一歩先の経済展望

国内と世界の経済動向の一歩先を展望します

高田日銀審議委員が言及した「一段のギアシフト」、市場注視の先に何があるのか

2024-09-05 12:41:35 | 経済

 日銀の高田創審議委員が5日に金沢市で行った講演は、直近の株安・円高再燃という市場変動を十分に意識した上で、日銀の今後の金融政策の基本スタンスが「緩和度合いの調整」を目指した利上げにあることを明示した点に特徴があると考える。

 利上げ検討の前提として高田審議委員が指摘した賃上げに関連し、5日公表の7月毎月勤労統計では、日銀が重視している共通事業所の所定内賃金(一般)が前年比プラス3.0%と大幅に上昇。高田審議委員やその政策委員会メンバーは、見通し通りに物価が上昇することへの確かな手応えを感じたのではないか。足元での株安・円高の動きが沈静化し、マーケットでの価格変動率(ボラティリティ)の低下が確認できるようになれば、日銀は「一段のギアシフト」に向けて検討を再開すると筆者は予想する。

 

 <繰り返し強調した「市場注視」、ボラティリティ低下で整う利上げ検討の環境>

 この日の高田審議委員の講演は、8月5日の株価大幅下落の再燃かという懸念も生じた4日の日経平均下落の直後だっただけに、発言が株価下落の材料にならないよう慎重な表現で構成されていた。「8月前半に株式・為替相場の大幅な変動が生じその影響が残存するだけに、当面はその動向を注視し影響を見極める必要がある」と指摘するだけでなく「当面は内外の動向を慎重に見守る必要がある」と繰り返し指摘。マーケットに性急な利上げをしないという確かなシグナルを送った。

 同時に「物価が概ね見通しに沿って推移する」という前提で、堅調な設備投資や賃上げ、価格転嫁の継続など「前向きな企業行動」の持続性が確認されていけば「その都度、もう一段のギアシフト(金融緩和度合いのさらなる調整)を進め、言わば『金利のある世界』にしていくことは必要だと考えている」とし、今後の利上げパスのイメージの一端を明らかにした。

 ロイターなどの報道によると、高田審議委員は5日午後の会見で、経済・物価の見通しが実現していくなら段階的に政策調整が可能になるが、あくまで「条件付き」だと述べた。

 筆者は、米経済の失速懸念を起点にしたグローバルマーケットでの「リスクオフ心理」が収まり、市場変動が小さくなっていくことが確認できれば、日本経済の拡大方向のメカニズムが働き出し、利上げ検討の環境が整うということをわかりやすく説明したのではないか、と受け止めている。

 実際、高田審議委員は講演の中で「株式・為替相場の大幅な変動がありましたが、『物価安定の目標』実現がなお展望できる状況と考えている」と述べ、利上げを検討していく道筋に大きな障害は存在していないとの見方を示している。

 

 <実質政策金利は大幅なマイナス、今後の課題は緩和度合いの調整>

 また、この日の講演では、日本の実質金利が大幅にマイナスであることを図表を使って説明し「政策金利引き上げ後も、緩和的な金融環境はなお継続しているとみている」と強調した。

 筆者は、日銀が先行きの利上げパスを内外に説明していく際、前向きの循環メカニズムの作動によって日本経済の「体温」が上がっていくにつれ、現在のマイナスの実質政策金利の水準は緩和効果が強いのではないか、という判断基準を使って利上げの合理性を説明していくウエートが高まるのではないかと予想する。

 

 <9月会合は政策維持か、注目される7月会合後の新たな情勢判断>

 ただ、5日の日経平均株価は前日の大幅下落にもかかわらず、前日比390円52銭安の3万6657円09銭と続落した。6日発表の8月米雇用統計の結果次第では、8月5日の「暴落」状況が再現されるリスクもあり、高田審議委員が何回も言及したように日銀はしばらく、内外市場の動向を注視していくことになるだろう。

 したがって9月19、20日の金融政策決定会合では、内外の市場動向を見極めつつ、金融政策の現状維持が決定される公算が大きい。

 同時に共通事業所の所定内賃金の大幅上昇に示された雇用・所得環境の好転がいずれ、消費にプラス効果として作用することにも言及があると予想する。

 他方、いったんは大幅下落した株価の影響を受けた逆資産効果のインパクトや直近のドル安・円高方向へのシフトによる物価への影響など前回の決定会合に発生した経済現象に対する分析結果がどのようになっているのかにも、市場関係者の注目が集まるとみられる。

