さいえんす徒然草

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二重鎖RNAは転写を促進する?

2006-11-07 13:01:29 | 分子生物学・生理学
 今年度のノーベル医学・生理学賞にはRNA干渉(RNAi)の発見者の米の研究者が選ばれました。RNA干渉は短い二重鎖RNAが引き起こす相補的配列を持ったmRNAの特異的分解反応ですが、特定の遺伝子発現を抑制する簡便な手法として発見からまだ8年ほどですが多くの研究者に利用されてきています。
 RNAiの分子機構はいろいろと研究されているようですが、私の知る限りでは細胞内に導入された二重鎖RNAが21ntの短い断片(siRNA)に切断され、siRNAはいくつかのタンパクと複合体(RISC:RNA-induced silencing complex)をつくり、RISCが標的RNAを捕捉して分解するというプロセスのようです。

 通常特定のRNAに相補的なsiRNAを細胞内に導入するとRNAi機構によりその遺伝子発現は抑制されますが、カリフォルニア大学のLiらのグループは、遺伝子上流のプロモーター配列をターゲットにしたsiRNAを導入すると逆に転写が促進され、遺伝子発現が活性化するという現象 (RNAa:dsRNA-induced gene activation) を見つけました。どのような経緯で彼らがその様な実験をするに至ったか私の知識では分かりませんが、いくつかのヒトの癌培養細胞でE-cadherin,P21,vascular endothelial growth factor (VEGF)という遺伝子を活性化することに成功しています。

 どのような機構で二重鎖RNAが転写を促進するのかは全く謎のようですが、論文を読むといくつか面白いことが書いてありました。まず、RNAaを引き起こす部位はある程度限定されているようで、CpGアイランドをターゲットにした場合逆に転写が抑制されたようです(これは別の研究者によって以前にも示されていたようです)。またCpGアイランドがすでにメチル化されている場合、RNAaは起きなかったようです。
 
 興味深いのはRNAaのメカニズムはRNAiの機構を共通しているようだというところです。まず、RNAaを引き起こす二重鎖RNAのサイズはRNAiと同様に21ntが望ましく、26ntでも16ntでも駄目なようです。またRISCを構成するArgonaute2 (Ago2)タンパクを必要とすることも分かりました。

 最後にRNAaの転写活性化機構の手がかりとして、ヒストンの脱メチル化が調べられています。クロマチン免疫沈降法によりRNAaの標的部位を調べたところ、どうやら二重鎖RNAの導入細胞では標的部位のヒストンタンパク質の脱メチル化が起こっていいるようです。
 
 RNAiの発見は遺伝子の抑制実験を容易にする技術を生みましたが、もしこのRNAaと呼ばれる現象が今回用いられたヒトの培養細胞以外にも広範囲の生物に普遍的に存在し、あらゆる遺伝子に対して効果があれば、我々はRNAiとはまた別の強力な実験ツールを手にすることになるでしょう。しかし現段階では、どの遺伝子でも成功しているわけではなさそうです。遺伝子間でかかるかからないの差があったり、標的部位が非常に限定されていたりするせいなのかもしれません。

<参考>
Small dsRNAs induce transcriptional activation in human cells Long-Cheng Li, Steven T. Okino, Hong Zhao, Deepa Pookot, Robert F. Place, Shinji Urakami, Hideki Enokida, and Rajvir Dahiya,PNAS published November 3, 2006, 10.1073/pnas.0607015103 ( Genetics )

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