亀の啓示

18禁漫画イラスト小説多数、大人のラブコメです。

天使の羽根

2018-06-26 10:30:01 | とにかくイチャイチャハロウィン小説版
「パパ!次はいつ連れてってくれる?!」

「今度は海に行きたい!!」

渉と卓は、亮に空の散歩に連れて行ってもらうように
なってから急激に言葉を覚え、大人びた会話をする
ようになってきた。
もしかすると、ヴァンパイアは翼を使うことが
発達に大きな役割を果たすものなのかと
美月は必死に考察する。
ひょっとして、当たり前すぎてどこの育児書にも
出てこないだけなのだろうか。
美月はやはり、人間としての限界かと
これからまだまだ長い子育てに
すっかり自信を失っていたのだった。

「わかったよ。今度の日曜は午後からの
展示会だから、朝なら森に行ける。」

渉と卓の表情がパアッと明るくなる。
亮は二人が生まれる前から、育児に対しての
意識がとても高い父親だった。
それでも今までは美月の方が近しく欠かせない
存在だったという自負があったのだが
息子たちがどんどん成長して、父親との繋がりを
強くしていくのを見ていて一抹の寂しさを感じたのだ。
しかも、自分にはどんなに努力をしても
立ち入ることの出来ない領域だ。
どうしたって代わりは出来ない。
美月は人間だった。

「美月は車で来たら?高台の公園で待ち合わせよう。」

いつも三人が飛んで行く森は丘の中腹にある。
家から2kmほどの場所にあり、海に近い。
実際は海までもう1kmくらいあるのだが
亮が二人を抱き抱えて上空を高く飛ぶと
水平線が見える。双子たちはとても喜び
父への憧憬を募らせていくようだ。
美月は車で先回りして、地上で彼らを見守る。

複雑な気持ちで三人を見ていた美月だが
ここで自分が飛べないことに対して
不甲斐ないとか、自分がヴァンパイアであればとか
そういった感情はもうわいてこない。
亮とコウモリ兄弟の指導の甲斐あってか
二人は自分達だけで遠くに行ってはいけないことや
なるべく一緒に行動しなければならないことを
理解してきたのである。
だから、美月はもう息子たちが
捕まえられないところに逃げていく
という厄介ごとに囚われる焦燥感はない。
ただ、寂しいのは。

ママとも一緒にお空を飛びたいのに。
どうして?

彼らはもう口に出せる疑問を、暗黙の了解
といったような聞き分けのよさで飲み込む。

だが、目が何より雄弁に語るのである。

「ママは人間だから。翼がないんだよ。」

「ないの?どうして?」

「ないのが、人間だからだ。」

「どうして?」

こんな押し問答を亮が持て余しているのを
聞いてしまった。美月は聞こえない振りをし、
おやつを出して話を逸らした。

二人は二歳のイヤイヤ期は出ないものの
どうして?を繰り返すことが多くなる。
自分の思うようにならないと発せられる
どうして?だが、余程のことでない限りは
説明されれば納得して聞き分けた。

いつも繰り返し尋ねては
どうして?を連呼するのは
美月がなぜ、飛べないのかということだけだった。

渉と卓は、美月と一緒に空を飛びたい。
美月は飛べないと聞かされ、とても残念に
思っているのだろう。







「今度の日曜は、みんなで東の湖まで行こうか。」

金曜日の夜。双子たちがお休みのキスをするため
亮の膝に登ってきたタイミングであった。
亮は右膝に渉、左膝に卓を乗せて言った。

二人は大喜びで亮の膝の上で跳び跳ねた。
亮は苦笑いでちょっぴり顔を歪めた。

「アルファ、ベータ。一緒に来てくれ。」

お夜食の花びらのゼリーを食べながら
アルファとベータがこちらを振り向いた。

「ピクニックとしゃれこもう。」

コウモリ兄弟もパタパタと踊るように翼を
はためかせて、嬉しそうである。

美月はまた、車で乗り付けて
首が痛くなるくらい上を向いて
彼らの楽しげな空のダンスを眺めるのだ。
それはそれで、美月は幸せだった。
息子たちは可愛らしく、亮は素敵だったから。
空を飛ぶ彼らは、すごく格好いい。




日曜日。天気もよく、ピクニック日和だ。
美月は上機嫌でお弁当を詰め、水筒に紅茶と
珈琲を入れた。コウモリ兄弟のためにフルーツと
ウェット、トマトジュースをタンブラーに用意する。
お花は現地調達でいいだろう。美月は自然に微笑んだ。
家族の喜ぶ顔を想像する。それは一番の幸せだ。
もしかすると、自分に何か嬉しいことが起こるより
ずっとずっと幸せかもしれない。

「美月。今日はあのブルージーンズにしなよ。」

美月は亮と出掛けるとき、なるべくスカートを
穿くことにしていた。息子たちを追いかける必要が
なくなるので、お気に入りのジャンパースカートを
穿いていても大丈夫なのだ。
夫からの意外なリクエストに美月は首を傾げた。

「あのジーンズは。ヒップラインがセクシーだから。」

亮はいつの間にか美月のすぐ右にいて
頬に軽くキスしてきた。

「わかった。あのジーンズ穿くよ。」

美月も亮の頬にキスした。






車で先に出掛けると、待ち合わせの公園で
レジャーシートを広げた。
いつも軽いサンドウィッチは用意するが
今日はちゃんとピクニック宣言があったので
デザートまでを豊富に詰め込んだ
大きなランチボックスに水筒が3つ
コウモリ兄弟のタンブラーもあり
かなりな大荷物だった。

