【タイ山岳民族の村に暮らす】

チェンマイ南西200キロ。オムコイの地でカレン族の嫁と綴る“泣き笑い異文化体験記”

【メコンのほとりで】

2007年08月07日 | アジア回帰
 
 少し疲れを感じたが、思い切ってチェンコンまで移動することにした。

 このまま数日間チェンマイにとどまれば、ずるずると居座ることになってしまうだろう。

 ウイワッがもってきた新設学校での「日本語教師」の話も面白そうで、具体的な話が聞ける月曜日まで待とうかとも思ったのだが、そうなればラーもまたチェンマイに舞い戻ってきかねない。

 とにかく今は、ラーとの関わりを絶って、考える時間を作るべきなのだ。

 いつもの公園で1時間ほどウオーキングをし、シャワーを浴びるとすぐにパッキングをした。

 私をバスターミナルに送るために安宿にやってきたウイワッが、あきれた顔で私の作業を見守っている。

「パーイに行って、メーホンソンに行って、戻ってきたと思ったら、今度はチェーンコン?本当に忙しいね、日本人は・・・」

「まったくだ。本当はチェンマイでゆっくりしたいんだけどね」

「ゆっくりしなよ。明日になったら、学校の先生とも話せるのに・・・」

「うーん、そうしたいんだけど、ラーのことを考えるとそうもしていられないんだ。チェンマイで顔を合わせたら、また同じことの繰り返しになってしまうからな」

「ラーとは本当に別れちゃうの?」

「ああ、やっぱり駄目だよ。いいときはとてもいいんだけど、ウイスキーを飲むとクレイジーになっちまう。それは、お前さんもよく知っているだろう?」

「うん。それに仕事もないし、金もない・・・」

「それが一番の問題だ(笑)。マッサージの免許を取ったんだから、とにかくチェンマイで働けと言ってるんだけど、チェンマイは嫌いだ、パーイで開業したいって言い張るんだ・・・金もないのに、どうやって開業できるっていうんだろう、まったく。俺に出資してもらって、あとで返すって言うんだけど、プロとしての実績もないのに、それは無理だよなあ。とにかく、チェンマイで短期間でもいいからプロの厳しさを味わってからでないと、とてもその話には乗れないよ。それに、出資者の俺様に歯向かってばかりいるんだから、話にならない・・・」

「本当だね。マイコッジャイ(理解できないよ)、マイコッジャイ」

 隣りの食堂に場所を移してからも、話はもっぱらラーの“不可思議さ”に終始した。

      *

 10時に宿を出て、ウイワッのソンテオでバスターミナルに向かった。

 11時発のチェンライ行きは売り切れで、11時半の出発になった。

 ウイワッに仕事に戻るように告げ、握手を交わして別れた。

「ラオスに行っても、日本に帰ってもeメールがあるから問題ないよ。送信テストもうまくいったし・・・」

 彼は私にメールを出すために、昨夜アドレスを取得したばかりなのだ。

     *
 
 2時半にチェンライに着いた。

 大型のエアコン付きバスは快適だった。

 バスを降りると、目の前に信じられないくらいおんぼろな「チェンコン行き」のバスがとまっている。

 愛想のいい運転手がうれしそうな顔で私のバッグを後部座席の前に積み込み、「57バーツ(200円弱)、3時半の出発です」と片言の英語で告げた。

 しかし、改めてバスを見直すと「これで、本当に走るんかいな?」と不安になってくる。

 念のために切符売り場で確かめると、やはりこれが「正規の」チェンコン行きだそうな。

 いわゆるローカルバスなので、僧侶や小学生、ジジ、ババ、オカン、カップルなどいろんな人々が乗り込んでは、降りていく。

 初めの30分は退屈しなかったが、1時間を過ぎたあたりから尻が痛くてたまらなくなった。

 なにせ、スプリング機能がまったくないので、路面のがたがたがもろに尻と腰に伝わってくる。

 しかも、田舎道を80キロ以上ですっ飛ばすもんだから、まるで耐震実験である。

 2時間後にチェンコンに着いたときは、正直いってくたくただった。

       *

 チェンマイで見るよりも素朴なトゥクトゥク(3輪タクシー)を拾い、「メナーム、ゲストハウ(メコン川のそばの安宿へ)」と告げる。

 おかみがそこその英語をしゃべったので、メコン川が見える部屋を200バーツ(700円弱)で借りることにした。

 荷物を置くと、さっそく川べりに出る。

 赤土を溶かしたような真っ赤な水に手を浸すと、思ったよりも水温が低い。

 川幅が広いのでゆったりとした流れに見えるが、よく見ると流速があり、カヌーを浮かべたら快適に下れそうだ。

 そのまま川原を上流に向かって歩くと、ラオス国旗を掲げた船が停泊した港に出て、船で生活する人々の姿を垣間見ることができた。

 なおも北上すると、イミグレーションに行き着き、メコン川をはさんでタイ、ラオス間を行き来するフェリー(といっても、10数人乗りの小船であるが)の様子をも確認することができた。
 
    *

 宿の方向に戻り、いくつかの宿を訪ねて「リバービュー」の部屋を見せてもらったが、いずれも300~400バーツで満室だった。

 ついでに、落ち着いた雰囲気のレストランがあったので、夜のメコン川を眺めながらビアチャン(象印ビール)を飲んだ。

 BGMがスティービー・ワンダー歌うところのブルースだったので、かなり驚いてしまった。

 ラーに電話すると、すっかり酔っ払っていた。

 胃をやられて、少しだけ血を吐いたらしい。

      *

 今朝も起きると、すぐに川沿いの散歩に出た。
 
 イミグレーションに行くと、ラオス川からボートに乗ってやってきた日本人の少年(大学生か?)がいたので、ラオスの通貨事情について話を聞いた。

 どうやら、大きな町ではタイバーツやドルが使えるらしい。

 ラオスの通貨はヴェトナム同様額が大きいので、計算に弱いおじさんには不向きなのである。

 昼飯を食ってから、メコン川を渡ってみた。

 入出国手続きはいとも簡単で、あっけなく国境(すなわちメコン川)を超えることができた。

 人も、町の雰囲気も、寺の装いもタイとさほど変わることがなく、ラオスにやってきたという実感がない。

 寺に集まっていた女たちの装いが、多少異なっているくらいだろうか。

 人々はタイよりも穏やかと聞いていたが、観光客ずれしているからだろうか、タイのような微笑みは見られず、若い娘たちの表情も硬い。

 明日乗る予定のスローボート乗り場まで汗まみれになって歩き、待望の「ビアラオ」を飲んだ。

 頬をなでる川風が心地よい。

 明日はここからスローボートに乗り込み、1泊2日の船旅を経て世界遺産の町・ルアンプラバンに向かう予定だ。

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