10代でヤクザの性奴隷、20代で指名手配犯…二度服役の元レディス総長がビジネスホテルを"一棟買い"したワケ
6/9(金) 11:17配信
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撮影=中川カンゴロー
日本における再犯率は48.6%と高い。そんな中、注目されているのが出所者の社会復帰サポートを目的に雇用を行う「協力雇用主」だ。栃木県の建設請負会社・大伸ワークサポート代表取締役の廣瀬伸恵さんはそのひとり。自身も中学時代以降に荒れた生活で二度服役した。その波乱万丈の半生と人物像を『人生上等! 未来なら変えられる』(集英社インターナショナル)で描いたノンフィクション作家の北尾トロさんが廣瀬さんの最新事情をリポートする――。
【写真】レディス暴走族『魔痢唖』の初代総長時代
■二度服役し獄中出産した元レディス総長の社長の生き様
2007年に発刊された『裁判官の爆笑お言葉集』(長嶺超輝 幻冬舎新書)が再び脚光を浴びている。裁判官が法廷で被告人に語りかけた発言を集めたものだが、そのひとつにこんなものがある。
「私があなたに判決するのは3回目です」
覚せい剤常習者への、うんざりした気持ちが込められているようで笑ってしまうが、裁判官が自嘲気味に言った言葉でもあると思う。裁判の目的は、悪いことをした人に罰を与えるだけでなく、再び悪事に手を染めないよう反省し、立ち直ってもらうことなのに、過去の裁判で裁判官がかけた言葉は効き目がなかった。その無力感が、この発言を味のあるものにしている。
法務省の「再犯防止推進白書」令和4年度版によると、2021年の再犯者率は48.6%。およそ2人に1人が再び犯罪をおかして捕まるのは尋常とは言えないだろう。
しかし、再犯者率の高さには本人のせいとばかり言えない事情もある。更生を誓って少年院や刑務所から出所しても、住む家や仕事、お金、サポートしてくれる人など、人生をやり直すために必要なものがなかったらどうすればいいのか。ただでさえ、世間の見る目は厳しいというのに。
住む場所や生活費を得るためにまず欲しいのは仕事だろう。仕事を得て生活が安定すれば、小銭稼ぎの犯罪に手を染めたり、ヤケになって悪事に走ったりするケースを減らすことができる。そこで期待されるのが、社会復帰に協力することを目的として雇用を行う“協力雇用主”だ。
長年、裁判傍聴をしてきた僕は、実刑判決を受け、うなだれて法廷を去っていく被告人を見ているうちに、彼らの出所後が気になってきた。“協力雇用主”に話を聞けば、実態の一部がわかるのではないだろうか。元犯罪者を積極的に雇い入れようとする企業のトップは、社会のために尽くしたいという崇高な理念を持っているに違いない。そう考え、つてを頼って会いに行ったのが、栃木県にある大伸ワークサポート代表取締役の廣瀬伸恵だった。
ところが、会うなり彼女は、崇高な理想を掲げるだけでは、“協力雇用主”はできないと言い切った。そんなキレイごとじゃないと。
出所者の過去は十人十色。犯罪歴も詐欺や窃盗から覚せい剤、暴力がらみなど幅広い。本気で更生を誓っても、きっかけひとつで崩れることも多い。社内でのいざこざ、脱走、警察沙汰も頻発する。彼らを束ねて仕事を回していくには、雇用する側もタフでなければ務まらないのだ。
「私もさんざん悪いことをして、刑務所に二度服役しましたし、獄中出産も経験しています。私自身が再犯者。まっとうに生きようと思っても、悪評が知れ渡っている地元では仕事を得ることさえ難しかった人間なんです」
建設業に活路を見出し、やがて起業しても、ハローワークは誰も紹介してくれなかったそうだ。
「だから、最初は苦し紛れに少年院や刑務所にいる知人が出所したら雇うことを始めたんです。でも、“協力雇用主”の制度を知って思ったの。これって、出所者の悩みや苦しみがわかる自分にぴったりの役割じゃないかって」
予想外の答えを聞いた僕は、その場で廣瀬に「あなたの本を書きたい」と申し込んだ。彼女の半生は出所者のリアルなレポートであり、再犯者率を下げるためにどうしたらいいかを考えるきっかけにもなると考えたからだ。
■壮絶な過去とガチンコの日常
取材を進める中でわかってきたのは、廣瀬の嘘のない生き方だ。過去を隠さず、すべてオープン。問題が起きると人任せにせず自分で対処するし、社員の不満は直接聞く。当然、ケンカにもなるが、それでも逃げない。覚せい剤を使う社員を発見すれば、薬物依存症からの回復施設であるダルクに引っ張っていくだけでなく、クスリを売りつけたヤクザの事務所に自ら乗り込んで「うちの社員に手を出すな」と交渉したりもするのだ。
中学入学と同時にヤンキーに目覚めた廣瀬の人生はとにかく波乱万丈。ケンカやカツアゲ、シンナーを皮切りに、家出、覚せい剤デビュー、温泉街でのコンパニオン、ヤクザの性奴隷などを中学生で経験し、18歳でレディス暴走族『魔痢唖』を結成。初代総長となって栃木全域を傘下に収め、覚せい剤の売人として稼ぎまくる。
暴力とSEX、ドラッグ、非合法な金儲けがすべての凄まじい日々。その結果、指名手配までされて、20代の大半を刑務所で過ごす羽目になった。
