一歩先の経済展望

国内と世界の経済動向の一歩先を展望します

7-9月生産は前期比マイナスも、台風被害も加わりGDPの行方に暗雲

2024-08-30 14:04:03 | 経済

 30日に発表された7月の鉱工業生産指数は、前月比プラス2.8%と2カ月ぶりの上昇となった。だが、8月の生産予測値は補正後で同マイナス0.9%、9月が同マイナス3.3%となっており、この数字が現実化すると7-9月の生産は4-6月比マイナス0.6%に沈むことになる。

 足元で中国や欧州連合(EU)向けの輸出が数量ベースでマイナスになるなど、外需に強さがみえないことが生産の足踏み感を強めていると筆者は考える。加えて台風10号による大雨などの影響で、トヨタ自動車などが生産を中止したり、物流の遅滞や東海道新幹線に代表される交通網の乱れが経済活動に大きなマイナスの影響を与えつつある。こうした生産活動の停滞感がさらに強まれば、7-9月期の国内総生産(GDP)が横ばい圏にとどまる可能性もあると予想する。

 

 <7-9月生産は前期比マイナス0.6%の可能性>

 7月生産では、電気・情報通信機械工業、生産用機械工業、電子部品・デバイス工業等が前月比で上昇した。ただ、8月(補正後)と9月の生産予測値を含めた7-9月の生産のレベルは、前期比マイナス0.6%となる。経済産業省は生産に関し「一進一退で推移している」と述べている。

 生産に明確な回復基調がみられない背景として、輸出の数量ベースでのマイナス傾向がある。輸出数量は今年に入って2月から7月まで6カ月連続の前年比マイナスとなっており、7月は対EUが前年比マイナス13.8%、対中国が同マイナス10.9%、対米国が同マイナス5.0%、輸出全体で同マイナス5.2%となっていた。

 

 <台風の影響で工場操業停止や物流に混乱>

 さらに足元では台風10号の影響で、トヨタは国内全14工場・28生産ラインの操業を30日まで停止。他の自動車メーカーや機械メーカーなども30日に九州の工場で稼働を取りやめる。

 九州を中心に物流網にも大きな打撃が加わっており、コンビニの営業停止だけでなく、Eコマースでの商品配送にも大きな遅延が発生しているもようだ。

 台風10号は進行速度が遅いため、大雨の影響が長期化する懸念も出ており、生産や物流面などを中心にマイナスの経済効果がさらに大きくなるリスクが高まっている。

 

 <レジャーなどへの悪影響、個人消費に影響なら国内景気に停滞感>

 東京と名古屋、大阪を結ぶ経済の大動脈である東海道新幹線が29日夕方から大幅にダイヤが乱れ、30日も終日運転を見合わせるなど交通網にも多大な影響が出て、モノの生産面だけでなく、サービスなど非製造業への波及も心配される。

 こうした点を勘案すると、少なくとも7-9月期の生産は前期比マイナスに陥り、その面からGDPデータを下押しする可能性が高まっていると筆者は予想する。

 GDPの動向は全体の50%強を占める個人消費の行方に左右されるが、夏休み後半の相次ぐ台風襲来や「南海トラフ地震臨時情報」の発令などで旅行計画のキャンセルが例年以上に多発していることなどを踏まえると、個人消費がけん引して7-9月期GDPが大幅に伸びるシナリオは描きにくいのではないか。

 この先も数日間続くとみられる大雨含みの「鬱陶しい」天気は、日本国内の景気の先行きを予兆しているかもしれない。

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エヌビディア株下落とAIバブル崩壊リスク、米利下げ期待が「救いの手」に

2024-08-29 12:43:44 | 経済

 市場で注目されていた米半導体大手エヌビディアの決算発表は、第3・四半期(8─10月)の業績見通しが市場予想と同じ水準にとどまり、時間外取引で一時、同社の株価は8%下落した。だが、29日のダウ先物は前日終値比で0.5%高水準を維持し、日経平均株価も9円23銭安の3万8362円53銭で取引を終了し、エヌビディア株下落の余波は今のところ、最小限にとどまっている。