 プラス面とマイナス面を考慮した上で、日銀がどのような情勢判断を下しているのか。この点がこの先の日銀の政策判断を占う大きな材料になりそうだ。

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6日の米雇用統計前に高まる緊張感、米経済失速意識なら日米株価に下落危機

2024-09-04 14:39:30 | 経済

 6日発表の8月米雇用統計を前に、多くの市場参加者にとって想定外の日米株価の大幅下落が起きた。まるで8月5日の「暴落」の再現ではないかと身構えた市場参加者も多かったはずだ。株価下落のトリガーを引いたのは、米司法省が半導体大手エヌビディアに対する反トラスト法(独占禁止法)違反の調査を本格化させたというブルームバーグバーグの報道だ。

 だが、3日のNY市場では、米株だけでなく原油や銅、金、ビットコインなどの暗号資産など幅広い投資対象から資金が流出。リスクオフ心理が刺激されたまま4日の東京市場でも日経平均株価が一時、前日比1800円を超える下落となり終値でかろうじて3万7000円台を維持した。不安心理が醸成されたまま迎える6日の8月米雇用統計は、今年末に向けた世界のマネー動向を決定づける重大な経済データになったと言える。

 もし、6日に向けて不安心理が高まったままなら、弱い雇用統計の結果で米連邦準備理事会(FRB)の大幅利下げを期待して株価が反発するのではなく、米経済失速を懸念した一段の急落を招くかもしれない。世界の市場は米雇用統計の発表まで「緊迫の3日間」を迎えることになる。

 

 <弱いISМ、米株下落の本当の理由なのか>

 市場で注目されていた3日発表の米供給管理協会(ISM)による8月製造業景気指数は、8カ月ぶり低水準となった7月の46.8から47.2に上昇したものの、新規受注の減少や在庫増のデータを受けて、製造業の低迷が続くとの見方が市場で浮上した。

 ただ、この数字だけでダウが625ドル超も下げ、ナスダックが3.26%も急落するというのは多くの市場参加者にとって、想定外だったと思われる。

 というのも、米国産標準油種WTIが4.36%下落したほか、銅や金、ビットコインなど幅広い投資対象の価格が下落し、資金が流入したのは米国債だけというかなり偏った資金フローとなり、ISMのデータはそこまでのパニック心理を発生させる内容ではなかったからだ。

 

 <バフェット氏が米株売り・米債買いか、エヌビディアへの反トラスト法調査報道も>

 複数の市場関係者によると、著名投資家ウォーレン・バフェット氏が率いる米バークシャー・ハザウェイは3日のNY市場で米株式を売却し、5年米国債など中期ゾーンの債券をまとまった規模で買っていたという。

 3日のNY市場で目立ったのはエヌビディア株の下落で、9%超の下げ幅を記録。フィラデルフィア半導体(SOX)指数は7.8%安の4759ポイントまで急落し、市場の一部では「AIバブルの崩壊」との声が上がったという。

 だが、複数の市場関係者によると、3日のNY市場の引け後に市場心理を大きく弱気化させたのはブルームバーグによる米司法省が半導体大手エヌビディアに対する反トラスト法違反調査を本格化というニュースだったという。

 

 <米系ファンドが日本株売り・円買い、蘇る8月5日の急落の記憶>

 4日の東京市場では、日経平均株価が前日比4.24%下落して3万7047円61銭で取引を終えた。米株の下落幅を上回る大幅な下げは、米株下落時の日本株の脆弱さを改めて印象付けた。その背景には、ドル/円がドル安・円高に振れると日経平均株価の下げ幅が増幅されるという構造問題がある。日経平均株価に占める輸出型企業の割合が多いということが、こうした局面での下げ幅を大きくしてしまう。

 複数の市場関係者によると、4日の東京市場では複数の米系ファンドとみられる参加者から日本株売り/円買いのまとまった注文が出ていたという。ハイテク株など米株下落の穴を埋めるため、ドルベースでみて利益のある日本株を益出し売りし、日本株買い・円売りというポジションを巻き戻した結果、円高も進んでそれを見て国内勢が日本株の売りを加速させた面もあったという。

 この日の日経平均の下げ幅である1638円70銭の下げ幅は、8月5日の4451円28銭という過去最大の下落の3分の1強にとどまったが、8月5日の「暴落」という風景を多くの市場参加者に思い出させるには十分だったと思われる。

 したがって国内勢の日本株買いへのスタンスは、しばらく慎重さが優先され、戻り売りの参加者が増えると予想される。

 

