BioDoxology

生物と映画と政治とマレー・インドネシア語にうるさい大学生の戯言

マレーシア旅行(2)

2011-08-06 17:46:24 | 雑記
 前回に引き続き旅行記です。8月2日、成田から無事クアラルンプール国際空港(略称KLIA)に到着した。出口でJTBのガイドが出迎えている。マレー人だろうと思っていたが、現地に住んでいる日本人でUさんという50代くらいのおばはんだった。「あと2人来るから待ってて」とのこと。…あと2人?パッケージツアーなのにそれしかいないのか?そのうち中年の夫婦が来て、「そろいましたね。じゃあ行きましょう」となり、KLIAを出た。このKLIA、設計したのは日本の黒川紀章という大御所建築家(晩年都知事選に出たおじいさん、妻は女優の若尾文子)で、1998年にオープンしたばかり。そのため成田と比べてもそん色ないきれいな空港である。

ターミナル内はこんな感じ。

 空港を出ると小さめのバスが待っていて、自分と中年夫婦の計3人の参加者と、ガイドのUさん、それにマレー人の運転手が乗り、がらがらで出発。この日の夕食は自分一人で食べる予定で、一人で出かけるのは不安なのでホテルのルームサービスにしようと思っていたが、あわよくばバスに同乗した参加者と仲良くなっていっしょに外で食べようかとも考えていたので、例の夫婦にいろいろ話しかけてみた。しかし向こうは相槌を打つ程度であまり食いついてこないので断念し、Uさんの話を聞くことにした。空港の周り同様、高速道路の周りも一面油ヤシの畑である。Uさんによると以前はすべて天然ゴムだったが、マレーシアが油ヤシ生産に転換してから一気にヤシ畑になったらしい。また、高速道路のガードレールにはたくさんのマレーシア国旗がついている。日本では見られない光景だ。企業の看板も多数あり、マレー語と英語が混在していて面白い。

 KL中心部に入ると、新しい都市だからか、東京よりも近代的な高層ビル街が広がり、その隙間には中国系の庶民的な店が商店街を作っている。さながら映画「ブレードランナー」のようだ。例の夫婦は宿泊するホテルが違うらしく、先に降りてしまった。ガイドがホテルの案内のため一時抜けたので、バスの中には自分と運転手の2人だけ。話すチャンス!と思い運転手に「KLでお勧めの場所はありますか?」と聞いてみた。ところが答えが全く聞き取れない。地元の人が話すマレー語は、日本で学ぶものや、CM・アナウンス、空港職員の話すものと全く違い、訛りが激しいうえに文法も乱れていて意味不明なのだ。何とか会話を成立させようとしたがうまくいかず、仕方ないので
「マレー語の聞き取りがうまくないので英語でもいいですか?」と聞くと
「それなら僕じゃなくてガイドさんと話したほうがいいよ」
そんな…。ものすごく気まずい雰囲気になってしまった。それでも向こうも粘ってくれて、KLの外だがケランタン州のコタバルが“bagus(いい)”だと教えてくれた。遠すぎて行けないが(笑)。そしてさらに聞いてきた。
「あんたはどこの国から来た?」
「日本です」
「日本人なのにマレー語話すのかい?」
「去年から大学でマレー語を勉強してるんです!」
“Oh...”
若干驚かれた。もうこれだけで満足だ。直後にガイドのUさんが戻ってきて運転手と話し出した。どうやら運転手が「この学生さんと話したぞ」的なことを言っているらしい。というか、ふつうに話せているUさんがすごい。

 ついに宿泊するホテル「ノボテル クアラルンプールシティセンター」に到着。チェックインの際に住所を記入するのだが、西洋式に「部屋番号・番地・市区町村・都道府県・国」の順で書かなければならない。Uさんが「私が書こうか?言ってくれれば書いてあげるよ」と言ってくれたので「神奈川県横浜市○○区××町△△番地□□号です」と答えると、何と「△△, Yokohama, Kanagawa-Ken, JAPAN」と書きやがった。「こんなもんで大丈夫よ」…て、泊まるのはあんたじゃないぞ!どうもUさんは現地暮らしが長いせいかマレーの乗りで仕事をしている。不安なんですが。部屋は806号室。カードキーを渡され、Uさんに「挿して抜いたら8って押すんだよ」と言われ、「貴重品の管理は気をつけてくださいね。それじゃ」とエレベーターで別れてしまった。エレベーターに乗ったが、部屋のある8階を押してもボタンが点灯しない。焦って点灯させられる4階に行って降りると、そこにはスパしかなく、階段もない。スパの職員に妙な目で見られる。仕方なくエレベーターに戻ってよく観察すると、何とカードの差込口を発見。同乗したインド人らしき3人組がカードを指して抜いた後、自分たちの泊まる階を押していた。そういうことか!「エレベーターで」と言ってくれよ、と思いつつ自分も同じようにする。見事8階に行けた。