 この背景には、エヌビディア株急落をきっかけにいわゆる「AIバブル」の崩壊が現実化すれば、米連邦準備理事会(FRB)が迅速かつ大幅な利下げで対応し、市場の混乱や米経済への打撃を緩和させるという市場の期待感があると筆者は指摘したい。株価急落のリスクが低下したかどうかは29日のNY市場の動向を見ないと断定できないが、今後も米緩和期待がマーケットをサポートし、米実体経済はソフトランディングする可能性が高まっていると筆者は予想する。そのことは緩和度合いの調整を目的とした利上げを模索する日銀にとっても追い風になるだろう。

 

 <新チップ・ブラックウェルへの懸念、エヌビディア株を圧迫>

 エヌビディアが28日に発表した決算内容は、通常の基準からみれば「上出来」だったはずだ。第2・四半期(5-7月)の売上高は前年同期比で約2.2倍の300億4000万ドル、純利益は同2.7倍の165億9900万ドルだった。

 だが、第3・四半期の売上高見通しが325億ドル(プラスマイナス2%)と、市場予想の317億7000万ドル)とほぼ一致する水準にとどまり、一部で予想された379億ドル超という見方を下回って失望感を招いたという。

 また、決算発表後の説明会で、新チップ・ブラックウェルの製造上の歩留まりを改善するための改善策が実施されていることが明らかになり、市場に量産化への懸念も浮上して時間外取引での同社株下落に拍車がかかったとの見方も出ていた。

 

 <AIバブル崩壊懸念、アセモグルМIT教授の主張も根拠に>

 マーケットがエヌビディア株をめぐって神経質になっているのは、すでに割高になっているのではないかとの懸念に加え、足元で起きているAIブームの根拠が薄弱ではないかとの指摘が学識経験者から出ていることが大きく影響していると考える。「AIブーム崩壊は本当にあるのか」という疑念が、市場の底流で湧き起っていることを示す証拠かもしれない。

 AIと経済との関連で慎重な見方を示しているのは、マサチューセッツ工科大学(МIT)のダロン・アセモグル(Daron Acemoglu)教授だ。主張の骨子は、人間の担ってきた業務をAIが代行すると、コスト削減や生産性の向上には貢献するものの、国内総生産(GDP)の押し上げ効果は米国の場合、10年間で0.9%程度にとどまると試算している。つまり、膨大なコストを投入しても得られるマクロ的な経済効果は限定されるという見方のようだ。

 同教授の指摘が正鵠を射ているかどうか、現状ではだれも断定できないだろうが、かつてのITバブル崩壊のような現象を懸念する市場参加者から見れば、AIバブル崩壊の現象を予言する指摘として映ったかもしれない。

 

 <ダウ先や日経平均株価を支えた「パウエルプット」>

 だが、29日の東京市場では日経平均株価が午前の取引で一時、3万8000円を割り込んでも下値では買い戻しの動きが活発化し、その後は3万8000円台を維持して推移した。

 この日のドル/円が144円を割り込まず、円高が進展しなかったことやダウ先物が前日比プラス圏で堅調に推移したことなども影響したようだ。

 筆者は、ダウ先物の堅調推移の背景に根強いFRBによる利下げ期待があると指摘したい。言い換えれば「パウエルプット」という救いの手が差し延べられるという市場の期待感があると考える。

 パウエルFRB議長は、今月23日のジャクソンホール会議での講演で「力強い労働市場を支えるためにあらゆる措置を講じる」と述べ、事前の予想よりもハト派色を強め、利下げに積極姿勢を示していた。

 もし、エヌビディア株の急落がAIバブル崩壊のトリガーを引くなら、株価の暴落によって個人や企業の心理が急速に冷え込み、米経済に急ブレーキがかかる事態になりかねない。パウエル議長がそのリスクを見逃すはずはなく、株価急落には迅速かつ適切な利下げで対応するとの期待感が市場に存在していると言える。

 また、パウエル議長の講演を前提にすれば、米経済の失速を確認する前にFRBが防衛的な利下げに動き、9月から利下げがスタートすることになるだろう。

 

