希望だけをもたせる技術は提供できない──広がる卵子凍結、その可能性と課題 #卵子凍結のゆくえ
11/12(金) 17:40配信

将来の妊娠に備えて未受精卵を凍結・保存する「卵子凍結」。女性がキャリアと出産の両立を可能にするものとも言われ、実施例も増えている。その一方で、課題や問題点がよく知られないまま、広く行われることを懸念する専門家の声もある。卵子凍結のもつ可能性と、リスクは? いま知るべきことを、複数の立場の専門家に聞いた。(ノンフィクションライター:近藤雄生/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
卵子凍結が福利厚生となる時代に

サニーサイドアップの谷村さん(同社提供)
卵子凍結とは、女性の卵巣から卵子を採取し、未受精の状態で凍結・保存する技術である。必要となったときに融解し、体外受精によって妊娠へとつなげられる可能性がある。 元来、がん患者が治療の影響から卵子を守ることを目的として行う「医学的適応」のための技術だったが、2010年代に入り、30代後半以上の不妊の大きな要因が「卵子の老化」であることが一般に知られるようになると状況が一変する。がん患者以外でも、将来の出産を見据えた卵子凍結を望む若い女性が増え、施術件数も伸び始めた。これを「社会的適応」という。 この「社会的適応」の卵子凍結が一足先に広まったのがアメリカだ。
2012年にアメリカ生殖医学会が、「卵子凍結は試験段階から実用化段階に入った」と発表。これを機に、働く女性の選択肢の一つにすべきだという声が広がった。そして2014年にFacebook社が福利厚生に卵子凍結の支援を取り入れたのを皮切りに、大手テック企業を中心に同様の動きが広がっていった。 そうした流れのなか、おそらく日本で初めて、福利厚生に卵子凍結の費用補助を導入したのが、PR会社のサニーサイドアップだ。社長室の谷村江美さん(39)は言う。
「アメリカでの動きを知り、当社でも凍結したいと考える社員がいたときに会社としてサポートできたらという思いで、2015年にこの制度を取り入れました。卵子凍結から保存までの費用総額の30%を会社で負担します」
同社の導入後、すぐに追随する動きが広がったわけではなかったが、それから5年以上が経過したいま、卵子凍結は急速に広がりを見せている。
今年2月には、卵子凍結サービス(“選択的卵子凍結”サービス「Grace Bank〈グレイスバンク〉」)を提供するグレイスグループが、福利厚生業界大手ベネフィット・ワンと業務提携し、ベネフィット・ワンの会員に同サービスを優待価格で提供することが発表され、注目を集めた。フリマアプリで知られるメルカリも、今年5月から福利厚生に卵子凍結支援制度を試験導入することを発表した。
企業の取り組みが進む一方、希望する女性は増えているのか。卵子凍結に関するコンサルティングから凍結保存サービスまでを提供するプリンセスバンクの代表・香川則子さん(44)は、こう話す。
「卵子凍結のセミナーに参加される方は、アンケートの結果を見ると、これまで高所得層の女性が多かったのですが、ここ1年くらいはより広い層に広がっています。広く知られるようになったことに加え、コロナ禍の影響で働き方が変わって、通院できる条件がそろったり、自分と向き合う時間が増えたりしたことで、『じゃあ、やろうか』と気持ちが固まった人も少なくないように感じます」
「希望だけをもたせる技術は提供できない」
足立病院の胚培養士長の小濱さん(同病院提供)
広がりを見せている卵子凍結だが、この状況を懸念する声も少なくない。 京都府で最も分娩数が多く、乳がんなど婦人科疾患の治療も数多く手掛けている足立病院(京都市)の胚培養士長、小濱奈美さんが話す。
「当院では、社会的適応の卵子凍結は行っていません。卵子を凍結したから将来無事に出産できます、と患者さんに伝えられるほど、現状では確実な技術とは言えないからです」 足立病院は、100年以上の歴史を持ち、不妊治療も1996年から行っている。専門の生殖医療センターも設置しているが、卵子凍結は医学的適応に限っているという。小濱さんが続ける。
「私自身、30年以上の経験の中で、がん患者などの凍結卵子からの胚培養(=卵子と精子を授精させて母胎内で育てること)を7回行う機会がありましたが、凍結卵子が無事に育って出産に至ったのはこれまで1回しかありません。凍結卵子を着床させるまでには、融解、授精、子宮への移植というステップをクリアしなければなりませんが、例えば8個の凍結卵子を融解して、すべて生存するケースもあれば、半分しか生存しない場合もあります。また、生存しているように見えても、凍結、融解という過酷な過程で核が傷ついているかもしれず、授精させてみないとわかりません。そうした自分の経験や、よそでの成績を見ても、凍結卵子を出産につなげるのは現状の技術では容易ではないという実感があります」
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