 806号室をみつけてドアノブにカードを入れるとドアが開いた。部屋は真っ暗で、机のスタンドがついているのみ。天井やベッドの電気のスイッチらしき物を見つけて切り替えてみたのだが一向に電気がつかない。トラブルか?とりあえず机にあったホテルのガイドブックを読んでみたが情報はない。焦っているところへ突然電話がかかってきた。何かまずいことでもあったのか?とパニック状態。英語で応対できるだろうかと不安になって“Hello?”と出てみると、「もしもし、ガイドのUです」と例の適当なUさんからだった。翌日マラッカに行って向こうに泊まることの確認で、「ああ、それなら大丈夫です。じゃあ」とあっさり終わった。とりあえず電気をつけなければならない。懐中電灯はさすがにいらないだろうと、もってこなかったことが悔やまれた。部屋中うろうろしていると、ドア付近にカードのさせそうな隙間を発見。もしや…?カードを入れてみると、一斉に電気がついた!一人で大喜びである。こんなこともわからないとは、どれだけホテル慣れしていないのか…。

 いったん落ち着いて座り、ルームサービスを頼もうとしたところでまたしても問題が発覚。4日に空港へ戻るとき、19時にホテルで集合することになっていたので、3日にマラッカに泊まりに行く際、スーツケースはホテルに預け、4日にKL観光を終えた後19時までにホテルに取りに戻ればいいと思っていた。しかしホテルのチェックアウト時刻は4日の12時で、KLを刊行していては12時までにホテルに戻れない。荷物といいチェックアウトといいどうすればいいんだ?仕方ないので適当なUさんに電話で聞いてみると、「それならね、明日に自分からチェックアウトしちゃって、荷物はチェックアウト時刻以降でも預かってくれるはずだから、ちゃんと説明して頼めば大丈夫よ」とのこと。「できるよね?じゃあ」と切られてしまった。ホテルは空港同様、客とのやり取りは英語なのでまだ安心とはいえ、こんな依頼を英語で済ませるのは初めての客にはハードルが高すぎる。面倒なことになった。

 しかしとにかく空腹だったので、食事後に相談することにし、電話でルームサービスを頼む。電話の向こうは声が曇るのでこれだけでもつらい。何とかハンバーガーとシーザーサラダを注文。25分後、きれいな英語を話す従業員が持ってきてくれた。いくつか聞きたいことがあったので挑戦。
「これはクレジットカードで支払えますか?」
“Yes!”
「わかりました。もう一つあるんですが…冷蔵庫にある飲み物を飲んだら、チェックアウト後に払うんですか?」
“Yes!”
「じゃあ、品目を書き込むレシートか何かがあるんでしょうか?」
「いえ、フロントで何を飲んだか申告してください」
「なるほど、分かりました。ありがとうございます」
全部英語でできた!リスニング教材でよく耳にするような会話だが、自分でこなすのは難度がけた違いに高い。意思疎通のできる人がいるだけでうれしくなり、引き留めて雑談を仕掛けてしまった。
「実は一人で旅行するのは初めてで、えらく緊張してるんです」
「おひとりですか!」
「ええ。それも日本から」
「そうですか。Thank you!」
…もう行ってしまった。一人でさびしくサラダとバーガーを食べる。

これ、量多すぎだろ?サラダって小さい皿に入っているのを予想していたのに、大皿でチキンまでついている。バーガーもでかい。特に、野菜のきゅうりが巨大。太さは日本のきゅうりの3倍以上あり、メロンのような種が入っている。味も上等とは言えず、サラダのチキンはパサパサで、バーガーのパテとベーコンはガチガチ。やってはいけないことだと思いつつも3分の1近く残してしまった。

 荷物の相談をする前に、ウェイクアップコールを頼んでおく。電話をつなぐと出てきた従業員の英語が…わからん。これが噂のマレー訛りの英語、通称マングリッシュ。とりあえず
「ウェイクアップコールをお願いできますか?」
「ヤーシュアー!ワッタイムサー?」 …マレー語に聞こえるぞ。
「午前6:15でお願いします」
「○△※~?」 …は?
「もう一度言ってください」
「○△~one time~?」 1回呼ぶだけでいいってことか。よくわからないのでとりあえず
“Yeah”
「オーケーセンキュー!グッナーイ!」
なんか不安だ。携帯と腕時計のアラームをセットしておく。