 <3日NY市場から急変した市場心理>

 しかし、問題の本質は日本株の上値が短期的に重くなったことではなく、米経済の先行きに対してグローバルな市場参加者が疑念を持ち始めたことだと指摘したい。

 当初、市場参加者の多くは8月米雇用統計が前月の反動で非農業部門の雇用者増が16万人ー20万人と増え、失業率が4.1%に低下するなら9月の米連邦公開市場委員会(FOМC)における50ベーシスポイント(bp)の利下げの可能性が後退し、米株は下落する可能性が高いと予想していた。

 ただ、その場合でも大幅下落は回避できるとの見方が大勢だったと思われる。なぜなら、米経済はソフトランディングするとの期待感が強かったからだ。

 ところが、3日のNY市場での値動きを経て、米経済失速への懸念が再び台頭しつつあるのではないか。今回は、8月上旬の急落時に顕在化していなかった「AIバブル崩壊」という懸念も新たに加わり、市場心理がより悪化方向に振れやすくなっている面も見逃せない。

 

 <注目される4-5日のNY市場>

 その意味で、まず、6日の8月米雇用統計の発表を前にした4、5日のNY市場でリスクオフ心理が増幅されるのか、それともいったんは沈静化するのかが大きなポイントになる。もし、NY市場でエヌビディア株の下落に歯止めがかからなかったり、SOX指数が一段と低下した場合には、米雇用統計後の米株の一段安を意識した「緊張感」が高まるだろう。そのケースでの日経平均株価への下押し圧力は増大すると予想する。

 逆にいったん半導体関連株が買い戻され、米株やリスク資産にマネーが流入するなら、市場は今よりも余裕をもって雇用統計を待ち受ける態勢が整うことになる。

 

 <弱い雇用統計なら、リスクオフ心理を増幅か>

 8月米雇用統計の結果を正確に予測することは不可能だが、今の市場心理から勘案すると、7月よりも雇用情勢が好転していることを示す結果が出た場合、株価などのリスク資産は素直に買い戻されるのではないか。

 他方、弱いデータが出た場合には、リスクオフ心理が刺激され、日米株価は下値模索になりかねないだろう。

 そのことは、市場が米連邦準備理事会(FRB)による利下げ対応に対し「後手に回っている」との警鐘を鳴らすことを意味する。

 いずれにしても今夜からの3日間は「緊迫感」がいつになく増すことになる。

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株下落の記憶蘇らせるISМと雇用統計、今回は平穏か ドル/円はやや円安に

2024-09-03 14:10:08 | 経済

 8月上旬に起きた日米株価の大幅下落は、日米金融政策イベント後に発表された7月の米供給管理協会(ISM)製造業景気指数と米雇用統計の弱い結果がトリガーを引いた。それから1カ月が経過し、3日にISМ、6日に米雇用統計が発表される。

 市場の注目度は当然高まっているが「株価暴落」の再燃を懸念する声は少ない。米景気失速の見方が1カ月前から大幅に後退しているためだが、年内3回の米連邦公開市場委員会(FOМC)で合計100ベーシスポイント(bp)の利下げがあるとの市場の期待に水をかけるほどの強いデータが出れば、米株価は調整するという見方も少なくない。結果としてドル/円は140円台半ばから150円のレンジ内で推移するとの声があり、筆者もその見方に同意する。

 

 <日米株価の大幅下落に結びついた7月のISМと雇用統計>

 市場にショックを与えた7月ISМ製造業景況指数は、昨年11月以来8カ月ぶりの低水準となる46.8に低下し、拡大・縮小の分岐点となる50を4カ月連続で下回った。

 さらに7月の米雇用統計では、失業率が2021年9月以来、約3年ぶりの高水準の4.3%に上昇。非農業部門雇用者数は前月比11万4000人増と市場予想を下回り、平均賃金の前年比伸び率が約3年ぶりの低水準となったことで、労働市場の悪化や景気後退への懸念が一気に高まった。

 <今回は前回比改善か>

 市場では、日本時間の3日夜に公表される8月ISМ製造業景況指数が7月から改善するとの見方が多く、前回のように米景気失速懸念が台頭し、米株価下落/米長期金利低下/ドル安・円高が進むという予想はごく限られた声となっている。

 ただ、市場予想よりも大幅に強い結果となった場合は、年内3回のFOМCで合計100bpの利下げという見方が後退し、8月上旬の株価下落から復調してきている米株価に調整の動きが出るとみられている。

 米雇用統計に関しても、前回7月のデータはハリケーンの影響が含まれて下方にぶれた可能性があり、今回は非農業部門雇用者数の前月比が回復し、失業率は少なくても4.4%方向に悪化することはないとの予想が多い。 

