JOEは来ず・・・ (旧Mr.Bation)

なんの役にも立たない事を只管シコシコと

「橋」

2016-12-31 | 映画(DVD)
「東京映画地図」

「橋」1959年 松竹 監督:番匠義彰

敗戦の生き残りとして都会の片隅でひっそりと暮す元軍人・笠智衆、その父とともに生きようとする次女・岡田茉莉子、そして二人を取り巻く人々の世代をつなぐ物語。

1月観賞分

あまりに良すぎたのか、下書きのみでUPせず温めておいた。
もう記憶も薄らいでいるので、以下ほとんど加筆修正せずに本年のラストを飾ります。

1959年の「橋」と言えば昨年知ったドイツの戦争映画で、劇場上映熱望の作品であり、きっと傑作に違いない。比して、同年の松竹映画「橋」は日本映画の中であまり評判も聞かない地味目の作品という印象。岡田茉莉子1959だから観に来たようなもんで、あまり期待をしていなかった。

ところがところが、これがなかなかの良作でありました。鑑賞中には話の展開。戦後10年目という古き良き日本の姿。当時の親娘関係。若い娘の品良い言葉使いにうっとりする、日本の古い映画好きには良くある至福の時を楽しんでいたわけであります。
しかし、クライマックスにおける石浜朗が笠智衆を叱責する一連の流れに、不意に涙が頬を伝い、動揺する事態に陥ってしまいました。
鑑賞中、なぜ、何処が、自分の琴線に触れたのかさっぱり解らないまま、涙をそっと拭うしかなかったのです。これはいったい何だったのでしょうか。と考えておりました。

確かに前半は古き日本映画である事だけから生まれる価値を満喫していただけ。岡田茉莉子は1958の翌年なので美貌の頂点を通り過ぎたばかり。とはいえ、本作ではあまり美貌に見惚れるほどの事はない。美貌よりむしろ、その立ち居振る舞いや後ろ姿、スカーフはいかにも時代感じさせ何ですが、当時のファッションの似合い具合に感心しておった次第。
そして笠智衆の相変わらずの芸風。ある意味ワンパターンなのに、何故にこんなに癒される口調なのでしょう・・・。

考えてみると登場人物が皆、それぞれ悪人が居ない。岡田茉莉子の義兄である細川俊之は体裁を気にしすぎる気来があってちょっと嫌われているが、実はそんなに悪い人間ではない。ブローカーの大木実も岡田への口説き方は卑劣だったが、誠実な男で汚れた過去を清算しようとしている。
笠智衆の若い家庭教師・石浜朗は前髪のウエイブが厭らしい若造だが、実はこの石浜朗の役がとても良くポイントになっています。
そういう人々の中にあって、軸となる笠智衆と岡田茉莉子は当然好人物で応援したくなる人たち。
充分に好人物である二人だが、そんな二人が娘の岡田茉莉子は自らの無能さを知らずいい気になっていた事を反省し、自分の名誉のためにちょっとした間違いを犯す。笠智衆はそんな娘に上から叱責、平手打ちをする。そこで岡田茉莉子に片思いの石浜朗が意見をする。その言葉に素直に反省する笠智衆・・・・。自分では気づかない心の底にある美徳というものが反応したんだろうか。気持ち悪いし、居心地も悪い。ただ、映画は本当に素晴らしかった。

石浜振られ男

ラピュタ阿佐ヶ谷

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