「勘竹庵」evnc_chckの音楽やそれ以外

音楽の話題が中心になるかもしれませんが日々の雑感など書いていけたらと思っています。

みんなのモーツァルト

2009-04-11 01:22:01 | 音楽(クラシック)

こんな記事を興味深く読みました。

ゴーゴリはどちらの国の作家? 露、ウクライナが論争
4月10日10時35分

今月1日に生誕200年を迎えた作家のニコライ・ゴーゴリ(1809~52年)について、ロシアとウクライナの間で「どちらの国の作家か」をめぐり論争が起きている。年始の“天然ガス紛争”に続く悶着(もんちやく)の行方はいかに。

 ゴーゴリは当時、ロシア帝国の一部だったウクライナに生まれ育ったが、首都ペテルブルクに移ってロシア語で執筆したから通常は「ロシアの作家」とみなされる。ただ、ゴーゴリは「検察官」「外套」といった風刺的作品の一方、ウクライナの農村を舞台にした「ディカーニカ近郊夜話」など“ウクライナもの”も著している。ロシアとウクライナの国家・民族的起源は同じだが、19世紀前半にはウクライナの民族意識も高まっていた。

 そこで、ロシア離れを進めたいウクライナの親欧米政権はゴーゴリを「ウクライナの作家」として定着させようと躍起になっている。各地でロシアに対抗して生誕200年にちなんだ行事が盛大に行われ、ユシチェンコ大統領は「ゴーゴリは疑いなくウクライナのものだ。彼はロシア語で書いたがウクライナ語で思索していた」などと語った。政府はさらにゴーゴリの全作品をウクライナ語に翻訳することを計画し、ロシアの文学者から「作風を損なう」などと強い反発が出ている。

 他方、ロシアでもモスクワに初のゴーゴリ博物館が開館したほか、生誕200年を記念してウクライナのコサック(農奴制を逃れて辺境に住み着いた人々)を描いた「タラス・ブリバ」が国営ロシア・テレビの出資で映画化された。この映画については、ロシア民族主義やスラブ・欧州の対立が過度に演出されているとして、多くの識者が「プロパガンダ(政治宣伝)だ」と酷評している。

 【産経新聞】

ロシアとウクライナの政治的な確執は当事者同士のみならず、所謂東西の思惑までからんでしまい正直私のような世間知らずにはどうにもコメントも理解もできないのですが、いずれにしても欧州や亜細亜の大陸国ように国境を接した国同士、民族が同じでも宗教や過去の従属関係など言い出せばきりが無いものです。

ここまで実質的に紛争ギリギリの状態では無いのですが、過去にも似たような事例があったことを思い出しました。

もうかれこれ5、6年前のことですが、ドイツの国営第二テレビが視聴者参加型アンケートで「過去から現在までで最も偉大なドイツ人は?」というのを行いました。
で、そのアンケート募集の文言に「・・・例えばモーツァルトやフロイトのような・・・云々」というものがあったため、これがかつてはともに第二次大戦を戦ったお隣の国オーストリア人の神経を逆撫でしました。

オーストリアに観光しよう!とか考えてガイドブックなどを読まれると、オーストリアの紹介に必ずと言っていいほど書かれているオーストリアの有名人は、
「ザルツブルクで生まれウィーンで活躍した神童モーツァルト・・・」
「ウィーンで活躍した心理学者フロイト・・・」
では無いでしょうか。他にはワルツ王のシュトラウス親子や画家のクリムト、ココシュカあたりが見られますかね・・・。
とにかくドイツ第二テレビが例として挙げた「偉大なるドイツ人」は、我々も含めて一般にはオーストリア人だと思っている人物であるわけです。

ドイツ第二テレビがこう解釈する根拠はモーツァルトの生地ザルツブルクは1756年(モーツァルトの生年)当時はドイツ領であった。またフロイトは現チェコのモラヴィア地方出身でここも当時はドイツ領だった。だからドイツ人だ。と言う事です。

ザルツブルクは7世紀ころまではゲルマン民族に支配された土地でしたが、バイエルン人の東方植民政策の中でカソリック教の布教を進めるローマ・カソリック教会と思惑が一致し、司教国としてバイエルンがカソリック教会に寄進することで実質の東方植民を進めたのです。
その後もバイエルンと司教国はともにザルツブルクの領地拡大をはかり大司教国として繁栄していきます。