 

 <株価小幅調整のケースも、景気失速懸念は後退>

 ここでも強めのデータが出た場合は、年内100bpの利下げ期待に逆風となり、米株軟調へとつながる可能性があるだろう。

 同時に8月上旬と異なって米景気失速への懸念が大幅に後退している中では、米株調整の幅も限定的になりそうだ。米景気後退への懸念が弱まっている根拠として、米アトランタ地区連銀の算出している「GDP NOW」の強さがある。2024年7-9月期の国内総生産(GDP)伸び率は2.5%となっており、景気後退とは「別の風景」を映し出している。

 このように見てくると、米株価は2つの指標発表後に調整があるかもしれないが、その幅は限定的になる可能性が高いのではないか。

 

 <ドル/円、140円半ばー150円のレンジか>

 一方、東京市場関係者が注目しているドル/円は、2つの指標で強めのデータが発表された場合、米長期金利の上昇を材料にドル高・円安方向にシフトすると筆者は予想する。

 だが、米連邦準備理事会(FRB)の利下げが今年9月にスタートし、来年に向けて100bp超の利下げが予想される中、ドル/円で150円を大幅に上回るドル高・円安の可能性はかなり低下したと言えるだろう。結果として年内は140円前半から150円のレンジを形成すると予想する。

 

 <日銀、利上げ検討再始動の環境へ 注目される高田審議委員の発言>

 日米株価が8月上旬の大幅下落から回復する中で、日銀の利上げ再始動に向けた環境は徐々に整いつつあると筆者は考える。

 というのも、米ソフトランディングの可能性が高まるほど輸出系企業を中心にした日本企業の業績の先行きに明るさを見出すことが可能になるからだ。財務省が2日に発表した2024年4-6月期法人企業統計によると、全産業の経常利益は前年同期比プラス13.2%の35兆7680億円と四半期ベースでは過去最高を記録。設備投資も同7.4%の11兆9161億円と堅調だった。

 足元までの好調な業績と先行きの米経済のソフトランディング期待の高まりは、日銀の金融政策の自由度を高めることになるだろう。大幅な実質の政策金利のマイナス水準を調整せずに放置すれば、円安圧力を高める事態に直面するかもしれず、緩和度合いの調整を目指す利上げ検討がいずれ本格化すると予想する。

 日銀の高田創審議委員が5日に金沢市で講演と会見を予定しているが、足元の状況を踏まえてどのような情勢判断を示すのかBOJウォッチャーの注目を集めるだろう。

 こうした点を踏まえると、3日と6日の米経済指標の結果とその後の市場動向は、日銀の金融政策の行方を判断する上でも注視が必要だ。

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令和のコメ不足から米価上昇へ、農政失敗に総裁選立候補者はどう対応するのか

2024-09-02 13:43:36 | 政治

 スーパーマーケットで「一人一袋」の販売制限が続く「令和のコメ不足」は、新米が入荷するにつれ「令和の米価上昇」へと事態が変化しようとしている。背景には、昨年の猛暑による供給不足や訪日外国人の増加による需要増だけでなく、事実上の減反政策による構造的な供給抑制策がある。

 足元の需給引き締まりで確かに生産者の受け取る新米の手取り額は大幅に増えそうだが、その結果としてコメの販売価格は2024年産(今年の新米)がかなり上昇しそうで、消費者の行動にも影響が出ることは確実だ。ここで露呈しているのは、生産コストが販売額を上回る零細な生産者が多い中で、減反政策に依存した需給調整を継続してきた結果、生産者の経営体質が強化されないまま、需給の変化に迅速対応できないわが国の「コメ政策」の硬直さだ。さらにこの間、自民党はじめ与党の政治家は現状を黙認してきたと言える。

 コメの小売価格は上昇継続が予想されるが、自民党総裁選に立候補する有力者から「コメ政策」に関して何らの情報発信もない。食料自給率が低下する一方の現実とコメの生産体制、消費者に渡る際の小売価格がどうあるべきなのか、今月12日告示の自民党総裁選を前に立候補者は、コメ政策をどうするのか語る義務がある。

 

 <コメ販売、一袋限定の異常事態>

 当欄の多くの読者も、スーパーマーケットのコメ売り場に行けば、スカスカの商品棚を見ることになる。また、多くの店でコメの販売を「一人一袋」や「一家族一袋」と制限していることに気付くだろう。