 そして、ついに荷物の相談である。自分の予定をメモに書き、フロントへ。まずは両替を頼み、10リンギット札を崩してもらう。その後続けてたずねようとしたが言い出せない。いったん引き揚げてエレベーターの前で呼吸を整える。フロントの係員やエレベーターから出てきたアラブあるいはペルシャ系の人に変な目で見られているのがわかる。意を決して再びフロントへ。
「すみません、荷物の預け入れのことでお聞きしたいことが…」
「預け入れというとセーフティーボックスですか?」
「はい、そんなようなものです。予定を説明させてください…(中略)…これで可能ですか?」
「ええ、可能です。明日チェックアウトされる際に、再び荷物のことを係員に申告してくだされば保管します」
「そうですか。ありがとうございます!」
できた!もはや奇跡。一安心して部屋に戻った。気が付くと、部屋で靴から履き替えたスリッパのままで歩いていた。そのうえ鞄をやたらしっかり持ってフロントのあたりをうろうろしていたのだから、すりや誘拐のカモになる雰囲気丸出しだった。襲われなくて良かった…。

 へとへとになりながら風呂に入り、翌日のマラッカ行きの支度をすると午前0時を回っていた。6時間程度しか寝られないのか。朝になったら、また荷物の件でフロントに話をつけなけ、電車を乗り継いでマラッカ行のバスターミナルに一人で行かなければならない。さらに、同時期にマレーシアに滞在している同級生とバスターミナルで合流することになっている。上手くいくのだろうか。

 次回は、マレーシアの土着情緒にびびります。

マレーシア旅行(1)

2011-08-06 00:37:21 | 雑記
 帰ってきました。生きてます。寿命の縮む楽しさでございました。

 今回の旅行はJTBのフリーツアー。8月2日に成田からクアラルンプール(地元ではKLと呼ばれる)への飛行機に乗って、KLで一泊。8月3日には、昨年マレー語を教えてくれた教授が現在マラッカに住んでいるので会いに行き、マラッカを観光して教授の家に泊まる。翌4日はKLを観光し、夜に成田への便に乗って5日の朝に帰ってくる、という予定である。なかなか過密スケジュールだったうえ、海外旅行もホテルでの単独宿泊もすべて初めてだったので不安で仕方なかった。

 8月2日の午前6時に起床。横浜駅7:28発の成田エクスプレスに乗る。やたらと緊張していて車内で何をしていたかほとんど覚えていないが、無事成田空港に到着、第一関門は突破した。両替所で円をマレーシアの通貨リンギット(1リンギットは約26円)に変え、200リンギット用意した。普通に過ごせばこの程度で十分だろう。そしてついに出国手続き。チェックインをし、セキュリティチェックと出国審査を無事通過。予想以上にあっさり終わってしまった。飛行機の搭乗時刻は11:15なのに、この時点でまだ9時半過ぎだ。暇だぞ。免税店なるものもまわってみたが、東京土産やブランド品が中心で何も買いたいものがない。仕方ないので椅子に座り、去年の4月に呼んだっきりになっていた馳星周の『不夜城』を読んで時間をつぶす。歌舞伎町の中国人たちの争いを描いた小説だが、空港内で本当に中国語が飛び交っているのでなんだかおもしろい。

 そのうち11時を過ぎたので登場する。小学生の時に沖縄へ旅行に言って以来の飛行機だ。翼のすぐ近くの席で、飛行機が動き出すと、翼がカタカタ揺れるのが見える。どでかい飛行機なのにこんなペラペラな翼なのかとびっくり。滑走路では離陸を待つ飛行機たちが行列を作っていて、隣の滑走路からは飛び立つ飛行機がすれ違ってくる。「かっけえ!」と完全に幼稚園児状態で窓にくぎ付けになってしまった。いざ自分の乗った機が離陸するときは、滑走路を突っ走ったり飛び上がったりするときの揺れにびびりまくりで怖いのなんの。周りから浮いてしまった。いまさら言うのもなんだが、数百人単位の人間を乗せた金属の塊が空に飛び出し、上空1万メートルの高度で猛烈な上昇気流や下降気流に遭いながら電車程度の揺れで動き続けるなんて、飛行機という文明は冷静に考えると凄まじくないか?しかもあんなに薄い翼と、たった2~4基のエンジンで。

