BioDoxology

生物と映画と政治とマレー・インドネシア語にうるさい大学生の戯言

iPSウォーズ(後編)

2011-06-21 00:54:17 | 生物
 更新が滞りがちで申し訳ありません。前回の続きを。

 iPSウォーズの発端はカリフォルニア大サンディエゴ校のYang Xu教授ら研究チームがnatureに発表した、iPS細胞で拒絶反応が起きるとの論文だった。Xu教授らは、マウスの皮膚の繊維芽細胞から作成したES細胞とiPS細胞を、生体マウスの体内に移植した。すると、ES細胞では移植した細胞がいろいろなタイプの細胞に分化して腫瘍を形成したが、iPS細胞からはそのような腫瘍が形成されなかった、というのだ。さらに、iPS細胞を移植したところから、Zg1b、Hormad1という遺伝子が高いレベルで発現していることが分かった。この2つは、免疫の際によく発現するものとして知られている。これらの事実から、iPS細胞の移植に伴い、拒絶反応が起きたとの結論に至った。

 ただしnatureも指摘するように、この論文がiPS細胞の可能性を一気に低めたものであるとは言えない。まず、今回移植したES細胞、iPS細胞はともに分化前の状態のものであり、すでに一つの組織に分化したものを移植したらどうなるかはわからない。一方従来のiPS細胞の実験では、分化した組織を、免疫に関する遺伝子のかけたヌードマウスという特殊なマウスに移植していた。結局今のところ、免疫がiPS細胞に対してどう作用するのかはっきりとは分からないのである。また、今回の論文では、マウスの胎児の皮膚から繊維芽細胞をとっていた。動物の胎児はもともと免疫機能が高い。従来ヒトの細胞を使う実験では大人の皮膚が使われていたので、やはり単純比較はしづらいのである。

 2006年に世界で初めてiPS細胞を作製した(とされる)山中伸弥教授も、この論文に対し「分析手法に問題がある」と反論していた。そして、6月には自ら、iPS細胞を効率よく作製できたとする新たな論文を発表したのだ。

 山中教授らは人の繊維芽細胞を用い、従来iPS細胞の作製に使われてきた4つの遺伝子Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycのうち、がん化の危険が指摘されていたc-Mycの代わりに、卵母細胞(卵子になる少し前の細胞)や受精卵で発現するGlis1という別の遺伝子を使ったところ、iPS細胞が作成できたという。さらに、c-Mycを使っていた際には、正常なiPS細胞[ES細胞に似た形態]の作られる確率が低かったのに対し、Glis1を使うとその確率も上がった、としている。このGlis1なる遺伝子は、Esrrb、Wnt、Foxa2といった細胞内のほかの遺伝子を刺激して、それらの発現を活発にすし、c-Mycの働きを抑制する(実はc-Mycはもともと人間のDNAに入っている遺伝子で、ふつうはがんに結びつかないようコントロールされている)ことでiPS細胞の効率的な作製をもたらしている、とのことだ。

 さらにもう一つ新たに出てきた技術が、以前紹介したディレクト・リプログラミング。皮膚の繊維芽細胞に特定の遺伝子を入れ、4~5週間培養すると、iPS細胞を経ずに直接神経細胞に分化させることに成功した、という論文がスタンフォード大学から5月に出された。さらに6月には慶應義塾大学の岡野栄之教授らが、同様の作成過程を半月~1か月で行うことができたと発表。iPS細胞を経た分化には4~6か月かかるというので、相当な時間短縮になる。こうなると、そもそもiPS細胞が要らなくなってくる恐れもある。さあどうする、山中教授。

 1か月でこれほど続々と新たな技術が発表され、研究者たちがしのぎを削る分野はめったにない。いかに幹細胞を使った再生医療が世界中で注目されているかがよくわかる。別の言い方をすれば、いかに国からの期待と補助を受け、半ば国策となって莫大なビジネスチャンスを争っているかも。自分はこちらの分野に進むつもりではないが、論文や記事を読んでいて、言い知れぬ興奮と、自分が将来研究者としてやっていけるのか、という不安を感じた。やっぱり、生物は楽しい。

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