「パパ!次はいつ連れてってくれる?!」
「今度は海に行きたい!!」
渉と卓は、亮に空の散歩に連れて行ってもらうように
なってから急激に言葉を覚え、大人びた会話をする
ようになってきた。
もしかすると、ヴァンパイアは翼を使うことが
発達に大きな役割を果たすものなのかと
美月は必死に考察する。
ひょっとして、当たり前すぎてどこの育児書にも
出てこないだけなのだろうか。
美月はやはり、人間としての限界かと
これからまだまだ長い子育てに
すっかり自信を失っていたのだった。
「わかったよ。今度の日曜は午後からの
展示会だから、朝なら森に行ける。」
渉と卓の表情がパアッと明るくなる。
亮は二人が生まれる前から、育児に対しての
意識がとても高い父親だった。
それでも今までは美月の方が近しく欠かせない
存在だったという自負があったのだが
息子たちがどんどん成長して、父親との繋がりを
強くしていくのを見ていて一抹の寂しさを感じたのだ。
しかも、自分にはどんなに努力をしても
立ち入ることの出来ない領域だ。
どうしたって代わりは出来ない。
美月は人間だった。
「美月は車で来たら?高台の公園で待ち合わせよう。」
いつも三人が飛んで行く森は丘の中腹にある。
家から2kmほどの場所にあり、海に近い。
実際は海までもう1kmくらいあるのだが
亮が二人を抱き抱えて上空を高く飛ぶと
水平線が見える。双子たちはとても喜び
父への憧憬を募らせていくようだ。
美月は車で先回りして、地上で彼らを見守る。
複雑な気持ちで三人を見ていた美月だが
ここで自分が飛べないことに対して
不甲斐ないとか、自分がヴァンパイアであればとか
そういった感情はもうわいてこない。
亮とコウモリ兄弟の指導の甲斐あってか
二人は自分達だけで遠くに行ってはいけないことや
なるべく一緒に行動しなければならないことを
理解してきたのである。
だから、美月はもう息子たちが
捕まえられないところに逃げていく
という厄介ごとに囚われる焦燥感はない。
ただ、寂しいのは。
ママとも一緒にお空を飛びたいのに。
どうして?
彼らはもう口に出せる疑問を、暗黙の了解
といったような聞き分けのよさで飲み込む。
だが、目が何より雄弁に語るのである。
「ママは人間だから。翼がないんだよ。」
「ないの?どうして?」
「ないのが、人間だからだ。」
「どうして?」
こんな押し問答を亮が持て余しているのを
聞いてしまった。美月は聞こえない振りをし、
おやつを出して話を逸らした。
二人は二歳のイヤイヤ期は出ないものの
どうして?を繰り返すことが多くなる。
自分の思うようにならないと発せられる
どうして?だが、余程のことでない限りは
説明されれば納得して聞き分けた。
いつも繰り返し尋ねては
どうして?を連呼するのは
美月がなぜ、飛べないのかということだけだった。
渉と卓は、美月と一緒に空を飛びたい。
美月は飛べないと聞かされ、とても残念に
思っているのだろう。
「今度の日曜は、みんなで東の湖まで行こうか。」
金曜日の夜。双子たちがお休みのキスをするため
亮の膝に登ってきたタイミングであった。
亮は右膝に渉、左膝に卓を乗せて言った。
二人は大喜びで亮の膝の上で跳び跳ねた。
亮は苦笑いでちょっぴり顔を歪めた。
「アルファ、ベータ。一緒に来てくれ。」
お夜食の花びらのゼリーを食べながら
アルファとベータがこちらを振り向いた。
「ピクニックとしゃれこもう。」
コウモリ兄弟もパタパタと踊るように翼を
はためかせて、嬉しそうである。
美月はまた、車で乗り付けて
首が痛くなるくらい上を向いて
彼らの楽しげな空のダンスを眺めるのだ。
それはそれで、美月は幸せだった。
息子たちは可愛らしく、亮は素敵だったから。
空を飛ぶ彼らは、すごく格好いい。
日曜日。天気もよく、ピクニック日和だ。
美月は上機嫌でお弁当を詰め、水筒に紅茶と
珈琲を入れた。コウモリ兄弟のためにフルーツと
ウェット、トマトジュースをタンブラーに用意する。
お花は現地調達でいいだろう。美月は自然に微笑んだ。
家族の喜ぶ顔を想像する。それは一番の幸せだ。
もしかすると、自分に何か嬉しいことが起こるより
ずっとずっと幸せかもしれない。
「美月。今日はあのブルージーンズにしなよ。」
美月は亮と出掛けるとき、なるべくスカートを
穿くことにしていた。息子たちを追いかける必要が