 機内で楽しみにしていたのは映画だ。カタログを見ると、何と今年公開された「男たちの挽歌」の韓国リメイク版、「男たちの挽歌 A BETTER TOMORROW」があるではないか。さっそく再生して(リモコンが椅子の肘掛けに入っていることを知るのに10分かかりました)、途中で出た機内食のビビンバご飯を食べながら観たのだが、いまいち面白くない。話の流れはほとんど同じだが、オリジナルに比べてトーンが落ち着いていて、正統派のハードボイルド映画のようになっていた。しかし、あのベタでくさい話を静かなテンションで語られても正直乗り切れない。キャラクターも渋くクールな人間が中心で男臭さに乏しく、そして何よりガンアクションが物足りない。全体にしまりがなく、途中で寝落ちてしまった。一応最後まで観たが、オリジナルをよりリアルで、ダサくないかっこよさを持った作品にしようとした結果、ダサさに伴っていたかっこよさや熱さが全部抜け落ちてしまった感じで、残念だった。

まだ時間があったのでもう一本、今度はスウェーデン映画「僕のエリ 200歳の少女」を観た。クラスでいじめられて孤立する少年と、ヴァンパイアの少女の交流を描いた作品である。ジャンルとしてはホラーで、なかなかえぐいシーンもあるのだが、そこがメインではなく、孤独の中でお互い近づこうとしながら理解しあえない2人の悲しさが伝わってくる。スウェーデンの寒々しい光景も相まって、ひたすらに冷たくさびしい映画だった。ホラー映画でこんな感覚を得たのは初めてで、大満足。こんな隠れた秀作を上映してくれるとはJALもなかなかいい目を持っている(何様だ)。

 計4時間映画を見て疲れたので、トイレに行ってみると、鏡に映る顔がむくんでいた。気圧が低いせいか、単に長時間座りっぱなしだったせいか。ついでに、飛行機のトイレの水の吸引力が超絶に激しく、びびった。バスや新幹線でもかなりの勢いで吸引しているが、この飛行機のトイレは周囲半径1メートル以内の空気まで全部吸い込んでいるんじゃないか、と思えるほどだ。立っている自分の顔ですら風を感じたぞ。その後ほどなく、クアラルンプール国際空港に到着。着陸はやはり怖い。そして驚いたのは、空港の滑走路の周りが一面油ヤシの畑になっていたことだ。上空から見た空港はまるでジャングルに作られた遺跡みたいである。飛行機を降りてシャトル電車に乗ると、マレー語のアナウンスが聞こえる。そしてかなり聞き取れる。看板も英語とマレー語で表記されていて、どちらも読めると幸せだ。マレーシアの入国審査では指紋認証が必要である。職員がみな英語で話していて、分かってはいるものの緊張する。パスポート、搭乗券、入国書類を見せてしばらくすると、“Thank you.”え、指紋認証してないぞ?頭が混乱したが、職員は手で「どうぞ通過してください」と促しているので、言われた通りにした。後々問題にならなければいいが…。

 その後は荷物の受け取りである。ベルトコンベアからスーツケースが流れてくる。周りに職員が何人かいて、客とは英語で話すが、職員同士はマレー語で話している。なるほど、こういう使い分けをするのか。そこで、こちらからマレー語で話しかけてみることにした。ついに訪れたマレー語会話のチャンス。愛想のよさそうな女性職員に“Maafkan saya”(すみません)と声をかけると、“Ya?”と言ってきた。緊張しながら「日本を出るとき、税関に申告するものを持っていなかったので税関に立ち寄らなかったのですが、ここでも税関を通らずに出て行っていいのですか?」とマレー語で聞いてみると、“Yeah, you can just...oh, anda…”と、初め英語で返答したのをマレー語で言い直してくれた。「なんでマレー語で話しかけてくるんだ?」と思っていたのかもしれない。内容はあまり聞き取れなかったが、“terus”(まっすぐ)という単語が聞き取れたので、そのまま出てよい、ということだろう。“Baiklah, terima kasih.”(わかりました、ありがとうございます)と礼を言って出口へ向かった。この時の自分はどや顔だったに違いない。出口に行くとJTBのガイドを発見。ホテルまでバスで送ってくれることになっている。これで入国は一段落。思ったよりすんなり乗り越えられた。

 マレーシアに着くまでの分だけで長くなってしまったのでいったん終了。次回、KLでのんきな気分が吹っ飛びます。