「これはジーンズで正解だったかな。
セクシーかどうかは別にして。」

しばらく座って風に吹かれる。
レジャーシートの風になびく音と一緒に
髪が頬を撫でに来る。
寂しく切ない。早く、彼らに会いたい。

「美月~ぃ!」

上空から亮が手を振っている。
美月はレジャーシートで寝転び
すでに上を見ている状態だ。
これは、ラクチンだ。
美月は空に向かって腕を伸ばした。

亮の横には渉と卓。
そのあとに付き従うようにチロチロと翼を翻す
アルファとベータがいる。

いつもはまだ、降りてこない亮が
美月に向かって急降下してくる。
レジャーシートのすぐ上でくるりと向きを変えて
腰を下ろすように着地した。
美月の首に手を伸ばす。引き寄せて唇を合わせた。

「ん………。な、何いきなり…。」

美月は少しうっとりしながら
亮から離れる。
回りに人はいないものの
上から双子たちが見ている。

「コ、コウビ、カ?」

アルファが嬉しいように小首を傾げて見せる。

「いやっ!アルファ!そうじゃないよ!!」

亮は、いくらなんでも家族で野外に出掛けてきて
レジャーシートの上で交尾はしないよと
突っ込みを入れる。

「コウビノトキト、フンイキガ、ニテタゾ。」

ベータが突っ込み返してウフフフフと笑った。

「今日は、いつも退屈そうにしている
お妃にも参加してもらいたくってね。」

亮は美月を横抱きにして、空に飛び上がる。

「ママ!」

二人は大喜びだった。




亮は純血のヴァンパイアではない。
美月を抱き上げるのは苦もないが
そのまま空へ舞い上がるのはかなり力を使う。
飛ぶスピードも目に見えて落ちるのだ。
でも、渉と卓と一緒に遊ぶくらいなら
何十km飛ぶ訳ではない。アルファとベータを
連れてきたのは、渉と卓がバラバラに視界を逸脱
した時の保険だったのだとわかった。

「ママも一緒だね!」

二人はとにかく美月が一緒に空にいるのが
嬉しかったようで、側を離れずにずっと
くっついて飛んでいた。いつもなら、もっと
あちこちへ飛び回るのに今日は違った。

「ママ大好き!」

渉が美月の胸に抱きついた。

「ぼくも!」

卓も渉の横から美月の胸に頬擦りした。

亮は事実上三人分の重みが腕にかかり
笑顔が歪む。

「そ、そろそろ、ランチにしよっ………か。」











渉と卓は家に帰るなり、転がって眠りに落ちた。

「今日はシャワー、お休みだね。」

本音を言えばシャワーまで起きていて欲しかったが
あれだけはしゃぎ回ったのだから仕方がない。
美月はため息をつきながらも、とろけるような
笑顔で二人を見つめている。

亮が二人をベッドに運んでいく。
なんかその時にも違和感があるなと
美月が子ども部屋まで追いかける。

「あ。これかあ。」

「なに?」

亮には分からなかったようだが、美月が横から
手を伸ばして渉の背中に触れた。

「引っ込めないで寝ちゃって。邪魔じゃないのかな。」

その背中からはコウモリの翼が力なく折り畳まれ
中途半端につき出していた。

「寝返り三回もすりゃ、引っ込むよ。」

亮は事も無げにいった。
そういうものらしい。

「天使の羽根だね。」

美月は二人の頭を交互に撫でると言った。

「え。こんなヴァンパイアの翼がかい?」

そんな風に言いながらも亮だって
天使の、という件には賛成している。

「さて。俺も今日は疲れたから、お妃に癒して
もらわないと眠れないな。」

「何をお望み?」

美月は爪先立ちで亮の頭に手を伸ばす。
辛うじて届いた指先で頭頂部をやさしく撫でた。

「抱きあって眠りたい。」

亮は美月の手を取って正面から抱き寄せる。
その力強さに、うっとりして応えた。

「亮が眠るまで抱いててあげるよ。」

まだまだ日が沈んで間もないのに
二人は寝室に入っていった。







魔の二歳児 後日談

2018-06-08 13:22:52 | とにかくイチャイチャハロウィン小説版
「詩織ちゃん、珈琲飲む?それとも紅茶?」

「おかまいなくぅ。」




双子も、いつもの保育園の魔物混合クラスに
無事編入して一週間が経った。
担任の先生は魔女とヴァンパイアのハーフで
保育園の上空5mに結界を張る強者だ。
空中で転がすように遊びながら
お教室に連れ帰ってくれるのだが
渉も卓もそれが堪らなく楽しいらしく
毎日そうやって空中コロコロをせがむという。
先生は1日1回に制限し、やってあげたら
良い子にするのよ、と交換条件を出す。
双子たちはコロコロしてもらうと
嘘のように良い子になるらしい。
ま、続いてひと月でしょうけどね。と先生は笑う。



「仕事は順調なの?」

美月は頂き物のハーブティを見せる。
詩織はそれ飲みたい!とご機嫌になった。

「まあねぇ。もうキャンペーンはやめたけど
そこそこ入ってるわ。」

「やっぱり、子ども大人しくさせると
評判上がるでしょ。それはすごくわかる。」

「あれから調べてみたのよね。やっぱりあたし
魔女の血筋だったのよ。」

詩織は父や母も知らない、昔のご先祖に
かなり有名な凄腕の魔法を操る魔女が
居たのだと話す。

「魔女の友達のつてで調べてもらったんだけど
あたし無意識に微量の魔法を使ってたみたい。」

それは子どもを落ち着かせるもので
詩織がひとたび子どもに触れると
むずがったり暴れまわるのをやめて
機嫌よく手元のオモチャなどで遊び始める。
保育士から顧客の家に出向くシッターになってから
無意識のうちに子どもをコントロールしなければと
出る魔法が強くなっていったようである。

