ボスニアヘルツェゴビナの旅で、現地の方と交流してとても印象に残ったお話しがある。
それは、バスの運転手のマルコさんのお話しだ。
戦争中のエピソードを二つ語ってくださった。二つともお仕事中の出来事。
マルコさんと。
一つ目のエピソード。バスの運転手のマルコさんは、いくつかの民族の境界線をまたいで路線バスを
運転していた。ある時、銃を持った兵士にバスを止められて、「どこに行くんだ?」と質問された。
マルコさんは、「私は〇〇から〇〇までの路線を何十年もバスを運転している。」と答えたら、
その兵士は自分のやっていることがバカバカしくなったみたいにため息をついて、銃をその場に
投げ捨ててしまったそうだ。
二つ目のエピソード。
戦地から疎開させるために、子どもたちを乗せたバスを運転していた時のこと。
バスに乗った子どもたちはガタガタ震えていたので、「なぜ震えているの?」と聞くと、
「これから敵のいる場所を通らなくちゃいけないので、殺されるかもしれないから。」と言った。
マルコさんは「大丈夫だよ。」と言った。
敵の場所を通った時に、途中で兵士にバスを止められた。
兵士はブラックベリーをたくさん持っていて、「これを子どもたちに食べさせてください。」
と言って渡してくれた。
とても印象的なお話しだった。
タイーダさんが通訳してくれたおかげで、こんないいお話しを聞くことができた。
ありがとうございます。
戦争は20年前の出来事だったので、20歳くらいの若い人は戦争を知りません。
でも30歳くらいの方たちや、私と同じ年代やそれ以上の人たちは、戦前戦中戦後を知っています。
ちょうど30代後半からの男性は、当時18~20歳だったので、銃をとって実際に戦ったのです。
友だちを銃でうたなければならなかったという話も聞きました。
サッカースタジアムにあった戦争犠牲者の選手の名前が刻まれたプレート。
私とほぼ同年代の方がみな1992年から1995年の間に亡くなっている。
胸がキリキリする、、、。
旧ユーゴスラビアの時代は、民族宗教関係なく、みな集まって一緒に食事をしたり、
お茶を飲んだり、笑いあったり、、、。今でもそうよ、と話してくれた女性もいました。
何も変わらないわよ、なぜ戦争になったのかさっぱりわからない、と。
昨日の夜、ちょうどNHKのBSドキュメンタリーで、ボスニア紛争の番組を放送した。 イギリスに移住したボスニャック人が、かつて住んでいた村を訪ねるという番組だ。 ごく小さな村で起きた民族浄化の出来事。 ナチスの収容所や虐殺を思わせる。ボスニア紛争、それは70年前ではなく20年前の出来事だ。