goo blog サービス終了のお知らせ 

地味鉄庵

鉄道趣味の果てしなく深い森の中にひっそりと (?) 佇む庵のようなブログです。

濃尾三州鉄遊覧 (21) 長良川鉄道

2013-04-13 00:00:00 | 地方民鉄 (中京北陸)


 名鉄新可児=JRC可児で太多線に乗り換えて美濃太田に戻った後は、これまた未乗の越美南線改め長良川鉄道に乗ってみることにしました。沿線にある刃物の町・関や、清流と踊りの町・郡上八幡といった場所は全国的にも名を知られ、そんな如何にも古き良き日本の伝統と原風景が沿線に息づくかに見える長良川鉄道は、かねてから乗ってみたい路線のひとつでしたが……個人的には如何せん乗り潰し派ではなく、気に入った車両を撮るために同じ路線を何度も訪ねるというメンタリティが強いことから、LE-DCや軽快DCが小ぢんまりと1~2時間に1回往来する長良川鉄道はどうしても後回しに……(^^;)。それに関東からの場合、美濃太田から結構長時間かけてドン詰まりの北濃や美濃白鳥まで行くことを考えますと途方もない気分に……(爆)。というわけで、そんな路線であるからこそ、美濃太田界隈を初めて訪れたからには外せません!



 もっとも今回は、様々な路線をそれぞれ短時間周遊するという、まるで安いパックツアーのような綿密な予定表にしたがって行動していましたし、夕方には名古屋に戻って新幹線で帰宅する腹づもりでしたので、余り奥までは行けません(まぁ雨でしたし……)。というわけで、美濃市まで乗ることにしまして、そのついでに美濃太田と美濃市で発着シーンを撮影してみた次第。この赤みが強い小豆色系塗装、沿線の新緑とも調和しており、なかなか良い感じです♪ (雨ではなく曇りの方が激しく有り難いのですが……)
 それはさておき、美濃太田を午後出発する郡上八幡行は、観光客が多く乗ると思われる土日とはいえ時間帯的にどうせガラガラ……と思いきや、意外と入れ替わり立ち替わり客が乗って来てビックリ。美濃市からの帰りに乗った美濃太田行きが観光客で結構いっぱいであったのは納得でしたが……往路美濃市で下車したところ、ホームには(鉄道もコースに組み入れられた)競歩大会の参加者と思しき人々があふれ、単行の軽快DCへの乗車に散々手間取った挙げ句、数分遅れの壮絶な混雑で発車していった光景には思わず腰を抜かしました。美濃市下車にしておいて良かったなぁ……と (^^;)。

鉄コレ西武401系発売記念・三岐西武軍団

2012-11-27 00:00:00 | 地方民鉄 (中京北陸)


 西武401系鉄コレの先行販売分3000個は、ネットを散歩してみるにつけ、どうやら会場内で売り切ったようですが、それだけこの車両の汎用性を物語っていると言えましょう。701系の増結用としての使用が前提されていたとはいえ、101系の一部の車両についてもブレーキを改造して401系と連結できるようになっていたようで、模型としての楽しみ方もまさに人によってよりどりみどり。化粧箱を開けると、そこに印刷されているのは急行「奥武蔵」の先頭に立つ401系の雄姿! 401系が活躍していた当時の西武については疎い私ですが、鉄活動に復帰したここ10年来西武に乗って撮るにつけ、今や地方民鉄に転じた401系も、かつてはこの線路でビシバシと過激な走りを見せていたのだろうと想像するのも楽しいことです。
 そして今や、こうして西武401系鉄コレが出たということは……色を変えるだけで上信151+152または三岐101系の出来上がり! マスクをいじれば近江800系!