「渉くんも卓くんも、あたしが帰った後に
かなりはっちゃけてたんでしょ。きっと魔法が
解けてからの反動だったのよ。ほんとごめん。」

「あれはてっきり詩織ちゃんがあたしに
意地悪してんだろうなあって思ってたよ。」

美月は笑いながらスコーンにクリームを添え
テーブルに運んだ。

「まあ、一応プロだから。そんな意地悪は
プライドが許さないけどね。子どもに罪はないし。」

詩織はスコーンを摘まんでかぶりついた。
焼きたてで、まだ内側はアツアツ。
はふはふ、としばらく口を動かしている。

「でもさ。渉くんも卓くんも、保育園で
遠慮なく暴れるのが一番向いてるよね。
このままだったら誰が見てても同じだったわよ。」

美月は夜の外遊び地獄を思い出した。
でも、寝かしつけながら子供部屋で寝落ちたときには
亮が抱いて寝室に運んでくれた。
抱き上げるとすぐに、唇でいろんなところに
触れてくれる。あれはすごく気持ちよかった。

「美月ちゃんてほんと、顔に出るわね。」

「えへへ。」







「二人とも、いつの間にこんな仲良しになったんだ?」

亮が帰ってきた。
土曜日の午後、双子を保育園に夕方まで預けて
先に家に帰ってきた美月。詩織と女子会だ。

「渉と卓は?」

「5時まで保育園だよ。」

時計は4時を回っている。

「お迎えは俺が行くよ。」

亮は着替えてまた出ていった。

詩織は頬杖をついてため息をつく。

「いい旦那さんじゃない。」

「でしょ。」

二人はしばらく黙りこんだ。

「あたしとつき合ってるときの長内の話とか
聞きたくないわけ?」

「遠慮しとく。どうせ亮の片思いだったんでしょ。」

美月の指摘に、詩織は動きを止めた。

「ウブでヤキモチ焼きなだけの女だと思ったのに。」

詩織は亮に告白されて、フリーだったからOKした。
デートも楽しかったし、彼氏として及第点をクリアした
亮には何の文句もなかったのだ。

「やさしかったし、あたしより背は高かったし
ちょっとシャイだったけど、ちゃんとレディ
ファーストでエスコートもしてくれたわ。」

美月は少し仏頂面で詩織の語りを聞いていた。

「でもつき合い始めて3ヶ月で、突然別れよう
ってきたわけよ。信じられないでしょ?」

「え。詩織ちゃんが振ったんじゃないんだ?」

美月の目が点になる。思いがけない話だった。

「お前は俺のこと、好きじゃないだろって。」

詩織はつまらなそうに手元のカップの縁を
指の腹でなぞる。

「ごっこ遊びがしたいんじゃないから、ってさ。」

平気そうにしているが、詩織にはとてもショックな
出来事だったようである。
図星を突かれて茫然としたが、嫌いじゃないのに
つき合ってって言われたからつき合っているのに
何が気に入らないのか分からなかった。

「今は分からなくもないわよ?
それにしたって短気だと思わない?」

「いやあ、あたしは言える立場じゃないかな。」

美月は一目で恋に落ちた。
パーティーで出会った亮とすぐに愛し合い
一週間でプロポーズされてOKした女だ。

「まあ、短気同士ピッタリだったんじゃない。」

「運命で決められたスケジュールだったんだと
思ってるよ。」

詩織をシッターとして呼ぶときには
あんなにヤキモチを妬いていたのに
自信満々に運命と語る美月に、詩織は笑う。

「長内から聞いてるし。美月ちゃんが
ヤキモチ妬いてうじうじしてたって。」

美月は両手で顔を覆って恥ずかしがる。

「だって。」

「そんなことを鼻の下を伸ばして、嬉しそうに
元カノに喋るんだから。大した男よ。」

「亮だってヤキモチ凄いんだけど!」

「それはノロケって言うのよ!」

詩織は、13年振りの元カレが
結構なイケメンに成長していて
ラブラブな奥さんとの間に生まれた子どもたちを
自分が世話する立場になろうなどとは
人生ってなんて因果なものかしらと
天を仰いだのだった。

あの頃と変わったのは、堂々としている
大人の男だというところだった。
照れてはにかむ少年はどこにもいない。
それは、もう目の前の自分にはときめかない
そういうことなんだろうなと思う。

振られて不本意だったのは初めだけで。
別れてからは彼ばかり見ていた。
自分を見ていない彼が、男らしくて、クールで
それでいて義理堅くて、公正で、ちょっと抜けてて
とても魅力的な男性として映った。
胸が苦しい。つき合っているときに出掛けた
水辺で、飛び石を渡る手を取ってくれた
あの手のひらの硬く節が当たる感触を
思い出してみても、こんなに胸が
締め付けられはしない。
あの腕に抱かれたい。
そんなことを生まれて初めて想う。

