亀の啓示

18禁漫画イラスト小説多数、大人のラブコメです。

とにかくイチャイチャハロウィン小説版(100)

2018-04-25 01:05:43 | とにかくイチャイチャハロウィン小説版
「コウモリだよ亮。」

「やっぱりあのいかにもコウモリって形が不気味だ。」

夕方に飛び回る小さいコウモリ。
学校帰りの二人は、歩く路地の遥か上
黄昏れた空に黒いシルエットが舞うのを見ていた。

「飛び方も鳥とは違って、飛膜ひらひらさせてるから
一目でコウモリだってわかるよね。」

くるくると回るように、あちこちへ方向を
変えながら翻るような飛び方をするから。
何故か不安を掻き立てられるんだよな。
亮はどちらかと言えば苦手なコウモリから
目が離せなくなる。あんなに上空を飛んでいるかと
思えばあっという間に頭上すぐのあたりに
降りてきたりするからだ。

「あれえ。亮はコウモリこわいの?」

美月は動物好きで、コウモリにも抵抗が無さそうだ。

「怖い訳じゃないけど。」

「あんなにちっちゃいのに。」

「大きさじゃないよ。」

美月は亮の背中を撫でた。

「平気だよ。飛んでるだけだから。」

美月の言いたいことは分からなくもないが
そこはかとない不気味さは、自分に危害を加えない
ものだとしても、それだけの問題ではないのだ。

「美月。」

「どうしたの?」

亮はいたずらっぽく笑う。

「怖いって言ったら元気づけてくれんの?」

その顔が何を考えているのか、何故かピンときた。

「往来で恥ずかしいことはイヤだからね!」

「恥ずかしいことって?俺なんにも言ってないぜ?」

亮は美月の腰を抱いて、自分に引き寄せる。

「歩きにくいよう。」

「あはは。二人三脚だ。」

「離してん!」

亮は美月の髪に顔を埋めて、チュッとわざと
大きな音をたてた。

「かわいいよ。」

「もう!離してったら!」

美月は亮の胸を押して、無理に体を離す。
亮は少しよろけて踊るようにステップを踏んだ。

「ほら。コウモリもあっちの方行っちゃったから。」

「えー。残念。」

美月は亮を置いて早足で歩き出した。
亮はすぐに追いついて、今度は触れずに並んで歩いた。





いつもは朝が苦手なのに、まだ薄暗い時間に
起きてしまった。
トイレで用を足し、また布団に戻る。
あと二時間は寝られる。亮は二度寝を楽しむべく
掛け布団を顔まで被った。

「トオル。」

耳元で自分の名前を呼ぶ声がした。
子どもの声だ。たどたどしい、幼稚園児のような。
家族は四人。父母と中3の妹。幼児はいない。
夢だな。夢の中で夢を自覚する、そんなことは
ままあるものである。

「トオル、イタヨ。トオル。」

「ややこしいな。」

あ。男の声がした。でもこの声は、どこかで
聞いたことがある。

「おい。チェリーボーイ。起きろ。」

「は?ケンカ売ってんのかよ!」

亮は布団から飛び起きて怒りを露にした。

「おはよ。」

目の前には、自分より少し大人びた、自分がいた。

「は、はあ?!」

「さすがに似てるな。」

その、自分そのものなほど自分に似ている男は
黒ずくめな格好で自分を見下ろしていた。
肩に、コウモリが二匹。

「うおあ!」

「あ、お前コウモリ苦手なんだ。最悪だな。」

男は楽しそうに笑った。

「トオル、ボクタチノコト、キライ、カ?」

「キライ、ナノ、カ?」

亮はコウモリが喋ってる、さすが夢だなと
思いながら彼らを観察した。
この二匹のコウモリは小さくて、瞳が黒く
くりっとしている。自分を悲しそうに見つめて
首を傾げている。

