アフガンから伊藤和也さんが遺体で帰ってきた。
しかし、事件を受け、霞が関・永田町では、不思議な反応が起きている。
米軍主導の「テロとの戦い」を一層進め、インド洋の艦船へ給油する「テロ特措法」をなんとしても延長すべきだと。
ん? それって、伊藤さんが本当に望んでいた「アフガン支援」なんだろうか。
ペシャワール会の中村哲さんは1年前、新聞紙上でこんな主張をしている。
「『殺しながら助ける』支援というものがあるのか」
このおかしな日本語の矛盾をもっと考えなくてはいけないと思う。
たとえ人の死であっても利用する人たちはたくさんいる。
× ×
<関連記事>
◆戦争支援をやめる時--中村哲・NGO「ペシャワール会」現地代表
◇誤爆による反米感情が治安悪化に拍車
◇疲弊するアフガン農民の視点で議論を
テロ特措法の延長問題が社会的関心を集めている。この法案成立(01年10月)に際しては、特別な思いがある。当時私は国会の証人喚問でアフガニスタンの実情を報告し、「自衛隊の派遣は有害無益である」と述べた。法案は9・11事件による対米同情論が支配的な中で成立、その後3回にわたり延長された。しかし特措法の契機となった「アフガン報復爆撃」そのものについても、それを日本政府やメディアが支持したことの是非についても、現地民衆の視点で論じられることはなかった。
現地は今、過去最悪の状態にある。治安だけではない。2000万人の国民の半分以上が食を満たせずにいる。そもそもアフガン人の8割以上が農民だが、00年夏から始まった旱魃(かんばつ)により、農地の砂漠化が止まらずにいるからだ。
私たちペシャワール会は本来医療団体で、20年以上にわたって病院を運営してきたが、「農村の復興こそ、アフガン再建の基礎」と認識し、今年8月までに井戸1500本を掘り、農業用水路は第1期13キロメートルを竣工(しゅんこう)、既に千数百町歩を潤しさらに数千町歩の灌漑(かんがい)が目前に迫っている。そうすると、2万トンの小麦、同量のコメやトウモロコシの生産が保障される。それを耳にした多くの旱魃避難民が村に戻ってきている。
だが、これは例外的だ。00年以前に94%あった食料自給率は60%を割っている。世界の93%を占めるケシ生産の復活、300万の難民、治安悪化、タリバン勢力の復活拡大――。その背景には戦乱と旱魃で疲弊した農村の現実がある。農地なき農民は、難民になるか軍閥や米軍の傭兵(ようへい)になるしか道がないのである。
この現実を無視するように、米英軍の軍事行動は拡大の一途をたどり、誤爆によって連日無辜(むこ)の民が、生命を落としている。被害民衆の反米感情の高まりに呼応するように、タリバン勢力の面の実効支配が進む。東京の復興支援会議で決められた復興資金45億ドルに対し消費された戦費は300億ドル。これが「対テロ戦争」の実相である。
テロ特措法延長問題を議論する前に、今なお続く米国主導のアフガン空爆そしてアフガン復興の意味を、今一度熟考する必要があるのではないか。日本政府は、アフガンに1000億円以上の復興支援を行っている。と同時にテロ特措法によって「反テロ戦争」という名の戦争支援をも強力に行っているのである。
「殺しながら助ける」支援というものがあり得るのか。干渉せず、生命を尊ぶ協力こそが、対立を和らげ、武力以上の現実的な「安全保障」になることがある。これまで現地が親日的であった歴史的根拠の一つは、戦後の日本が他国の紛争に軍事介入しなかったことにあった。特措法延長で米国同盟軍と見なされれば反日感情に火がつき、アフガンで活動をする私たちの安全が脅かされるのは必至である。「国際社会」や「日米同盟」という虚構ではなく、最大の被害者であるアフガン農民の視点にたって、テロ特措法の是非を考えていただきたい。
2007年8月31日 毎日新聞朝刊