「そう何度も振らなくても分かってるわよ。」

「え?」

車が着いた。アイドリングのエンジン音が
子どもを下ろしているタイミングだと
美月はいそいそと玄関に向かう。

「あたしにも、こんな旦那さんが見つかるのかな。」

しばらくすると、どたばたと双子が駆けてきた。

「しおいしぇんしぇー!」

詩織は目を剥いてテーブルのハーブティと
スコーンの皿を頭上に掲げた。

「美月ちゃん!来るなら来るって言って!」

「わはははは!双子魚雷だ!」

詩織はトレーでまとめてお皿とカップを片付けた。

「しあわせって何だっけ何だっけ♩♪」

母が昔、口ずさんでいた歌を歌う。





「美月は誰とでもすぐ仲良くなっちゃうな。」

亮はベッドの上でシーツにくるまる美月に手を伸ばす。

「詩織ちゃんはいい子じゃん。あたしだって
変な人には無防備に近づかないよ?」

亮の手が胸に伸びた。パジャマのボタンを
外しにきた指を絡め取って口元に持ってくる。

「もう。邪魔するなよ。」

亮はわざと乱暴に美月に馬乗りになる。

「お前は俺のものだ。今夜もたっぷりと
虐めてやるからな。」

パジャマのボタンを全部はずすと
わざと胸を通りすぎてお腹にキスする。

「いやん!くすぐったいからあ!」

「二人して、俺の悪口言ってるんだろう。」

亮は詩織と美月がいがみ合っても困るものの
もしそうなら、迷わず詩織を切り捨てるつもりだった。
当然のことだが、割と強い覚悟が要った。
それなのになんだ?こいつら、二人で仲良く
お茶してお喋りして大笑いしてやがるんだ。

「拗ねないよ?亮。」

「拗ねてなーいっ!」

その日は夜通し、美月を離さなかった亮だった。


魔の二歳児④

2018-06-08 00:02:29 | とにかくイチャイチャハロウィン小説版
「ご主人とはハロウィンパーティーで
知り合ったんですってね。」

「…ええ。まあ。」

「ヴァンパイア、怖くなかったんだ。
大胆ですよね奥さん。」

翌日も美月が帰宅すると、すぐには上がらず
色々と話しかけてくる詩織。
美月は、プライベートは欠片も口にしていないのに
さも亮と親しげに会話をしているというように
細かい情報を訳知り顔で披露してくる。

「主人から聞いたんですか?」

「え?いけなかったですか?」

どうも意識にズレがある気もするが
詩織は美月に、メンタルから地味に攻めて
来ているように思える。
美月は、決定的に正面から喧嘩を売られて
いるわけではないから、何も言えない。

「あんまりプライベートなことは恥ずかしいので。」

「そうですね。奥さんとはお友達でもないわけだし。」

まだ二日目なのに、美月は早くも
ダメージを受けている。

「もう夕食の支度も済んだし、上がってもらって
構いません。ありがとうございました。」

「…じゃあ、今日はこれで。」

詩織は帰り支度をすると、双子の頭を撫でる。

「二人とも。ママを困らせちゃだめよ。
私と遊んでたときみたいに良い子でいてね。」

美月は本当に、詩織のスレスレの物言いに
苛々を募らせた。でも決定的なことは
言われていないし、自分の受け取り方が
卑屈なんだろうかと自己嫌悪になるまでが
ワンセットで、気持ちのやり場がなくなってしまう。

「あ、奥さん。亮……いえ、ご主人が
骨付きチキン、食べづらそうにされてましたよ。
切り分けて差し上げましたから。」

美月はやさしい物腰の姑にイビられてるみたいだと
自分の気持ちの落としどころをつけようとしたが
それも、違うと思った。





彼女が帰っていくと、双子たちの大暴れタイムが
始まるようになってしまった。
今までは保育園で走り回って遊んでいたのが
大人の都合で家の中に引っ込んでいるわけだから。

シッターさんは、その日の子どもの様子を
連絡帳に記録してくれるのが普通だ。
だいたい、タイムテーブルと子どもの行動を
要点をまとめて記載しておいてくれる。
詩織の記録を見ていると、やはり外遊びが
少ない気がした。晴れていれば公園くらいは
連れていって欲しいのに、30分くらい庭で
砂遊びをしたとか、その程度しか記載がないのだ。

昼間の運動量が減ったから、美月が帰宅した夕方以降
大暴れするようになったのだろう。

美月はもう開き直って、夕食をたべさせたあと
コウモリ兄弟に手伝ってもらい
夜のお散歩を敢行することにした。
二人が飛んで行こうとするのを
コウモリ兄弟に押さえてもらう。
目の届く安全なところまでしか
飛んではいけないと
根気よく教えていこうと思った。

「え?外遊びですかあ?」

詩織にも、もう少し外で遊ばせてほしいと
お願いしてみた。
昼間にちゃんと体を動かせば夜に散歩させる
必要はない。
美月も仕事から帰ってのお散歩はかなり疲れる。

「1日おきでも構わないので、公園で
遊ばせてもらえると助かります。」

「渉くんと卓くんが、おうちで遊びたいよう
なんですけど。何度かお外には誘ってますが
二人とも動かないので。無理強いはしたくないし。」

詩織は心外だとばかりに饒舌になる。

「こちらもプロですし、子どもの機嫌も見ながら
きちんとやってます。大人の都合を子どもに
押しつけるのは良くないですよね。」

「すみません。今までのうちの子は
保育園でも暴れん坊だったので。」

美月は言い訳してるみたいな自分にも情けなくなる。
何が正解で何が間違いなのだろう。

「急に環境が変われば仕方がないですよね。
杓子定規に見てると、子どもの変化にも
気づけませんよ。お母さま。」

もう美月はこてんぱんにやられて
立ち上がれないくらいだった。

「今日はこれで失礼します。」

詩織はいつものように、双子にお別れの挨拶をする。

「渉くん、卓くん。また明日ね。」

とにかく、渉も卓も詩織には懐いている。
大人しくしているのは、彼女の保育士としての
腕がいいことの証明なのだろう。
それをとやかく言われたのが彼女の気に障った。
美月は外遊びに触れたことを早くも後悔した。