 <米ソフトランディングの確度高まるなら、日銀に追い風>

 こうしたFRBのハト派的対応が継続するなら、いったんは意識された米経済の後退リスクは可能性が低下し、ソフトランディングへの期待感が高まることになる。

 このことは、緩和度合いの調整を図りつつ段階的に利上げしていくことを目指す日銀にとっても「追い風」になる。というのも、この先の累次の利上げの前提が2025年春闘における大幅賃上げの継続になるからだ。

 日本国内における生産年齢人口の減少を背景にした人手不足の状況は、これからも継続すると予想できる。この人手不足は、企業にとって賃上げの大きな要因になるが、経営環境が悪化するなら賃上げ原資の確保に黄信号が点灯することになる。

 しかし、米経済のソフトランディングが現実味を帯びるなら、輸出依存度の高い製造業を中心に今年並みの大幅な賃上げを実施する環境が整うことになる。

 エヌビディア株の急落後に発生する様々な現象は、金融政策を含めた日本のマクロ政策運営の先行きを予想する上でも重要な情報を秘めている。

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節約意識した一部企業の値下げ、拡大なら物価に下方圧力も 注視必要に

2024-08-28 11:39:19 | 経済

 これまで輸入物価の上昇を起点にした食品値上げのニュースが目立ってきたが、夏場に入って値下げを発表する企業のニュースがポツポツと出てきている。食料品など日常生活に必須の商品購入で消費者の「節約」が目立ち始め、一部の企業でその対応策としての値下げが実行されているようだ。

 日銀の氷見野良三副総裁は28日の甲府市での講演で、消費は腰折れしないとの見方を表明したが、節約の動きが一段と強まってさらに値下げの動きが広がっていくようなら、日銀の物価見通しに下方圧力がかかりかねない。企業の値下げの動きが同業他社へと広がりを持つのかどうか注視する必要があると考える。

 

 <値上げの波間に値下げの動き>

 食品を中心にした企業の値上げは、消費者の生活に直接的な影響を与えるインパクトがあり、与党の有力政治家から値上げの原因として円安の進行が指摘され、日銀の利上げを促すような声まで出てくる事態となっていた。

 実際、日常生活に直結する食品の値上げは顕著で、帝国データバンクの調査では2023年に3万2396品目で平均15%の値上げが実行された。今年に入っても11月までの値上げ予定分も含め、1万1617品目で平均17%の値上げが発表されている。

 だが、足元では消費者の節約志向に対応した企業の値下げ戦略も目立ち始めている。イオンは8月21日ー31日の期間限定で、全国約2000店舗を対象に飲料、冷凍食品、日用品など67品目の値下げを実施中。同社はすでに7月3日から32品目の値下げを先行して実施している。イトーヨーカ堂も7月1日から100品目の食品と日用品を値下げした。

 日本生活協同組合連合会と全国の生協は9月1日から、カップスープやトマトケチャップ、冷凍食品など約180品目を値下げする。

 コンビニでもセブンーイレブン・ジャパンが7月16日から従来よりも手ごろな価格の「手巻おにぎり」を128円(税)で投入。ユニーが7月1日から、アピタ、ピアゴ、ユーストアの130店舗で、最大300品目の値下げを展開している。

 さらにニトリが8月5日から165アイテムの家具の値下げに踏み切った。同社はすでに6月17日から日用品などの300アイテムで最大20%の値下げを実施している。

 

 <氷見野副総裁も消費者の節約志向に言及>

 こうした一部企業の値下げは、長期化する消費者の節約志向に対応した戦略と見て取れる。6月の家計調査によると、2人以上の世帯の実質消費支出は前年同月比マイナス1.4%と落ち込んでおり、今年の春闘での大幅な賃上げにもかかわらず、消費者の防衛的な行動が統計上のデータでは続いていることを示している。

 この点に関連し、日銀の氷見野副総裁は28日の甲府での講演の中で「ハレの日消費や、こだわり分野では対価を惜しまないといった動きもみられるが、全体としては、消費者の節約志向が広まっている、というのは事実だろうと思う」と足元の節約志向に言及した。

