トランプ米大統領が2日、貿易相手国に対し相互関税をかけると発表し、3日の東京市場は典型的なリスクオフ相場となり、日経平均株価は一時、3万4102円まで大幅下落した。短期的には世界的な株安がどこまで進展するのかに関心が向かいそうだが、今回のトランプ大統領の決断は歴史を大きく動かしたと言えるのではないか。2025年4月2日(日本時間4月3日)は「自由貿易終焉の日」として刻みこまれることになるだろう。
自由貿易の恩恵を受けてきた日本にとって、このできごとは「国難」と言ってもよいほどの打撃を生じさせるが、これを奇貨として米国に依存した経済構造を大きく転換し、これからの高い成長を期待できるASEAN(東南アジア諸国連合)やインドとの経済関係を強化していくことを日本政府が鮮明にするべきだ。また、短期的には企業が積み上げてきた617兆円という利益剰余金を活用し、米国の関税政策に対応していくべきだろう。決して日本経済の前途が「真っ暗」になったわけではないと指摘したい。
<日本は24%、EUの20%を上回る>
今回の相互関税では、全ての輸入品に一律10%の基本関税を課した上で、相手国の関税水準や非関税障壁の実態を勘案し、税率を上積みする国・地域を決めた。具体的には日本が24%、欧州連合(EU)が20%、英国が10%、中国が34%などと決まった。中国については発動済みの20%に加算されることになり、合計で54%の高率関税が賦課される。
日本政府にとっては、自動車関税の25%適用で特例扱いされず、相互関税でEUを上回る24%の関税適用が決まり、相当のショックだったのではないか。
<対米輸出の5.3兆円の関税負担>
2024年の対米輸出額は合計で21兆2947億円に上る。このうち自動車と同部品が7兆2574億円を占め、ここに25%の関税がかかると単純計算で1兆8143億円が米国に徴収されることになる。同様に自動車・同部品を除いた対米輸出額の14兆0373億円に24%の関税がかかると3兆5093億円が徴収される。合計で5兆3236億円が関税として米当局に吸い上げられることになる。
貿易業務に詳しい関係者によると、この全額を販売価格に上乗せすると約25%の値上げとなり、他の競合各社が値上げしない場合は大幅な販売減に直面する可能性が高いという。
<値上げ圧縮なら米市場で競争可能、対応原資に617兆円の利益剰余金を活用すべき>
ただ、米国の企業にとっても原材料を輸入しているケースが多く、今回のトランプ関税がコスト増要因になるため、値上げするケースが多くなると予想される。その際、日本企業も輸出価格を10%引き上げ、残りの14-15%分を社内の合理化や自己負担で対応すれば、米国市場におけるシェアの大幅なダウンは回避できる可能性があるという。
ここで筆者が注目するのは、日本企業が溜め込んできた利益剰余金の存在だ。財務省の2024年10-12月期の法人企業統計によると、617兆1123億円に達する。これは2024年の日本の名目国内総生産(GDP)の609兆円を上回る規模となっている。
つまり日本企業全体で見れば、トランプ関税によるコスト増加分を短期的には十分に吸収できるバッファーがあるということだ。
実際、トヨタ自動車は3月31日に追加関税25%の発動後も、当面は米国での車両価格の引き上げなどを行わず、現状を維持する方針を明らかにしている。ロイターによると、同社の広報担当者は「関税を含めた米国当局の動向を注視しつつ、引き続き固定費の低減等に取り組みながら、当面は現在のオペレーションを維持していく」とコメントした。
筆者は、トヨタのこの方針の背景には、同社の分厚い内部留保があり、短期的には値上げせずにトランプ関税の賦課による内外の経済情勢を見極め、その上で新たな投資方針を決めようという戦略があると考える。
他の輸出企業も、トヨタの動向を横目でにらみながら内部留保を活用しつつ、時間を稼ぐ戦術を採用するのではないかと予想する。
設備投資に消極的なダメな経営方針の象徴として見られがちだった巨額の利益剰余金が、トランプ関税の実行という歴史的な大変動を前に、ようやくその真価を発揮できる時が到来したと言っていいだろう。
<米国への生産拠点シフト、本当に採算は合うのか>