「あれ。美月また寝ちゃってる。」

最近、美月が双子の寝かしつけの最中に
一緒に眠ってしまうことが増えた。

「コンヤモ、サンポヲシタカラ。」

アルファとベータも美月を気に掛けていた。

「夜に散歩?」

亮はキョトンとした顔だ。

「ワタルトスグル、シッターサンガ
カエッタアト、ゲンキニ、アバレル!」

「イエノナカ、シッチャカメッチャカ!」

「それで散歩させて発散するのか。」

1日の仕事を終えて、外遊びまでさせれば
くたくたになって当たり前だ。

「昼間は、何で外に行かないんだろう。」

亮は首を傾げながら、また美月を抱き上げて
ベッドに運んだ。
眠っている美月のまぶたやおでこ、頬っぺた、
小鼻のかわいい膨らみから漏れる寝息を
感じながら唇を寄せた。





「あと10日かあ。」

美月は保育園に戻れる日を、指折り数えていた。
何より詩織のことで苛々する自分が堪らなく嫌だった。
自分に負の感情が向けられているように
思う自分が何より嫌である。
亮の世話を焼こうとするのも、昔の同級生だから
ただそれだけなのかもしれないし
皮肉な物言いも他意はなく、美月がそう受け取って
一人で苛々しているだけなのかもしれない。

「せめてやつらが夜に大人しくしてくれたらなあ。」

こんな風に自分の思うように子どもを良い子に
したがるのだっていけないことかもしれない。

「自分達が家に置いていかれるのと
一緒に保育園に行って別れるのも
気分が違うのかもね。」

美月はずっと自分の苦しい思いを吐き出せず
自分が至らないと考えて処理してきた。
そろそろ限界だった。

その日は午後の授業がなく、部活の顧問も
していない美月は、ランチの時間で帰る
スケジュールだった。
確か亮はまた、午後から展示会場の設営を
手伝うと言っていた。
今頃はまた詩織とお喋りをしているのだろうか。

今日は明るいうちに渉と卓を外に連れ出すことが
出来そうだ。それが何よりうれしい。
コウモリ兄弟がいてくれたらの話だが
笛で呼べば帰ってきてくれるだろう。

美月はガレージに車を入れると
玄関から家に入った。

「ただいま。」

家の中が静かである。
美月がリビングから庭を覗くと
庭で亮と双子たちが遊んでいる。
詩織も亮の隣にしゃがみこんで
渉にスコップを渡したり卓の頭にかかった砂を
落としてやったりと世話を焼く。

亮と詩織は何か親密な様子で話をしていたが
何を話しているかまでは分からなかった。

亮は詩織に言った。

「今日は妻が早く帰ってくる。君ももう上がって。」

「奥さんもお疲れのようだし、もう少しいるわよ。」

「天気もいいし、こいつら連れて西の森に
行ってくるよ。最近夜に暴れるらしくてね。
発散させに行ってくるからさ。」

「お仕事は?」

「今日はお茶の時間までに確認に行けば良いんだ。」

亮はふわっと飛び上がる。

「渉、卓。おいで。」

渉も卓も、目を輝かせて飛び立った。

「パパ!」

「いっしょに飛ぶの!」

「ああ。そうだな。お前らも飛びたいんだよな。
いくら遠くに飛んでもいいぞ、パパが捕まえに
いくからな!」

「あははは!お空、気持ちいい!!」

楽しそうに飛んでいく亮と双子たちを見て
美月は胸が一杯になった。
目からどんどん涙が溢れる。

あの子達は飛びたいのだ。
飛ぶのがあんなにも楽しいのだ。
父に守られながら、空を飛び
上から景色を眺める。
普段大きく見えている家や木々、町並みが小さくなる。
ミニチュアの街に生活が垣間見える。
彼らはこんな景色を見て、何かを学ぶ。
成長する糧になるだろう。

美月はただの人間である。
翼も持たない、地面を走るしか出来ない
純血の人間である。
空を飛んでいく彼らについては行けない。
でも置き去りにされて寂しいとか
そういった感情とも違うのだ。

ようやく、帰りを待つしあわせが
分かり始めた美月であった。

「どうしたの?!」

庭から帰ってきた詩織が
涙を流して立ち尽くす美月に驚いて声をあげた。

「今から西の森に遊びにいくんですって。」

詩織はため息をついた。

「亮はあなたのことばかりあたしに話すわ。
聞いてないのに。13年ぶりだって言うのに
昔のことなんか話しても、ちっともつき合って
くれない。聞いてないのに出会いのことやら
プロポーズのこととかずっと喋るの!」