「こんなに可愛い俺の相棒たちが、怖いんだ?
お前は本当に"亮"なのか?信じられない!」

男は大袈裟な手振りで喋り、仕上げに手のひらで
顔を覆って天を仰いだ。

「え、あ、この子達は。かわいい、かも。」

亮は自分で自分が不思議だった。
このコウモリたちは、かわいい。

「ホントウニ?カワイイ、カ?」

二匹がおずおずと近づいてくる。
亮は自然と手を伸ばして二匹の頭を撫でてやった。

「キュウ!」

「キュウキュウ!」

二匹は嬉しそうに鳴いた。
翼をピタパタと小さくはためかせた。

「甘えてるんだ。可愛いだろ。」

「ああ。そうだな。」

亮は全世界のコウモリを肯定するわけでは
決してないが、この二匹のコウモリだけは
可愛いと認めた。

「それで。あんたは?」

亮は布団であぐらをかきながら、男を見上げる。
24~5に見えるその男は本当に自分そのものだ。
だが、亮は気づく。
自分と決定的に違うこと。

「八重歯。でかいな。石野真子よりでかい。」

「牙だからな。仕方がない。これでも俺は
まだ小振りな方だぜ?」

「牙?」

「ヴァンパイアは牙が命。」

「ヴ?ヴァンパイアあ?」

まあ、夢だから無くはない話だ。
亮は逆に乗っかってみたら、こいつから
冗談だよと言い出すんじゃないかと思った。

「吸血鬼ってやつか?俺の血は不味いから
吸わないでくれよ。」

「バカ。男の血は吸わねえよ。吸うのは女だ。」

何故か亮は背筋が寒くなった。

処女の生き血。

直感として美月に結び付いた。

「美月の血は吸うな!」

男は目を丸くした。

亮は言ってからまずいと思う。
自分から美月という大切な女の子の存在を
教えてしまうなんて、なんたる失態だろうか。

「美月、マジで処女なのか。」

「いや、あの、忘れて!あいつは」

亮は必死に美月の存在を誤魔化そうとするが
なぜか男はしたり顔で何度も頷いた。

「やっぱりお前はヘタレだなあ。」

「は?」

「惚れた女、目の前にしていつまで指咥えて
見てるつもりなんだよ。」

亮は考えてみた。
この男の言い回しは美月のことも
自分と美月の関係も、全てを知っている。
そういう認識に至る。

「お前は、誰なんだ?」

亮は夢だと分かっていながらも
居心地が悪すぎた。
ヴァンパイアだなんてふざけてる。

「俺は、長内亮だ。四人家族。」

「俺じゃねえか!」

「今の家族は、妻の美月と双子の息子たちの
四人家族だ。そして、このコウモリ兄弟。」

「えっ。」

妻の美月、双子の息子たちの件で
亮が真っ赤になる。
そんな日がいつか来るといい。
浮かれた考えがまるまる叶っている世界から
来た男なのだ。

「ヤッパリ、コノトオルハ、チガウトオル。」

「チガウトオル。」

二匹のコウモリは自分達の主人そっくりの
人間を、あらためて別人だと断じたのだ。

「そりゃあ、彼はまだ若いし。」

「ベッドニ、コウビノ、ニオイシナイ。」

「ヒトツモ、シナイ。」

コウビ?交尾っ!