 う~む、こりゃ将来、鉄コレ通常弾として再び私鉄大型2両固定編成電車が企画されれば、これらの車両は入閣確実でしょうか……? もっとも個人的には、他に上信・長電のオリジナル車や、秩父500系、福島交通5318・5319、こどもの国線Y000系、JRC119系が譲渡される先の車両、養老鉄道、これから○○や○○○○に行く○急のステンレスカーetc..も期待しているのですが。(←何やら某巨大掲示板のキ○ンヌスレッドになってきましたので、ここらへんで止めときます ^^;)
 ともあれ、そんなこんなで西武401系鉄コレの派生バージョンとして三岐101系が発売されるのを期待して……否、更にマスクさえ変えれば西武701系の一丁上がりにつき (そういえば第7弾の西武クハ1471の顔違いシクレとして西武クハ1651が入っていたものですね……)、三岐801系が発売されることをも期待して、三岐現役西武軍団の未公開分画像をアップしておくことにします (^^;)。 
 個人的に三岐鉄道は、昨年7月に保々で大々的に開催された100周年記念イベント以来ご無沙汰なのですが、それ以来残念ながら三岐は災難続き……。昨年秋に紀伊半島界隈を襲った空前の豪雨による鉄橋流失、東藤原駅での脱線事故による東藤原~西藤原間運休、そして先日の三里駅での信号冒進 (?) による脱線……。歴史が古く、昭和の良き風情を残している鉄道であるだけに、設備の老朽化や慢心などの弊害が一気に現れてしまったのかも知れませんが、安全総点検・再確認を進めたうえで、セメント輸送と地域通勤通学輸送の要として引き続き頑張って欲しいものです。それこそが、味わい深い産業鉄道らしさ&西武電車の楽園を求めて訪れるファンにとっての癒しにもなりますので……。

梅雨明け納涼・雪のえち鉄6101形

2012-07-18 00:00:00 | 地方民鉄 (中京北陸)


 昨日は何のかの言って関東梅雨明け~。そして凄絶なほどの蒼天のもと記録的な猛暑となりました (@o@)。こうなると、余りウダウダと文章を考えるどころではありません。そこで納涼として一発、1年半前に風雪のえちぜん鉄道を撮影した光景で寒~い気分に浸って下さいませ (^^;)。



 それにしても最近、JRC119系が何らかの譲渡目的で (?) 大阪の輸送機器メーカーまで運ばれたそうですが、果たして明らかにえち鉄向きなスペックを持つ119系は改造のうええち鉄に来るのでしょうか?? だとすれば楽しいなぁ~♪と思う反面、今のうちにエンジョイしておくべき2101形 (当面119系入線が妄想だとしても、先は長くないでしょう……) を訪ねる時間がないのは悲しいことです (汗)。

三岐鉄道80周年 (3) ED5082御披露目!

2011-07-31 00:00:00 | 地方民鉄 (中京北陸)


 三岐鉄道80周年まつりにおける最大の見どころは、通常姿を現さない秘宝・ED301の堂々公開でしたが、もう一つ大いに楽しみにしていたのがこちら……元東武ED5080形を整備したED5080形・5082号機の御披露目です!!
 東武ED5080形は、かつての貨物王国・東武における晩年の主力となっていたED5060形の総括制御対応増備車であり、当初は成田空港建設用砕石輸送のために新造されたため、空港建設公団の所有であったとか。成田空港の完成で当然のように余剰になった後は東武に車籍を移し第一線で活躍していましたが、東武における貨物列車の廃止により3両中2両が三岐鉄道に譲渡されて今日に至っています。しかし……入線後は長らく保々の片隅で雨ざらしの痛々しい姿を晒し、さらには伊勢治田に移動してしまったことから、これはもしやデビューすることなく廃車か……と憂慮せざるを得ない状況が続いていたものです。
 東武から三岐に譲渡された機関車としては他に、ED5001改めED458、そしてED5070改めED459がありますが、前者はED5080形の東武車籍化に伴って廃車となり三岐へ移ったという経緯があり、東武を追われた側が三岐で生き長らえ、東武で追った側が三岐でデビューを果たせず朽ち果てつつあるとは何という皮肉なストーリー……。ED459にしても、如何にも東武罐らしい風貌ながらも三岐EL陣の第一線として活躍しており、全く同じデザインで車齢も若いED5080がたどりつつある運命との対照ぶりに不憫さを禁じ得ないものがありました。



