湖月抄 かげろふ
五十一
蜻蛉
巻名以詞幷哥号之。かげろふの物はかなげにとびちかふを
√ありと見て手にはとられず見れば又行衛もしらずきえ
しかげろふ。細浮舟の終りの其翌日の事也。五月にうつり
て秋になるなり。薫廿六歳也。かげろふの事蜉蝣蜻蛉陽
焰等の説々あり。爰にては蜉蝣のごとき虫をいふ也。
かげろふのもゆる春日とよめるは、陽焔也。孟又草をかげ
ろふといふ事もありと也。本草云蜉蜓は蜻蛉の一名、蜻
蛉はとんばうなり。畧記也。三此物語の巻の名、物はかなき物を
おほくつけたり。帚木、空蝉、夕貌、朝顔、其外不可勝斗。帚木には
じまりて夢浮橋に終たるやうなり。
※かげろふのもゆる春日
新古今和歌集巻第一 春歌上
題しらず よみ人知らず
今さらに雪降らめやも陽炎のもゆる春日となりにしものを
よみ:いまさらにゆきふらぬやもかげろうのもゆるはるひとなりにしものを 定 隠
意味:いまさら雪など降ることないだろうに。陽炎が燃えている春の日となったのだから。
備考:万葉集巻第十 1835、古今和歌六帖。
今更雪零目八方蜻火之燎留春部常成西物乎
今さらに雪降らめやもかぎろひの燃ゆる春へとなりにしものを