古田史学とMe

古代史を古田氏の方法論を援用して解き明かす(かもしれない…)

「ハマナス」について

2018年05月28日 | 古代史

「ハマナス」という花(樹木)があります。ネット上の百科事典である「Wikipedia」では「浜梨」(はまなし)が「訛った」とされます。

『「ハマナス」の名は、浜(海岸の砂地)に生え、果実がナシに似た形をしていることから「ハマナシ」という名が付けられ、それが訛ったものである。ナス(茄子)に由来するものではない。』

 同様の説明はネット上のあちらこちらにあるがいずれもほぼ同文であり、Wikipediaを参照しているものと思われます。(以下のようなもの)

「和名の「浜茄子(ハマナス)」は、この植物が海岸の砂地に生え、ナシのような実をつけることから「浜梨(ハマナシ)」という名がつけられ、それが転じたものです。ナス(茄子)に由来するものではありません。」

あるいは「花の後にできる実は偽果(子房以外の部分が加わってできている果実)で赤く熟し、甘酸っぱい梨に似た味がする。このことから「浜梨」と呼ばれていたのが訛って「ハマナス」になったという。」という説明も見られます。

 また「甘酸っぱい味の実を梨にたとえて、「浜の梨」の意で名づけられた「はまなし」が東北弁でなまって「はまなす」になった。」とする記述にも出会いました。

さらに「ハマナスの名前の由来は、果実(偽果)が赤く熟したものを生食すると、甘酸っぱい味がします。 その味から、浜梨(はまなし)と呼ばれ、ハマナシが転訛(てんか)して、ハマナスとなりました。」というものもあり、共通しているのは「東北弁」における「訛り」であるというものです。

 確かに「し」と「す」の交替が顕著なのは「東北弁」ですが、しかし、この記述からは、どの段階で「訛った」のか(あるいは「転じた」のか)が不明です。これについては「牧野富太郎」という学者が東北で採集していたとき、現地の人に名前を訊いたら、ハマナシのつもりが訛ってしまい、ハマナスと答えたのを、そのまま採用したという話があるようです。
 また「梨」そのものについても語源として、新井白石による説として「中心部ほど酸味が強いことから「中酸(なす)」が転じた」というものもあり、その意味で「し」と「す」は元々近い音として意識されていたと思われます。

 これに関して古い時代の史料である『和名類聚抄』(『和名抄』)を見てみると、「果類」にある「梨」の説明として「梨子」と書かれ「和名」を「奈之」つまり「なし」と訓ずると書かれています。ところが同じ『和名抄』の国郡郷部の「山陽道」(備前国)には「磐梨」という地名(郡)があり「読み」として「伊波奈須」と書かれています。この『和名抄』に対する解釈本には、この郡名は元々「岩生」(いはなす)という村名からとったとされ、その命名の際に「磐梨」という字面に変更されたとされます。

 また同じく『和名抄』の「糟屋郡」の項では「香椎」に対して「加須比」と訓が充てられています。これに対し「注」では「志」を「須」というのは「訛り」であるとされています。確かに「し」の音に充てられる漢字は「之」が最も多く、「須」で「し」の音に充てられているものは皆無です。
 これらの事から当時(十世紀半ば)の備前や筑紫では「志」を「須」と発音することがあったと見られます。そのことから「梨」は「なす」と(これらの地域つまり西日本)では発音されていたらしいことが窺えます。
 少なくともこの「備前」という地域では「なす」の発音に「梨」という語を充てて不自然とは思わなかったということと思われ、「京」とは異なっていたと思われますが、そのことは一概に「東北弁」としての「訛り」とは即断できないことと思われます。
 国内では「ハマナス」は自生種であり、基本的には寒冷な砂地を好むとされ、生息地としては関東以北に加え北陸、鳥取など日本海側地域に限られていますが、それら全ての場所で「はまなす」と発音されており、また表記されていますが、これらの地域性から考えて、いわゆる「浜言葉」として「ハマナス」と表音されていたとみられます。そしてそれは上に見たように『和名抄』段階では「西日本」にもそのような発音傾向があるとすると、「浜梨」を「はまなす」と発音するのは(「訛り」というより)かなり古い時代からのものという可能性もあるのではないでしょうか。

 たとえば「上」や「神」は「加牟」と発音されていましたし、「深溝」は「布加無曾」と発音されているようです。また「菊池」は「久々地」と発音されるなど、これらは少なくとも現在「イ」母音のものであるものの一部は、以前は「ウ」母音であったことを示すものであり、それは西日本におけるある種特異な発音であったと思われるわけです。このような中に「ナシ」が「ナス」と発音される要因があったのではないかと思われるわけです。


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