 だが、先行きは「春闘の結果が実際の手取りに反映され、高めの夏のボーナス、所得税減税の効果、さらには昨年に比べれば物価上昇のペースも落ち着く、といったことが組み合わさってくるはずなので、メインシナリオは、消費は腰折れしない、という見方でいいのではないかと思う」との見解を示した。

 氷見野副総裁の言及したとおりに先行きの消費が拡大すれば、賃上げとともに消費に活気が戻り、モノとサービスの価格の両方で押し上げのパワーが働き、2024年度の消費者物価指数(除く生鮮食品、コアCPI)の前年比プラス2.5%、25年度の同2.1%という見通しに沿った動きになる可能性が高まる。

 そのような展望を描ける確度が高まるなら「金融緩和の度合いを調整していく、というのが基本的な姿勢」と氷見野副総裁も講演で述べている。

 

 <値下げの動き、同業他社に広く波及なら物価に影響も>

 そこで注目するべきは、足元で散見される企業の値下げの動きが広がるのかどうかだ。一部の企業が値下げで販売数量を増やし、売り上げ増と営業利益増に結びつけていると同業他社が見れば、追随して値下げを実施する動きが急速に広がるかもしれない。

 他方、日銀の予見しているように賃上げによって消費者の購買力が上がり、値下げせずに目標の売上高と営業利益を達成できると予想する企業が多ければ、値下げの動きがCPI全体に影響を及ぼすというデフレ期に逆戻りするような現象にはならないだろう。

 その意味で9月から年末にかけての企業の価格設定動向や消費の状況を示す経済データの変動は、大きなメッセージを包含している可能性があると指摘したい。

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サービス価格に不透明感、賃上げに見合った上昇あるか日銀利上げパスに影響

2024-08-27 12:48:56 | 経済

 日銀が28日に公表した7月の企業向けサービス価格指数は、前年比プラス2.8%と6月の同3.1%から伸びが鈍化した。また、7月の全国消費者物価指数(CPI)におけるサービスの伸びも、6月の前年比プラス1.7%から同1.4%に鈍化していた。日銀は賃金上昇とともにサービス価格が上昇し、賃金と物価の好循環が進むとみてきたが、足元のデータでは好循環の動きが本格化しているのか不透明感が出てきたと言える。

 日銀は物価が見通し通りに推移すれば、今後も金融緩和度合いを調整する目的で利上げを実施していく方針を示しているが、サービス価格の動向はその見通し通りの物価上昇実現に大きなウエートを占めており、その動向が日銀の金融政策の先行きを左右することになる。

 

 <7月の企業向けサービス価格とCPIのサービス価格、前年比伸び率が6月比で鈍化>

 7月の企業向けサービス価格指数は、前月比ではプラス0.3%だった。人件費や原材料価格などのコスト上昇を価格に転嫁する動きが継続し、機械修理や土木建築サービス、宿泊サービスなどの諸サービスが前年比プラス3.5%と伸びていることが目立った。

 他方、6月の諸サービスは同プラス4.2%の伸びだったほか、6月と比較して7月は不動産、情報通信、広告、運輸・郵便で前年比伸び率が鈍化した。

 7月だけの動きで今後の基調を断定することはできないが、日銀はコストに占める人件費の比率が高いサービスの動向を注視しており、人件費の上昇傾向と見合うような企業向けサービス価格やサービス価格全体の上昇が起きていないということになれば、段階的に緩和度合いを調整していくという日銀の利上げのペースにも影響を与えることになる。

 その意味で、7月全国CPIにおけるサービスの伸び率が、6月の前年比プラス1.7%から1.4%に鈍化したことも日銀にとっては気がかりだったのではないかと考える。

 

 <疑われる消費の弱さ、賃上げ二極化の構造も>

 もし、サービス価格の伸び率が今後も鈍化ないし伸び悩み傾向を示すなら、その背後にある日本経済の動きが日銀の想定と異なっている可能性があると疑う必要性も出てくる。

 例えば、連合などの調査によって5%の賃上げ、3%のベースアップが確認できても、中小・零細企業の労働者の所得環境が相対的に劣位となり、消費者の構造が二極化して消費全体のパワーが想定よりも弱く、それがサービス価格上昇の力を弱めているという展開もあり得るのではないか。