 このような「令和のコメ不足」の原因として、多くのメディアは1)2023年の猛暑と大雨で消費者に回る品質のコメ生産が減少した、2)足元での訪日外国人の増加による需要増、3)南海トラフ地震臨時情報の発令による一部の消費者の買いだめ──などを挙げている。

 

 <コメの作付抑制、事実上の減反政策が背景か>

 しかし、コメ不足に大きな影響を及ぼしているのは、供給サイドにおける生産調整であると指摘したい。確かに1970年からスタートした「減反政策」は2018年に廃止された。だが、政府はコメからその他の農産物への作付け転換に補助金を支給する仕組みと全国生産量の目安を残し、コメの供給を絞って価格を維持する政策を採ってきた。

 農水省によると、2023年の主食用コメの作付面積は前年比9000ヘクタール減少の124万2000ヘクタールとなり、主食用のコメの収穫量は前年比9万1000トン減少の661万トンだった。これはピーク時の1400万トン規模の半分以下の水準だ。 

 このような供給サイドにおける生産減に対し、上記で指摘したような需要増が発生した結果、今年7月末の民間在庫は前年比40万トン減の82万トンまで急減した。農水省はスーパーマーケットや中食・外食業者向けに32万トンが流れたと分析。合わせて2011年7月などの在庫率10%と比べ、今年は12%と高くなっていると説明している。

 

 <JAあきたの決断、生産者の手取り大幅増へ>

 農水省は新米の流通が本格化する9月以降は品薄が解消すると予想しているが、今度は価格上昇が長期化する「令和の米価上昇」という現象が出現する可能性が高まっている。

 JA全農あきたは8月29日、2024年産米の「JA概算金」を発表し、「あきたこまち」(1等米60キロあたり)は前年比4700円増(38%増)の1万6800円になるとした。また、その他の銘柄の概算金も38-41%上昇した。

 

 <コスト高の零細農家、全国で38万軒超>

 こうした生産農家にわたる金額の増加は、生産者数の減少に歯止めをかけるきっかけになる可能性がある。農水省によると、個人でコメを生産している戸数(経営体)は2005年の140万2318から2020年に69万8543に半減している。

 その要因として、経営規模の小さい農家の生産コストが割高になっていることがある。2022年のデータによると、60キロ当たりの生産コストは平均で1万5261円となっているが、作付け面積が0.5ヘクタールより狭い農家の場合、2万5811円と割高になる。0.5-1ヘクタールの農家は2万0567円で2つのカテゴリーに含まれる農家数は、38万2000軒にのぼる。小規模農家は採算ぎりぎりか赤字経営という実態が浮かび上がる。

 

 <思い切った構造改革は可能か>

 24年産米で受け取る金額が大幅に増額されることで、ひとまずコメ生産を継続する農家が増えそうだが、根本的な構造変革を実施しなくては、供給サイドにおける安定的なコメ生産という姿には到達できないだろう。

 1つのシナリオとして、大規模経営を増やすために転作奨励のための補助金を止め、大規模化を促す補助金に変更するとともに、コメ生産の目安を撤廃して積極的に輸出を奨励するシステムに変更することが考えられる。

 その際は、現行法で厳しく規制されている企業のコメ生産への参入を検討していくことも大きな課題になると考える。

 

 <コメの小売価格上昇、CPIにも影響> 

 一方、コメの小売価格がどの水準で推移するのが妥当か、という点も政治的には大きな議論になるだろう。2024年産米は大幅な上昇が予想されるが、輸入価格の上昇を原因とした食品価格の上昇が家計を圧迫する中で、コメの小売価格が継続的に上昇することが許容されるのか、という問題がいずれ浮上するだろう。

 すでに今年7月の全国消費者物価指数(CPI)において、うるち米(コシヒカリを除く)が約20年ぶりとなる前年比18.0%の上昇を記録。このままの需給構造が続けば、8月以降も大幅な上昇となるのは確実だ。

 

 <38%の食料自給率とコメ生産、総裁選立候補者に改革の責任>

 ところが、自民党総裁選に立候補を表明、もしくは予定している有力な政治家からは今のところ、令和のコメ不足や米価高騰に全く関心がないのか、情報発信がない。

 食料自給率がカロリーベースで38%と世界の主要国では韓国の32%に次ぐ低水準である現状を考えると、食料安全保障の観点からも高水準の自給率を維持しているコメの政策が「現状追認」的な政策であっていいわけがない。

 国内の主要メディアもコメ政策を含めた農業政策に関し、すべての候補に質問をぶつけるべきだろう。スーパーマーケットのコメ売り場の棚が、スカスカになっているのは農業政策が空洞化していることへの警鐘と筆者の目には映る。

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