春奈の章
風間が浮気をしている。いえ、浮気ではない。
風間には愛する女がいると言う言葉が正確だ。
女には2つのタイプ以外にない。
すなわち愛される女と愛されない女と。
不幸にも愛されない側になってしまった女は
人生の妥協点をどこにおけばよいのだろう。
女としての愛を渇望する欲求の炎を鎮めるにはどうすればよいのだろう。
風間は優しい。人間愛にあふれたいい人だ。
彼を知るすべての人は彼に好感を持つだろう。
誰にでも優しく誰にでも善意で接する風間という男。
しかし、私は女として愛されていない。唯一愛して欲しい男に愛されない。
私のこと愛している?勇気を出して何度か聞いてみた。
しかし、哀しくも返ってくる言葉は「感謝している」だけだった。
ある夜、私は最後の望みに賭けた。少しは私を女として
見ていてくれるのではないかと期待を込めて、
「抱いて」と言った時の、
風間の表情を忘れない。暗闇の中でもはっきりとわかった
風間の私に対する侮蔑、不快感と、セックスを拒絶する冷たい醒めた顔。
風間との男と女の関係はこの時終わった、終わったのだ。
人は人に欲求や期待を求めなくなると喜怒哀楽の感情も枯渇
してくるのだろうか。
私は女を失った。自信を失った。それは、体の一部分を
もぎ取られたような喪失感だ。5年間夫に肌に触ってもらえないおんな。
私の心は暗い闇へと堕ちていく。
ある朝、学校に行く子供と、出勤する風間を見送ると、出かける用意を始めた。
息子には鍵を預けている。少し遅くなっていい。
水色の柄のワンピースに着替えて、自宅を後にした。
目的地はなかったが、独身の時以来ご無沙汰している美術館へと私の足は向かっていた。
Y駅を降りバスに乗り10ほどでS美術館に着いた。
入り口には、さまざまな催しが書いてある。
十年ぶりの美術館めぐりに久し振りに笑顔が戻る。
壁に掲げられている絵をゆっくりと見ながら歩く。
隣で同じ歩調で歩いていた男性が声をかけてきた。
「その絵、お気に召しましたか?」
それは、女性が小鳥を手の中に大事そうに抱えている哀愁とメルヘンを感じさせる
絵の前で止まっていた時だった。
パステルカラーの水彩画で描かれたその絵から懐かしさと癒しの空気が漂っていた。
私と同年齢だろうか、柔らかい雰囲気を持つ男性だ。
「癒される絵ですね」そういうと、男は私の顔を
見つめて言った。「これは僕が描いた絵です」
何かを説得しようとする瞳は人を圧倒する。
2時間後、私は男とホテルにいた。
気がつくと男の胸に抱かれていた。
戯れ抱き合い求め合っていた。
「きれいだ。何度でも愛してあげたい」
彼はありとあらゆる賛美の言葉を囁き続けた。
私は白いダブルベッドの中で生命を注入されているような息吹を感じていた。
男の甘い囁きも愛撫も、女を蘇らせてくれるものだった。
戯れの蜜月のひとときから出た時は5時を過ぎていた。
男は、慈愛に満ちた表情で微笑んだ。
私の中で何かが弾けた。
女の終わりは自分で決めるもの、
女であることを意識することも自分で決めるもの、
そう再生だよ。
私はもう一度再生できる。
再生するんだよ、春奈、
ありがとう癒し男さん・・・
続く・・・