 経済データには明確に出てきていないものの、一部のコンビニではおにぎりなどで低価格品を新たに投入したり、理容・美容業界でカットだけのサービスに限定して1000円未満の新メニューが登場しており、値上げ一辺倒ではない現象も垣間見えるようになっている。

 

 <8月に円高基調へ、輸入物価がモノの価格押し下げ>

 一方で、輸入物価を押し上げてCPI全体の上昇率を加速させかねない要因として注目されてきたドル高・円安が、8月に入って急速にドル安・円高方向にシフトしていることも年内から年明けの物価動向に影響を与えそうだ。

 財務省によると、今年7月の平均レートは159.77円と前年同月比で12.3%の円安だった。それが27日の東京市場では144円後半で推移しており、大幅に円高が進んでいる。一定のタイムラグを伴って輸入物価の上昇率は大きく鈍化し、食品を中心にCPIの伸び率は鈍化していくことが予想される。

 

 <展望リポートの予想下回るなら、利上げペースは鈍化>

 輸入物価を起点にしたCPI上昇の力が鈍化する一方、仮にサービス価格の上昇が日銀の想定を下回った場合、日銀の見通し通りにCPIが上昇しない可能性も浮上することになる。

 植田和男総裁は23日の衆参における閉会中審査で「経済物価の見通しが私たちが考えているとおり実現していくという確度が高まっていくことが確認できれば、今後、金融緩和の度合いを調整していくという基本的な姿勢に変わりはない」と述べていた。

 足元における円高進展やサービス価格の上昇が前年比プラス2%を下回る状況が継続するなら、2025年度の生鮮食品を除く消費者物価指数(コアCPI)の伸び率が、前年度プラス2.1%という見通しを下回る可能性も相応に出てくることになる。

 これは日銀の利上げペースがより緩慢になるという結果に結びつきやすい。今のところ、そこまで断定するデータはないが、サービス価格の動向は日銀の利上げパスを展望する上で重要性が増してくる。その動きを予見する機能を持つ企業向けサービス価格指数の先行きも、これまでよりも注目度を高める必要がありそうだ。

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パウエル議長、年内100bp利下げ予想に水かけず 次の焦点はドットチャート 

2024-08-26 15:07:58 | 経済

 注目されていた米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長のジャクソンホール会議での講演は、労働市場の悪化懸念に対して「あらゆる措置を講じる」と述べて、市場によりハト派との印象を与えた。マーケットは2024年中の100ベーシスポイント(bp)の利下げ織り込みを変えず、26日午後の東京市場でドル/円は一時、143円後半までドル安・円高が進んだ。

 ただ、8月5日のような141円台への急速な円高や、日経平均株価が3万1000円台に急落する動きはなく、年内に100bpの利下げがあったとしても、ドル/円は144円前後、日経平均株価は3万8000円前後で推移するという「新たな均衡点」が見出だされた可能性がある。今後は9月17-18日に開催される次の米連邦公開市場委員会(FOМC)で示される2025年の金利予想(ドットチャート)が大きな材料として意識されそうだ。

 

 <パウエル議長、防衛的利下げに踏み出す>

 ジャクソンホール会議におけるパウエル議長の講演で特徴的だったのは、市場の年内利下げ100bpという織り込みに対し「頭から水をかける」ことはしなかったという点だ。

 まず、パウエル議長は「インフレ上振れリスクは後退し、雇用への下振れリスクが高まった」と指摘して、これまで再三にわたって懸念してきたインフレの動きではなく、雇用の下振れリスクへの対応がFRBの最優先課題であることを明言した。

 そのうえで「労働市場のさらなる減速を目指しておらず、歓迎もしない」と指摘。「力強い労働市場を支えるためにあらゆる措置を講じる。政策の制約を適切に緩和すれば、力強い労働市場を維持しつつインフレが2%に回帰すると考える十分な理由がある」と述べた。