「お前ら可愛いふりしてキツイこと言うな?!」

亮は反論する余地は微塵もなく、やり込められて
笑うしか選択肢がなかった。

「そうだよ。美月とは、まだキスしかしてない。」

「えー。俺は出会った夜に即抱いたよ?」

「そんなこと出来っかよ!!」

「コッチノトオル、ヘタレ。」

「ヘタレヘタレ。ウフフフ。」

「うっさい!!」

亮は大変気分を害したので、もう一度
寝ようと思う。違う夢を見よう。

「もう、起きなくていいのか?そろそろ7時だぜ?」

「えっ?」

時計を見ると6時54分。7時半には家を出て
少し遠回りで美月を迎えにいく。
つき合い始めてから、遅刻をしなくなった。

「顔洗お。」

もう夢はおしまいだ。
亮は部屋に亮とコウモリ兄弟を置き去りに
朝のルーティンをスタートさせた。

「兄貴珍しく早いじゃん。」

「おう。夢見が悪くて。目が覚めた。」

「どんな夢だったの?美月ちゃんに振られる夢とか?」

妹の悦子は悪趣味なことを言って
憎たらしくけらけら笑う。

「ばっか!美月と俺は結婚するんだよ!」

都合のいいところだけ抽出してみたら
すごくいい夢じゃん。

「え。兄貴拗らせすぎだよ。」

妹に思い切り引かれて、ちょっぴり傷つく。


朝飯を食って部屋に戻ると、あいつらは居なかった。
二度寝したとき見る夢は、いつもと少し違う。
そういうことにしておこう。
亮は着替えて、家を出た。

「亮。おはよう。」

おお。今朝も輝くばかりの愛らしさだ。
可愛いマイスイート。

「おはよう、美月。」

次の瞬間、美月の背中に黒い影が現れた。
亮は目をひん剥く。

その黒い影は、わざと下品にうひょひょと笑い
美月の首筋を指先で弄ぶようなゼスチャーをする。
顔を寄せて、牙を立てる振りをした。

「止めろ!馬鹿野郎!!」

「きゃあ!!」

美月にしてみれば、いつものように朝から鼻の下を
伸ばしていた亮が豹変して、憎悪剥き出しの顔で
飛びかかってきたのだから、驚いたし怯えていた。

「どうしちゃったの、亮ぅ。あたし何かした?」

「や、いや、何でもない!ごめん!」

亮は誤魔化すように、手の力を抜いて
美月をやさしく抱いた。

「朝っぱらからだめ!」

美月は亮を振り払いながらも、安心したように笑う。

『キスくらいすれば?挨拶のキスは基本だし
本来おはようのキスを怠るなんて重罪だぜ?』

好き勝手なことを言う亮を無視する亮。
あいつの言うことに踊らされたら日常生活破綻する。

自分は平凡な一高校生だ。
同級生のガールフレンドと、ささやかな恋をあたため
亀の歩みと謗りを受けるも仕方のないスピードの
遅さで、いっこうに一線は越えられないが
今はそれでも構わない。

「美月。」

「なあに?」

美月が"なあに"と甘く言うときは
機嫌がいいときだ。
亮もこんなときは息苦しく感じるくらいに切ない。
な、と来て、あ、を可愛く挟んできて、に、で上がる。
これっぽっちのことでじたばたするくらい嬉しい。

「今日も1日よろしく。」

「なに、亮ってば。変なのぅ。」

亮は美月の手をやさしく取って、指を絡める。
俗にいう恋人繋ぎであるが、美月はこれを多少
恥ずかしがるのである。
だが、今朝はご機嫌なようで。

「人がきたら。離して。」

わざときゅっと力を入れて握ってくれた。

「そんな、力入れなくてもいいよ。」

亮が分からないままに言うと

「だって。やさしく繋がれてるの、くすぐったい。」

美月は伏し目がちに返事をする。

本当はやさしく触れられると変な気分になる。
それは1日の始まりにはそぐわない
今の美月にとっては、もて余してしまう気分だった。

『お前は朴念仁か!』

亮は自分のすぐ隣に気配を感じた。
怒鳴りたいのを我慢した。
そして心の中で念じる。

『分かってるからだまっててくれよ。』

『一時間目くらいサボれよ。
今すぐにでも抱け。』

『そっちの美月はどうか知んないけど。
俺の美月はまだ子どもなんだよ。
怖がるんだ。自分が変わっちまうのが怖いんだ。』

『へえ。』

『俺は。ギリギリまでこいつのそばで
待っててやりたいんだ。口出さないでくれ。』

『わかったよ。』

亮はため息をつく。黒い気配は消え
コウモリ兄弟の笑う声が遠くに響いていた。

「どうしたの?」

亮は美月を引っ張って、電柱の裏に引きずり込む。
壁ドンよろしくブロック塀に押し付けて
唇にキスした。きちんと舌も絡めた。
離れ際に愛してるよと囁いて、もう一度
触れるだけのキスをした。

「亮!朝っぱらからだめって言ってるのにぃ!!」

美月は亮にバタバタと手を振り回しながら
突っかかって行くが、抱きつきたいのか
殴りたいのか、今一つ判別がしづらい。
亮は美月の体の暖かさを感じたくて
ぶたれるのを黙って我慢した。











