KANCHAN'S AID STATION 4~感情的マラソン論

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ベルリン・天使の疾走~世界選手権雑感 vol.9

2009年09月30日 | 五輪&世界選手権
もう、明日から10月である。いつまでも8月の世界選手権のことを引き摺っていては前に進めないので、ここはやむを得ず、端折っていかざるを得なくなった。

結論から先に書くと、女子マラソン、金メダルは20歳の中国のランナー、白雪。これは予想外だった。北京五輪銅メダルの周春秀に4位の朱暁琳ら実績のある同国の先輩ランナーたちも悪くない走りをしていたが、今年の名古屋で終盤失速した彼女がまさかここまでやるとはという驚きの方が大きかった。その白雪と、ゴール目前まで激しいトップ争いを繰り広げた尾崎好美が銅メダル。最後は敗れたとはいえ、久しぶりに「熱い」レースを見せてくれた。金メダルは逃したとはいえ、これでマラソン3戦、全て2位以内である。銅メダルはエチオピアのアセレフェチ・メルギア。白雪は世界選手権の女子マラソンで初の中国人金メダリストだが、意外にも“長距離王国”エチオピアにとっては女子マラソンでは世界選手権初のメダルだという。思えば、全盛期のファトゥマ・ロバもエルフィネシュ・アレムもメダルには手が届かなかった。

スローペースの序盤に集団から飛び出したのは、ルワンダのエピファニイ・ニラバラメ。男子のディジも積極的な走りを見せたが、これはペースメイクなどではないだろう。ましてや、誰かに頼まれたものではあるまい。彼らにとってベルリンのロードは、民族対立から生じた未曾有の虐殺から15年過ぎた今、復興した祖国を世界にアピールする場だったのだろう。

25kmから思い切り飛び出し、先頭集団を篩いにかけたのは今年のロッテルダムの優勝者であるロシアのナイリヤ・ユラマノワ。ロシアからは10年前の名古屋国際女子の優勝者のリュボフ・モルグノワに8年前の銅メダリストのスベトラナ・ザハロワが出ている。ルーマニアからはおなじみのリディア・シモンと、ロシアに東欧のランナーたちは本当に息が長い。北京五輪金メダリストのディタらを含めた現在アラフォー世代の彼女たちは、ちょうど社会主義体制の時代に設立されていた、アスリート養成機関で育った最後の世代なのだという。

ケニアとエチオピアを中心としたアフリカ勢が上位を独占し続けている男子のマラソン界に比べると、女子マラソンはアフリカ勢よりも、ロシアに中国、そして日本が存在感を示している。これは社会的な事情も背景にあるだろう。かつての女子マラソンの強国はも高福祉国家であるノルウェーであり、アメリカや英国などの先進国や、社会主義国家だった。社会主義体制の時期もあったエチオピアからは多くの女子ランナーが育ったが、ケニアにおいては、ほんの10年ほど前、当時の世界記録保持者のテグラ・ロルーペやシドニー五輪銅メダリストのジョイス・チェプチュンバでさえ、男子のランナーたちと合宿すると皿洗いや洗濯をしていたのだという。

女性が競技を長く続けていける国というのは、まだまだ限られているようである。ともあれ、ビッグネーム不在の大会ではあったが、「いいランナー」は多かった。今回の上位入賞者の何人かには横浜や大阪を走ってもらいたいものだ。

「ママさんランナー」として、今回注目度の高かった赤羽有紀子。前日にはNHKでドキュメンタリーまで放映されるほど(僕は未見である。)だったが、スローペースの集団から離れたりついたりしつつ、ついに離れていってしまった。事前に足を痛めていたのだという。経験不足が悪い方に出てしまったという感じである。経験不足というのは、彼女自身のみならず、指導者にとってもである。

