いなご家のだんご3兄妹~それぞれが輝ける未来へ~

家族との大切な時間
日常のちょっとした出来事
私の琴線に触れるもの
この日記は私の大切な宝箱です

あの台風の恐怖を語り合えるただ一人の人

2022-09-30 13:57:54 | ふと思う事

実家を訪ねて母と話していると、今回の台風の話題になった。

超大型というから、家の周りを片付けて大変だったのに、大したことなかったという。

ま、それはみんなそうだと思うよ

今回のコースが92年のりんご台風と一緒・・というので、すごく警戒したらしい。

それは、私も同じでした。

あの台風は、本当にすごかった。

2階の屋根が吹き飛んだ家屋がどれだけあったか・・?

しばらくは、青いビニールシートの家だらけだったな~。

あの日、家には私しかいなかった。

父は大阪へ出張中で、姉は東京へ遊びに行っており、母も電車で20分ほど離れた友人宅へ遊びに行っていたのだ。

今まで、台風の被害を受けておらず、その時も、大したことない・・と誰もが思っていた。

それが、台風が近づいてくるにつれて、すごい風。

大学生だった私は、家に1人。

風は強くなるけれど、雨戸を閉めた経験もなく、そのままにしていた。

そして、いよいよ風が強まってきた頃に、母が帰って来た。

聞くと、友人宅で話し込み、慌てて帰ろうとしたけれど、電車は止まってしまい、タクシーで帰るしかなかった。

でも、タクシー乗り場が長蛇の列で、とても乗れそうにない。

そこで、タクシー乗り場を少し離れて、客を降ろしたタクシーに無理矢理乗り込んだのだそう。

タクシーの運転手さんは、会社から退避命令が出たから戻らないといけない・・と言ったのだが、「帰らないと困るんです」と泣き落とし

しぶしぶ運転してくれたタクシー。

そして、いよいよ強くなった頃帰宅した。

その後、雨戸を閉めてほっと一安心したところに、風速30~40メートル級??の突風が吹いて、雨戸が吹っ飛んだ。

と同時に、窓ガラスも割れた。

すると、猛烈な風が家の中に入り込んできて、機転を利かせた母が、部屋の戸を外して、割れた窓にたてかけ二人で必死に抑えた。

そのお陰か、風の入る力が弱まり、天井が抜けるのは避けられた。

今、考えても、あの時、私1人だったら、どうなってたのかな・・?

母は、「ああいうのを神の采配って言うんだろうねー。人の力の及ばないところで、力が働いたとしか思えない」と言います。

うーん、確かに・・。

私、飛ばされて死んでいた可能性もあるし・・

そんな想い出話をしながら、母が死んでしまったら、こんな話もできなくなるんだな・・と、少しさみしく思ったりもするのでした

だって、父も姉も経験してないんだもん・・

 

P.S

あら!ひょうきんなお顔!

 



最新の画像もっと見る

コメントを投稿