd2、後者ではAldh2という遺伝子に注目した。Fancd2もAldh2も持たない人は大変、ということになる。アセトアルデヒドの蓄積による二本鎖間の架橋反応を止められず、ファンコーニ貧血を発病するリスクが非常に高くなってしまう。肝硬変や肝臓がん以外にも、アセトアルデヒドは危険な側面を持つのである。

 もっとも危ないのは妊娠中の女性だ。女性本人がAldh2とFancd2両方を持っていたとしても、夫の遺伝子のタイプなどの条件によっては、子が一方の遺伝子を持たない、あるいはどちらの遺伝子も持たない可能性がある。そのような子を妊娠した状態で飲酒するとどうなるか。まず、母親の血液にアルコールやアセトアルデヒドが入ってくる。すぐにすべてが分解されるわけではないので、分解前のアセトアルデヒドも含まれる。そしてその血液が胎盤に達する。胎盤は、胎児と母親をつないでいる機関で、母親の血液と、へその緒を通じてやってきた胎児の血液が接近する。血液同士が混ざるわけではない。しかし、接近した血管の間を伝って、胎児由来の二酸化炭素や老廃物が母親の血液に、母親由来の酸素や栄養が胎児にわたる。この時にアセトアルデヒドも胎児の血管にわたってしまうことがある。胎児にAldh2がないと、二本鎖間の架橋反応が大量に起きてしまい、ファンコーニ貧血の危険性が高まる。さらにFancd2も持っていなかったら大変である。

 この論文ではマウスで実験が行われ、Aldh2とFancd両方を持つ母親が、Aldh2もFancd2も持たない胎児を妊娠した時、胎児は母親がアルコールを摂取しなくても目に障害を持つ個体が発生したが、アルコールを摂取するとその比率はさらに上昇した。さらに、Aldh2のみ持った胎児を妊娠した場合は、母親がアルコールを摂取しない場合は目の障害が起きなかったのに対し、アルコールを摂取すると目に障害を持つ個体が現れた。また、脳ヘルニアという病気に対しては、Aldh2のみ持つ胎児、Aldh2もFancd2も持たない胎児どちらでも、母親がアルコールを摂取しない場合は発病する個体はなかったが、アルコールを摂取すると発病する個体が現れた。

このように、妊娠中の女性自身が酒に強くファンコーニ貧血を発病していないとしても、胎児の遺伝子のタイプが異なっている場合もあるのであって、自分が大丈夫だからと言って酒をあおるのは絶対に駄目である。女性の方々はくれぐれもご注意を。だからといって、男性は配偶者と子どもをしり目に酒を飲み放題、などと言っているわけではない。大学生の分際でなんだか説教くさい話になってしまった。

 追伸:先日、生物学を専攻する学科への進学が決まりました。文系から勝手に変な道に進もうとしたくせに、「狭き門で大変だ」などと愚痴をこぼしていてご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした。支えになってくださった方々、本当にありがとうございます。

DNAの仕組み―胎児への母親の飲酒の影響を説明するために

2011-09-14 00:17:56 | 生物
 ついに生物ネタ更新!めでたい。7月7日付のnatureに投稿された、ファンコーニ貧血という病気とアセトアルデヒドの関係についての論文が興味深かった。

 ファンコーニ貧血とは、いくつかの遺伝子の変異が原因で起きる病気で、患者は不妊や骨髄の機能障害を起こし、がんの危険性が高まるなどの症状がみられる。患者の細胞の中のDNAでは、二本鎖間の架橋反応(英語ではinterstrand crosslinking)という反応が起き、DNA複製が阻害されて異常が起きている。

 なんのこっちゃ、という話なので、今回はまずDNAの仕組みの説明をする。大昔の記事で、DNAとは生物の体を作るための、レゴブロックのいろいろな作品の作り方マニュアルが集められた本のようなものだとたとえた。ここでさらに厳密な言い方をすると、本は本でも、細長い紙に文字が1列並んだモールス信号文のようなものに近い。そしてブロック作品であるタンパク質は、一つ一つのブロックが文字の順番通りに数珠のようにつながったものである。

 ところで、文を書くためには文字が不可欠である。DNAで使われている文字は、A・T・G・Cの4種類しかない。それに対して、生物の体を作る一つ一つのブロック、つまりアミノ酸は20種類ある。4種類の文字で、20種類のアミノ酸をどうやってあらわすのか。ずばり、何文字かをつなげてセットにし、「単語」で表すのである。

 例えば、「か」と「き」という2種類の文字を使って2文字の言葉を作るとすると、「かか」「かき」「きか」「きき」という4種類の言葉ができる。このように、2種類の文字を使うとき、2文字の言葉は2×2=4種類できることになる。では、3文字の言葉ならどうなるか。「かかか」「かかき」「かきか」「かきき」「きかか」「きかき」「ききか」「ききき」の8種類になる。これは2×2×2という計算である。

 では、DNAの文字であるA・T・G・Cを考えてみると、2文字の言葉は、4×4=16種類できる。しかしこれでは、アミノ酸20種類を表しきれない。3文字の言葉はどうか。4×4×4=64種類できる。これならアミノ酸20種類を表すことができるが、逆に文字の種類が多すぎることになる。そこで、「違う文字からできた言葉でも同じアミノ酸を表す」という方法がとられている。例えば、CCA・CCT・CCG・CCCという4種類の言葉は、すべてプロリンというアミノ酸を表す。なんだか無駄の多い表し方だが、仕方ないのである。

