いまなら法に触れかねない…週刊誌が1970~90年代にしていた東大合格者の「名前割り」という異常な取材
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いまなら法に触れかねない…週刊誌が1970~90年代にしていた東大合格者の「名前割り」という異常な取材
3/11(土) 9:17配信
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東京大学の2次試験・前期日程の合格発表を訪れ、自分の番号を指さす受験生。前期の合格者数は3018名=2019年3月10日、東京都文京区の東京大学・本郷キャンパス - 写真=時事通信フォト
1970~90年代、週刊誌による東京大学の合格者報道は過熱していた。教育ジャーナリストの小林哲夫さんは「現在では考えられないやり方で受験者の個人情報を収集していた。多くの批判はあったが、合格報道号の売れ行きは良かった。2000年までそうした取材は続いた」という――。(第2回)
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※本稿は、『改訂版 東大合格高校盛衰史』の「14章 東大合格報道史」の一部を再編集したものです。
■マスコミの東大合格号はいつ始まったのか
70~90年代まで、週刊誌が東大合格者氏名一覧を掲載していた。受験戦争をあおるものという批判がある一方で、多くの読者が関心を寄せていた。
現在、「東大合格者氏名一覧」はなくなっている。00年に東大が合格発表のとき、受験番号だけで氏名を公表しなくなったからだ。しかし、「東大合格高校一覧」は『サンデー毎日』『週刊朝日』の2誌が続けている。
そもそもマスコミの東大合格号はいつから始まったのだろうか。 ■新聞に合格者実名が載っていた時代
商業誌での「東大合格者高校別一覧」は、『螢雪時代』(旺文社)が最初である。49年からスタートした。『高3コース』(学研)もその後を追う。
新聞では、50年代から「朝日」「毎日」「読売」の各紙がときおり東大合格校の上位10校を載せている。なかでも紙面を大きく使ったのが、「毎日」だった。
60年の東大発表では、東大合格者の上位20校、東工大、北大、東北大、名古屋大、京大、阪大、広島大、九州大の上位10校を掲載している。
「兵庫の灘高(昨年12位)、愛知旭丘高、広島大付属高(いずれも昨年は20位以下)などが進出、かつて夏休みの集団予備校入学で話題をまいた愛媛県の愛光学園高も(16人)24位へとのし上がってきた」(「毎日新聞」、60年3月28日)。
新聞の地方版、地方紙ではこのころから、地元の高校からの東大合格者氏名を掲載している。この場合、合格者情報は地元の高校や塾から寄せられたケースが多い。地方版や地方紙での氏名掲載は90年代まで続いた。
週刊誌では64年、『サンデー毎日』の「これが東大合格ベスト20高校」が初めてとなる。
70年代になると、『週刊朝日』『週刊読売』『週刊現代』『週刊サンケイ』が東大合格者出身高校報道市場に参入する。4誌とも合格者氏名を掲載した。このころ、氏名、合格者別高校ランキングは容易にできた。東大がすべて公表してくれたからである。
しかし、70年代半ば以降、東大から合格者情報が伝わらなくなる。00年からは合格者氏名が非公表となり、メディアは自力で合格者一覧を作らなければならなくなった。
■国から中止の要請
東大の合格発表の方法は、次のように分けられる。
①49~75年 受験番号、氏名が掲示。記者に出身校を発表。この期間、「東京大学新聞」では、全氏名、出身校を掲載していた(49年は未掲載。53年は高校名なし)。
②76~86年 受験番号、氏名が掲示(82~86年、氏名はカタカナで表記)。以後、記者に出身校は非公表。出身校の所在地は公表。
③87~99年 受験番号と氏名だけ(氏名は漢字に戻る)。
以後、出身校の所在地は非公表。
④00年以降 受験番号のみ。
75年、文部省は東大に出身校名公表の中止を要請した。理由は「受験戦争をあおる」から。一方で、日教組の教育研究集会でも東大合格報道に対して厳しい批判が出ていた。東大の入試広報委員長はこう話している。
「報道機関が“合格者ベストテン”などの特集を組み、いたずらに入試競争をあおる結果を招いているので、その防止措置」(『週刊現代』、75年10月16日号)。もっとも事務的な手間を省きたい、という現実的な理由もあった。
■まるで競馬新聞のノリ
76年は事前予想まで出る過熱ぶりだった。
『サンデー毎日』(2月22日号)では、
「河合塾の“特別模試”にみる東大51年度合格“有力”者高校別ベスト30!」を掲げている。河合塾の模擬試験「東大入試オープン」の成績優秀者の在籍(出身)校上位を並べたものだ。前年の同模試でAランクに認定された東大受験生のうち、7割以上が合格している。
これに対抗するかのように、『週刊読売』(76年3月20日号)の「51年東大合格者予想」では、「純粋数学的手法」を用いて順位をはじき出している。「1着、教育大学附属駒場133人。2着、灘高125人……」。競馬新聞のノリである。
記事では「東大合格者数の予想に“数学”が登場したところが画期的なのだと思っていただきたい。たとえば、競馬の予想にコンピューターが登場するようなものだ」と自画自賛する。
■新聞読者からのまっとうな批判
こうした動きに『週刊新潮』(同年3月25日号)が「東大合格者『出身高校別速報』スクープにむらがるマスコミ狂騒曲」と特集を組んでこう皮肉った。
「ふだん、受験戦争や学閥社会、あるいは東大中心主義を批判する新聞社の雑誌とは思えぬほどの力コブの入れようである」。
『週刊新潮』が指摘するような、同じ発行元の新聞と雑誌で生じる報道のねじれについては、読者からも批判が寄せられていた。このことについて、「朝日新聞」は「読者と朝日新聞」欄で次のような記事を掲載した(77年4月10日)。
「学歴社会や異常な受験競争といった教育のゆがみに対し本腰を入れて取り組んでいる新聞が、有名大学の合格者名を地方版にのせたり、東大合格者数の高校別ランキングを記事にしたりするのは、どういうことか。とくに、同じ新聞社で出している週刊誌が大学合格者全氏名と高校別一覧にするような特集を組むのは、報道姿勢として筋が通らないではないか」という読者からの質問を紹介。
■朝日新聞の苦しい言い訳
社会部長と『週刊朝日』編集長の連名でこう答えている。
「世の中の相当な範囲に強い関心のある情報を、無理におさえることは考えものです。入試情報も、かりに新聞社が伝えなくても、受験生や教育関係者、受験産業などの間には何らかの形でたちまち流れるでしょう。情報のヤミ市場が立つことにもなりかねません。それくらいならば、というのが私たちの率直な考えです。
(略)マスコミの中の『主食』としての情報バランスに特に留意しなければならない新聞では、この種の実用情報の扱いにおのずから限度があります。週刊誌の場合は、その号のテーマに関心の強い読者に選択買いをしてもらう性質もあるだけに、重点的な情報提供を本来の機能としています」
万人を納得させる理屈としては弱すぎる。いいわけがましく聞こえるだけだ。東大合格者別高校一覧という情報を知りたい読者がたくさんいる。そこに商売が成り立つから報道する。それだけのことである。
「情報のヤミ市場」というおどろおどろしい幻想を振りかざして、正当化しようとするのは見苦しい。新聞自らを「主食」と定義づけてしまう傲慢さ、「教育の正常化」を進めるという思い上がりがあるから、後ろめたさを感じてしまうのだろう。
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