耳を洗う

世俗の汚れたことを聞いた耳を洗い清める。~『史記索隠』

『長寿恥あり』~アメリカへ行った「憲政の神様」のはなし

2009-07-09 09:02:04 | Weblog
 「憲政の神様」と崇められた尾崎行雄(1858~1954)は95歳まで衆議院議員を務めた。実に63年間、連続25回当選の記録保持者である。

 ついでに触れておくが、惜しくも「憲政の神様」になれなかった男がいる。「風見鶏政治家」と評されながらも連続20回(56年間)の当選を果たした中曽根康弘(1918~)で、小選挙区制移行(2003年)にあたり比例北関東終身一位を約束されていたが、小泉純一郎自民党総裁(当時)の「比例区73歳定年制」導入に伴い引退を迫られ、尾崎の記録を敗れなかった。

 
 プロレタリア文学作家で有名な“宮本百合子”(1899~1951)は「憲政の神様」をとりあげ、戦後間もなく『長寿恥あり』という短文を書いた。

 <90歳の尾崎行雄が、きこえない耳にイヤ・ホーンをつけて、「ちょっととなりへ行くつもりで」アメリカへ行った。90歳まで生きている人間そのものが、アメリカで珍しいわけもない。「日本の憲政」の神様とよばれた彼が九十であるところに、何かの意味があったのだろう。
 アメリカへ行くとのぼせて、日本人に向かっておかしなことをいう日本人は、冬のさなかにサン・グラスをつけて、フジヤマ・スプレンディット(素晴らしい富士山)と叫んだ田中絹代ばかりではない。池田蔵相もだいぶおかしくなったらしい。尾崎行雄は年甲斐もなく亢奮して、日本の国語が英語になってしまわなければ、日本で民主精神なんか分りっこないと放言しているのには、日本のすべての人がおどろいた。元来民主主義は英語の国から来たものだからだそうだ。
 カクテール・キングとあだ名されるバオダイ・ヴェトナム王でさえ、まさかヴェトナム人の言葉が外国語になればいいという「くだ」はまいていない。そういう尾崎自身はワシントンで議会訪問した折、国会図書館長のラップ氏から、同図書館に陳列されている自作の和歌をしたためた色紙を示されて、ニンマリ満足した上眼づかいの写真を写されている(6月17日、読売)。
 帝政ロシアの貴族たちはフランス語で話した。中国の「台湾ぐみ」も自分の国語を二つもっている連中である。民衆は常にその民族の言葉を話す。>(1950年6月:ウエブサイト『青空文庫』参照)


 世間に「老害」という言葉がある。こんにち、中曽根康弘元首相や彼の盟友・読売新聞社の渡辺恒雄らの言動が代表格と目されている。棺桶に片足を突っ込みながらも天下を睥睨して止まないこういう御仁は、天下を治めえる後継者を育てえなかったわけだ。宮本百合子の一文は、こんにちの日本が「米国の植民地」と喝破した経済学者・宇沢弘文説(本ブログ:09.4.18『「植民地としての日本」~』:http://blog.goo.ne.jp/inemotoyama/d/20090418)を裏付ける有力な史料の一つだろう。

 「老害」は「老醜」に通じるが、その存在の裏には「親離れ」できない子どもの存在がある。かくして問題は「親(アメリカ)離れ」できない子(日本)と「子(日本)離れ」できない親(アメリカ)へと敷衍する。自立できない「日本国」の実相は、「憲政の神様」がアメリカを訪問した半世紀余の昔を引き摺ったままであることに気付く。


最新の画像もっと見る