
少し回り込んでみようかな。直ぐ向うが道である。1号墳に行くぞ。それと間違った案内看板がある。
誰も訂正を入れないのだろうか。まあ我輩も市の方には連絡する気はないがな。


少し回り込んでみようかな。直ぐ向うが道である。1号墳に行くぞ。それと間違った案内看板がある。
誰も訂正を入れないのだろうか。まあ我輩も市の方には連絡する気はないがな。


川津遺跡群と書かれてある。本来は川津古墳群である。案内図に「便所」と書かれているところから道が延びているのだが・・酷い山道だが、古墳散策道と謳ってある。間違いのもとである。更に間違いは3号墳と2号墳の位置である。
3号墳は道を挟んだところにあるし、2号墳もそうであり、道によって相当の部分が削られてしまって何が何だか判らない状態である。何故このようないい加減な案内板を作ったのか・・道に迷うとはこのことである。
この看板をあてにして散策に来た方がおられたであろうにな。

こうして少しの高みがお判りになると思う。この状態では主体部は判らない。
この状況では場所を確認出来ないかも知れないが、酷い古墳散策路を上り詰めた正面にある


山王山古墳(福岡県)
残念ながら私有地である。石室は開口しているようだ。ブルーシートがかけられているので、風雨に晒されて封土が流されているのかもしれないな。径18mの円墳で、横穴式石室を持つ。その奥壁の腰石に円文が掘られている。築造時期は6世紀末から7世紀の間であろう。特徴なのはこの装飾技法で、遠賀川流域では初めてのものである。まあ、とにかく見つけにくいたらありゃしない。それと、ドローンで撮影したような写真があるがこのような住宅街で許されるものなのかな。ルールは必ず守ってね。俯瞰写真を撮りたいと思うのは我輩もそうであるけれども・・・うーむ。
当該古墳のブログ記事は令和1年(2019)5月20日から24日までである。





石室内は敷石があり、奥壁には仕切り石をして屍床を設けてある。また、奥壁の腰石には円文が確認されており、作成技法が少し異なっており、敲き窪め技法(敲打技法)と言われており装飾古墳として遠賀川流域で初見のものである。おっと、6世紀末~7世紀にかけて築造されたものとする。

