8月6日(木)、前日も暑かったが、この日もかっと暑い。
原則毎週木曜の、自由が丘の叔母さん訪問。
こう暑くてはたまらないと、日傘をさして出かける。
行きも帰りも、乗り換えなしの大井町線直通電車を利用する。
叔母さんからは、例によって「昔話」をヒアリング。
母と叔母の一家は、昭和20年5月24-25日、麻布笄町で大空襲に逢
い、そこを「焼けだされ」て、代々木八幡に移る。
叔母さんは、代々木八幡の、当時の住所を「代々木本町743」と正
確に覚えていた。--今月で95歳。恐るべし!
家に伝わる、110年前の写真(母方の祖母一家)についても確認す
る。
叔母さんから玉川高島屋で時計の修理を頼まれる。
13:13
13:16 マスクをして、日傘をさして
13:26
13:27 セブン-イレブン予定地 今月下旬オープン予定
13:29 「完全閉店セール」
13:37 あざみ野
13:58 自由が丘
14:02
14:04 資生堂パーラーはいつも人気
15:51 帰路
15:52 緑が丘西地区自治会 自治会はどこにでもある?
15:55 エクセルシオール
15:56 ちょっとブックファーストへ。
16:12
16:15 自由が丘より長津田行の急行
16:36 あざみ野に戻る。
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この日は東京の山の手地区への空襲があり、慶應義塾の三田、四谷キャンパスが焼かれ、小泉信三も瀕死の大火傷を負った(25日)と言うことです。
東京大空襲といえば、この年3月10日の下町空襲が有名ですが、いずれも軍事施設や軍需工場ではなく、住宅や文教施設を重点的に執拗に焼いたと言うことで、日本人は忘れてはならないことだと考えます。
叔母は、伯父(兄)の長靴を履いてバケツリレーに参加したそうですが、とても火の回りがはやく、全焼してしまったそうです。
後から伯父が
「長靴が焼けちゃったよ~」
「あら、私が履いているわよ(笑)」
日本人は諦めがはやいというのか(?)、「仕方ないわ」と、意外と明るかったと言います。家族に死傷者が出なかったせいかもしれませんね~。