「ごめんね。」

「あなたに謝られるのも不愉快だわね。」







その夜、双子たちは即寝落ちた。

「亮。ありがと。」

「なんで?」

「ん。とにかくありがと。」

「日々の感謝なら、俺だって美月にお礼言わなきゃ。」

「それは、こうして。」

美月は亮の膝に座り、頬にやわらかくキスした。

「それは欲しいってことで。いいのかな?」

亮のスイッチの入れ方はもうわかっている。
反応は速かった。





















魔の二歳児③ 

2018-06-07 01:00:00 | とにかくイチャイチャハロウィン小説版
中途半端すぎて判断がつかない。

亮は27になったが
彼女とつき合っていたのは13年も前
中2の3ヶ月とちょっとだ。

こんな程度で美月は妬きもちを焼くのか。

妬くように思えてならない。

妬かれたら妬かれたで
寝技に持ち込んで丸め込むのは好きだから
それはそれでいいんだけど
今回は息子たちが絡んでいるので
面倒は避けたい。

あんまり迷っている時間はないし
もし他のシッターさんを探すなら
早く次を当たらなければならない。

彼女は岡田詩織という。
人間クォーターのヴァンパイアだ。
同級生なので亮と同じ27。
今までは保育園で保育士として勤めていたが
独立してベビーシッター派遣会社を立ち上げる。
オープニングキャンペーンとして
格安のシッター派遣をしているらしい。

「へえ。オープニングキャンペーンかあ。
よく見つけてきたね、亮。」

気づけば隣で美月がチラシを覗き込んでいる。

「この料金なら保育園とそんなに変わらないね!」

美月はノリノリだ。
亮はしどろもどろと言い出すのを躊躇った。

「お願いしよっか。」

「や、あ、はは。み、美    月?」

「どうしたのさ。」

「その、メインシッターさん。ね、俺の
中学の時の同級生で、さ。」

「へー!そうなんだ!」

逆に美月は安心感を持ってしまった。

「ここでいいじゃん。ねえ。」

この期に及んでようやく亮の挙動不審に
気がついた美月は、首を傾げて彼を見上げた。

「昔の知り合いって。なんか気まずいことでもある?」

「ん。そうだな。ちょっと、どうかなって。」

「何があったの?もし、なんならシッターさん
とのやり取りは全部あたしがするけど?」

「いやあ。その。それも、そうなんだけど。」

亮は息をつくと、思いきって切り出した。

「元カノなんだよ!」

美月は表情をなくした。

「は?」

「や、でも中2のときに3ヶ月ちょっと
つき合ってただけなんだ。子どものときに
何度かデートしたことあるだけってくらいで。」

美月は表情を硬くした。

「あの頃特有の何となく自然消滅って流れで
3年になってクラス別れて。それっきりろくに
話もしてない、よ。うん。あっちは覚えてないかもな
そうだね覚えてないね。」

実はもう少し込み入った経緯があって別れたのだが
亮はいかにも、ちゃんとした交際ではなかったと
強調したかったのである。

美月は口元を一文字に引き締めた。

「でも、ここで俺が言わないでいて
あっちが話のタネに的な流れで美月に言ったら
それはそれで嫌だろ?だから、今のうちに、ね。」

美月の頬っぺたはフグの威嚇のように膨れた。

「ちがう!ちがうんだって!もう美月は
どこまで妬きもち焼きなんだい?」

「バカにすんな!妬いてなんかないもんっ!!」

口を開くと中の空気がぶふぉっと破裂する。
言いたいことを言い終えると
再び口を固く閉じて威嚇の空気を蓄える。
頬っぺたはまたまん丸に膨れた。

「美月が嫌なら、他を当たろう。ね。」

「でも。ここの安さは貴重だよね。」

美月の頬っぺたがだんだん小さくなる。
今度はうつむき加減でしょんぼりしていく。

「あたしが気にしなかったらいいんだもん。
もし、渉と卓との相性が悪かったら断ればいいし。」

亮は美月を抱き締める。おでこにキスした。

「愛してるよ。美月。」

「亮ぅ。」

亮は美月を抱き上げて、寝室に運ぶ。
ベッドにやさしく下ろして、すぐに覆い被さり
キスしながら服を脱がせていく。

「お前と出会えて、幸せだよ。」

自分の過去はすべてお前と出会うために在った。

「亮。うれしい。ありがと。」

美月は満足そうに微笑む。
亮は心底ホッとして、美月の身体中をやさしく
愛撫し始めた。









「あれえ?長内、だよね?覚えてる?中2の時…」

長内家にやってきたベビーシッターは
思いの外、昔のことをよく覚えていて
美月の方を全く頓着せず亮に話しかけてくる。

「え、と。もしかして、岡田?」

すでにひと揉めしているくせに
今はじめて気づいた体を装う亮。

「懐かしいねえ、あの頃さあ、長内ってば
映画館であたしの手を」

「あ、勤務条件の確認をさせていただけますか。」

どんどん昔話を披露しようとする詩織。
亮はわざとよそよそしい物言いでカットインする。
美月は渉と卓を両脇に抱えて、必死に何でもない
顔をした。

「この双子ちゃん、もうお空を飛ぶのね。
任せて。脱走しても連れ戻すから。」

「頼んだよ。」

美月は飛べない自分が情けなく、ずっと亮と話をする
詩織に色々な思いを募らせた。

普通、シッターさんはお母さんと話をする。
お父さんとは、たまに世間話はするけれど
こんな契約初日、条件を詰める段階でお母さんの
顔も見ないなんてことは有り得ない。

まだ、亮が好きなの?
久しぶりに会って焼けぼっくいに火がついた?
まさか、嫉妬?

