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サッカーあれこれ(13)

◎テレビのPK戦
 見た人も多いと思います。テレビのバラエティ番組(TBS系)で、サッカーのゴール前で両手を上に広げて立つ人形のキーパーめがけて、いろんな人がPKを蹴る番組があります。若いころ何度かPKを蹴った私は、どうやったらこのゴールを奪えるか、毎回興味を持って見ています。
 サッカー好きの芸能人や、時にはJリーガーやなでしこの古手選手が、このPKに挑戦するのですがほとんど成功しません。キーパーの左右の空間が人形の身長ほどしかなく、従って狙うべきゴールの枠が極めて狭い。ゴール全体を人形がカバーしている感じです。「どこへ蹴ったらいいのか」という、そんな威圧感と迷いもシュートを困難にしています。
 だが、それ以上に、このキーパー人形にはコンピューターが仕込んであるのでしょうか、反応がすばらしい。蹴った一瞬のうちにシュートコースを読んでボールをはじき返します。
 ゴールを奪うのはほとんど不可能、PKはただ蹴りゃいいものではないな、などと思っていたところ、ただ一人、たしかなでしこの選手だったと思います。蹴ったボールが偶然のように左ポストの内側に当たってゴールインしました。あっ、こういう手があるのかと思ったのですが、意識してゴールポスト内側に当てるのは、普通ならほぼ不可能に近いでしょう。プロデューサーは阻止率95%とか言っていました。
 ところがです。あのメッシが登場したのです。バルセロナまで、この器具を持ち込んだテレビ局もすごいが、メッシがよくこの「遊び」に出演してくれたものです。ギャラはいくらだったのかも心配ですが、さすが日本のテレビ局!!
 結果は?、メッシは3本蹴って、2本を成功させました。やっぱり4回連続世界最高殊勲選手はモノが違う。半端じゃない、その実力、カンの鋭さに、まさに口あんぐり、でした。

◎迷いがないコンピューター
 話をとつじょ変えるようですが、最近将棋のプロ棋士がコンピューターと対戦して負けたことが話題になっています。コンピューターにいろんな局面での将棋の手口を記憶させておけば、一瞬のうちの何千もの手筋が読めます。それなりに正確な対応ができて、ついには人間のプロ以上の実力を持つことになったわけです。
 最近のハイテク技術の進歩はいちじるしいものがあります。やがては人間の能力を無視する、例えば外国語の会話はすべてコンピューターがやってくれるような、来るべき時代のおそろしさの側面かもしれません。
 私は負けたプロ棋士の談話を新聞で興味深く読みました。「コンピューターは勝ち筋が見つかると30手くらい前からでも、冷静に1手の狂いもなく正確に攻めてくる。人間の方はそうはいかない。たとえ勝ち筋が見つかっても、『これでいいのか』と常に気持ちの上で迷いがあって、間違うことがある。間違いを犯す人間と人間が戦うから将棋はおもしろいのだ」
 将棋をサッカーに置きかえてみましょう。もしサッカーにコンピューター人間がいたら、そして、相手ゴール前で絶好のシュートチャンスが生まれたら、一瞬のうちに相手キーパーの位置やボールの回転やバウンドを読み取り、足の蹴るポイントを定めて、正確にゴールを百発百中で決めるでしょう。
 だが、人間はそうはいかない。日本選手がよくやるように、たぶん空中に大きく蹴り上げたり、ゴール隅を狙いすぎてはずしたり、キーパーの正面に蹴ったりとヘマをやってしまう。それは、迷いがある人間だから仕方ないことでしょう。
 将棋のコンピューター対戦で思いついたのは、ほかでもありません。メッシのPKシーンに、サッカーでのコンピューター人間を連想したからです。メッシの持って生まれた天性か、反復練習の成果か、それはわかりません。だが、ゴールを量産する彼の姿は、間違いなくコンピューター人間に近い男の印象です。

◎メッシのすごさ
 さて話題をバラエティ番組に戻します。メッシはPKをすべて左足で蹴りました。右に蹴るときは足のアウトサイドに、左へはインサイドに正確に当てていました。1発目を定石とおり「キーパー右の地上スレスレのところに蹴る」と予言し、その通り蹴ったのですが、人形キーパーは見事に反応してボールを跳ね返しました。やっぱり、メッシでもダメなのか。
 だが、メッシはその時、人形の弱点をすっかり瞬時に見抜いてしまったようです。ゴール左右のポスト上の角に約30センチ4方の空間があることを見てとったようです。そして2発目。アウトサイドで左上の空間めがけて蹴りました。すぐに反応した人形の手先をかすめて見事ゴールイン。みんなが、あれほど手を焼くPKをこともなげに決めた。さすが。舌をまくコントロール!
 テレビとの契約は「2本蹴る」だったようですが、プロデュサーが「いままで2回続けて決めた人はいません。もう1本挑戦しますか」と聞いたところOK。そしてメッシはニコニコしながら3本目を蹴りました。
 メッシが狙うのは先に成功したオープン状態の右上か、あるいは今度は左上か、と私は思っていたのですが、予想は完全に裏切られたしまいました。同じ手をやらないメッシのすごさというか、未知に挑む非凡人のたくましさというか。
 彼はキーパー右の、いつもみんなが失敗する地上1メートルあたりに蹴りました。それが人形キーパーが反応するより一瞬早くゴールインしました。まったく「あっ」です。コンピューターに勝つことができるスピードが存在することをメッシは証明したのです。プロデュサーはたしか球速130キロと言っていました。
 PKに必要なのはコースとスピードです。メッシは2本の違ったキックで、それを見せてくれました。あんな男はどうやったら生まれるのでしょうか。
(以下次号)

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