なくなるので、お気に入りのジャンパースカートを
穿いていても大丈夫なのだ。
夫からの意外なリクエストに美月は首を傾げた。
「あのジーンズは。ヒップラインがセクシーだから。」
亮はいつの間にか美月のすぐ右にいて
頬に軽くキスしてきた。
「わかった。あのジーンズ穿くよ。」
美月も亮の頬にキスした。
車で先に出掛けると、待ち合わせの公園で
レジャーシートを広げた。
いつも軽いサンドウィッチは用意するが
今日はちゃんとピクニック宣言があったので
デザートまでを豊富に詰め込んだ
大きなランチボックスに水筒が3つ
コウモリ兄弟のタンブラーもあり
かなりな大荷物だった。
「これはジーンズで正解だったかな。
セクシーかどうかは別にして。」
しばらく座って風に吹かれる。
レジャーシートの風になびく音と一緒に
髪が頬を撫でに来る。
寂しく切ない。早く、彼らに会いたい。
「美月~ぃ!」
上空から亮が手を振っている。
美月はレジャーシートで寝転び
すでに上を見ている状態だ。
これは、ラクチンだ。
美月は空に向かって腕を伸ばした。
亮の横には渉と卓。
そのあとに付き従うようにチロチロと翼を翻す
アルファとベータがいる。
いつもはまだ、降りてこない亮が
美月に向かって急降下してくる。
レジャーシートのすぐ上でくるりと向きを変えて
腰を下ろすように着地した。
美月の首に手を伸ばす。引き寄せて唇を合わせた。
「ん………。な、何いきなり…。」
美月は少しうっとりしながら
亮から離れる。
回りに人はいないものの
上から双子たちが見ている。
「コ、コウビ、カ?」
アルファが嬉しいように小首を傾げて見せる。
「いやっ!アルファ!そうじゃないよ!!」
亮は、いくらなんでも家族で野外に出掛けてきて
レジャーシートの上で交尾はしないよと
突っ込みを入れる。
「コウビノトキト、フンイキガ、ニテタゾ。」
ベータが突っ込み返してウフフフフと笑った。
「今日は、いつも退屈そうにしている
お妃にも参加してもらいたくってね。」
亮は美月を横抱きにして、空に飛び上がる。
「ママ!」
二人は大喜びだった。
亮は純血のヴァンパイアではない。
美月を抱き上げるのは苦もないが
そのまま空へ舞い上がるのはかなり力を使う。
飛ぶスピードも目に見えて落ちるのだ。
でも、渉と卓と一緒に遊ぶくらいなら
何十km飛ぶ訳ではない。アルファとベータを
連れてきたのは、渉と卓がバラバラに視界を逸脱
した時の保険だったのだとわかった。
「ママも一緒だね!」
二人はとにかく美月が一緒に空にいるのが
嬉しかったようで、側を離れずにずっと
くっついて飛んでいた。いつもなら、もっと
あちこちへ飛び回るのに今日は違った。
「ママ大好き!」
渉が美月の胸に抱きついた。
「ぼくも!」
卓も渉の横から美月の胸に頬擦りした。
亮は事実上三人分の重みが腕にかかり
笑顔が歪む。
「そ、そろそろ、ランチにしよっ………か。」
渉と卓は家に帰るなり、転がって眠りに落ちた。
「今日はシャワー、お休みだね。」
本音を言えばシャワーまで起きていて欲しかったが
あれだけはしゃぎ回ったのだから仕方がない。
美月はため息をつきながらも、とろけるような
笑顔で二人を見つめている。
亮が二人をベッドに運んでいく。
なんかその時にも違和感があるなと
美月が子ども部屋まで追いかける。
「あ。これかあ。」
「なに?」
亮には分からなかったようだが、美月が横から
手を伸ばして渉の背中に触れた。
「引っ込めないで寝ちゃって。邪魔じゃないのかな。」
その背中からはコウモリの翼が力なく折り畳まれ
中途半端につき出していた。
「寝返り三回もすりゃ、引っ込むよ。」
亮は事も無げにいった。
そういうものらしい。
「天使の羽根だね。」
美月は二人の頭を交互に撫でると言った。
「え。こんなヴァンパイアの翼がかい?」
そんな風に言いながらも亮だって
天使の、という件には賛成している。
「さて。俺も今日は疲れたから、お妃に癒して
もらわないと眠れないな。」
「何をお望み?」
美月は爪先立ちで亮の頭に手を伸ばす。
辛うじて届いた指先で頭頂部をやさしく撫でた。
「抱きあって眠りたい。」
亮は美月の手を取って正面から抱き寄せる。
その力強さに、うっとりして応えた。
「亮が眠るまで抱いててあげるよ。」
まだまだ日が沈んで間もないのに