「どうだった?夢の世界は。」

魔女のお庭番という眉唾なキャッチで有名な
ガマ男が営むドリームカプセル。
割引券をもらった亮は、話の種にと
60分コースを体験した。

「なんかすげえ可愛かったよ。」

どんな夢が見たいかと訊かれ
世界のどこかに自分がもう一人いるなら
会ってみたいとリクエストをしたのだった。

「シャイな自分と幼い彼女の辿々しいキスとか
とてもエキサイティングだったよ。楽しかった。」

ガマ男は首を傾げた。
そんなプログラムはいれていないよ。
亮も首を傾げる。

ま、いいか。
面白い夢だったからね。



















とにかくイチャイチャハロウィン小説版(99)

2018-04-24 07:41:39 | とにかくイチャイチャハロウィン小説版
「美月。よく来たね。まあ、お入り。」

一人で実家に来たのは何年ぶりだろう。

結婚して、すぐに妊娠して。
それからはほとんど亮と一緒に
帰ってきた家だった。
今は長く別々に暮らしていた母もいる。

でも、今の自分の家ではない。
懐かしいけれど、自分の家ではない。

迎えてくれた父、正直さんは
定年を迎えて五年が経つ。
家庭菜園で穫れた野菜を送ってくれる。
穏やかな父に今日は後ろめたさを感じる。

「美月が来るっていうから。いそいで作ったの。」

母は自分と違って女らしく、手作りのおやつを
いつでも用意してくれるような理想の母だ。
美月はこんな母に憧れながら、こんな女に
なってしまったのだ。軽く落ち込む。

テーブルには温かい紅茶にジャム
シフォンケーキにクリームが添えられている。
自分が作るおやつと言えば、ザクザクに焼いた
スコーンくらいだろう。

「どうしたの、美月。あなたらしくないわね。」

「お母さん。」

あたしらしいって、どんなあたしなんだろう。
美月は息をするのも、本当にこんなやり方で
良かったんだろうかと思い、息苦しくなる。

「なんかあったの?」

「だから、一人で来たんだろう?」

美月は父と母にすべてを話した。
話しているうちに、自分の親には自分を
肯定して欲しい、お前は悪くないと慰めて欲しい
そんな狡い気持ちが沸き上がったが
懸命に堪えて、あった出来事を出来る限り
フラットに説明した。

「大変だったね。美月。」

「ひどい話ね!」

父も母も美月を労ってくれて、理不尽な仕打ちに
一緒に怒ってくれた。

「それで。先生続けていく自信がなくなっちゃった。」

美月は一番話すに胆のいる部分に入る。
今だに自分の気持ちが定まらず
すぐにでも辞めたい気持ちと
諦めたくないという気持ちが
ないまぜになり、見極めはつかないままだ。

「どうして?」

母は、曇りのない瞳で美月を見つめた。

「そうだな。他に何かあったかい?」

父も不思議そうだ。

「あたし、樋口のお父さんの右肩外して
何度も蹴り入れて、失神させたとき
心底ホッとした。あの時、刃物持ってたら
刺してたかもしれない。」

多分、刺していた。腕を刺しただろう。
火を着けられないように。
殺すつもりなどなかったが、自分が目的を持って
冷静に人を傷つけようとしたのが
逆に恐ろしかったのだ。

父は納得出来ぬように反論する。

「家に火を着けられそうだったんだろ。」

「樋口にしてみればただ一人の家族だよ?」

「美月だって、大事な家族と暮らす家を
燃やされそうになったんじゃないか。」

「子ども達に暴力はいけないって教える立場の
先生がこんなんじゃ、いつか子ども達を傷つけるよ。」

何度も頭の中で考え、そのたびに情けなくて
痛くて泣きそうになるのだ。

「美月?あなた何か思い違いをしていない?」

母の表情が曇る。

「怒りと報復はいけないものだけど
誰しもが抱く気持ちよ。」

父も頷いて続けた。

「暴力は確かにいけない。だけど何をされて
持つ怒りから、暴力を振るうかも考えるべき課題だ。」

「お門違いの怒りからの暴力は罰せられて
しかるべきものよ。」

「だが。正当な怒りからの、やむない暴力は
正当防衛として法的にも認められている。」

「抑圧をいたずらに美徳とするなんてナンセンスよ。」

二人とも、美月を否定しないでいてくれる。
でも、これは親子だからだろうと
素直にうけとれなかった。

「お前は他の娘たちより、ちょっとばかり
お転婆だからな。過ぎるところはあるだろうさ。
でも、たかが女のやることだ。身を守るための
範疇なら暴力ではないと俺は思うよ。」