 このようにして、20種類のアミノ酸を表すために、3文字セットとなったA・T・G・Cという文字が並んだものが、DNAなのである。AACGTCGAGTTAというDNAがあったら、3文字セットで読むと|AAC|GTC|GAG|TTA|となる。これは順に、アスパラギン・バリン・グルタミン酸・ロイシンというアミノ酸を表す。各セットは連結されるので、このAACGTCGAGTTAというDNAは、「アスパラギン-バリン-グルタミン酸-ロイシン」という、4つのアミノ酸からなる数珠のようなタンパク質を表す。DNAのA・T・G・Cとは、こうした役割を持ったものなのである。


 そして、このような文字が書かれたDNAの形であるが、単に文字を紙に書き続けたモールス暗号の文書のようなものとは違う。紙に書かれた文字が消えてしまわないように、保護しなければならない。この保護の仕方がすごく独特なのである。もう1本の暗号文書を貼り付けるのである。ただし、貼り付け方には規則がある。Aという文字はTという文字と、Gという文字はCという文字と貼りつきあわなければならない。こうして、DNAは2つの暗号文書が貼り付きあった形をとる。しかもこのペアになった文書がねじれる。これこそが、二重らせんと呼ばれる形なのである。らせんの両側の線が、信号を書いた紙に、らせんの中にある線が、書かれた文字に相当する。


 ちまたで「DNA=二重らせん、AとTとGとC」と、まるで暗記させるように連呼されているが、その仕組みはこんなに複雑なもの。しかし逆に言えば、この程度の暗号文書があれば、我々の体はすべて設計できてしまうのである。むしろ単純といえるだろう。次回はこれを踏まえて、ファンコーニ貧血の原因となるDNAの異常について述べる。

iPSウォーズ(後編)

2011-06-21 00:54:17 | 生物
 更新が滞りがちで申し訳ありません。前回の続きを。

 iPSウォーズの発端はカリフォルニア大サンディエゴ校のYang Xu教授ら研究チームがnatureに発表した、iPS細胞で拒絶反応が起きるとの論文だった。Xu教授らは、マウスの皮膚の繊維芽細胞から作成したES細胞とiPS細胞を、生体マウスの体内に移植した。すると、ES細胞では移植した細胞がいろいろなタイプの細胞に分化して腫瘍を形成したが、iPS細胞からはそのような腫瘍が形成されなかった、というのだ。さらに、iPS細胞を移植したところから、Zg1b、Hormad1という遺伝子が高いレベルで発現していることが分かった。この2つは、免疫の際によく発現するものとして知られている。これらの事実から、iPS細胞の移植に伴い、拒絶反応が起きたとの結論に至った。

 ただしnatureも指摘するように、この論文がiPS細胞の可能性を一気に低めたものであるとは言えない。まず、今回移植したES細胞、iPS細胞はともに分化前の状態のものであり、すでに一つの組織に分化したものを移植したらどうなるかはわからない。一方従来のiPS細胞の実験では、分化した組織を、免疫に関する遺伝子のかけたヌードマウスという特殊なマウスに移植していた。結局今のところ、免疫がiPS細胞に対してどう作用するのかはっきりとは分からないのである。また、今回の論文では、マウスの胎児の皮膚から繊維芽細胞をとっていた。動物の胎児はもともと免疫機能が高い。従来ヒトの細胞を使う実験では大人の皮膚が使われていたので、やはり単純比較はしづらいのである。

 2006年に世界で初めてiPS細胞を作製した(とされる)山中伸弥教授も、この論文に対し「分析手法に問題がある」と反論していた。そして、6月には自ら、iPS細胞を効率よく作製できたとする新たな論文を発表したのだ。

 山中教授らは人の繊維芽細胞を用い、従来iPS細胞の作製に使われてきた4つの遺伝子Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycのうち、がん化の危険が指摘されていたc-Mycの代わりに、卵母細胞(卵子になる少し前の細胞)や受精卵で発現するGlis1という別の遺伝子を使ったところ、iPS細胞が作成できたという。さらに、c-Mycを使っていた際には、正常なiPS細胞[ES細胞に似た形態]の作られる確率が低かったのに対し、Glis1を使うとその確率も上がった、としている。このGlis1なる遺伝子は、Esrrb、Wnt、Foxa2といった細胞内のほかの遺伝子を刺激して、それらの発現を活発にすし、c-Mycの働きを抑制する(実はc-Mycはもともと人間のDNAに入っている遺伝子で、ふつうはがんに結びつかないようコントロールされている)ことでiPS細胞の効率的な作製をもたらしている、とのことだ。

 さらにもう一つ新たに出てきた技術が、以前紹介したディレクト・リプログラミング。皮膚の繊維芽細胞に特定の遺伝子を入れ、4~5週間培養すると、iPS細胞を経ずに直接神経細胞に分化させることに成功した、という論文がスタンフォード大学から5月に出された。さらに6月には慶應義塾大学の岡野栄之教授らが、同様の作成過程を半月~1か月で行うことができたと発表。iPS細胞を経た分化には4~6か月かかるというので、相当な時間短縮になる。こうなると、そもそもiPS細胞が要らなくなってくる恐れもある。さあどうする、山中教授。

 1か月でこれほど続々と新たな技術が発表され、研究者たちがしのぎを削る分野はめったにない。いかに幹細胞を使った再生医療が世界中で注目されているかがよくわかる。別の言い方をすれば、いかに国からの期待と補助を受け、半ば国策となって莫大なビジネスチャンスを争っているかも。自分はこちらの分野に進むつもりではないが、論文や記事を読んでいて、言い知れぬ興奮と、自分が将来研究者としてやっていけるのか、という不安を感じた。やっぱり、生物は楽しい。