
おぼさるらんと聞え給ふに、いとさら
なる世なれど、物をいと哀とおぼし
つゞけたる、御氣しきのあさから
ぬも、人の御さまからにや、おほく
あはれぞそひにける。
麗景
ひとめなくあれたるやどはたち
ばなの花こそのきのつまとなり
源心
けれ。とばかりのたまへるも、さはいへ
ど人にはいとことなりけりと、おぼ
花ちるの宿也
しくらべらる。にしおもてには、わざ
となくしのびやかにうちふるまひ
給て、のぞきたまへるも、めづらし
きにそへて、世にめなれぬ御さま
なれば、つらさもわすれぬべし。
なにやかやと例のなつかしく
地
かたらひ給ふも、おぼさぬことには

源の
あらざるべし。かりにもみ給かぎり
は、をしなべてのきはにはあらね
ばにや、さま/"\につけて、いふ
かひなしとおぼさるゝはなければ
にや、にくげなく、われも人も、なさけ
をかはしつゝすぐし給ふなりけり。
それをあいなしと思ふ人はとにかく
にかはるも、ことはりの世のさがとお
地
もひなし給に、ありつるかきねも
さやうにて、ありさまかはりにたる
御あたりなりけり。
おぼさるらんと聞こえ給ふに、いとさらなる世なれど、物をいと哀
れとおぼし続けたる、御気色の浅からぬも、人の御樣からにや、多
く哀れぞ添ひにける。
麗景
人目無く荒れたる宿は橘の花こそ軒のつまとなりけれ
麗景
人目無く荒れたる宿は橘の花こそ軒のつまとなりけれ
とばかり宣へるも、さはいへど人にはいと異なりけりと、おぼし比
べらる。
西面には、わざと無く、忍びやかに打振る舞ひ給ひて、覗き給へる
も、珍しきに添へて、世に目慣れぬ御樣なれば、辛さも忘れぬべし。
何やかやと、例の懐かしく語らひ給ふも、おぼさぬ事にはあらざる
べし。仮にも見給ふ限りは、押し並べての際にはあらねばにや、樣々
に付けて、言ふ甲斐無しとおぼさるるは無ければにや、憎げ無く、
我も人も、情けを交はしつつ、過ぐし給ふなりけり。それをあいな
しと思ふ人は兎に角に変はるも、理りの世の性と思ひなし給ふに、
ありつる垣根もさやうにて、有樣変はりにたる御辺りなりけり。
和歌
麗景殿女御
人目無く荒れたる宿は橘の花こそ軒のつまとなりけれ
人目無く荒れたる宿は橘の花こそ軒のつまとなりけれ
よみ:ひとめなくあれたるやどはたちばなのはなこそのきのつまとなりけれ
意味:人目も離れて、誰も訪れ無い荒れた宿で、この橘の花が貴方をこの軒端にお招きするきっかけとなったのですね
備考:つま 【端】 きっかけ。手がかり。軒端の掛詞。