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耳を洗う

世俗の汚れたことを聞いた耳を洗い清める。~『史記索隠』

安田節子著:『自殺する種子』を読む~農業に未来はあるか?

2009-07-11 11:27:05 | Weblog
 昨日の『東京新聞』コラム「筆洗」をお読みの方は、巨大資本の正体をまざまざと見せ付けられたことだろう。

 <借金は完済、給料は二倍に。このご時勢に何とも景気のいい話だが、海の向こうにはそんな結構な会社がある▼米金融大手ゴールドマン・サックス。政府から一兆円の公的資金を借りていたが、先ごろさっさと完済。さらに先日の報道によれば、従業員への今年の報酬は昨年のざっと二倍、一人当たり平均六千七百万円に上りそうだとか。他の大手金融機関でも高額報酬復活の兆しがあるらしい▼…何か変じゃないか。元はといえば、米金融界の“強欲”に原因する世界不況なのに、その当事者側は早々再生して「六千七百万円」を謳歌(おうか)、側杖(そばづえ)を食っただけの実体経済の末端の担い手はなお日々の暮らしに困る状況とは…▼町内の火事で多くの世帯が焼け出され苦労しているのに、火元の家が真っ先に建て直し豪勢な新築祝いでもしているようなものだ。理屈はどうあれ、とにかく間尺に合わない。>

 「間尺に合わない」と嘆いてみても、これがマルクスの教える巨大資本の行動原理である。「利益の最大化」を目的とする資本は、競争社会で必然的に寡占化、独占化へ驀進(ばくしん)する。資本主義国家はこれを支援・助成することで成り立っているわけだ。奴らは、世界中が雇用不安に見舞われ、貧困にあえぐ人民がどんなに増えようが、自分のふところが痛まない手段を用意している。海の向こうの話だけではなく、10兆円もの内部留保金を持っているトヨタが、派遣社員や期間工をまるでオガクズのように社外に抛り出しているのも、同じ理屈だ。


 「利益の最大化」のため資本は「狡猾」に振舞うだけではない。奴らは「政府と一体化」して“法”を我が物にしてしまう。その見本がアグロバイオ(農業関連バイオテクノロジー)企業だろう。安田節子著『自殺する種子』(平凡社新書)は、資本の行動が世界をいかに支配し歪めているかを“食”の視点から迫っている。『自殺する種子』とは言いえて妙だ。本ブログでもたびたび指摘してきたが、野菜や花作りをしている人はとっくにお気づきだろう。販売されいる種物のほとんどは外国産で、しかも「一代交配種」ないしは「自殺する種」に限られ、伝来の固有種はきわめて稀だ。安田さんの著書はその仕組みを解明してくれる。

 「自殺する種子」を開発したのは、アメリカのミズーリ州セントルイスに本社を置く多国籍バイオ化学メーカーの“モンサント”社。農薬メーカーとしても有名で、ベトナム戦争で使われた悪魔の「枯葉剤」が同社製だったのは周知のことだ。「自殺する種子」はターミネーター技術によって生れた。同書から引用(以下<>は引用)する。

 <ターミネーター技術とは、作物に実った二世代目の種には毒ができ、自殺してしまうようにする技術のことです。この技術を種に施して売れば、農家の自家採種は無意味になり、毎年種を買わざるをえなくなります。この自殺種子技術を、「おしまいにする」という意味の英語 terminate から、RAFI(Rural Advancement Foundation International`:現ETC)がターミネーター技術と名づけました。>

 「自殺する種子」をめぐっては10数年前、インドで綿の「自殺する種」を買わされた綿花農民が暴動を起こした事件を記憶しているが、いまや世界中の農民が悪魔(モンサント社など一部のアグロバイオ企業)の餌食にされつつあるのだ。彼らの貪欲さはここにとどまらない。

 <また業界はターミネーター技術をさらに進化させた、トレーター技術も開発しています。植物が備えている発芽や実り、耐病性などにかかわる遺伝子を人工的にブロックして、自社が販売する抗生物質や農薬などの薬剤をブロック解除剤として散布しない限り、それらの遺伝子は働かないようにしてあります。農薬化学薬品メーカーでもあるこれら企業の薬剤を買わなければ、作物のまともな生育は期待できないのです。RAFI が、この技術をさす専門用語 trait GURT にかけて traitor(裏切り者)技術と名づけました。>

 鳥インフルエンザ、豚インフルエンザの発生源も超過密飼いの工業化した畜産巨大多国籍企業だということは今では常識だが、農業がアグロバイオ企業に蚕食されている実態もきわめて深刻なことを教えている。詳しくは同書を読んでもらうしかないが、目次の章だけあげておこう。

第一章 穀物高値の時代がはじまった
第二章 鳥インフルエンザは「近代化」がもたらした
第三章 種子で世界の食を支配する
第四章 遺伝子特許戦争が激化する
第五章 日本の農業に何が起きているか
第六章 食の未来を展望する


 筆者は「大規模近代化農業には未来はない」といい、大規模農業で利益を上げてきた米国農民が、こんにち、化学肥料や農薬の大量使用によって土壌が疲弊し、無謀な灌漑用水の使用が地下水を涸渇させピンチに立たされていると指摘している。加えて、米国流のシステムで規模拡大を図ったわが国の酪農も行き詰まっているという。本ブログ(08年2月21日『「稲作小言」~“船津伝次平”の「小農の薦め」』:http://blog.goo.ne.jp/inemotoyama/d/20080221)でも書いたが、わが国の農政は“船津伝次平”の教えに学ぶべきだが、行政はとんとその気はないらしい。

 
 最後に教えられたことを一つ。日本有機農業研究会の創立者の一人である一楽照雄が、会の名称をつけるに先立ち黒沢酉蔵(1885~1982:雪印乳業の前身、北海道製酪販売組合の創立に参画、北海道農業に尽力した人物)を訪ねたときのことだ。

 <黒沢から「機農」という『漢書』のことばを教えられ、その意味は「天地、機有り」と聞いて天啓を得たのでした。「機」とは大自然の運行のしくみであり、天地、すなわち自然の理(ことわり)を尊重する、自然の側に基準を置いた農業といえます。これに対し近代化農業は、人の側に基準を置いた自然制圧農法といえます。「有機農業」とは、単に農薬を使わず、有機物を土に入れた農業といった方法論によるだけのものではなく、思想なのです。>

 
 多国籍バイオ化学メーカーによる世界の農業支配に抗しつつ、古来伝承された農法にこだわりながら「有機農業」に挑戦する少数派の百姓たち。“道遠し”の観はあるが、人類の食の未来はこの百姓たちの思想の実践にかかっている。


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政権末期 (ミュウタント)
2009-07-17 06:13:16
食の危機が叫ばれても、自公政権は自己保存に汲々として省みず、職の危機にあっても自分達には関係ないとただ金をばら撒いた。給付金をばら撒くのではなく、総額を保育園・保育所を作るために全国の駅にその建設費・設置費用に当てたら働く女性達とっての子育て支援になり、母親になる女性が安心して暮らせる仕組みづくりに一役買えたのにと思う。
 国家百年の計が、この国には見当たらない。
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