美月は自分からこう考えるのは
卑怯だと思っていたのだ。

「人の心の中は狡くて汚いもので一杯だ。
基本的にみんなそんなもんだと思うよ。」

「そんなものを持つことを否定するのではなくて
持ちながらどうコントロールするかでしょ。」

「まあ、それを全否定するだけなら簡単だ。
正しいことを正しいとだけ教えればいいんだから。」

「それは子どもの心のうわっつらを滑って行くだけで
本当の意味ではちっとも響かないでしょう。」

「誰だって、探り探り生きてるんだよ。
そんなことを分かっていればこそ、教えられる
なんてこともあるんじゃないのかい。」

美月は父と母からの言葉を噛み締めた。
そうだ。今までの自分だって聖人君子
非の打ち所のない完璧教師なんかじゃ
なかったはずだ。

「例えば、その樋口くんとか言う子の
心の中の、傷だとか黒くて深いものだとか
誰にも理解は出来ない。そういうものを
抱えているってことを認めてゆるしてやる
それまでしか出来ないよ。」

「彼がちゃんと学校に来て、きちんと授業を
受けるようになったのは受け入れられた実感が
あったからじゃないかしらね。」

美月は今までの職歴で、そこを勘違いしていた
ことも幾度としてあったのではないかと振り返る。
分かってやっていたと上から見ていたように思う。

「まあ、なんだな。一つ確かなことは。」

父がニヤニヤしながら人差し指を立てる。
母もやさしく微笑んでいる。

「お前が辞めちゃったら、その樋口くんが罪の意識に
苛まれて学校に来なくなっちゃうかもな。」

「えっ…………」

美月は目から鱗が落ちた。
今ここで教師をやめるとなれば
樋口に当て付けているようなものだ。
彼はショックを受けるだろう。

「お前が辞めること自体が、子どもを傷つけるよ?」









美月が帰っていくと、父、正直さんは
受話器を取る。慣れた番号のようで
何も見ずに数字をなぞっていく。

「ああ。今帰ったよ。大丈夫、辞めるなんて
撤回するから。いい感じにしたからね。」

亮は電話だと言うのに腰からお辞儀をして
何度もお礼を言った。







とにかくイチャイチャハロウィン小説版(98)

2018-04-23 00:26:01 | とにかくイチャイチャハロウィン小説版
樋口の父が警察から帰ってきたのは
翌日のことだった。

結局不起訴で前科はつかなかった。
美月が外した肩関節が全治一週間で
罰は十分に受けたようにも見えた。

「ただいま。」

父は玄関の扉を開けるのを、しばらく躊躇った。
大変なことをしてしまった。
そんな自覚はあったのだが、かといって素直に
認めて謝る気にもなれなかった。
息子は自分を迎えてくれるのだろうか。
反抗期の激しくなる年頃だ、反発して
家を出ていくなどと言い出したら
どうしたらいいのだろう。

「おかえり。父さん。」

光紀はリビングでテレビを見ている。
いや、テレビゲームだった。
手元でリモコンを色々な角度に
捏ね回すようにして操っていた。

父はあの話をするのが怖かった。
話さないままで済むはずもないが
なるべく後回しにしたかった。

ゲームに夢中になっている息子の邪魔を
するまでもないことだ。
父はリビングから寝室に入ろうと
引き戸を開けて暗闇に滑り込んだ。
押し入れの中で布団に顔を埋めた。

「こんなささやかな暮らしを。
壊されたら、たまったものじゃない。」

「二度と私たちに関わらないでくれ。」

「あれで懲りただろう。」

だが、気持ちは晴れるはずもない。

息子に対して、堂々と出来ない自分がいる。

どうしてこんなことになってしまったんだろう。







あの日、息子の学校を訪ねた。

学園長と会うため、さんざん学園側を持ち上げ
息子がすっかり変わり、見違えるようにしっかり
したのは学校のご指導あってこそと
ひれ伏すように有り難がってみせた。

学園長は大層上機嫌になり、あのヴァンパイア夫妻の
住所を快く教えてくれた。
すぐに学園を出て、タクシーを拾う。
運転手にここに急いでくれ、と先ほど手に入れた
住所のメモを無造作に渡したのだ。