 しかし何と!伊勢治田に放置されていたED5080は再び保々に移されて正式に整備開始!! ED5081は未だ整備中につき依然として保々の整備庫の中であったものの、5082は東武時代と全く同じ車番のナンバープレートや新たな黄帯も凛々しく、東武罐そのものな角張ったスタイルを夏の青空の下で堂々と披露するに至ったということで……約8年の眠りから覚めて見事復活を果たした幸運に歓呼し、整備に情熱を傾けた三岐技術陣の力量に拍手を送らずにはいられません (^O^)。
 こうして再び息を吹き返した三岐の最新鋭機・ED5081&5082ですが、実は新造から既に40年以上経っているという……(^^;)。したがって、昭和20年代に新造された三岐の従来機は老兵の中の老兵という感じとなってしまいましたが、どちらも手をかければ長持ちする質実剛健な《匠の逸品》であることには変わりないのでしょう。是非今後も手を取り合って貨物王国・三岐を支えて行って欲しいものです……が、ED5070→ED459と異なり改番されなかったED5081&5082は、恐らく他のELと混結せず半ば固定編成として運用されることになるのでしょうか? 
 一方、中部空港土砂輸送終了後長らく、東藤原の雪かき用・富田の入換予備用としてのみ用いられてきたという元秩父・デキ202・203ですが……伊勢治田にて放置されていることに変わりはなく、このまま廃車解体となるのでしょう (T_T)。同じ伊勢治田放置組でもここまで対照的な運命をたどるとは……。まぁデキ200の場合は台車からして特殊な雰囲気が強すぎますので仕方がないのでしょうか。

三岐鉄道80周年 (2) 秘宝ED301御開帳!

2011-07-27 00:00:00 | 地方民鉄 (中京北陸)


 去る土曜日の三岐鉄道80周年記念イベントは、勿論記念HMを装着した101系の姿も楽しめたことは言うまでもありませんが、個人的にはもしこの程度のアトラクションであれば猛暑をこらえて首都圏から日帰り往復することはまずなかったでしょう (^^;)。では、一体何が三重県までの日帰り往復を断固として決断させたかと申しますと……数ある三岐鉄道の車両陣の中でも究極の秘宝と呼ぶべきED301が青天白日のもと堂々御開帳される旨がアナウンスされたためです!!
 ED301……それは単に私鉄の電気機関車として貴重な存在のひとつとなっているのみならず、人知れず隠された場所で黙々と産業用機関車の代表格と呼ぶべきものでしょう。と申しますのも……ED301はふだん東藤原のフライアッシュ荷役線内のみで働くのみで、東藤原駅構内及びその周辺から見渡せる範囲に出て来ることはほぼ期待出来ず、もし眼に出来るとすれば保々で検査を受けるときのみとされているからです。塗装がグレーにオレンジ帯となっており、三岐の他のELとは大いに様相を異にするのも、白い粉末による汚れを目立たなくさせるためであるとか。それでも、雨樋があるキャブまわりを除いて真っ白になっているあたり、工場内の過酷な環境の中で生きていることがうかがえます……。



 そしてもう一つ、ED301の超貴重さの所以として、かつて貨物輸送で隆盛を極めた南海ELの最後の1両となっていることを指摘しなければなりますまい。細長い正面窓が如何にも「ブサ可愛い」風貌の凸型電機・ED5201形が集う南海の貨物扱い駅の光景は、かつての写真を雑誌などで見る度に憧憬を抱かずにはいられませんが、使い勝手が良さそうなED5201は意外にも貨物廃止後この1両 (5202) を除いて他社に譲渡されていないという……。他に南海の電機といえば、阪和電鉄から引き継いだED38やロコ1101がそれぞれ三峰口・彦根に現存していますが、これらはまぁ阪和電鉄流儀のデザインということで……純然たる南海趣味 (?) によるELの最後の一両として、この秘宝が放つ価値は秘かに多大なものがありましょう。
 というわけで、イベント会場に入り、グッズ購入後さらに撮影会場へと進んで行きますと……ををっ!本当に目の前にED301がいる!という感激は計り知れません……(*^O^*)。そこで早速激写!と行きたいところでしたが、10時台は太陽の位置が余りよろしくなく。架線の影も見苦いことから当面模様眺め。じわじわと太陽の位置と影が動いて行くのをドピーカンのもと待ち続けるのは辛い……。しかしその甲斐あって、この日のために整備されたワム229との連結姿、そして昼頃からの単独姿のいずれも完璧に記録出来たのは最高にラッキーでした☆ 果たして再びこのような貴重な機会に巡り合わせるのは何時になることやら……?