二人は寝室に入っていった。
「今度は海に行きたい!!」
渉と卓は、亮に空の散歩に連れて行ってもらうように
なってから急激に言葉を覚え、大人びた会話をする
ようになってきた。
もしかすると、ヴァンパイアは翼を使うことが
発達に大きな役割を果たすものなのかと
美月は必死に考察する。
ひょっとして、当たり前すぎてどこの育児書にも
出てこないだけなのだろうか。
美月はやはり、人間としての限界かと
これからまだまだ長い子育てに
すっかり自信を失っていたのだった。
「わかったよ。今度の日曜は午後からの
展示会だから、朝なら森に行ける。」
渉と卓の表情がパアッと明るくなる。
亮は二人が生まれる前から、育児に対しての
意識がとても高い父親だった。
それでも今までは美月の方が近しく欠かせない
存在だったという自負があったのだが
息子たちがどんどん成長して、父親との繋がりを
強くしていくのを見ていて一抹の寂しさを感じたのだ。
しかも、自分にはどんなに努力をしても
立ち入ることの出来ない領域だ。
どうしたって代わりは出来ない。
美月は人間だった。
「美月は車で来たら?高台の公園で待ち合わせよう。」
いつも三人が飛んで行く森は丘の中腹にある。
家から2kmほどの場所にあり、海に近い。
実際は海までもう1kmくらいあるのだが
亮が二人を抱き抱えて上空を高く飛ぶと
水平線が見える。双子たちはとても喜び
父への憧憬を募らせていくようだ。
美月は車で先回りして、地上で彼らを見守る。
複雑な気持ちで三人を見ていた美月だが
ここで自分が飛べないことに対して
不甲斐ないとか、自分がヴァンパイアであればとか
そういった感情はもうわいてこない。
亮とコウモリ兄弟の指導の甲斐あってか
二人は自分達だけで遠くに行ってはいけないことや
なるべく一緒に行動しなければならないことを
理解してきたのである。
だから、美月はもう息子たちが
捕まえられないところに逃げていく
という厄介ごとに囚われる焦燥感はない。
ただ、寂しいのは。
ママとも一緒にお空を飛びたいのに。
どうして?
彼らはもう口に出せる疑問を、暗黙の了解
といったような聞き分けのよさで飲み込む。
だが、目が何より雄弁に語るのである。
「ママは人間だから。翼がないんだよ。」
「ないの?どうして?」
「ないのが、人間だからだ。」
「どうして?」
こんな押し問答を亮が持て余しているのを
聞いてしまった。美月は聞こえない振りをし、
おやつを出して話を逸らした。
二人は二歳のイヤイヤ期は出ないものの
どうして?を繰り返すことが多くなる。
自分の思うようにならないと発せられる
どうして?だが、余程のことでない限りは
説明されれば納得して聞き分けた。
いつも繰り返し尋ねては
どうして?を連呼するのは
美月がなぜ、飛べないのかということだけだった。
渉と卓は、美月と一緒に空を飛びたい。
美月は飛べないと聞かされ、とても残念に
思っているのだろう。
「今度の日曜は、みんなで東の湖まで行こうか。」
金曜日の夜。双子たちがお休みのキスをするため
亮の膝に登ってきたタイミングであった。
亮は右膝に渉、左膝に卓を乗せて言った。
二人は大喜びで亮の膝の上で跳び跳ねた。
亮は苦笑いでちょっぴり顔を歪めた。
「アルファ、ベータ。一緒に来てくれ。」
お夜食の花びらのゼリーを食べながら
アルファとベータがこちらを振り向いた。
「ピクニックとしゃれこもう。」
コウモリ兄弟もパタパタと踊るように翼を
はためかせて、嬉しそうである。
美月はまた、車で乗り付けて
首が痛くなるくらい上を向いて
彼らの楽しげな空のダンスを眺めるのだ。
それはそれで、美月は幸せだった。
息子たちは可愛らしく、亮は素敵だったから。
空を飛ぶ彼らは、すごく格好いい。
日曜日。天気もよく、ピクニック日和だ。
美月は上機嫌でお弁当を詰め、水筒に紅茶と
珈琲を入れた。コウモリ兄弟のためにフルーツと
ウェット、トマトジュースをタンブラーに用意する。
お花は現地調達でいいだろう。美月は自然に微笑んだ。
家族の喜ぶ顔を想像する。それは一番の幸せだ。
もしかすると、自分に何か嬉しいことが起こるより
ずっとずっと幸せかもしれない。
「美月。今日はあのブルージーンズにしなよ。」
美月は亮と出掛けるとき、なるべくスカートを
穿くことにしていた。息子たちを追いかける必要が