その点では尾崎にしても、7位の加納由理にしても、後半のトップ争いに加わることが出来たのは、ベストの状態に仕上げてスタートに立つことが出来たからだろう。この辺りは指導者とスタッフの経験と技量の力も大きいと思う。

アテネ大会以来、7大会連続して複数ランナーの入賞を守ることが出来たが、メダリストの尾崎が新聞の運動面や陸上専門誌以外への露出が意外と少ない。既に五輪の金メダリストを2人も生み出しているだけに世界選手権の銀メダリストというだけでは、「新ヒロイン誕生」とは持ち上げてもらえないのかもしれない。だいたい、シドニー五輪以後、世界選手権の銀メダルというのは評価が高くない。

世界選手権の銀メダリストが2人も入ったアテネ五輪の女子マラソン代表に対して、当時、“名伯楽”と呼ばれた女子マラソン指導者が、
「あの3人には金メダルは無理だ。」
と断言したこと、自らの教え子が代表から漏れた怒りに任せた暴言だったのに、多くのメディアがそれに追従したことを僕はいまだに忘れない。その銀メダリストの1人だった土佐礼子については、2年前の大阪大会での銅メダルの方が評価が高かったように思う。まさに「金と同じと書いて銅」である。

専門誌以外で、女子マラソンを多く記事にするのは、いわゆるオヤジ向けの週刊誌である。女子マラソンのファン層というのは女子プロゴルフと被っているのだろうか?そういった雑誌でも尾崎や赤羽らのことが取り上げられるのはほとんど目にしなかった。週刊誌の読者諸兄には、野口みずきがいつ復帰するかとか、高橋尚子と増田明美とではどちらが解説が巧いかということにしか興味が無いようである。

あるいは、こういう雑誌の読者層である中高年サラリーマン、ないし管理職の皆様方は、女子マラソンランナーよりも、その監督らに対して感情移入をしているのかもしれない。だからこそ、高橋尚子がかつて、小出義雄監督の元から離れた際に、まるでおしどり夫婦の離婚会見の如き論調の記事が書かれたのだと思う。ちなみに、僕は当時、これは小出監督の“解任”だと思っていた。

女性管理職の突き上げや、部下の育児休暇の請求を本音の部分では苦々しく思っているオジサンたちには、山下佐知子監督や赤羽有紀子は感情移入しにくいのかな?

まあ、これは与太話として読み飛ばしてもらった方がありがたいが、一つ思い出したことがある。

バルセロナ五輪の男子マラソン、韓国のファン・ヨンチョと森下広一との激しいトップ争いを思い出す方も多いだろう。24年ぶりの銀メダルを獲得した森下に対して、ある陸連関係者が
「負けた相手が悪い。」
という言葉を口にしたのだという。

欧米ではなく、アジアの選手に負けた、というので評価を下げる見方をする人がいたというのである。もちろん、これは
「日本のスポーツ関係者の持つ、根拠のないアジア蔑視の感情」として、批判されるべきものであろう。しかし、明治以来、欧米に追いつき追い越せを合言葉に発展してきた日本に於いては、欧米に負けるよりもアジアに負けることが遺憾であるという感情がいまだに根強く残っているのだろう。(そうか、だからモンゴル出身の横綱があそこまでバッシングされるのか。)

尾崎の世評の低さが「中国に負けたから」ということではないと思いたい。来年のアジア大会(何処で開催されるか、皆さん知ってますか?)の女子マラソンが、
「事実上の世界最強決定戦」として盛り上がって欲しいものである。

藤永佳子に触れるのを忘れていた。優勝争いにこそ加われなかったが、あの一際高い身長を生かした走りで、更に記録を更新して欲しい。なんといっても身長170cm、加納よりも18cmも高いのだ。

まだまだ男子に比べると人材が多い女子マラソン。加納は再来月にニューヨークを、尾崎も来春の海外出場を表明した。赤羽も世界ハーフマラソン選手権がリベンジの機会となりそうだ。

(文中敬称略)


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