しかし、事件を受け、霞が関・永田町では、不思議な反応が起きている。
米軍主導の「テロとの戦い」を一層進め、インド洋の艦船へ給油する「テロ特措法」をなんとしても延長すべきだと。
ん? それって、伊藤さんが本当に望んでいた「アフガン支援」なんだろうか。
ペシャワール会の中村哲さんは1年前、新聞紙上でこんな主張をしている。
「『殺しながら助ける』支援というものがあるのか」
このおかしな日本語の矛盾をもっと考えなくてはいけないと思う。
たとえ人の死であっても利用する人たちはたくさんいる。
× ×
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◆戦争支援をやめる時--中村哲・NGO「ペシャワール会」現地代表
◇誤爆による反米感情が治安悪化に拍車
◇疲弊するアフガン農民の視点で議論を
テロ特措法の延長問題が社会的関心を集めている。この法案成立(01年10月)に際しては、特別な思いがある。当時私は国会の証人喚問でアフガニスタンの実情を報告し、「自衛隊の派遣は有害無益である」と述べた。法案は9・11事件による対米同情論が支配的な中で成立、その後3回にわたり延長された。しかし特措法の契機となった「アフガン報復爆撃」そのものについても、それを日本政府やメディアが支持したことの是非についても、現地民衆の視点で論じられることはなかった。
現地は今、過去最悪の状態にある。治安だけではない。2000万人の国民の半分以上が食を満たせずにいる。そもそもアフガン人の8割以上が農民だが、00年夏から始まった旱魃(かんばつ)により、農地の砂漠化が止まらずにいるからだ。
私たちペシャワール会は本来医療団体で、20年以上にわたって病院を運営してきたが、「農村の復興こそ、アフガン再建の基礎」と認識し、今年8月までに井戸1500本を掘り、農業用水路は第1期13キロメートルを竣工(しゅんこう)、既に千数百町歩を潤しさらに数千町歩の灌漑(かんがい)が目前に迫っている。そうすると、2万トンの小麦、同量のコメやトウモロコシの生産が保障される。それを耳にした多くの旱魃避難民が村に戻ってきている。
だが、これは例外的だ。00年以前に94%あった食料自給率は60%を割っている。世界の93%を占めるケシ生産の復活、300万の難民、治安悪化、タリバン勢力の復活拡大――。その背景には戦乱と旱魃で疲弊した農村の現実がある。農地なき農民は、難民になるか軍閥や米軍の傭兵(ようへい)になるしか道がないのである。
この現実を無視するように、米英軍の軍事行動は拡大の一途をたどり、誤爆によって連日無辜(むこ)の民が、生命を落としている。被害民衆の反米感情の高まりに呼応するように、タリバン勢力の面の実効支配が進む。東京の復興支援会議で決められた復興資金45億ドルに対し消費された戦費は300億ドル。これが「対テロ戦争」の実相である。
テロ特措法延長問題を議論する前に、今なお続く米国主導のアフガン空爆そしてアフガン復興の意味を、今一度熟考する必要があるのではないか。日本政府は、アフガンに1000億円以上の復興支援を行っている。と同時にテロ特措法によって「反テロ戦争」という名の戦争支援をも強力に行っているのである。
「殺しながら助ける」支援というものがあり得るのか。干渉せず、生命を尊ぶ協力こそが、対立を和らげ、武力以上の現実的な「安全保障」になることがある。これまで現地が親日的であった歴史的根拠の一つは、戦後の日本が他国の紛争に軍事介入しなかったことにあった。特措法延長で米国同盟軍と見なされれば反日感情に火がつき、アフガンで活動をする私たちの安全が脅かされるのは必至である。「国際社会」や「日米同盟」という虚構ではなく、最大の被害者であるアフガン農民の視点にたって、テロ特措法の是非を考えていただきたい。
2007年8月31日 毎日新聞朝刊