その廣瀬が、二度と悪の道に戻らないと心に誓い、建設請負会社を立ち上げて、元犯罪者たちの“母親役”を買って出たのだ。中途半端が大嫌いな性格は、いい方向に転べば武器になる。問題だらけの過去も、培ってきたネットワークが社員を守る際には役に立つ。
廣瀬は現場仕事のある日は必ず、夕食を希望する社員のために食事を作っている。そのために自宅の1階を開放し、出入り自由にしているほどだ。ただでさえ過去のある面々である。こちらが心を開かなければ信用されない。
食事が終わると飲み会に発展することもしばしばで、夜が更けるまで社員たちと時間を共にする。また、本音でぶつかり合う場は、社内の人間関係や、個々の精神状態を観察する機会でもある。銀行口座を作れない社員が多いから給料は手渡し。廣瀬は現場に出ないが、そうすることで最低でも月に一度は会話ができる。
「私が非行に走った大きな理由は、寂しさだったんです。そういう子はここにも多い。だから、私は社員たちの“母ちゃん”でいたい。他人の集まりだとしても、ここにいる間は家族同然に付き合うのが私のやり方です」
その思いが、必ずしも伝わるとはかぎらない。実際、社員はどんどん変わる。生活の基盤を築いて巣立って行く者もいるが、再犯をして捕まる者、ある日突然消える者もいる。
僕は2年半の取材期間に廣瀬宅を20数回訪れたが、社員の入れ替わりやトラブルがそのたびに起きていた。それでも廣瀬がめげないのは、自分を必要とする者がいるという実感があるからだ。見事に立ち直り、会社の幹部になった出所者について話すときの彼女は本当にうれしそうなのである。
「いまでは少しずつ周囲の見方も変わってきて、どこでも手を焼く出所者を『あなたのところで引き受けてほしい』と頼まれることも増えてきました。厄介だとは思わない。逆に、やってやろうと燃えるよね」
■自立を支援する活動をライフワークに
極悪非道だった自分がやり直すことができたのは、見捨てずにいてくれる仲間がいたからだと廣瀬は思っている。だったら自分もそうしよう。誰も見捨てず、寄り添おう。
全国の少年院や刑務所から入社希望の思いが綴られた履歴書が届くと、廣瀬は1週間程度の面会ツアーを組んで足を運び、直接会う。雇い入れが決まれば、出所日には迎えにも行く。はたから見れば身を削るような毎日だが、ストレスは少ない。なぜなら、やりたくてしていることだからだ。
「社員たちが働いてくれて、会社もそれなりに成長できました。これまで雇い入れた出所者は約80人。少しは更生の役にも立てるようになったかな。でも、私には新しい夢ができたの」
取材も終わりに近づいた頃、これまで夢など語ったことのない廣瀬が言い出した。それは何か。会社とは別に、自立支援ホームを作ることだという。出所者が一定期間過ごし、仕事探しなどをするための施設だ。
「うちは建設関連で現場仕事なので、誰でも雇えるわけじゃない。でも、高齢者や障害を持っている出所者など、本当に困っている人っているんだよね。その人たちのサポートをライフワークにしたいんです」
そのうちに、の話かと思ったのだが、僕は廣瀬の行動力を見くびっていたようだ。しばらくすると電話がかかってきたのである。
「近くに出物があったので、ビジネスホテルを買いました。自立支援ホームはハードルの高い事業なので、前科者の私でも認可が下りる事業を見つけて必ずやりたい」
過去は変えられなくても、未来なら変えられる、はず。でも現実には一度でもしくじった者を徹底して叩く、失敗を許さない風潮がはびこっている。みんなの気持ちに余裕がなくなれば、ますます失敗を恐れる気持ちが強くなり、冒険心やチャレンジ心にブレーキをかけてしまいそうだ。
廣瀬の半生を書いた拙著『人生上等! 未来なら変えられる』(集英社インターナショナル)が今冬に出てネットニュースになったときも、コメント欄には辛辣(しんらつ)な意見があふれた。元犯罪者に何ができる、引っ込んでろ、ロクなもんじゃない……。それを伝えると、彼女は「あはは」と笑った。
「叩かれるのは慣れてるんで気にしません。“協力雇用主”に関心を抱いたり、再犯者率について考えてくれたりする人が少しでも増えたらいいんです。私は、圧倒的にサポートが足りない現状を世の中に理解してもらう足掛かりになりたい。そのためにできることは何でもするつもりです」
目標はあくまでそこなのだ。やることを決めたら、迷うことなくまっすぐに進む。何をしでかすか予想がつかない廣瀬の元へ通う日々は、当分続きそうだ。 --
-------- 北尾 トロ(きたお・とろ) ノンフィクション作家 主な著書に『裁判長! ここは懲役4年でどうすか』『裁判長! おもいっきり悩んでもいいすか』などの「裁判長!」シリーズ(文春文庫)、『ブラ男の気持ちがわかるかい?』(文春文庫)、『怪しいお仕事!』(新潮文庫)、『もいちど修学旅行をしてみたいと思ったのだ』(小学館)、『町中華探検隊がゆく!』(共著・交通新聞社)など。最新刊は、『なぜ元公務員はいっぺんにおにぎり35個を万引きしたのか』(プレジデント社)。公式ブログ「全力でスローボールを投げる」。 ----------