亀の啓示

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とにかくイチャイチャハロウィン小説版(44-2)

2018-02-15 00:01:41 | とにかくイチャイチャハロウィン小説版
妻との出会いは27の年だった。

上京して5年目、職場の飲み会で知り合う。
とは言えお互い勤めている事務所が遠く
全く知らぬ間柄であった。

相田美沙子は自分より三才年下だった。

「えと、さしやど、さん?」

「これは、いぶすきって読むんだ。」

「ふうん。指宿…」

「あ、朔次、さ、く、じだよ。」

「朔次さん。あ、萩原朔太郎の朔だわ。」

事務所で作っている名刺を交換した。
男女の出会いと言うには、あまり堂々と
出来ないものだったかもしれない。

美沙子の事務所にいる女子社員が
朔次の同僚の恋人であったために
ことあるごとに四人で飲んだり
遊びに出掛けたりした。

「なあ、正木。」

ある日、朔次は不思議に思うことを
同僚に尋ねてみた。

「お前たち、もう恋人同士なんだろ?」

「ああ。そうだよ?」

「だったら何故、俺や相田さんを誘うんだ。
二人きりで会えばいいじゃないか。」

同僚の正木は笑い出す。
何がおかしいのかと朔次は不機嫌になった。

「悪い。でも、あんまりニブいもんで。」

「何がだよ?こっちは気を利かせて
二人でデートしろと言ってやってるのに。」

ニブいとは聞き捨てならない。
正木は相変わらず笑いながら
それでも説明に入る。

「君は、本当に気づかないの?彼女が
連れてくるもう一人の女の子は、ただの
人数合わせなんかじゃあないよ?」










初めての二人でのデートは映画館だった。
スクリーンに映し出されるコメディ映画を
観て、美沙子はよく笑った。笑うたびに
肘掛けに乗せている朔次の手に触れてきた。

「もう、いやだわ。可笑しい!」

笑って体を揺する。
その流れでナチュラルに美沙子は
朔次の手の甲を撫でる。
そのうち、朔次の頬に美沙子の髪が
ふわりさらりと流れてきては帰っていく。
朔次は、甘い髪の香りに
途中から映画の内容が全く頭に
入ってこなくなった。
胸が詰まる。息を止めて全身で
彼女を感じる。何故息を止めるのか。
あさましく髪の香りを嗅ぐ自分が
後ろめたいのである。

映画館を出ると、広い公園の中を散歩して
ベンチに座って弁当を広げた。
彼女は大きめのランチボックスに
おにぎりとちょっとしたおかずを詰めて
持参していた。自分を憎からず想う女が
自分に手作りの弁当を勧める。
そんなシチュエーションに舞い上がるくらい
朔次はウブだった。
卵焼きやウインナー、鶏のからあげ
箸休めの漬物も自分で漬けたと言った。
水筒から温かいお茶を注いで差し出す。

「ねえ。美味しい?」

「ああ。うん。」

朔次は緊張しまくっている。
鼻血が出ていないか、自分の鼻の穴を
確認したいが鏡はない。指を突っ込みたいが
そんなことしたら確実に嫌われる。
当然、こんな風に弁当の感想を訊かれても
女側が満足するような回答など出来る
余裕はないし、元々がどう言えば
女は喜ぶものなのかなんて
分かるはずもない。

次第に口数が減る。
始めは美沙子の問いに朔次が答える形で
会話が成り立っていたのだが
美沙子の口数が減れば、自動的に
二人の間の会話は途切れる。

「帰るわ。」

「そ、そうか。」

朔次はここで家まで送ろうかとか
今日は楽しかったとか
お弁当ありがとう、美味しかったとか
何より次のデートに繋がるような会話を
何一つ切り出せなかったのである。

電車でも黙って車窓の流れるに任せていた。
彼女が降りる駅が近づく。
さすがに朔次もこのまま終わったら
いくらなんでも不甲斐ないのではと
考えるも、何をどうしてよいか分からない。

電車がブレーキを掛ける。
慣性の法則で体が前のめりになるが
ますます別れが近づいた実感が
焦りを生むばかりだった。

「じゃあ。」

「あ、ああ。」

彼女は朔次の目も見ずに降りて行った。







次の日、朔次は職場で正木と顔を
合わせるのが憂鬱だった。
何故って二人がデートをしたのは
彼女から正木たちに筒抜けのはずである。
絶対にどうだった、うまくやったかい?
などと二人の間の進展具合を尋ねてくる。
会ってから時間がたつにつれて気まずく
なっていっただなんて言えない。
無駄なプライドだと思いながらも
どうにもできなかった。

