kirakira-kirara

ある日突然『あなたガンです』って言われてビックリ…。
子宮頸ガン0期で円錐切除したkaorieの経過観察中の日記です。

どうしてこんなに悲しみ続けているのか改めて考えてみる

2019-05-24 | インコのこと
こんにちは。kaorieです。


来る日も来る日も、セキセイインコのピーちゃんの不在を悲しんでいます。

それこそ、バカみたいに毎日毎日泣いて。



たかがインコという人もいるし、また飼えばいいじゃんという人もいるよ。

私はセキセイインコが飼いたいんじゃなくて、ピーちゃんにそばにいてほしいだけなの。



長生きだったじゃない。


精いっぱい世話してあげたからピーちゃんも喜んでるよ。



本当にそうかな。ピーは病気だったけどまだ元気だった。もっと早く気づけば間に合ったかもしれない。


もちろん世話も看病もしたけど、あの子幸せだっただろうか。ずっと家の中にいて、得体のしれない人間と一緒で。



ソノコトバワカンナイ!とばかり、ビービービービー怒ってたなぁ。あたしのわかる言葉で話せって。笑

インコのくせに全然言葉覚えようとしなかったし、手乗り?ケッ!って見向きもしなかった。

まぁ、メスだからそんなもんかもしれませんけど。慣れないのはしょうがないね。荒鳥だったから。



もしかしたら、ピーちゃんを看取ってあげられないこともあるかもしれない…そんな不安を抱きつつ家に連れてきたの。

私、またがんになったら責任もって最後まで飼うことができるだろうかと。



その責任は果たすことができたわけですが…だからといって満足して送ってあげられるのかといえばそんなことないみたい。

命を預かることは、判断と選択を繰り返すことだから。

そして、どんな道を選んでも…もしも結果が悪かったなら別の道をを選べばよかったと悔やみ続ける。

自分の人生にしたって、子育てにしたって同じよね。



ただ、自分の人生は自分の選んだ道だから後悔したとしても納得できる。

子供のことも、成長してからは親は助言くらいしかできないから…。責任はもちろん常に親にあるけどね。



でも、ピーちゃんは自分の意思とは関係なしに人間の世界で生きて、精いっぱい生きて旅立っていった。

もしも世話しているのが私じゃなかったら、もっともっと長く元気に楽しく生きられたんじゃないかと考えると泣けて仕方ないんです。


私はいつもそばにいてもらって本当に幸せだったけど、あの子に何にも返せないまま死なせてしまった。

野生で生きるのは無理でも、もっと幸せな生涯を送ることができなかったか。



もともとうちに来た理由も、人間の身勝手で捨てられたからで…本当にやりきれない。


もっともっと幸せに生きられたかもしれないのにごめんね…人間の勝手できゅうくつな生活になってしまってごめんね。


せめてもっと長く元気に過ごさせてあげたかった。本当に。



いつか涙は出なくなる日が来るかもしれないけれど、この気持ちが消えることは一生ないと思います。


ピーちゃんはきっと好きなところに飛んでいったと思うんだけど…ときどき見に来てくれるといいな…。


それにしても闘いっぷりが本当に立派だった。私はあんな風に闘病できるか自信がない。


生きるってそういうことだってそばにいて考えさせられました。



それにひきかえ、人間さまの生きる世界はドロドロぐちゃぐちゃと。自分含め本当に煩悩まみれ。


人間が生きるってそういうことなのかな。



ピーちゃんを送るときのことで、激しく後悔していることがあるんだけど…ここまで書いて疲れてしまったので

今度書こうと思います。









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