「あら、奥さん。人間なんですよね?
びっくりしたでしょ、お子さんがいきなり
空を飛んだりして。うふふ。
飛んで行っちゃったら困っちゃいますよねえ。」

詩織はやっと美月を見た。
我が子が飛んでいくのを指を咥えて見ているしかない
人間の自分を蔑んでいるようにも聞こえて
美月は自己嫌悪に陥る。

「さあ、渉くん、卓くん。おいで~。」

詩織は美月の手から双子を抱き上げた。
両手に双子を同時に抱っこするのを見て
亮が感心したように言った。

「やっぱり保育士さんはすごいな。
こいつら、重いだろう?」

「このくらい、普通よ。」

亮は書斎で資料をまとめて、午後からの
会議に出掛ける。
美月は今から学校だ。

「奥さん、これからお仕事ですよね。
いってらっしゃい。」

「よろしくお願いします。」

「多少残業してもらっても大丈夫ですよ。
サービスしますから。」

美月は必死にやっとの笑顔で応じて
時間がない振りで車に乗り込んだ。






美月は一分たりとも残業をせずに帰宅した。

「あら、早かったんですね。お買い物とか
してきてもらって構いませんよ?」

子どもたちは詩織に懐いていて、彼女に見守られながら
大人しく遊んでいる。
今までプロの方に面倒を見てもらって
こんな風に思ったことはないのだが
『負けた』と思った。
寂しく切ない痛みが胸で疼いた。

「今日は大丈夫です。もう上がってもらって。」

「あら、これから家事もされるでしょ。
ご主人帰られるまで見てますよ。」

美月はエプロンの肩紐に腕を通していた所だった。
そりゃあ、これから夕食の支度だけど
本音を言えば一刻も早く帰ってほしかった。

「じゃあ、あと30分だけ。」

「遠慮なさらないで下さい。もう渉くんも卓くんも
すごく良い子でかわいくて。離れるのが寂しいです。」

美月はもう半ば目を剥いて猛スピードで
夕食の支度を始めた。

そこへ詩織が話しかける。

「そうだ、今日ご主人にランチをお出ししたの。
食器や調理器具は元通りにしたんですけど
何か不都合はなかったですか?」

「え。」

美月は完全に手の動きが止まってしまう。
ベビーシッターというのは育児以外のことは
しないのが決まりだ。こちらも頼まないし
よほど困ったことがなければシッターも
エチケットとして家庭の家事には手を出さない。

「作りおきのサンドウィッチだけで
味気ないかなと思ったものだから。」

美月は震える口元を必死に落ち着かせながら
言葉を発する。滑舌が悪くなっているのが
自分でもよくわかる。ゆっくりとしか喋れない。

「追加のサービスですか?後でメニューを
確認させてもらえます?」

「これは、元カノとして当然ですから。」

美月はあまりのことに下顎がかくりと落ちた。
口を開けて呆けたマリオネットのようである。

「昔話もたっぷりさせてもらったから。
そのお礼かな。んふふ。」

美月は何とか夕食づくりを終えて
詩織に帰ってもらった。

するととたんに渉と卓が暴れ始めた。

「何してんのあんたたち!!」

今までの大人しい良い子ちゃんぶりは
どこいっちゃったのさー!

部屋をこてんぱんに散らかし
テーブルを凪ぎ払い
キッチンに駆け込んできた双子を
追い払うと、二人して翼をぴよんと出して
二階に飛んでいった。
美月は真っ青になって階段を駆け上がり
亮の書斎のドアを閉めて鍵を掛けた。
屋根裏部屋の天窓を確認すると
コウモリ兄弟がちょうど帰ってきた。

「ミヅキ、ドウシタ?」

「二人とも入って。鍵閉めるよ。」

美月はコウモリ兄弟を家の中に入れて
窓の鍵を閉めた。

「ミヅキ、ワタルト、スグル。」

「オニワニ、イルネ。」

美月が先回りしたつもりが
奴らは普通に玄関から外に出たようである。

美月が庭に出ると、渉と卓は
やべっママ来たぜ叱られる!という顔をした。
悪いことをしている自覚はあるのだ。
だが捕まると叱られるし、これ以上遊んで
いられなくなるのは分かっているので
捕まらないように逃げるのだ。

外は夕暮れを過ぎて少しずつ夜の色を帯び始める。
完全に暗くなったら、闇に紛れてどんなイタズラを
するかわからない。今のうちに捕まえなければ。
美月は虫取網が欲しいと切実に思った。





コウモリ兄弟が双子を連れて帰ってくれた。
何とか食卓に着かせて夕食を食べさせたが
美月は精も根も尽き果てて
自分の食事どころではなかった。

亮が帰ってきたらランチのこととか
色々問い質そうと思っていたのだが
そんな気力は残っていなかった。
双子を寝かしつけながら、自分も子ども部屋で
寝入ってしまった。

気づくと亮の腕の中だった。
亮に抱かれて寝室へ運ばれている。
それも夢うつつで、美月はやっとの思いで
これだけ言った。

「愛してるのは、あたしだけだよね?」

亮は驚いた顔をしていたが
くすぐったそうに笑った。

「当たり前じゃないか。」

亮は口だけじゃなく、態度で示してくれた。



















魔の二歳児②

2018-06-05 09:58:04 | とにかくイチャイチャハロウィン小説版
「君たち。あんまり飛ばないでもらえないかな。」

美月は双子の子どもたちに話しかけている。

「?」

もちろん、双子たちには分かっちゃいない。

美月はまだ左腕を器具で固定はしているが
退院して、ほとんどの家事をこなしていた。

保育園から帰ってくるときにも
車からおろした途端にいきなり飛んだりしないかと
美月はいつも身構えてしまう。
地べたで走り回る時にも、声をかけただけで
止まるわけではないのだ。
ふたり、別々に駆け出して行くのを
一人づつ取っ捕まえて誘導する。
それは地面という条件下で、まだ美月が辛うじて
ふたりを管理できるというだけのことである。

