日米首脳による7日の電話会談で、相互関税を含むいわゆる「トランプ関税」をめぐる協議継続が決まり、8日の日経平均株価は自律反発の買いに加えて日米間の協議継続を好感して大幅に反発した。問題は日本側に有効なカードがあるのかどうかだが、トランプ米大統領が相互関税の中味を公表した2日の会見で、日本に対して言及したコメと自動車が米側の関心事項である可能性が高い。
また、米側の交渉担当閣僚に指名されたベッセント米材長官は7日の会見で、関税や非関税障壁、為替問題、政府補助金が協議の対象になることを明言しており、為替問題が日米間における大きな交渉テーマに浮上することが確実になったと言えるだろう。日本政府はコメと自動車問題で思い切った譲歩案を米側に提示し、相互関税の24%や自動車関税の25%の引き下げを図るべきだ。石破茂首相の決断力が試されることになる。
<米側交渉窓口にベッセント財務長官、日本側は赤沢経済財政相>
7日の日米電話首脳会談では、「率直かつ建設的」な協議を続けることを確認。担当閣僚を決めて協議していくことが決まった。
米側ではベッセント財務長官が会見し、ベッセント氏とグリア通商代表部(USTR)代表が米側の交渉担当者になるようトランプ大統領から指示を受けたと明らかにした。その後、ベッセント氏はFOXニュースの番組の中で、米国と関税交渉を求める約70カ国・地域の中で、日本は優先的なステータスを得る可能性が高く、協議を早く開始することで優位に立つだろうとの見解を示した。
日本側は8日、赤沢亮正経済財政・再生相が担当閣僚になることを公表し、赤沢氏は「できるだけ早く成果をあげられるように最優先かつ全力で取り組む」と述べるとともに、早期に訪米してベッセント氏らとできるだけ早く会う意向であることも表明した。
<日米協議継続を好感した8日の東京市場>
8日の日経平均株価は閣僚級による日米間の協議継続を好感したという。「24%で終わりではなく、引き下げの可能性があるということは真っ暗な中で光が差した感じだ」(国内金融機関)との受け止めが多かった。
ただ、市場に具体的な交渉進展を感じさせる「確証」があるわけではなく、米側を納得させる具体的な交渉案件に関し、市場に特段の思惑が存在している状況ではない。
そこで、筆者はこれまでのトランプ大統領の発言や米側に生じているトランプ関税の負の要素を勘案し、いくつかのカード候補を想定してみた。
<米側は無税のコメ輸入にかかるマークアップに異議>
一番目は、トランプ大統領も言及したコメの700%関税問題だ。なぜ、コメの問題に言及したのか、トランプ大統領の心理を推し量ってみると、中国の報復関税の存在がある。3月に発表した米農産物への10―15%の関税だけでなく、米国からの全ての輸入品に対する34%の関税賦課によって、米国から中国向けの農産物輸出は大打撃を受けるという。
実際、シカゴ商品取引所(CBOT)における大豆先物の指標銘柄は4日、前日比3.4%下落して年初来安値を記録。これまでトランプ支持が多かった大豆農家を「反トランプ」に追いやる構図となっている。農業分野での支持を失うことは政治的にトランプ大統領にとって見過ごせない「失点」になりかねず、挽回策として浮上してきたのが対日コメ輸出の大幅増ではないか、と推理する。
700%の関税率というのは米側の事実誤認の可能性が高いものの、最低限の輸入機会提供のためのミニマムアクセス分は関税がゼロとなっているが、国際商品価格と国内価格との差を埋め合わせるため、政府は卸売業者にその差額分であるマークアップ(輸入差益)を上乗せして売り渡す。それが2024年末に上限の1キロ当たり292円に達し、米側はその部分が事実上の関税に当たると批判している。
<国内のコメ価格急騰と対米交渉カード、一石二鳥のコメ関税引き下げ>
一方、3月24-30日にスーパーで販売されたコメ5キロ当たりの平均価格は4206円と前週よりも10円高く、値上がりは13週連続となった。農水省は3月に計21万トンの政府備蓄米の入札を終えているが、前年同期(2057円)の2倍を超える高値が続いている。
この価格高騰を受け、イオンは今月10日ごろから米国産米と国産コメを8対2の比率でブレンドした商品を4キロ2780円(税抜き)で発売を開始する。また、大手商社の兼松は、年内に1万トンの外国産米を輸入する。「令和のコメ不足」に対応した動きと言える。
農水省は猛反対するだろうが、77万トンのミニマムアクセス米以外に1キロ当たり341円の関税(枠外税率)がかかっている現行の関税制度を見直し、大幅に関税率を引き下げるべきだ。同時にマークアップ制度も見直して国内のコメ価格の引き下げ方針を打ち出すことで、国内のコメ価格高騰に反発する声に対応するとともに、対米交渉のカードにするべきだ。
合わせて事実上の減反政策も見直し、コメ農家の自主性を尊重する方向で輸出も奨励し、高齢化して生産の担い手が不足する事態に抜本的改革のメスを入れる必要があると考える。
<自動車の安全基準と基準認証の修正、公用車の米国車採用で打開すべき>
対米交渉の二つ目のカードは、自動車の安全基準と基準認証の問題だ。国土交通省は日本の仕組みは国連の基準に合致していると説明しているが、自動車と同部品の対米輸出額である7兆1000億円が大幅に減少する「経済的危機」を回避するため、安全性を十分確保した上で米側の安全基準にサヤ寄せする「妥協策」を早急に提案する必要があると考える。
さらにトランプ大統領が不満を述べている日本における米国車の輸入の少なさについては、日本国民が抱いている米国車に対する「燃費の悪さ」「大型車偏重の車種構成」「無骨な車体モデル」という強固なイメージが大きく影響していると筆者は考える。
だが、米国からの自動車・同部品の輸入が1兆3800億円にとどまっているというのは、輸出額と比べてかなりの少額であることは間違いない。この不均衡を指摘され、対米自動車輸出に25%の関税がかかって日本経済の持続性に問題が生じるほどの大問題が発生するなら、「経済合理性」を乗り越えて米国車の輸入を増やす方策を考えだすしかないだろう。それほどに差し迫った危機に直面しているということだ。
1980年代の日米貿易不均衡問題の発生時にも検討されたことではあるが、霞が関の中央省庁や東京都や大阪府、神奈川県などの有力な地方自治体が公用車用に米国車を大量に発注することも考えるべきだ。
公用車が米国車に置き換わることで、街中で米国車を「目撃」する日本国民が増え、それが米国車に対するイメージの転換につながることもあるのではないか。
<ベッセント氏と為替問題、楽観できない理由>
ここに列挙したことは、日本政府として平時には考えられない提案かもしれないが、石破首相が国難と述べているように日本経済は大きな危機に直面している。「危機時」の対応として石破首相が決断して交渉カードを整えなければ、日米交渉は決裂して25%の自動車関税と24%の相互関税が「恒久化」しかねない。
最後に触れなければならないのは、ベッセント財務長官が言及した日米交渉のテーマに為替問題が入ったことだ。米側は現行の148円台のドル/円の水準でも、円安になっているとの認識のようだ。ドル/円を円高にシフトさせることをベッセント財務長官が強く求めてくることが予想される。
同時に、ベッセント財務長官は米長期金利の上昇に結びくことには相当、神経質になっているもようだ。したがって市場の一部にあるドル売り・円買い介入による円高誘導というシナリオに対し、ベッセント財務長官が強く反発するだろうと筆者は予想する。
その場合、日本にとってどのような政策対応が残されているのだろうか。この点は、今後の展開をにらみながら別途、論じてみたいと思っている。