答えは現場にあり!技術屋日記

還暦過ぎの土木技術者のオジさんが、悪戦苦闘七転八倒で生きる日々の泣き笑いをつづるブログ。

読んでよかった

2024年05月20日 | 読む・聴く・観る
今回の旅のお供は『苦しくて切ないすべての人たちへ』(南直哉)。帰路の機中で読了した。

「苦しくて切ない人たちへ」

ぼくが触手を伸ばす類のタイトルではない。その上ごていねいなことに、表紙には「恐山の禅僧が説く、心の重荷を軽くするメッセージ」という添え書きがある。そうなると、読んでいるのを誰かに気づかれるだけで恥ずかしい。南直哉の著作でなければ、おそらく買ってはいないだろう。言い換えれば、南直哉著だからこそ買った。
どうやらそれは直哉老師も同様だったようで、「事タイトルに関しては、編集者尊重主義者」の氏も、さすがにこれには抵抗があったと、のっけから記している。
ところがどっこい。ぼくの方に故もあって、じつにタイムリーに胸に響く一冊となった。


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 思うに、人は自分の生まれてくる理由も、目的も、意味も知らない。しかも、自分の存在は他人に一方的に決められる、いわば「お仕着せ」の自分である(体は他人製、名前=社会的人格は他人の決定)。
 したがって、いくら考えようと、「自分の命の大切さ」だの、「自分の生きる意味」だのを自利で発見できるわけがない。
 理由も目的も意味も知らず、ただ生まれて来ただけの無価値な存在(存在理由・目的・意味を持たない「価値」など、無い)が、「自分の大切さ」を感じることができるとすれば、それは自分以外の誰かに大切にされたからである。
 お仕着せの服を着る気になれるのは、似合うと褒められた時だけだ。(P.236)
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読んでよかった。

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