「あたしの背より高く飛ばれたら、何にも出来ない。」

あれ以来、双子たちは飛んで家を出たりはしていない。
コウモリ兄弟に諭されたのと、彼らが双子の前で
あまり外出をしなくなったからである。

多分、屋根裏部屋の天窓から飛んで出掛けるのが
楽しそうに見えたのだろう。
きっとアルファとベータについていって
一緒に遊びたかったに違いない。

だが、双子たちは飛べるのだ。
それが美月の頭から離れない。





「美月先生。今日は渉くんが………」

ある日、仕事を終えて学園横の保育園に
ふたりを引き取りに行くと保育士さんに捕まった。

「あの銀杏の木のてっぺんまで飛んでしまって。」

保育園と学園の遊歩道の間に数本ある
大きな銀杏の木である。てっぺんとは
だいたい地上から7~8mはあろう。
あそこに飛んでいってしまって暫く下りてこなかった。
保育士さんは声を掛け続けるしか出来ない。

魔物との混血児も多くいる保育園だが
なんせ美月が純血の人間なので、ほとんどが
人間の子どもで構成されたクラスに入っている。
魔物の子どものいるクラスに編入するか
他の施設に移ることも視野に入れて
検討してほしいと言われてしまった。

「美月先生、本当に純血の人間ですか?
ハーフの子であんなに高く飛ぶ子は初めてです。」

これは褒められているのか貶されているのか。
美月は謝るしか出来なかった。



「これは、編入するしかないだろうな。」

亮もため息をついて言った。

「今のクラスの先生は人間だろ?多分美月と
同じ心境だと思う。」

渉と卓が空を飛ぶとわかった今、飛ばれたらもう
お手上げなのだから。安全は保証できない。

「編入するとなると、手続きが来月になるって。」

「そうか。それまでは通わせてくれるのか?」

「出来れば、おうちでどなたかに、って。」

これはかなりレアケースのようで、受け入れを拒否
まではしないが、何か事故があっても責任は負えないと
言われてしまったのだった。

「来月までは俺もスケジュールが空けられない。」

「シッターさん呼ぶ?」

ベビーシッターはサービスが充実していて
頼めばすぐ来てくれるし、大抵は魔女が
派遣されて来るので、飛んで家から脱走しても
容易く連れ帰ってくれるのだ。

「でもなあ。コレが。」

亮は親指と人差し指で円を作る。

「だよねー。」

「あんまり急な話だから、今週一杯はシッターさんを
お願いしようか。来週までに誰か預かってくれないか
声掛けてみるから。」

「ごめんね。」

美月は済まなそうに項垂れた。
美月の両親には、渉と卓の面倒を見るのは
到底無理ということになる。
頼るのは亮の両親か、親戚になるだろう。

「まあ、俺の親父やお袋が預かってくれる
保証はない。あとは友達のつてを当たるしか、ね。」

亮は頭の中でアドレス帳を繰っていく。
最悪、あそこしか。いや最後の最後だ。



亮は実家に電話をかける。

「どうしたの?」

妹の悦子である。

「よしのさんは?」

よしのさんとは亮の母のことであるが
亮も悦子も、お母さんと呼んだことはあまりない。

「ああ。今夫婦でイタリアだよ。」

「仕事?」

亮の実家は代々貿易を営んでいて、外国への
出張も多い。子どもが自立した今、夫婦で商談に
出掛けることもあるのだった。

「よしのさんは欧米の紳士たちには中々の
人気らしいわ。」

父は取引先でのパーティーは営業の場だと
割りきっていると言うが、よしのさんが
沢山の男性に言い寄られるので
かなり消耗しているらしい。
よしのさんが愛嬌を振り撒くと多少不機嫌になる。
よしのさんは夫の仕事のためと思い、尽くしている
つもりなのだが、夫の機嫌が悪くなるので
割に合わないと不満を持ち始めている。

何だかんだいって
帰って来てからは夜の生活がお盛んになるらしい。

「結局ラブラブなんじゃん。」

亮は呆れる。まあ、自分も妬きもちのあとは
夜が激しくなるタイプだ。親子だなと納得する。

「で?なんか用だった?」

「いや。うちの子が飛ぶようになってさ。」

保育園のクラスを移動させられるため
申請切り替えのひと月ほどの期間だけ
双子を預かってくれるところを探している。
ダメ元で連絡したのだと控えめに話した。

「シッターさんは?」

「毎日フルタイムでシッターを頼めるほど
うちは金持ちじゃないからな。」

「よしのさんがね。こんなことになったら
格安でお願いできるシッターさんの目星を
つけておいたからって。連絡が来たら教えて
やれって言ってたのよね、実は。」

よしのさんは双子が飛ぶようになることも
分かっていた。それとなく注意喚起はしたものの
美月が3階から転落する事態となり、心痛めていた。

「保育園で受け入れ拒否されるかもって
よしのさん、色々調べてたわ。」

「そうか………」

亮は複雑な気持ちになる。
分かってたんなら、もっと早く教えてくれたらな。
とは言え、渉と卓がこんなに自由に飛び回れるとは
前例があまり無いようで、魔物の子どもたちのクラスに
初めから入れることは多分出来なかった。
保育園に預けることも言わば大人の事情だから
子どもたちには一つも非はない。

「じゃあ、シッターさんのデータ、メールするから。」

「サンキュ、悦子。」








亮は送られたデータを見て絶句した。

何が驚いたって、中学の頃に数ヶ月だけ
付き合っていた元カノだったからである。