なくなるので、お気に入りのジャンパースカートを
穿いていても大丈夫なのだ。
夫からの意外なリクエストに美月は首を傾げた。
「あのジーンズは。ヒップラインがセクシーだから。」
亮はいつの間にか美月のすぐ右にいて
頬に軽くキスしてきた。
「わかった。あのジーンズ穿くよ。」
美月も亮の頬にキスした。
車で先に出掛けると、待ち合わせの公園で
レジャーシートを広げた。
いつも軽いサンドウィッチは用意するが
今日はちゃんとピクニック宣言があったので
デザートまでを豊富に詰め込んだ
大きなランチボックスに水筒が3つ
コウモリ兄弟のタンブラーもあり
かなりな大荷物だった。
「これはジーンズで正解だったかな。
セクシーかどうかは別にして。」
しばらく座って風に吹かれる。
レジャーシートの風になびく音と一緒に
髪が頬を撫でに来る。
寂しく切ない。早く、彼らに会いたい。
「美月~ぃ!」
上空から亮が手を振っている。
美月はレジャーシートで寝転び
すでに上を見ている状態だ。
これは、ラクチンだ。
美月は空に向かって腕を伸ばした。
亮の横には渉と卓。
そのあとに付き従うようにチロチロと翼を翻す
アルファとベータがいる。
いつもはまだ、降りてこない亮が
美月に向かって急降下してくる。
レジャーシートのすぐ上でくるりと向きを変えて
腰を下ろすように着地した。
美月の首に手を伸ばす。引き寄せて唇を合わせた。
「ん………。な、何いきなり…。」
美月は少しうっとりしながら
亮から離れる。
回りに人はいないものの
上から双子たちが見ている。
「コ、コウビ、カ?」
アルファが嬉しいように小首を傾げて見せる。
「いやっ!アルファ!そうじゃないよ!!」
亮は、いくらなんでも家族で野外に出掛けてきて
レジャーシートの上で交尾はしないよと
突っ込みを入れる。
「コウビノトキト、フンイキガ、ニテタゾ。」
ベータが突っ込み返してウフフフフと笑った。
「今日は、いつも退屈そうにしている
お妃にも参加してもらいたくってね。」
亮は美月を横抱きにして、空に飛び上がる。
「ママ!」
二人は大喜びだった。
亮は純血のヴァンパイアではない。
美月を抱き上げるのは苦もないが
そのまま空へ舞い上がるのはかなり力を使う。
飛ぶスピードも目に見えて落ちるのだ。
でも、渉と卓と一緒に遊ぶくらいなら
何十km飛ぶ訳ではない。アルファとベータを
連れてきたのは、渉と卓がバラバラに視界を逸脱
した時の保険だったのだとわかった。
「ママも一緒だね!」
二人はとにかく美月が一緒に空にいるのが
嬉しかったようで、側を離れずにずっと
くっついて飛んでいた。いつもなら、もっと
あちこちへ飛び回るのに今日は違った。
「ママ大好き!」
渉が美月の胸に抱きついた。
「ぼくも!」
卓も渉の横から美月の胸に頬擦りした。
亮は事実上三人分の重みが腕にかかり
笑顔が歪む。
「そ、そろそろ、ランチにしよっ………か。」
渉と卓は家に帰るなり、転がって眠りに落ちた。
「今日はシャワー、お休みだね。」
本音を言えばシャワーまで起きていて欲しかったが
あれだけはしゃぎ回ったのだから仕方がない。
美月はため息をつきながらも、とろけるような
笑顔で二人を見つめている。
亮が二人をベッドに運んでいく。
なんかその時にも違和感があるなと
美月が子ども部屋まで追いかける。
「あ。これかあ。」
「なに?」
亮には分からなかったようだが、美月が横から
手を伸ばして渉の背中に触れた。
「引っ込めないで寝ちゃって。邪魔じゃないのかな。」
その背中からはコウモリの翼が力なく折り畳まれ
中途半端につき出していた。
「寝返り三回もすりゃ、引っ込むよ。」
亮は事も無げにいった。
そういうものらしい。
「天使の羽根だね。」
美月は二人の頭を交互に撫でると言った。
「え。こんなヴァンパイアの翼がかい?」
そんな風に言いながらも亮だって
天使の、という件には賛成している。
「さて。俺も今日は疲れたから、お妃に癒して
もらわないと眠れないな。」
「何をお望み?」
美月は爪先立ちで亮の頭に手を伸ばす。
辛うじて届いた指先で頭頂部をやさしく撫でた。
「抱きあって眠りたい。」
亮は美月の手を取って正面から抱き寄せる。
その力強さに、うっとりして応えた。
「亮が眠るまで抱いててあげるよ。」
まだまだ日が沈んで間もないのに
二人は寝室に入っていった。