正木はデートのことには
何一つ触れては来なかった。
そのまま一日を終えると、少し気が
軽くなる。正直、肩透かしを食ったような
気分にもなった。

だが、きっとこのまま彼女からの連絡は
途絶えるのだろうな。
そう思っていた。





「今度の日曜日。空いてる?」

諦めていた彼女からの電話だった。
また、朔次は舞い上がる。
だが今度は一味違ったデートになる。

前回、どちらを観ようかと迷って
観なかった方の映画に入った。

こちらは切ないラブロマンスだ。
美沙子はもちろん笑って体を揺することも
そのはずみで朔次の手に触れることも
首を傾げて髪を泳がせ、すれすれまで
朔次の肩に近づくこともなかった。
悲しいシーンでは息を詰めて、
涙をこらえている気配がした。
朔次は横目で彼女を見た。
女性の涙は男にとって扱いに困るものだ。
だが、それは綺麗だった。
初めて見る美沙子の表情に朔次は胸が
締め付けられてしまった。

映画館を出る。
冷静になると彼女は弁当を持っていない。

「何か、食べにいく?」

「うん。」

朔次にしては上出来な提案だったが
どこで何を食べるのかのプランは
何一つ出来ていない。

「私、ラーメン食べたいな。」

「ラーメン。か。」

周辺のラーメン屋の情報を頭の中で
引き出していく。

「醤油ラーメンがいい。でも味噌ラーメン
でもいい。あっさり系でどこか知ってる?」

「あっさり醤油ラーメン。駅の反対側に
あるよ。行ってみる?」

「うん。」

二人はラーメン屋のカウンターに並んで
座った。美沙子はネギラーメン、朔次は
チャーシュー麺を食べた。

「美味しかった!」

朔次は困る。
次のネタがないからだ。
ラーメンで彼女を喜ばせたはいいが
そこまでである。

「どこか、行きたいところある?」

そういったのは彼女の方だった。

「い、いや。別に。」

朔次の胸はざわついた。
また、面白くない、気の利かない男に
逆戻りである。

「お買い物つき合ってよ。」

美沙子は自然に朔次の腕を取った。




1日、彼女について歩いた。
あそこ行こう
あれが食べたいな
疲れたから一休みしましょ
言われるままについていった。
不思議と疲れは感じない。
彼女と一緒にいて
彼女が楽しそうにしているのを見て
楽しかった。





「そりゃ、ショックだったわ。」

美沙子は前回の初デートを振り返る。

「凄く張り切ってたの。」

映画館で並んで座ったら、いかに自然に
距離を詰めるか。可愛く思われるために
さりげないボディタッチだって頑張った。
朝、早起きしての慣れない弁当作りも
全部自分を良く見せたい、女らしい女と
アピールするものだったのだから。

「それなのにあなた、ろくに話さない。
何も言ってくれないし、待ってるばっかり。」

朔次は痛いところを突かれて項垂れた。
1日楽しく過ごせていたと思っていたが
前回のダメ出しが始まったのだ。
これは今日もたくさんのダメ出しが
あるのかと怯え始めた。

「だからね、あたしもやめたの。
頑張らないことにした。」

美沙子は爽やかに微笑む。

「女らしいアピールもやめて。
媚びるのもやめた。好きなようにしようって
決めたの。あなたにリードされるのを
待つのもやめたのよ。」

「俺のこと。がっかりしてないの?」

朔次は自分で口に出してから
自分で一番納得していた。
一番訊きたいことはこれだった。

「しなかったと言えば嘘になるわ。
だけどあたしの出方があなた向きじゃ
なかったんだと思うし、あたしも無理を
していたから。」

「今日は、楽しかった。
俺は、こうして美沙子ちゃんと
一緒にいたい。」

「朔次さん。」

「ごめん。つまんない男で。」













「早くぅ。愛してるっていいなさいよ!」

妻は酒に酔うと素直に要求する。
長年言ってやらなかった言葉を
酔った時にしか言ってやれないのも
どうかと思うのは、きっと責任転嫁だが。

「お前といると楽しいよ。こうして
ずっと。お前といたいから。いつだって。」

夜の営みに、布団の奥に二人で隠れてから
しかしないキスを。二人きりの居間でする。

「くそ。お前は俺のもんだ。当たり前だろう
愛してるに決まってるんだ。言われなきゃ
分からないなんて頭悪いぞ。」

句読点で妻の唇に吸い付いている。
最後の句読点のキスは、長い。