 これは、事実上、景気や雇用に明確なダウンサイドのサインが出なくても、そのリスクが認識でれば「防衛的な利下げ」に踏み切る決意を示したと受け取れる強い意思表示だったと解釈できる。

 パウエル議長は、利下げの時期とペースについては「今後発表されるデータや変化する見通し、リスクのバランスによって決まる」と述べ、明言を避けた。中銀トップとしては当然の「言い回し」だったが、市場参加者の多くは、景気がよりスローダウンする気配を見せれば、年内3回のどこかの会合で50BPの利下げの可能性があり、年内100bpの利下げの可能性があるとの見方を変えなかった。

 言い換えれば、パウエル議長はあえて市場の織り込みを強く否定せず、期待感を残して今後の米雇用統計のデータ次第では50bp利下げの可能性もあることをえん曲に示したと筆者は考える。

 

 <ドル143円台と日経平均株価3万8000円、新たな均衡点か>

 一方、26日の東京市場における市場反応は、筆者が想定した最もドラスティックな値動きと比べれば、かなりマイルドな展開だった。ドル/円は欧州勢が本格的に参加してきた午後3時以降、144円を割り込んで143円後半での取引となったが、それまでは144円台で推移する時間帯が長かった。

 8月5日に141円台までドル安・円高が急進展したのと比較すれば、円高のテンポはかなりゆっくりだった。それを反映して、日経平均株価も3万8110円22銭で26日の取引を終えた。年内に米利下げが100bpの幅で実行されても、ドル/円の143円台や日経平均株価の3万8000円前後が「新たな均衡点」として市場で意識されていることをうかがわせた。

 

 <ドルベースの日経平均株価、最高値から微減で踏みとどまる>

 この動きは「円高で日本株には負担が増大する」という見方に、修正の余地があることを示しているのではないか。

 例えば、日経平均株価の最高値4万2426円77銭をドルベースで評価すると、267.56ドルとなる。26日終値のドルベースは264ドル台で、円評価の印象とは全く別の世界が広がる。つまりドルでみた日経平均株価は円高の影響で微減にとどまっており、海外勢は日本株をしばらくホールドして様子見を見る時間的余裕があるということだ。

 もし、FRBの利下げ姿勢と日銀の利上げ姿勢が年明けにかけて変わりがないなら、円安リスクの低下を前提に成長性の高い日本企業の株式を購入するメリットが増大することを意味する。したがって東南アジアなどの新興国株の物色をドル安進行とともに進めつつ、いったん買いが一巡した段階で日本株が物色される可能性がかなりあると指摘したい。

 

 <25年末のドットチャート、中央値が3.00-3.25%なら円高進展も>

 以上は当面の市場動向だが、年明けを展望した場合は2025年のFRBの利下げパスがどうなるかが大きなポイントになる。パウエル議長は中銀マンの言葉遣いのルールを遵守して「データ次第」との表現を継続して使用するだろうが、マーケットは本音を探り出そうとする。その際に有力な材料となるのがドットチャートの分布だ。

 市場は現在、2025年末の米政策金利の水準を3.00-3.25%と予想している。9月に公表されるFOMCメンバーの予想の中央値がこの市場予想に接近するなら、ドル/円は一段とドル安・円高に動くだろう。どこかの時点で140円を割り込み、135円台までドル安・円高が進行する可能性もあると筆者は予想する。

 

 <円高テンポのカギ握る日銀の利上げパス>

 円高のテンポは、日銀の利上げパスからも大きな影響を受けるだろう。市場の日銀利上げの織り込みは来年1月で12-13bpにとどまっているが、この織り込みが進みだすと、ドル安・円高のスピードが増すことになる。

 その際に日経平均株価がどの水準で落ち着くかは、日本企業の業績の先行きに左右されるが、米経済が失速を回避し、ソフトランディングの可能性が高まりつつ、米株価もさらに堅調推移が続くなら、どこかの段階で日本株に上値模索の動きが出てくる余地があると予想する。株式市場の「円高恐怖症」がこの先、どこかの時点で和らぐのではないかとも感じている。

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