ちなみに映画アマデウスの冒頭の初めてモーツァルトが登場するシーンで、パトロンと喧嘩したモーツァルトがわざとパトロンに尻を向けてお辞儀していますが、あのパトロンの爺さんがザルツブルク大司教ヒエロニュムス・コロレドです。なんで王様や貴族では無く宗教家の爺さんに雇われているのかわからなかった方もこれですっきりですね。

で、この段階ではザルツブルクは実質バイエルンのもの。つまりドイツだと言うことが先に紹介した「モーツァルトの生地ザルツブルクは1756年当時はドイツ領であった。」ことの根拠なのだと思います。

結局、ザルツブルクは1800年代の始めにフランス革命の余波でフランスに占領され、ウィーンに亡命していたヒエロニュムス・コロレド大司教は領有権を放棄します。その後もオーストリアのものになったりまたバイエルンのものになったりを繰り返しますが、1816年、映画「会議は踊る」で有名なウィーン会議においてザルツブルクはオーストリアに併合されます。
ちなみにウイーン会議でオーストリア外相として活躍したメッテルニヒが、元々はドイツ生まれでオーストリアに亡命した人物なのは皮肉です。

モーツァルトは生地こそザルツブルクですが幼少のころからステージ・パパに連れられて、ヨーロッパ中を演奏旅行して回ります。さすがに「天才少年」では売れなくなってからはザルツブルクで大司教に仕えますが、すぐに喧嘩して25歳でウィーンに職探しに飛び出してしまい、そのまま35歳で没します。
ある意味、真のコスモポリタンであったモーツァルトを今更「ドイツか?オーストリアか?」の議論、意味があるのか?みなさんはどう感じられますか?

私の考えですか?まぁモーツァルト・クーゲルンがおいしいからいいんじゃないすか・・・ってワケわかんねぇ!

ドイツ人にしてみればそんなことより、オーストリアで生まれドイツでナチス党を創設した20世紀最大の虐殺者を返すからモーツァルトを返せ。といったところでしょうか・・・。

モーツァルトの曲の中でも特に好きな曲です。
ピアノ協奏曲 第26番 ニ長調 K.537《戴冠式》



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2 コメント

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隣国とは仲が悪い (MiKiTa)
2009-04-11 23:49:14
>今更「ドイツか?オーストリアか?」の議論、意味があるのか?
私は意味があると思います。

人類は食物連鎖の頂点に立ち、これといった天敵がいない動物ですので、自分の縄張りを守る・拡張する、といった本能を持っていると考えております。

「国境がある」ということは、こっちの集団とあっちの集団との間に過去何らかの衝突やいさかいがあったはずで、つまり、仲が悪いということを示しています。そのまま放置すれば、いつでも大きな衝突(つまり戦争)になる可能性があります。
なので、「モーツァルト」論争程度でガス抜きが出来るのであれば、それはそれで意味はあると思います。

わが国でも先日まで行われていた「WBC」で隣の国と決勝戦を戦いました。
その後の「掲示板」等では、○○は「半島系だ!」、「在日だ!」だから本当は韓○の方が強い、とか、「いい加減な作り話するな!」、とか、訳の分らない「論争」が起こっていました。
つい半世紀ちょっと前、わが国が半島でデタラメはことを行ったという歴史がありますが、それが無かったとしても、やはり半島とこの島国の間には分かり合わない感情が存在すると思います。
実際に、「モーツァルト」論争よりももっと深刻な「竹島問題」、「北方領土問題」なんてものがありますよね。
我々は今、静観を決めこんじゃってますが、近い将来何らかの行動を起こさなければならない可能性だってあります。
「モーツァルト」論争と同じように、「論争」程度で済めば良いのですが・・。

結論
・どこの国でも、隣の国とは仲が悪い
・必ず、権利を主張し合う争点がある
なんてところでしょうか。

平和な論争ならば、私は大歓迎です^^。

失礼しましたm(_ _)m。
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隣国と言うか・・・ (evnc_chck)
2009-04-12 10:23:46
MiKiTaさん。いらっしゃい。
>隣国と仲が悪い
隣国はたいてい同じ民族なんですよね。でなぜか仲が悪い。
ロシアとウクライナ
ドイツとオーストリア(言語まで同じ)
ロシアとポーランド
国同士と言うよりもはや親戚同士の争いにも見えて来ます。

おっしゃるとおりこの程度の言い争いで済んでいる間は平和なのかもしれません。

竹島や北方領土は正直、何が正しいか?論点も含めて私にはよくわかりません。
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