バッグの中では、ペットボトルに入れた
ガソリンがチャプチャプと揺れて音をたてた。

誰もいないだろう。
いない間に火を放ち、思い知らせてやる。

やつらも不幸になればいい。
その一心だった。
不幸になれば他人を思いやる余裕などなくなる。
人の息子をたぶらかそうとしやがって。

呼び鈴を何度か鳴らして、誰もいないのを確かめた。

家にガソリンを撒く。
ざまあみろ。
安穏な生活をのうのうと送りやがって。
目にもの見せてやる。

それにしても、あの女教師は乱暴な女だった。
利き手の右腕を攻撃してきて、肩を脱臼させられた。
腹を何回も蹴られたようだが、苦しくて
記憶が曖昧になっている。

火を着けられなかったのはつくづく残念だ。
大きな炎があの家を飲み込んで空まで焦がす様が
見られたなら、自分の気持ちは晴れ晴れと
しただろうに。

布団を敷くと、横になった。
右肩が痛む。
舌打ちをしながら、何度も寝返りを打った。



朝が来た。
小鳥は呑気にさえずり、朝露が眩しく光る。
なんて爽やかなんだ。

逆にどんどん気持ちが重くなる。

「父さん。会社は?俺もう学校行くよ。」

昨日は学校を休んだようだが、息子はいつもと
同じ生活に戻ろうと努力するようにして
平静を装う。学校に行けば責められたり
虐められたりしないのだろうか。

「お前はまだ学校に行かない方がいい。」

光紀は制服に着替えて鞄を手にした。

「逃げて済む問題じゃないから。」

台所にはサラダボウルにレタスとトマト、生ハムの
マリネサラダが半分残っていた。

「食わないなら冷蔵庫入れといて。」

朝、自分で起きて朝食を作って食べていたのだ。
あの幼かった光紀が。
成長したものだ。

光紀が学校へ出掛けていくと
少し怖かったが会社へ電話をした。

とにかく出社しろと言われ、もたもたと
スーツに着替え始めた。

クビになるのだろうか。
そんなことになれば、光紀を手離す羽目になる。
そう思ったら脳細胞がとたんに活性化し始めた。









「長内先生。親父がとんでもないことしでかして。
すみませんでした!」

樋口は教室に入る前に職員室に行き、美月に謝った。

その時、美月は教師を辞める決心を固めながらも
揺らいでいる状態で、自信を取り戻す術も
思い付かない中途半端な気持ちだった。

「誰か怪我とかしてないの?」

まだ中学生になったばかりの少年が
父親のやったことを受け止めて
ちゃんと謝罪をしてきているのだ。
この子の方が自分より余程大人だなと思う。

「お父さんの怪我。先生がやったんだ。」

「あ。」

細かい事情は知らないが、そういえば警察の人に
被害者の過剰防衛という説明をされた。
まさか美月がやったとは。
樋口は絶句した。
右肩が脱臼したとか、言ってたな。

「あれ、先生がやったの?どうやって?!」

「とにかく、火を着けるのは止めなきゃって
右手を取って。逆に捻って動けなくするために
関節を外した。」

美月は錯乱したとかではなく、すべて考えて
攻撃していたのだ。自分で自分が怖かった。

この子は自分が教わる教師から、父親に暴力を
振るわれたと分かってどんな気持ちなのだろう。
もう、信用できないと思うだろう。
生徒をそんな気持ちにさせた自分は、やはり教師を
続ける資格はないと思う。

「ありがとう。もし、火を着けてたら放火犯だ。
親父はしばらく帰って来られなかった。」

美月はキョトンとした。
ありがとう?
そんな風に言われると思わなかったから
もしかして聞き間違いかとも思った。
他の誰かに言っているのだろうかと
左右を見回した。

