ある明治人の記録―会津人柴五郎の遺書 (中公新書 (252)) | |
石光真人編著 | |
中央公論新社 |
そう遠くない昔、この国にも辛い内戦があった。
敗者の歴史は(ほぼ)葬り去られ、勝者の視点でその後の歴史がつくられた。
すべからく歴史とはそういうもので、我と我が身も、まかり間違えばそのどちらかになるのだ。
あらためて、そういう認識で物事は見なければならない、と教えられた本。
あ、もちろん、『八重の桜』に触発されて読んだ。
今どきの大河ドラマのラストサムライチックな演出には辟易としている私だが、
(歴史の象徴としての)「会津」に光を当てた功績は大きい、と思う。
歴史から学ぶことは多いし、人は歴史からこそ学ぶべきである。
だがその一方で、「龍馬ばかりがなぜもてる、オレは中岡慎太郎」的な「身びいき史観」からは、なんにも学べないのも事実なのだわな。
とかなんとか考えつつ、陽光差し込むごめんなはり線の車中で、
『ある明治人の記録ー会津人柴五郎の遺書』(石光真人編著、中公新書)を読みふけっていた日曜日。
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