初夏のテヘラン。
テヘラン北部の山の雪もほぼ消えた。
八百屋にスイカやメロンがどどっと並び、町のあちこちに花が咲き乱れる。
何といっても、週末の公園には幸せがあふれている。
先日、発表された幸せ指数では、世界で豪州が一番で、日本は……。
イランは数値化するのが難しいけれど、実質的な幸せランキングでは相当上な方ではないだろうか。
幸せの定義は難しい。
けれど、「それほどしゃかり気にならなくても、なんとなく暮らしていける人が多い社会」を尺度とするならば、イランはトップクラスだろう。
だらだら~と時間をつぶすじいさんたち、家族でべた~っと座りこんでひたすら時間を過ごす贅沢……。
日本は、かっちりとした既成(お仕着せ?)の「システム」の中に入っている人だけはそこそこ幸せかもしれない。けれど、システムから外れると、すぐに普通の暮らしが許されなくなる気がする。
少なくとも、そんな不安は強い。
「デモクラシーと自由の国、日本は最高だ」
耳にタコができるほど聞かされるので、最近は「イランこそ世界で最高だ」と切り返すことにしている。
半分冗談で、半分は本気だ。
時間の流れはゆったりだし、出勤時間も交通ルールも守らない。
固定化したシステムもあまりないし、少し人と違う道に外れたとしても、誰もそれほど不安には思わない。
まあ、なんとなかなると思っているし、実際になんとかなることも多い。
これこそ、本当の自由では……。
今日も若い子たちが言っていた。
「イランには、日本のようなディスコがないし……」
う~ん、ディスコねえ。日本でディスコ言っている人口ってどんだけ?
ディスコはひとつの自由の象徴らしい。
バブルのころにたっぷりかせいだ出稼ぎイラン人の成功物語も加わり、夢と希望の国、日本のイメージはふくらむばかりなのだ。
日本にいる間は、日本の良さもあまりわからなかった。
けれど、この国の人たちも自国の良さを全くわかっちゃいない。
夜遅くまで、公園では卓球やったり、青空チェスやったり……。
シートや魔法瓶を持って家族連れもぞろぞろやってくる。
週末が終わり、明日は仕事。
深夜になっても、そんなこと気にしちゃいない。
× ×
先日滞在したカイロでは、少しずつ観光客が戻っていた。
それに比べてテヘランは……。
主題とは外れるものの、改めて強く思う。
なんで、イランには来ないのか?
社交辞令では「行ってみたい」という人はいるものの、本気にする人はわずかだ。
やっぱり怖い?暗い?
紛争もないし、デモすら起きていない。
イメージだけで素通りしてしまう世界中の人たち。
こんな素晴らしい国を放っておくなんて……。
近くの広場で、イルミネーションが点くようになった。
夜見るモスクの青は、吸い込まれるような美しさだ。
決して特別な観光地じゃない。
ちょとした美が街に点在している。
アラブの人たちには悪いけれど、やはりイランの美意識ははるかに高いと思う。
何度でも強調したい。
本当にもったいない……のだ。
卓球してるおじさん達も楽しそうですね!女性もいれば、もっと違う風景になるのかな?