市場で注目されていた米半導体大手エヌビディアの決算発表は、第3・四半期(8─10月)の業績見通しが市場予想と同じ水準にとどまり、時間外取引で一時、同社の株価は8%下落した。だが、29日のダウ先物は前日終値比で0.5%高水準を維持し、日経平均株価も9円23銭安の3万8362円53銭で取引を終了し、エヌビディア株下落の余波は今のところ、最小限にとどまっている。
この背景には、エヌビディア株急落をきっかけにいわゆる「AIバブル」の崩壊が現実化すれば、米連邦準備理事会(FRB)が迅速かつ大幅な利下げで対応し、市場の混乱や米経済への打撃を緩和させるという市場の期待感があると筆者は指摘したい。株価急落のリスクが低下したかどうかは29日のNY市場の動向を見ないと断定できないが、今後も米緩和期待がマーケットをサポートし、米実体経済はソフトランディングする可能性が高まっていると筆者は予想する。そのことは緩和度合いの調整を目的とした利上げを模索する日銀にとっても追い風になるだろう。
<新チップ・ブラックウェルへの懸念、エヌビディア株を圧迫>
エヌビディアが28日に発表した決算内容は、通常の基準からみれば「上出来」だったはずだ。第2・四半期(5-7月)の売上高は前年同期比で約2.2倍の300億4000万ドル、純利益は同2.7倍の165億9900万ドルだった。
だが、第3・四半期の売上高見通しが325億ドル(プラスマイナス2%)と、市場予想の317億7000万ドル)とほぼ一致する水準にとどまり、一部で予想された379億ドル超という見方を下回って失望感を招いたという。
また、決算発表後の説明会で、新チップ・ブラックウェルの製造上の歩留まりを改善するための改善策が実施されていることが明らかになり、市場に量産化への懸念も浮上して時間外取引での同社株下落に拍車がかかったとの見方も出ていた。
<AIバブル崩壊懸念、アセモグルМIT教授の主張も根拠に>
マーケットがエヌビディア株をめぐって神経質になっているのは、すでに割高になっているのではないかとの懸念に加え、足元で起きているAIブームの根拠が薄弱ではないかとの指摘が学識経験者から出ていることが大きく影響していると考える。「AIブーム崩壊は本当にあるのか」という疑念が、市場の底流で湧き起っていることを示す証拠かもしれない。
AIと経済との関連で慎重な見方を示しているのは、マサチューセッツ工科大学(МIT)のダロン・アセモグル(Daron Acemoglu)教授だ。主張の骨子は、人間の担ってきた業務をAIが代行すると、コスト削減や生産性の向上には貢献するものの、国内総生産(GDP)の押し上げ効果は米国の場合、10年間で0.9%程度にとどまると試算している。つまり、膨大なコストを投入しても得られるマクロ的な経済効果は限定されるという見方のようだ。
同教授の指摘が正鵠を射ているかどうか、現状ではだれも断定できないだろうが、かつてのITバブル崩壊のような現象を懸念する市場参加者から見れば、AIバブル崩壊の現象を予言する指摘として映ったかもしれない。
<ダウ先や日経平均株価を支えた「パウエルプット」>
だが、29日の東京市場では日経平均株価が午前の取引で一時、3万8000円を割り込んでも下値では買い戻しの動きが活発化し、その後は3万8000円台を維持して推移した。
この日のドル/円が144円を割り込まず、円高が進展しなかったことやダウ先物が前日比プラス圏で堅調に推移したことなども影響したようだ。
筆者は、ダウ先物の堅調推移の背景に根強いFRBによる利下げ期待があると指摘したい。言い換えれば「パウエルプット」という救いの手が差し延べられるという市場の期待感があると考える。
パウエルFRB議長は、今月23日のジャクソンホール会議での講演で「力強い労働市場を支えるためにあらゆる措置を講じる」と述べ、事前の予想よりもハト派色を強め、利下げに積極姿勢を示していた。
もし、エヌビディア株の急落がAIバブル崩壊のトリガーを引くなら、株価の暴落によって個人や企業の心理が急速に冷え込み、米経済に急ブレーキがかかる事態になりかねない。パウエル議長がそのリスクを見逃すはずはなく、株価急落には迅速かつ適切な利下げで対応するとの期待感が市場に存在していると言える。
また、パウエル議長の講演を前提にすれば、米経済の失速を確認する前にFRBが防衛的な利下げに動き、9月から利下げがスタートすることになるだろう。
<米ソフトランディングの確度高まるなら、日銀に追い風>
こうしたFRBのハト派的対応が継続するなら、いったんは意識された米経済の後退リスクは可能性が低下し、ソフトランディングへの期待感が高まることになる。
このことは、緩和度合いの調整を図りつつ段階的に利上げしていくことを目指す日銀にとっても「追い風」になる。というのも、この先の累次の利上げの前提が2025年春闘における大幅賃上げの継続になるからだ。
日本国内における生産年齢人口の減少を背景にした人手不足の状況は、これからも継続すると予想できる。この人手不足は、企業にとって賃上げの大きな要因になるが、経営環境が悪化するなら賃上げ原資の確保に黄信号が点灯することになる。
しかし、米経済のソフトランディングが現実味を帯びるなら、輸出依存度の高い製造業を中心に今年並みの大幅な賃上げを実施する環境が整うことになる。
エヌビディア株の急落後に発生する様々な現象は、金融政策を含めた日本のマクロ政策運営の先行きを予想する上でも重要な情報を秘めている。
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