他方、今回のトランプ関税の実施によって、これまでの米国市場に依存した経済構造からの脱却を真剣に検討するときが来たと指摘したい。
トランプ大統領は、米国でモノを売るなら米国内で製造するべきだ、と主張しているが、人件費が相対的に高い米国での生産で本当に採算が合うのか、トランプ関税で輸入する原材料の価格が上昇する中で適正な利益率が確保できるのか、といった詳細なシミュレーションが各企業に求められることになる。
もし、米国への生産施設移転によって利益率が大幅に低下するとの試算になれば、正式な稼働時期である数年先にトランプ大統領が政権の座にいない可能性なども勘案すると、多くの企業がどっと米国生産に踏み切ることになるのか、筆者は相当に疑問だと指摘したい。
<日本政府と企業が注目すべきASEANとインド>
ここで日本政府と企業経営者に提案したいのは、米国に代わる主要な市場としてASEAN各国やインドへの進出を一段と積極化させることだ。
国際通貨基金(IМF)の試算によると、2025年にASEANの名目GDPは4兆3830億ドルと日本を上回る見通しで、米国、中国、EUに次いで、インド(4兆3400億ドル)と並ぶ見通しだ。
また、今回の相互関税では、ベトナムが46%、タイが36%、インドネシアが32%と高率の関税を課せられている国が多く、日本と利害得失が重なることを材料に関係を緊密化できるという要素もある。
さらに2024年の日本の輸出相手国の中で、米国への輸出が21兆2947億円であるのに対し、ASEANへは15兆3539億円にとどまっており、足元の成長率の高さを見れば、拡大の余地が大きい。
インドへの輸出は2兆6046億円に過ぎず、官民が一体となった輸出振興を図って市場シェアの拡大にチャレンジすべきだろう。
石破茂首相は今年4月下旬からの大型連休中を利用して、フィリピンとベトナムへの訪問を計画していると国内メディアが報道している。米相互関税の実施直後の訪問は、安全保障問題だけでなく貿易問題を通じた経済関係の緊密さを強める格好の機会になる。
<リスクオフ一服後に注目される日本の長期金利低下と円安>
3日の東京市場は、2日の当欄で指摘したようにリスクオフ一色の取引となった。今後、中国やEUが具体的な報復関税の実施を公表した段階で、もう一段の株価下落があると予想する。3-4日の欧米市場で株価がどうなるのかが当面のリスクオフ相場の終了時期を推測する上で重要になる。
週明け以降、どこかの段階で米欧日の株価が下げ止まり、リスクオフ心理に沈静化の動きが見えれば、そこから先の焦点の1つは、大幅に低下した日本の長期金利とドル/円への波及だろう。
日米金利差が拡大してドル高・円安方向に戻るのか、それとも米関税政策の影響で米景気後退への懸念が高まってドル全面安の中で円高が進むのか。その見極めが来週のどこかで市場の話題になっている可能性がある。
円安が進み、ドル/円が150円台に乗せてさらに加速しそうになった場合、ベッセント財務長官をはじめ米政権の高官が何らかのけん制発言をすれば、相互関税への跳ね返りをはじめ、大きな波紋が生じるのではないか。
<歴史的転換点となりそうなトランプ関税>
マーケットの一部には、今回の相互関税に代表される関税政策があくまで交渉のためのポジションに過ぎず、トランプ関税の実施規模はいずれ縮小されるとの観測もあるようだ。
だが、筆者はトランプ大統領は「自由貿易」にとどめを刺したと考える。世界は新しい時代に突入したと言っていいのではないか。世界大恐慌の後の1930年に米国で成立した「スムートホーリー法」は国内産業保護のため農作物など2万品目の輸入関税を平均50パーセント引き上げ、貿易相手国は報復関税を実施したため、世界貿易は大幅に縮小。1939年の第2次世界大戦へとなだれ込んでいった。
今回の報復関税によって、一見すると米国の製造業は外国の企業から守られるようになるが、技術力が向上して優秀な人材が製造業にかかわるようにならなければ、米国の製造業が復活することはないだろう。関税の引き上げは「魔法の杖」ではない。
自由貿易を放棄した後に、どのような世界経済の姿が待っているのか。混とんとした手探りの次代が幕を開けた。