「先生。大丈夫?」

「ほぁ?あ、ああ。」

「とにかく、そのうち親父にも謝罪させるから。
今は多分無理だけど、しばらくしたら絶対に!」

樋口は手を振って職員室を出ていった。

美月は机に突っ伏して泣き出し、何人かの職員が
肩や背をさすって慰めた。














                   









5/5 COMITIA 124 せ43b 鶴屋で参加します。

2018-04-22 07:53:19 | たわごと、エッセイ
こんにちは。
相原りょうでございます。

GWも近くなって参りました。
以前にもご案内させていただきましたが
部活動に参加します。
当日、ティアズマガジンを見ていただくと
数々の部活動の案内がされているかと
思いますが、そこは「セーラー服」部活動に
目を止めていただき、部誌を入手されて
数々のセーラー服への愛を目の当たりにして
ため息をおつきになっていただきたい。
かように思うわけでございます。

とはいえ、私はたんなるラブコメ描き。

実在のセーラー服にはあまり明るくございません。

ですから描いているのは
描いてたのしいセーラー服
自分好みのセーラー服でございます。

今回も相変わらず美月と亮がイチャイチャしている
だけなんですけど、他にもセーラー服をいくつか
描きまして。例のフォトブックで作品集を作りました。



①A5版24Pの収録点数も多目の「恋するセーラー2」

カラーイラスト27点
モノクロラフ16点


②A5版より少し小さいスクエア形24P
収録点数も少なめのあっさり味「恋するセーラー2」

カラーイラスト36点
モノクロラフ2点

この二種類です。
内容はほとんど同じです(笑)
同じイラストを①と②で加工を変えていたり
連作イラストを入れたりメインのみにしたり
コミティア立て看板イラストを②では充実
させていたりしますが、基本は同じ。
①でモノクロラフが多いのは
ラクガキマンガを入れたからです。

②は①より少しお安い価格設定にいたします。

あといつもの通常モノクロコピー本
A5版16Pくらいの薄い本「恋するセーラー1.5」
を出します。
いや、出ないかもしれません。
が、頑張ります。はい。







こんな感じで5月5日はCOMITIA124に
参加します。よろしくお願い致します。


とにかくイチャイチャハロウィン小説版(97)

2018-04-21 07:26:59 | とにかくイチャイチャハロウィン小説版
長内家はしばらく
ホテル暮らしを余儀なくされた。

玄関回りのリフォームは必須
出来れば家ごと建て替えたいくらいだが
それは非現実的である。

学園の職員向け災害保険が適用されることになり
リフォームも無料で出来るらしい。
残念ながらホテル代までは下りないようだが
美月はびた一文出す気はない。

請求書は学園長宛に。

それは最低限の条件だった。





「それにしても、分からないのは
樋口さんがどうして長内さんに恨みを持ったかです。」

学園長室で美月は呆れ返り、ため息をつく。

「彼は子離れが出来なかったんですよ。」

「え?」

美月には分かった。

樋口の父が何より心の支えにしてきたのは
息子だったのである。
自分と恨み辛みを共有してくれる運命共同体。
自分を無条件で肯定してくれる存在。
自分の愛を注ぐことの出来る唯一無二の子ども。

だが、彼は息子が世間に巣立ち、たくさんの他人に
影響されながら、生きていく軸をしっかりと得て
健全に生きていくのが堪えられなかったのだ。
今だに過去の辛い出来事を恨まないと前に進めない
自分を否定され、見捨てられたと思う。
それはとてつもない喪失感だった。

きっと世の中のたくさんのヴァンパイアの
一握りの悪いやつに当たっただけだよ。
長内先生の旦那さんはいい人だった。
あ、いいヴァンパイアか。

彼はまた、ヴァンパイアに大切な家族を奪われる。
そう思ったはずだ。
自分の言うことより、ヴァンパイアをいい人だ
などと言い始めた息子。
自分は息子を奪われたら、何一つ残らない。

「そんな風に思ってしまうものなのでしょうか。」

美月は頷いた。

「人間って、小さくて汚い心を持つ生き物です。」

自分だって、亮を守ろうと、家族を守ろうと
暴力を振るった。容赦なく殴り、関節を逆に取り
外して動けなくしたあと何発も蹴りを入れた。

樋口の父が失神したあと、心底ホッとしたのだ。

「私は、教師を続ける資格はありません。」

「え?美月さん、何故」

「私には子どもたちの手本になれる自信がない。
今回のことで身に染みてわかりました。」

「いや、そんなことは」

「学園長は経営側の方、さぞや厄介なことになり
教師までが我が儘を言い始めたとお思いでしょ?
やっと産休があけて、保育料も負担しながら
仕事に復帰させたと思えば手のひら返された。」

