会長付特別補佐となり、早4カ月半が過ぎた。試合前のフリー打撃では、今も打球がポンポンと右翼フェンスを超えていく。今季最後のマリナーズとエンゼルスの4連戦。最初の2日間でイチローは21本の柵越えを放った。

 初戦の試合前。24歳の大谷が44歳のイチローの元へと挨拶に走った。我々にとってはごく普通の光景に移るが、他チームの先輩の元へ律儀に出向くのは日本人選手くらいのものだ。

 9月からメジャー再昇格を果たした田沢純一も昨季マーリンズでともに戦った大先輩の元へ走り、頭を下げた

柵越え本数ではイチローが圧勝。

「そうですかぁ(笑)」

 イチローがこう言って高笑いしたのは1日目のことだった。フリー打撃でイチローが11本の柵越えを放った。大谷は6本。その事実を伝えた時のことだった。

 2日目もイチローは10本、大谷は6本。現役選手でない44歳が2日連続で圧勝した。イチローは穏やかな表情で笑った。

「まぁ、そうやって(本塁打の数を数えて)遊んでいてください」

 大谷に勝負の意識がかけらもないことは承知の上。たわいもない会話を楽しんだ。

 9月13日から16日の4連戦で今季のマリナーズとエンゼルスの全19試合が終了した。大谷がイチローの前で残した二刀流1年目の成績は以下のようになった。

 投手として、5月6日に先発し、6回を2失点、6三振を奪い勝利投手。最速は99.5マイル(約160キロ)を記録した。

 打者としては43打数10安打、打率.233に終わったが、9月15日にはイチローの前で初めて本塁打を放った。それは日本人新人選手として初となる20号本塁打。打球は大谷らしくセンターを超え、イチローは感心していた。

「できれば投手で対戦したい」

日本人として、初めてホームランバッター来たな、という感じはします。今日だってちょっと(打球は)詰まりぎみだったと思うよ。あれがセンターへ行くというのはホームランバッターでしょうね、(日本から来た)初めての」

 イチローには大谷に深い思い入れがある。マリナーズに電撃復帰を果たした3月7日の言葉だった。

「まだ翔平がプレーしているところを実際に見たこともないんですね。誰が見ても世界一の才能と言ってもいいんだろうと、よく聞きますし、そんな選手と対戦することというのは野球の醍醐味の1つだと思うんですね。

 必ず実現させたいと思うし、できれば投手で対戦したいなと思います(笑)」

無念の思いは胸にしまいこんで。

 ジョークで笑わせながらも、160キロの直球を投げる大谷との勝負は今年のメインテーマのひとつだった。だが、無情にも初対戦のわずか3日前、イチローは会長付特別補佐へと立場を変えた。

 常に「最低でも50歳」までの現役を公言する。野球選手としてあり続けるための切磋琢磨は今さらここで紹介する必要もない。その男が「必ず実現させたい」と、切に願った今季の対戦。無念の思いは胸にしまいこんだままだった。

 今後、大谷に期待するものは何か。課題は何なのか。メジャーで3089本もの安打を放ち、この世界で頂点を極めた日本人選手だからこそ言える言葉とは何か――。イチローに聞いた。彼は熟考を重ね、言葉を選び、答えてくれた。

サイヤング賞の翌年に本塁打王を。

「ポテンシャルについては、まさに言わずもがな、でしょう。個人的な興味としては、ピッチャーとバッター、それぞれを年間通して見てみたいサイヤング賞をとった翌年にはホームラン50本で本塁打王。そんな空想でもしないことを現実にできる可能性のある選手が、この先の未来に出てくるでしょうか?

 もちろんそれは才能だけでは不可能でしょう。僕が見る限り、翔平にはその才能を磨いて生かす才能が備わっているように思います。実はほとんどの選手にそれが備わっていないのです。人と違う道を行くのは常に困難がつきまとうものですが、翔平ならきっとそれをも越えていくのでは、と期待しておきます」

 発想、分析、情愛。いずれをとっても深みある、イチローだから言える至極のメッセージ。

“イチ流に触れて”。

 大谷の凄みがあらためて、分かった。

文=笹田幸嗣

photograph by Kyodo News

**********

投手として大リーグ1位となり、その翌年にホームラン王になる。大谷選手なら本当にそれができそうです。さしずめ、来年はバッターに専念するといいますから、来年ホームラン王で、再来年サイ・ヤング賞を獲ってもらうことにしましょう。

才能を磨いて生かす才能が大谷選手には備わっているが、他の選手には備わっていないというのは、イチロー選手だからいえるきつい言葉です。逆にいえば、イチロー選手がこれだけほめるのですから、大谷選手は本物なのでしょう。

来年が、さらに楽しみです。

それにしても、イチロー選手は衰えていません。来年、現役復帰も十分にあるのではないでしょうか。これまた凄いことです。