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オリンピックあれこれ(32)

◎猪瀬氏の5000万円事件
 2020年東京五輪の推進者の一人とされていた猪瀬直樹氏が、医療法人「徳洲会グループ」から5000万円の提供を受けていた。これが発覚し、とうとう東京都知事を辞めることになってしまいました。
 辞職表明の記者会見で、猪瀬氏は何度も「私は政務にうといアマチュアだった」と発言しました。長年アマチュア問題に携わってきた私としては、ちょっと聞き捨てならない発言です。
 現在使われているアマチュアという言葉には、大ざっぱに分けて2つの意味があります。一つは技術レベルが低い未熟な素人。もう一つは金銭的な報酬に目もくれない清廉潔白な人。
 「愛好者」という意味もあります。アムールが語源とされています。愛するがゆえに金銭など二の次、つまりボランティア的な奉仕の精神を指します。テクニックは下手でも熱心に打ち込む心さえあれば「下手くそ、がんばれ」でいい、つまりこれはむしろ後者の報酬に無縁の清廉潔白に属するものでしょう。
 ところで、猪瀬氏いう「アマチュア」の意味ですが、金を提供された事実をうまく隠匿できなかった。政治資金を集める経験や政治の内情に疎い素人だった。金を扱う技術が下手だった。つまり政治のテクニックが下手な素人ゆえにバレてしまった、と言っているようにも受けとれます。

◎猪瀬氏は醜悪なプロ
 猪瀬氏はお金をもらった時、「世の中には随分親切な人がいるもんだなと思った」などと語っています。だが、まともな人間ならアマチュアでなくても、よく知らない人からの大金など、気味が悪くて受け取れないはずです。
 私の推測では、選挙資金として記載していなかったし、もし徳洲会の選挙違反事件が起きなければ、金をジーっと抱えていて、時期をみてこっそりイン・マイ・ポケットしてしまおうというズル賢い魂胆さえ感じられます。
 不幸にして徳洲会で事件が起きてしまった。その火の粉がいつ飛んでくるかもしれない。それをおそれて、あわてて返しに行ったというのが真相ではないか。ここらあたり、最も「アマチュアだった」なんて言ってほしくない人物です。いっそのこと、そんな5000万円なんぞ、オリンピックの準備に全額寄付したらよかった。それこそ立派なアマチュアでしょう。
 私の記者経験からすれば、スポーツの競技団体の会長や役員などの(政治家や会社の社長などもそうでしょうが)失脚で、決定的な要因になるのは「お金にまつわる」事件が起きた時です。お金に関するスキャンダルは、どうにも弁護できるものではありません。これは金額の高い低いではありません。言葉を変えれば、失脚をねらう政敵は「お金の動き」に常に目を光らせておればいい、というわけです。
 いまの競技団体(例えば日本サッカー協会など)は、何億、何十億の金を動かすようになりました。だが、その詳細は新聞記者のうかがい知るところではありません。運用が巧妙になり、会計報告は記者会見で一片の紙になって発表されるだけで、新聞記者が追求する余地もありません。だが、そこを何とかして食い込むのが優れたライターでしょう。
 何十年もの取材経験があるライターだった猪瀬氏は、危ない物には手を出さない自制心や、親切な人?の善意の裏側を読むなど、事前に危険を察する嗅覚が人一倍あったはずです。その点ではプロでした。
 周囲に持ち上げられて、都知事というポジションに酔ってしまったというしかありません。彼の二転三転した錯乱発言のあげくの果てに、「アマチュア」で糊塗しようとしたことに、私は違和感を覚える次第です。

◎始末悪い堕落したプロ
 英国では「政治家はアマチュアたれ」という言葉があるそうです。あのチャーチルが言ったとされますが、プロの政治家は、駆け引きとか、派閥とかに縛られて、常に勢力保持のため術策におぼれ、金のために適当に妥協し、節を折り、離合集散し、政治の本道や自己の信念を気軽に放棄することができるからだ、といいます。
 損得を計算せず自分の信ずることに猪突猛進できるのがアマチュアであり、裏でコチョコチョ策動する政治家にチャーチルは嫌気がさしていたのかもしれません。
 だが、本当のところは政治にとってプロフェッショナルは必要でしょう。政務はともかく政策は政治家にとって必要かくべかざるものですから。問題は、堕落したプロの政治家ほど始末の悪いものはないということでしょう。
 政治家の陥りやすい欠点は、選挙のための人気とりからくる大衆迎合でしょう。しばしば個性すら失うことがあります。
 若いころ、東龍太郎さんは私の重要な取材対象でした。新聞に書く時、「僕の名前は龍太郎で竜太郎ではない。新聞に竜太郎と書かないでほしい」とおっしゃっていました。ところが都知事に立候補された時、広報やポスターはすべて「竜太郎」でした。「政治家になったら変わるものだなあ」と私は思ったものでした。
 東さんほどの人でもこうですから、政治家になったら人間は変わるものです。おそろしいことです。
 猪瀬氏本人がいうように個人的な借り入れならば、賄賂に近い疑惑を残しており、まさに政治家として辞職は当然でしょう。猪瀬氏はアマチュアというより、むしろ職権乱用に近く、いち早く堕落したプロになってしまった。選挙にあたった周囲の選挙本部長あたりの人が何も知らなかったとは。これこそ秘密保護条例?
 余計なことですが、都議会も猪瀬喚問の段階で、お金がカバンに入るかどうかなどではなく、東電病院の売却をめぐって、どんな利権が動こうとしていたのか。徳洲会とは関係ないという猪瀬氏がどうかかわったのか、そんな疑惑はうやむやのまま、真相が追究されることを都民の一人として期待する、ぐらいしか言いようがありません。
 オリンピックの準備に関しては、もともと石原知事から受け継いだものであり、猪瀬辞任は何の影響もないでしょう。こわいですね、お金にまつわる話は。
(以下次号)

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