「そんなことはありませんよ。」

「代わりの先生をお探しになる期間も考えて
次の長期休暇までは続けます。」

美月は言いたいだけ言うと学園長室を出た。
学園長は引き留められなかったし
美月も引き留めて欲しいわけではなかった。







「美月ちゃん。ごめんね。あたしが
あんたたちに頼らなければこんなことには…」

野田先生が職員室に来て美月を捕まえた。

「本気なの?辞めるなんて。」

隣の机の牛島先生が弾かれたように
顔を上げて美月を見る。

「え?本当か、美月先生!」

職員室中の教師がほとんど振り返った。

「何でだよ?お前被害者じゃないか!」

「そうよ、間違ったことはしてないのに
職を追われるようなこと、納得いかないよ!」

みんな同僚たちは味方してくれる。
でも彼らの言うみたいに、自分は全く受動的な
被害者であったわけではない。

「やっぱりああいうことがあるとね。
子どもも小さいし、色々不安になっちゃって。」

子どものことが出ると、みんな口数が減った。

「皆さんには、嫌な思いさせてすみません。
次の長期休暇までは勤めますから。」

「これは、まだ生徒には伏せましょう。」

学年主任の田端先生がゴーサインを出すまでは
生徒たちには言わずにおくことになった。





美月は保育園に渉と卓を引き取りに行き
車に乗せてドアを閉めた。
どうにも後味が悪い。
誰に責められているわけでもないのに
逃げるのか?と咎められている気になった。
自分の家ではなく、また滞在中のホテルに
車を走らせる。どす黒い怒りに囚われる。
何故自分がこんな目に。

これじゃ、樋口の父親と同じだ。

「美月。お帰り。」

亮はまた、仕事を午前中に集中して組み、
午後一の会議が終わるくらいに
一日の業務を同時に締めている。

これは美月が仕事を終えて帰って来る時間に合わせて
ホテルに入り、美月を一人にしないためである。

「保育園は助かるな。こんなことになると
こいつらの居場所があるだけで有難い。」

「亮。」

「どうしたんだよ。なんか、あった?」

ホテルのスタッフが設えてくれた
ベビーサークルに双子を下ろす。
お気に入りのおもちゃを渡すと
二人はご機嫌になる。

「もう、ずっとあたしが見るよ。この子達はね。」

「え?」

美月は無理に明るく笑うと当然のように言った。

「やっぱり教師は辞めるよ。」

「なんで?」

亮は何故かと訊きながらも、あまり驚いていない。

「もう、自信がなくなっちゃった。
樋口さんに暴力振るった時点で
教師は失格だと思う。」

亮は渉と卓の頭を交互に撫でながら
美月を見ずに話し始める。

「俺は、美月が心配だ。出来るなら、お前を
ずっと家に閉じ込めておきたい。」

美月が泣きそうな顔をしているのは
見るまでもなくわかった。

「お前はなんだって自分一人で突っ込んでいくだろ。
今回のことにしたって、お前が取り押さえなくても
よかったんだ。その瞬発力で危ないところに
飛び込むじゃないか。」

あくまで、冷静に話す亮。
美月は泣きじゃくりはじめた。
派手に鼻をすする。

「お前がずっと家にいて。家庭を守ることに
専念してくれれば。危ないことには関わらないで
くれるのかなって思ってた。ずっとね。」

「ごめんなさい、亮。」

美月ははじめてわかった。
自分が今回の事件で落ち込んで
教師を続けて行けないくらいに
自信を喪失した、そのずっと前から。
無茶な自分の行動に心痛めていた人の存在。
一番大事な存在に改めて気づいた。

「でも、ひとつ納得行かないことがある。」

「なに?」

「その自信を取り戻す気はないの?」

美月は目と鼻と口が流れ落ちてしまうかと
思うほど泣いた。